映画専門家レビュー一覧

  • 劇場版 アナウンサーたちの戦争

    • 文筆家

      和泉萌香

      全篇にわたるナレーションとテロップをふくむ構成に、見ているのはNHKのドラマ……という印象は拭えないが、呑気に茶番を流しているらしい今のテレビを思うと、映画は(もう一つのレビュー作品である「マミー」でも同様のことを感じたが)まだ間に合う、という気がしてくる。主に焦点が当てられるのは和田信賢の葛藤で、他のアナウンサーたちは登場時間は決して長くはないものの、それぞれの「貌」は(親切な説明もあり)強く焼きつくし、実枝子さんの物語などもスピンオフで見てみたい。

    • フランス文学者

      谷昌親

      NHKらしい題材であり、記録映像をふんだんに用いていることも含めて、NHKだからこその作品でもある。さらに、国が戦時体制を突き進み、報道すらも戦意高揚の道具とされていくなかで、決断を迫られたアナウンサーたちが味わうことになった苦悩を描いている点は、いまのように報道そのものの信頼性が問われる時代にあっては貴重であり、見ごたえもある。だが、「劇場版」と銘打ちながら、再編集後も、どうにもテレビ番組的としか見えない作りのままであるのは否定できないだろう。

    • 映画評論家

      吉田広明

      ポイントは二点。総力戦である戦争における市民(アナウンサー)の戦争への加担の問題。その声が人々を鼓舞してしまうとしたら、その責任は如何。第二に、情報戦として敵に、あるいは戦況を隠すため市民に流される偽ニュース。フェイクニュースが問題になる現在に反省の材料を与える。何が「事実」かは難しい話だが、主人公は上から流されてきた情報を垂れ流すのでなく、調べて話す。それが彼の言葉に力を与える。昨今の記者クラブの在り方を含め、報道とは何かを考えさせる作品。

  • フォールガイ

    • 俳優

      小川あん

      アクション映画で絶好調のデイヴィッド・リーチ監督。スタントマンとしての経験で内側から見てきた映画界をポジティブに取り入れて、映画愛が炸裂。ぜひ、スタントマンにもオスカーの受賞を……! 各部署が完璧な仕事をしていて、一体感◎な皆さんのおかげで俳優は仕事に徹していられます。感謝。こんな感じで仲間と映画作れたら最高だよね。本作を観た後に真面目な話はしたくないけど、(実はあまり観てこなかったジャンルだったので)アクション映画って際立って編集が要だと感じました。

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      死体発見を機にプロットが急転換するのを、「えっ、そんな話だったの?」と必要以上に唐突に感じてしまい、以後の展開もごちゃごちゃして見えてしまうのが、自分のせいなのか脚本と演出のせいなのかと考えこんでしまうのだが、SF超大作映画の撮影風景を見られるのが何より楽しく、エンドロールでそのさらに裏側まで見られるのも楽しい。女性キャラが全員、暴れはじめたら徹底的に暴れるのも愉快。主演ふたり快調。多くのアクションシーンのなかでも、〈見つめて欲しい〉が流れるシーンが最高にアガる。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      撮影中に大怪我をして業界を去ったスタントマンが、元恋人が初監督となる撮影に復帰するも、殺人事件に巻き込まれる。スタントマン出身で「ブレット・トレイン」でも知られるデイヴィッド・リーチ監督がTVドラマ「俺たち賞金稼ぎ!! フォール・ガイ」から題材を得たスタントマン讃歌。映画関係者しか出ないため映画ネタ満載の会話も楽しく、アクション馬鹿への愛に溢れた、マーケティング先導でない快作。タイトルバックのメイキング・シーンも素晴らしく、映画という命懸けの嘘を作る気概を感じる。

  • 新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!

