映画専門家レビュー一覧

  • ステージ・マザー

    • 映画評論家

      小野寺系

      ドラァグクイーンの息子を嫌悪し、彼の葬儀で仲間たちのパフォーマンスが始まると席を立って帰るくらいに偏見のある母親が主人公。そのつもりで観ていたら、息子への後悔の念が芽生えたとはいえ、そこからゲイバーを経営しだしたり、従業員のため暴力男に命懸けの抵抗を示したりと、突然革新的で気骨ある人物になってしまうのに戸惑ってしまい、せっかくの進歩的なメッセージがすんなり入ってこない。設定の近い「ヘンダーソン夫人の贈り物」の無理のないバランスを参考にしてほしい。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      映画では、例えば息子がゲイである場合、父親が拒絶反応を示すケース多い。大抵は母親が間に入って緩衝の役目を果たす。ところがこの映画は役目を果たそうにも息子は他界。結果、初老に差しかかった母親のサクセス・ストーリーになっているが、J・ウィーヴァーのパワフル、かつ確信的な前向きさが肝。それは息子に先立たれた母ならではの哀しみ、そして年の功からくる包容力が話の芯にあるからこそ。ショーの華やかさと相まって、特別な一本とまでは言えないが、感じが良く楽しい。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      娯楽映画のクリシェを駆使した効率的な語りでこのストーリーを90分に収める手際の良さは見事で、ルーシー・リュー扮するシングルマザーのキャラクターなどが映画に軽やかさを与えていて観やすくはあるが、ドラァグクイーン文化に息子の命を奪われたともいえる母親がゲイバーの経営に乗り出すまでの葛藤の描写が芯を食っておらず、セクシャルマイノリティや薬物中毒の扱いはひと通り表面をなぞっているだけの印象な上、主人公の恋愛描写もおざなりで、これでは結末に納得できない。

  • カポネ

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      映像体験とは視覚の痕跡を自身の内に反芻し事後に立ち現れる現象とも言えるが、晩年のカポネを扱った本作も自身の数々の体験の反芻による幻影や亡霊との対峙として描かれている。D・リンチの撮影監督を迎え、虚実混交の非線形的な物語として仕上げた。アール・デコに象徴される栄華を極めるアメリカ黄金期。ひとりのカリスマがのし上がりいずれ失脚する姿は、つい最近のアメリカ最高権力者を想起。家族や身内を大事にする姿勢は憎めない普遍的な人間像として伝説化される。

    • フリーライター

      藤木TDC

      戦慄的怪作。観賞中、T・ハーディは本作でラジー賞獲ってしまうかもと困惑させる。歴史上もっとも有名なギャング役は役者冥利、しかも最晩年の認知症状態を演じる挑戦に燃えない俳優はいないだろう。二枚目に期待される像と対極にあるオムツ姿の徘徊や便失禁中の恍惚表情の出来にハーディ自身は「俺はやったぜ!」と満足したかも。けれど、そんな彼の姿をどれだけの観客が望むのか。脚本もひどい。監督の狙いは自分を干したハリウッドにクソを投げつけることではと裏読みを誘う。

  • レンブラントは誰の手に

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      我々は絵画に接する際に一体何を見ているのか。本作は絵画の額縁の外の世界を芳醇に戦慄的に描く。絵画とは、物理的精神的にそこに存在していたであろう時間や空間の物語の写し、もしくは鏡だ。切り取られ写された「絵画」とは、過去と現在を繋ぐドアに開けられた鍵穴のようなもの。覗いたとて、完全な掌握は不可能だ。絵画には描かれ得ない額縁の外側の世界があり、そこにこそ壮大な世界の別の物語が存在し続けている。これは知的かつドラマティックな絵画論であり映像論だ。

    • フリーライター

      藤木TDC

      ノーブルな雰囲気漂う知的ドキュメント。新発見された有名画家作品の真贋判定や売買の裏側は時おりNHK BSで西欧制作の番組が放送され、あちらにはそのジャンルのニーズがあるのは知っていたが、本作では購入者や所有者の金勘定を越えた深いレンブラント愛に踏み込んでいる点で唸らせる。庶民感覚からは隔絶された世界だが、それでも少しは大衆的視点を交えてほしかった。意地悪な批評家が登場して痛烈な皮肉をコメントしていれば私はより満足できたかもしれない。

