映画専門家レビュー一覧

  • ツナガレラジオ 僕らの雨降Days

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      ラジオ番組発の内輪的ファミリー感と伊勢原市のバックアップによる観光映画の能天気さが融合した企画で、それ以上でも以下でもない。旬の若手俳優目当ての観客にとっては随所に見どころがあるのかもしれないが、キャラクターも各々の葛藤もことごとくテンプレで、同じテンプレなら頑固な豆腐職人になりきってみせたイッセー尾形のほうがまだ面白い。「樹海村」でもよい仕事をしている福本淳のキャメラが、人物と空間の輪郭をくっきり切り取って映画の画面を成立させている。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      ネットのラジオ番組から生まれた作品。番組のパーソナリティの十人の若い男性が登場する。十人、これがかなりの無理。現実に十人の生活をネットラジオで維持できるかは問わないとしても、十人のキャラクターを描きわけるのは簡単じゃない。わざとらしい各自の自己紹介から、終盤に用意された「自分を取り戻す」「人のつながりの大切さ」まで、川野監督、月並みをなんとかしたいのだろうが、工夫は空振り気味。きれい目に撮っただけの画。歌もイッセー尾形もあまり活かされていない。

  • ファーストラヴ(2021)

    • フリーライター

      須永貴子

      衝撃的な事件や設定を扱う“問題作”を原作に、謎めいたネタをちりばめてざっくりと回収し、しかつめらしい家族ものに仕上げる、堤監督らしい一本。主人公と父親殺しの容疑者が、苦しみ葛藤した末に、晴れやかな表情を見せて映画は終わる。父親から受けたトラウマを彼女たちが乗り越えるいい話のようにまとめられているが、彼女たちを苦しめた存在や問題に対する、作り手からのステイトメントが伝わらないのはいただけない。感動ポイントでわかりやすい劇伴を流すのにも萎える。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      回想で描かれる事件は恐ろしく不自然だ。女子大生は「父を包丁で刺してはいない。包丁が刺さったのだ」と言うが、そもそも駆け寄る父親を前に決して包丁を離さなかったのを見ても、殺意がなかったと言えないはず。未必の故意ではなかったのか。ことさらに彼女の罪のなさを強調しようとしたせいか、空回りした二時間サスペンスのような趣になっている。映画にするにはいい題材なはずなのに、なぜこうもぞんざいな印象を与えるんだろう。胸に迫るものがどこにあるのだろうか。

    • 映画評論家

      吉田広明

      心理師と弁護士が、女子大学生による父殺害事件の真実を探求、心理師と大学生はそれぞれ幼少時に父を始めとする大人の性的欲望によって陰に陽に心を傷つけられている設定で、その類似は面会時、ガラスに重なる二人の顔で象徴される。他にもドローンの多用、雲間から覗く太陽など、象徴的な画面が多く、思わせぶりが鼻につく。裁判ものの面も持つが、真実が小出しにされて、裁判で劇的にすべてが明らかになるわけでもない作劇が中途半端。終わってみると題名の意味が曖昧なのも難。

  • 春江水暖 しゅんこうすいだん

    • 映画評論家

      小野寺系

      山水画のような風景と、そこで暮らす人々の営みを、季節とともに絵巻物のようにとらえていくというシンプルかつ大胆な試みが素晴らしい。娯楽的な要素は少ないものの、絵を観るように楽しめるという意味で、文字通りの“アートフィルム”と呼べるものとなっている。また、監督の家族や知人らを集めたというキャストがリアリティを醸し出し、彼らの達者な演技にも驚かされる。一方、ドラマ自体はかなり類型的。監督はこれが初長篇作ということなので、今後は人間描写の強化に期待したい。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      老母を家長と仰ぐ四人の息子と彼らの銘々の家族(四男は独身だが)の日々の営みが、都市と自然に溶け込んで一体となっている様を写した映像が素晴らしい。むろん映像だけに止まらない。無理、あるいは不自然さを感じさせないストーリー、人物の造型にも長篇初監督というグー・シャオガンの才気がほとばしる。クルーを組んで撮ったのも初めてだそうだが、ロングショットを含め、画面から立ちのぼる優雅さと落ち着きは驚異的。人の暮らしを、不変と可変の事象によって芸術にした。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      中国映画の美点を煮詰めたような映画で、デビュー作からすでに巨匠の風格が画面に滲んでいるのは凄いと思うし、素人役者の芝居を映画に溶け込ませる演出力も見事だと感じるのだが、観た者の多くが語るであろう中盤の河から船へと続く驚異の長回しは、その計算され尽くされたカメラワーク自体は技術的には素晴らしいとはいえ、あのシーンでやる必然性があるのかは個人的に疑問で、かような映画監督としての野心が透けている力みすぎな部分に関しては手ばなしで賞賛する気になれない。