    • ライター、編集

      岡本敦史

      監督の小林啓一、脚本の大野大輔、主演の藤吉夏鈴・高石あかりと、新世代の才人が一挙に集結しながら、一見まるで欲のない作りで楽しませる学園スクリューボールコメディ。体制に逆らう学生新聞部員のアナーキーな冒険を描くところは漫画『映像研には手を出すな!』を想起させ、適度に温度の低いコミカルな演出は初期の周防正行も思わせる。社会派要素を自然に盛り込む心意気にも好感が持てるが、もう少し「適度」から逸脱しても良かった。音楽が案外冴えないのも惜しい。

    • 映画評論家

      北川れい子

      若い観客層向きのとんでも学園騒動だが、“私“のナレーションに加え、各人物の説明台詞や後だし情報が多い脚本と演出はかなり甘いし、学園の闇がまたチープなおふざけレベル。ではあるが、活字離れや新聞離れが言われて久しいいま、学園の目玉という設定の文芸部と、モグリの新聞部のスパイ合戦とはかなり大胆で、一方から踊らされているとも知らず二股をかける”私“の迷走は、さしずめ文学少女の勇み足? 新聞部部長役の高石あかりが、刷り上がっていく新聞のインクの臭いにうっとりする場面にはほっこり。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      時代錯誤な設定も台詞も瞬時に観客に了解させ、没入させてしまう小林啓一は、小さな世界を周到な演出で拡張させ、学校をスパイ戦の舞台へと変貌させる。随所に一歩間違えれば白々しくなりかねない箇所が出てくるが、戯画的な描写とリアルの配分が神がかり的に絶妙。学生たちが皆良いが、藤吉と高石による〈躍動する低温演技〉が絶品。全篇にわたって空間の切り取り、カットの繋ぎが突出し、一人部室に取り残された新聞部員が立ち尽くすさりげないロングショットも忘れがたい。秀作。

  • ブルーピリオド

    • ライター、編集

      岡本敦史

      絵描きの映画は難しい。この作品も観ながら「そういうことかなぁ」と思うところ多々だったが、尺の問題もあるのだろう。絵を描くことの喜び、独自の視点の獲得など、見せ場にとっておきたいのもわかるが、そんな基本的なことは序盤で描いてしまって、どんどん高度な挑戦や障壁を惜しみなく描いてほしかった。とはいえ、トランスジェンダーの登場人物を単なる彩り以上(またはコメディリリーフ以外)のキャラクターとして掘り下げた青少年向けドラマが普通に全国公開されるのは喜ばしい。

    • 映画評論家

      北川れい子

      共感度の高い青春映画である。いや間口の広さは青春に止まらない。映画はこれまで、音楽でもスポーツでも恋でもゲームでも、何かに本気でぶつかっていく人の姿を無数に描いてきたが、本作の場合は“絵”。しかも実証的、立体的に描いているのが素晴らしい。茶髪にピアスの高校生が、放課後の美術部で偶然目にした一枚の絵に触発され、才能や将来性など一切度外視、絵という難物に体当たり。美術部員のエピソードや彼らの絵も説得力があり、主人公が唯我独尊的ではなく、聞く耳を持っているのも頼もしい。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      美大系青春映画は数あれど、ここまで描くことのみに徹した作りは異色。学校、友人、ライバル、家族も登場するが、一線を引いた距離感になっており、描くことからブレない作劇が素晴らしい。画架に置かれた紙を見つめ続ける画面が続くだけに、眞栄田のドラマチックな眼差しが本作ではいっそう際立つ。ユカちゃん役の高橋が見せる繊細な演技は自暴自棄になる姿にも品があり魅了。「ルックバック」との共通項も多いが、あちらは実写ではなくアニメが相応しかったが、本作は実写が合う。