  • ガンズ・アキンボ

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      「ビデオゲームを原作とする映画」の勢力拡大だけにとどまらず、ビデオゲーム的な想像力は2020年代以降の映画を捉える上でますます重要になってくるわけだが、それとビデオゲーム的な手法を映画に援用するのはまったく別の話。これまで映画ばかり観てきたクリエイターがいきなりゲームを作ったら悲惨なことになるのと同じように、ゲーム的なモチーフと演出を無邪気に映画に持ち込んだ本作は悲惨な出来となっている。悪趣味狙いのつもりだろうが、ただ時代遅れなだけの選曲にも閉口。

    • ライター

      石村加奈

      身バレのしないネット沼の中でだけ威勢のいい主人公マイルズ。いわく「僕は暴力とは無縁の人間だ!」と、自身の暴力性に無自覚な青年が、アキンボに仕立てられた後、24時間以内に、殺人を犯し、躊躇なく撃ち殺せるようになり、ゲームを楽しむように人を撃ちまくり、世界規模のヒーローに変身!?冴えない青年の狂気を、攻める俳優ダニエル・ラドクリフが好演。ちょいちょいジェンダー問題を刺激する台詞は狙っているのか、無自覚なのか。ギャグと音楽のセンスはいまひとつな感も。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      VFXクリエイター出身の監督らしい、まず画ありきで発想される物語、展開は嫌いじゃない(主人公が両手に銃を固定されるバカバカしさたるや)。「バトルランナー」から「スコット・ピルグリム」まで影響を受けた数々の映画を隠そうともしないのも潔いが、リミックスをオリジナルの傑作に昇華するタランティーノはやはり偉大だ、なんて関係ないことを思ったりも(今回の星取りタラ2回登場)。「ハリー・ポッター」終了後、エッジの効いた役を選びがちのラドクリフ、らしい主演作。

  • ミアとホワイトライオン 奇跡の1300日

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      猛獣ビジネスのダークサイドと、それに抗議の声を上げるアクティビスト。作品のテイストはまったく異なるし、本作の場合その二つの勢力が一つの家族内にいることでドラマが発生しているわけだが、構造自体は昨年世界中でネットミーム化したNetflixのドキュメンタリー『タイガーキング』と同じだ。もっとも、本作の場合、主人公が少女という時点でバッドエンドはあり得ないわけだが。あと、植民地主義的センス丸出しの劇伴と挿入歌が終始けたたましく鳴っていてうんざり。

    • ライター

      石村加奈

      動物研究家で保護活動家のケヴィン・リチャードソンを迎え、CGなしで3年かけた撮影で描かれた、ホワイトライオンの映像は迫力満点。わが子が大きくなったライオンと戯れる様子に、大人がたじろぐのも無理はない。ライオンのチャーリーと友情を育みながら、南アフリカで成長するミア、ミアの頼もしい兄ミック、聡明な子供たちに比べて、両親がぼんやりし過ぎて、トロフィー・ハンティング問題の切実さが薄まった感も。野生動物保護区に中国企業進出のエピソードがやけにリアル。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      南アフリカを舞台に少女とライオンの友情を描く物語は至ってシンプルだが、制作過程に驚く。彼らの実際の成長と交流に合わせて3年かけて撮影する実録スタイル。しかもCGなし。どれだけ大変かは想像に難くないが、その甲斐あって動物映画にありがちな不自然さは皆無。現実を捉えた映像の力強さを劇映画に上手く落とし込んでいる。同じくトロフィー・ハンティングを違う角度から描いた“劇映画のような映像スタイル”のドキュメンタリー「サファリ」を続けて観るとよりグッとくる。