  • マーメイド・イン・パリ

    • 映画評論家

      小野寺系

      監督のマチアス・マルジウが手がけている原案、脚本は、ロン・ハワード監督の「スプラッシュ」のリメイクと言ってもいい内容。現代劇ながらレトロな要素が作品に散りばめられ、ジャン=ピエール・ジュネ監督作品を連想させる世界を表現しようとしているように見えるが、完成度がそれほど高くないのが残念だ。音楽でも監督のバンドが参加しているなど、監督が一人でいろんなことができるマルチタレントであることは認めるけれど、どうもすべてがいま一歩行き届いてないという印象だ。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      登場人物の設定もエピソードも、俳優陣の顔ぶれもそれなりに整っている。美術などビジュアルの設えはいかにもファンタジー。演出も過不足がない。けれど見終わるとなにか物足りない。そうだ、恋する主役の間に、異界の生物に対して、身に染みて強く感じる互いへの思いが希薄だったのだ。歌声で男を虜にしてその男の命を奪って生き延びている人魚に対して、特に男からは命がけの思いが欠乏している。その思いを表現してこそのラブ・ファンタジーなのに。監督の器用さはよく分かった。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      人間を次々と死に追いやる殺人人魚の物語とはいえ、ホラーな雰囲気はそこそこにとどめ基本的には美男美女が繰り広げるロマンチックラブストーリーに仕上げている口当たりのいいデート映画であり、画や歌の完成度は素晴らしいのだが、「二日後の夜明けまでに海に戻らないと死ぬ」という映画が自ら決めたオリジナルルールをさほどのエクスキューズもなくうやむやにして3日目に突入させてしまう作劇には疑問を感じるし、心をなくした男が恋に落ちるにはエピソードが不足している気も。

  • モルエラニの霧の中

    • 映画評論家

      川口敦子

      桜守の少年の振り向いた顔、水母の水族館と少年の顔、母と旅立つ少女の顔、老人たちの顔、顔。消えていく町の顔。蘇えるメロディ。そんなふうに言葉を列ねることの空しさを痛感しつつも鼻の奥を突くキナ臭さにも似た懐かしさ、そのあまやかな痛みにいつまでも浸っていたいと思わせる快作だ。一瞬で消費されるものたちで溢れる世界につきつけられた時の重み! 記憶と映画の親密に融け合う境界を息をひそめてそっと掬いとるような監督の意欲とみせない意欲の深遠さに見惚れた。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      地域「振興」映画がはなざかりの昨今、「喪失」と「忘却」をみつめる坪川拓史監督の清冽な視線に深く共鳴した。五年という歳月をかけてこの映画が完成されるまでのあいだに、映画の外側では、アイヌにかんする新法が成立し、全国規模での「まちこわし」が加速度的に進行した。坪川監督の視線は、室蘭というまちに蓄積されたひとびとの記憶に寄り添いながら、五輪の年を迎えたわたしたちのこわされた記憶をも手繰り寄せる。わたしたちもまた霧の中にいるのではないか。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      坪川監督、「美式天然」から十五年。骨董品的な美意識と独特の間の取り方は変わらないが、古典性と呼びたくなる落ち着きと説得力が備わってきた。試写室の隣の席の女性は泣きっぱなし。でも、作為的に涙を誘うようなところはなく、わりと当たり前の話の、室蘭を舞台にした七つの物語。単に過去を懐かしがるのではないノスタルジア・ウルトラってこういうものだろうかと思った。個人的には、ライヴで聴いていた穂高亜希子の歌〈静かな空〉が効果的に使われていてうれしかった。