  • #スージー・サーチ

    • 文筆業

      奈々村久生

      ヒロインの自己承認欲求が物語の引き金になるというフリがあまり効いておらず、事件解決の鍵を握ると見られたライブ配信もほとんど生かされていない。オチはわりと早い段階で明かされるにもかかわらず、それが作劇の軸となっているわけでもなく、単に構成を入れ替えて流行りのツールをちりばめただけに思えてしまう。インフルエンサーとされている男子生徒の描写は薄く、なぜ彼がそれほどまでに人気を集めているのか語りが足りていない。学校の対応も記号的すぎて全体的に粗さが目立つ。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      ミステリとしては古典的だが、見せかたが新しく音楽もすばらしく、その古い筋立てで描かれてるのがポリコレ以後の、今の人間だった。その「今」とはどういう時代なのかを書くとネタバレしちゃうが、あえてちょっとだけ書くと、この青春映画はむちゃな恋愛の加害者がもつ権利意識の話だとも読める。関係ないが「ヘレディタリー 継承」主役のアレックス・ウルフが本作ではイケメンキャラなのに「ヒメアノ?ル」や「神は見返りを求める」のムロツヨシと同じ、とぼけた顔をしていて笑った。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      ミステリ映画として非常に珍しい形を取っている。ポッドキャストやYouTubeを使って、自己承認欲求を満たす若者たちの物語で、映像の加工なども現代的なクリシェが使われている。幼い頃から推理小説が大好きなスージー(カーシー・クレモンズ)が、行方不明のインフルエンサーを捜す序盤から、その後の謎を割っていく展開が、突然倒叙ミステリになるという風変わりな構成だ。そこからサスペンスの要素が加わり、観客にハラハラ感を与える。ラストの編集の切れ味も余韻がある。

  • 夏の終わりに願うこと

    • 映画監督

      清原惟

      少女の見ている世界がまるでドキュメンタリーのように繊細に描かれていた。音がとても印象的で、舞台となっている家の周りの空気や、家の中にたくさんの人が同時に動いている感覚が音によって表現されていた。女性たちのシャワーやトイレなどプライベートな場面がいくつかあり、そこに映っている親密さや人肌の温度みたいなものが、映画の全体に響いている。主人公の少女が、親戚の家で手持ち無沙汰になって落ち着かない様子を見ながら、私自身の子どもの頃にもあった感覚が蘇ってきた。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      公衆トイレでの母娘のあけすけな会話という意表を突く導入部から、すでに不穏な気配が漂う。祖父の家で重篤な病を患う父親の誕生日を祝うために集まった大家族。その特別であるはずの一日が奇妙な居心地の悪さを抱えた7歳の少女の視点を介して、断片的な世界そのものとして提示される。ドアの向こうにたしかにいるはずの父親との再会が絶えず遅延された果てに、ささやかなクライマックスが訪れる。何かとてつもなく豊かな世界に触れたという記憶のみが揺曳する稀有な映画体験である。

  • ボレロ 永遠の旋律

    • 映画監督

      清原惟

      作曲家ラヴェルの代表曲〈ボレロ〉が生まれるまでにフォーカスした伝記映画。冒頭のたくさんの〈ボレロ〉のカバー曲のつなぎが楽しく、今に至るまで愛されてきた曲だと改めてわかる。演奏シーンが長めで贅沢な時間だったが、もう少しラヴェル独特の曲作りについて見てみたかった。クラシックの文脈だけではなく、様々な背景を基に作られたラヴェルの独自の作曲や、同時代の音楽家との交流についての言及は少なめで、生みの苦しみや私生活のウエートが高かったのが少し残念だった。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      〈亡き王女のためのパヴァーヌ〉をピアノトリオで聴いて興奮したことがある。劇中、ラヴェルがNYで黒人が演奏するガーシュインの〈私の彼氏〉に聴き惚れ「ジャズは単純ではない。複雑で力強く絡み合うものだ」と呟く。〈ボレロ〉の永劫に反復されるようなメロディの源泉にジャズがあったのではないかと夢想するのは愉しい。ラヴェルの生涯は母、ダンサー、愛人、家政婦と様々な女たちに囲繞されるも、そこには〈性〉が希薄で、倒錯にも似た依存関係が断片的な語り口で表出されるばかりだ。

  • 夜の外側 イタリアを震撼させた55日間

    • 映画監督

      清原惟

      イタリアで実際に起きた誘拐事件を基にした、5時間40分もの超大作。議員、テロリスト、家族、教皇など様々な立場の視点をもって多層的に描いている。実際の多くの出来事が起こっているときにはわからないことが多いように、渦中にいる人間の感じる混乱がそのまま描かれているような臨場感があった。長い映画でありながらどのシーンもスマートに作られていて、疲労はあっても飽きることはない。一人ひとりの物語の片鱗がたくさんあって、もっと彼らを知りたかったと思うくらいだった。

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