  • ある殺人、落葉のころに

    • 映画評論家

      北川れい子

      小さな集団の不協和音を、語りすぎないいくつかのエピソードと、風景や様々なもののアップ映像でつなぐ演出手法は、三澤監督の前作「3泊4日、5時の鐘」と同じだが、ザワツキ感は今回の方が格段に上。ずっと時間と場所を共有してきた4人組の、微妙な力関係と曖昧な共犯意識。4人は仕事中でも遊びでもひっきりなしにタバコを吸い続ける。でも冒頭で「私は覚えている」とノートに書く若い女は何者? 若い俳優たちがみな好演、湘南風景も効果的なだけに妙な気取りが惜しまれる。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      「3泊4日、5時の鐘」同様、生まれ育った茅ケ崎のまちを舞台にした三澤拓哉監督作品だが、単に慣れ親しんだ場所だからというだけでなく、この監督には空間と人物の関係をシームレスにとらえる独特のセンスがある。だから、人物が映っていない風景にも(アルミの壁や鈴でさえも!)人間の気配があり、人物のたたずまいもまた特定の風景を背負っている。若い役者たちが皆、リアルな身体性を発揮しているが、「~5時の鐘」でも出色だった堀夏子の得体の知れなさが魅力的。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      構図、画質、編集、音楽の入れ方、まずはいわゆるスタイリッシュでカッコいいと思わせるが、人物に魅力がなさすぎる。こういう若者たち、実際にいるのだとしても応対に困る。怯えとズルさで友情を変質させて狭い場所でくっつき、小さな権力を振るうか振るわれるかの違いはあれ、基本は同質の受け身。アジアの青春の惨めな例だとして、こんなアジアは蹴っとばせではないか。才能を感じさせる三澤監督。残念ながらここはインサート的映像の多用と謎めかした筋の運びに溺れたという印象。

  • 痛くない死に方

    • フリーライター

      須永貴子

      非常に勉強にはなったが、多数のテーマやメッセージを一本のドラマに落とし込めていない。主人公の在宅医が平穏死に失敗した患者と成功した患者を、前者は写実主義の絵画のように、後者は人情もの+川柳普及映画のように描いていて、コントラスト以前にトーンがちぐはぐ。劇中で日本酒を「おいしい酒」ではなく「真面目な酒」と称賛する台詞があるが、この映画もまさにそんな仕上がり。宇崎竜童が演じる末期がん患者のキャラクターが、映画を突然スイングさせる魅力に溢れている。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      人の死を扱っているのに、妙な言い方だがとても気持ちの良い映画である。在宅医という存在は聞いてはいても、よくは知らなかった。知って良かった。瀕死の患者が病院に運ばれると、全身管につながれ、不必要な苦痛を伴う延命を余儀なくさせられる。人の尊厳などまるでない。安楽死が認められない日本では、病院ではそうするしかないらしい。この若き在宅医は、患者それぞれの人生に見合った手作りの死を患者と一緒に創っていく。死は一つの作品なのだ、と思った。

    • 映画評論家

      吉田広明

      「けったいな町医者」の題材をドラマ化した作品だが、その本人ではなく、その後輩が主人公。在宅医療医ではあるが、マニュアル通りの診療によって患者を苦痛の末に死なせた彼が、先輩の仕事を見て学び、あるべき在宅医療の在り方を学んでいく構成。失敗例から成功例という変化がいささか楽天的とはいえ、点滴や腹水の考え方など具体的な医療の細部も説得的で(同じことはドキュメンタリーでも述べられているが、言葉のみと映像とではやはり説得力が違う)、脚本のこなれ具合が良い。

  • 地球で最も安全な場所を探して

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      私は福島第一原発ツアーを企画している。ドラァグクイーン姿で敷地内を案内する。フクイチは事故が起きて冷却汚染水の問題が出たが、そもそも世界中すべての原発で廃棄物の中間貯蔵施設の問題がある。単に原発反対というだけで思考放棄になっている人間も多々。人類の技術の発展とその過信。ベンヤミンの詩のように楽園からの強風によって天使が今にも吹き飛ばされようとしている。その強風は進歩と呼ばれる。この作品は人類の進歩せざるを得ない悲劇を露出させている。

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