  • 哀愁しんでれら

    • 映画評論家

      北川れい子

      趣味のワルい、そしてまったく笑えないダーク・コメディで、そういう意味では面白くなくもない。一夜にして身一つになってしまったヒロインが、一カ月後には妻を亡くした裕福な医者と結婚、さあ、幸せよドンと来い、と思いきや、8歳の義理の娘がとんでもない小悪魔で……。8歳のその小悪魔ぶりは、いくらフィクションでも気色がワルく、演じているCOCOが達者なだけに逆にハラハラしてくる。渡部監督は脚本家としても実績を積んでいるが、今回は子供をダシにして悪ノリか。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      幼少期にトラウマを抱えた女性が「王子様」との結婚に幸福を見出そうとする前半は、ありきたりな不幸の光景をなぞるだけで正直退屈。もちろんそこでの「絵に描いたような不幸(幸福)」がのちの裏返しへの伏線となっているわけだが、中盤以降、「悪い種子」風サイコ・サスペンスが展開されるに至って、その背後にあるべき主人公のドラマを深めていなかったことが災いし、ついぞジャンル映画的な脅かしの域を出ない。怖さを他人事で終わらせないためのもう一押しがほしかった。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      魅力と安定感の土屋太鳳、メリハリの田中圭、決まりすぎくらいの撮影と美術、そして野心満々の渡部監督。COCOを筆頭に子役たちまで挑むようにスキがなく、くっきり写っている。これを娯楽として楽しむ人も、社会の病的な暗部への批評あるいはその毒に対抗する毒として受けとる人もいるだろうが、待ってくれと言いたい。ヒロインが救われるように入った「幸福」からの脱出を、その過去の体験からの思いが阻む。周到にそう作ってある。作ってあるだけという虚しさが全体にある。

  • 空蝉の森

    • 映画評論家

      北川れい子

      設定も人物も、そして映像もミステリアスな、オリジナル脚本だが、118分、描き足りないような、或いは描きすぎのような。いずれにしてもどこか据わりの悪い印象が残る。“空蝉”と言えば『源氏物語』のまだ10代の頃の光源氏がいたく執着した若い人妻の名前で、何かそれと関係がとも思ったが、ひょっとしたら定年間際の刑事(柄本明)にとって酒井法子が演じる女は、女の抜け殻だったか。深い森のロング映像と正体不明の人物が非現実的で、ラストの水中映像も後を引く異色作。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      撮影(中尾正人)と照明(赤津淳一)に息をのんだ。冒頭の暗い森とそれに続く夜間の街路風景、日本家屋の庭の木々が室内をうっすらと緑色に染める光の使い方、水中の深い蒼。画角や構図にも都度たくらみがあり、観る者を引き込む。終始疲れた(憑かれた)表情の酒井法子はじめ役者たちもそれぞれに魅せるが、直接的な描写のみならず、あらゆる場面に重いエロティシズムが宿っているのは紛れもなく亀井亨の作家性である。時期には恵まれなかったものの、ひとまず公開を喜びたい。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      酒井法子の危うさを目一杯使ったストーリーと撮り方。冒頭しばらくは顔が見えない。顔が見えてからも人間として迫ってくるものがない。酒井法子はそうなのであり、役の狙いでもあればそれまでだが、何を救おうとする謎解きなのか、はっきりしないままだ。亀井監督と中尾正人のカメラによる創意の画も、アート感はあるけど、寄るべきところで寄らないし、グレーディングもワンパターン。男性陣、中途半端に動かされている感じで同情するが、善悪どちらでも行きつく場所が見えない。

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