映画専門家レビュー一覧

  • エイリアン:ロムルス

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      構造だけ取り出せば、ゾンビだらけの呪われた廃墟にうっかり高校生たちが足を踏み入れてしまったみたいなストーリーだが、シリーズにオマージュを捧げたちょっと古風なメカニックデザインと、こけおどしのない演出が、作品全体を引き上げる。第1作に顕著だった「母体恐怖」のモチーフが再度押し出され、リブートと銘打ってはいないがリブートの趣あり。けれども最も魅力的な要素はアンディの設定、およびアンディとレインの関係。彼らを演じる若い俳優ふたりが相当達者で、今後の活躍にも期待大。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      「エイリアン」フランチャイズ最新作は1作目と2作目の間の物語。漂流する宇宙ステーションにたどり着いた若者たちがエイリアンと遭遇し壮絶な体験をする。「ドント・ブリーズ」のフェデ・アルバレスによる1&2作目のエッセンス満載の原点回帰な仕上がり。若手監督らしからぬ熟練の技のような活劇力を見せるが、かつてキャメロン、フィンチャーが自らの作家性をこのフランチャイズで示したような映画作家性はナシ。「エイリアン」フランチャイズは、怪物だけでなく大企業とも抗わないといけないのだ。

  • チャイコフスキーの妻

    • 文筆業

      奈々村久生

      女性の自立が事実上不可能だった時代で、結婚に人生を懸けようとしたアントニーナを責めるのは酷かもしれない。だが一貫して自分の理想のみを追い求め相手と現実を見ようとしない業の深さはしんどい。届いたばかりのピアノを弾くチャイコフスキーの興をぶち壊す行動や、離婚の説得に訪れたルビンシュテインを見送った後の一言にはゾッとさせられる。同性愛・異性愛に拘らず、いつの時代も恋愛や結婚には向き不向きがあり、自分に合った生き方を選択できる自由の大切さを痛感する。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      まあ映画は映画ですけど、一応この映画の元ネタではある大変な夫婦関係をやりながら同時進行で夫は世界的な名曲を書いてるのが凄い(その名曲〈白鳥の湖〉をジョン・カサヴェデスの「こわれゆく女」でジーナ・ローランズが踊り狂ってるのも、考えてみると凄い。チャイコフスキー夫婦のこと念頭に曲を選んだのかな)。これは夫が悪いとか妻が悪いとか、才能ある人と結婚してはダメとか、愛なき恋をしてはダメとかそういう話ではない。どうすることもできなかった可哀想な「寂しさ」の話だ。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      チャイコフスキーの妻アントニーナは悪妻として知られる。この映画は史実として伝えられる彼女の愚かで無神経な振る舞いを踏まえつつ、一途にチャイコフスキーを愛した情念の女性として描く。そのため熱烈だが、愛されようと身勝手に振る舞う分裂した女性像になっている。ただチャイコフスキーを囲む男性の友人たちのミソジニーが、一人の女性に露骨ないじめを働く結束を作る、ありがちな構図を描き抜いたのは誠実だ。美しい映像でも夫婦両者が不快な143分を見続けるのはしんどい。

  • 憑依(2023)

    • 文筆業

      奈々村久生

      イカサマ祈?師コンビの詐欺行為がぬるいコントみたいで煮え切らないのに対して、占い師のパク・ジョンミンがケレン味たっぷりの芝居で引き締めている。依頼人として「パラサイト 半地下の家族」の家政婦と夫を演じた二人や、仙女役でBLACKPINKのジスも出演。近年は是枝裕和監督の映画に参加するなど演技派として箔をつけたそうなカン・ドンウォンだが、「チョン・ウチ 時空道士」をはじめとするスピ系のアクションは得意分野で、こういうトンチキな作品に出てしまうのは嫌いじゃない。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      こういう筋書は大好きなんだが、恐ろしさも笑いもなにもかもが不発でもったいない。漫画の原作で動かないものをCGで動かして実写映画化と言われても困る。主人公に魅力がないのは、物語の中で変化していかないからだ。弟や悪鬼との因縁も、助手がなぜ主人公に命がけでついていくのかも、天女に憑依された占い師も、ヒロインの眼の超能力も材料はいいのに中途半端。ラスボスの悪鬼もチンピラの親分みたい。なによりエロスがどこにも見当たらない。ようするに「神話」になっていない。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      カン・ドンウォンは相変わらず美しいのだが、善悪に分かれる霊的な対戦は使い古されたテーマだ。「哭声/コクソン」や「呪詛」といった異形のホラーが登場しているのに、いまさらこういった単純な戦いに引き戻されるのは飽き飽きしてしまう。CGで描く光の線も一昔前のものだ。だが主人公が一見偽者のような祈?師で、おおよそは人間の行動に現れた心理の痕跡から、持ち込まれた事案を解決する冒頭が面白い。探偵の能力は祈?と別物なので、そういった頭脳の鋭さも持った主人公は魅力がある。

  • 箱男

    • ライター、編集

      岡本敦史

      石井岳龍監督の「映画表現と文学表現を横断する」一連の試みの集大成とも言うべき力作。前衛的文芸作でありながら「ELECTRIC DRAGON 80000V」顔負けのアクション娯楽作にもなっていて、確かにこれは石井監督にしか作れない。長年にわたり紆余曲折を繰り返した執念の企画だが、出来上がってみれば「ほら、だから面白い映画になるって言ったじゃないか!」という監督の声が聞こえるような、清々しい快作となった。箱をまとった永瀬正敏の所作の美しさ、キレのある動きにも惚れ惚れ。

    • 映画評論家

      北川れい子

      安部公房の原作は遙か昔、背伸びをして読み、リアルな観念小説という記憶以外、ほとんど忘れていたのだが、石井監督がその観念を人物たちの言動と挑発的な映像で具象化しようとしていることに敬服する。戦後の昭和。箱の中から外の世界を覗き見る正体不明の箱男。そんな箱男に惹かれる訳ありの男たち。ただ原作が書かれた当時はともかく、ダンボール生活というと、どうしてもホームレスを連想してしまい、それが観ていて落ち着かない。“箱男を意識するものは箱男になる”という言葉も皮肉に聞こえて。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      90年代日本映画にどっぷり浸かった身としては「暴走機関車」「連合赤軍」より実現を夢見た幻の企画だけに感無量。意外や緻密に原作を解体再構築しており、箱男たちが全力疾走し、過剰なまでのアクションを見せる野放図な石井の世界と接合させる荒業が成立してしまう。永瀬、佐藤、浅野に囲まれ、伝説とは無縁に堂々たる存在感を見せる白本彩奈も出色。ただ、ヒッチコックの「裏窓」が観客を一体化させてスクリーンが覗き窓と化したことを思えば、本作の終盤は説明過多にも思える。

  • サユリ(2024)

    • 文筆家

      和泉萌香

      原作からそのまま飛び出してきたような、最強婆ちゃんを演じる根岸季衣の弾けっぷり! 呆気にとられるほど最悪な、しかもそこから逃げられない!という事態に立ち向かうには、兎にも角にも元気を出すことだと文字通りパワー全開、エンジン全開で推し進める痛快さ。一人の少年の通過儀礼的物語でもあり、怨霊化した少女の理由も哀しいのだが、そんな余韻は残させないとばかりにたたみかけるサービス精神。まったく納涼にはならない真夏のエンタテイメント・ホラー。

    • フランス文学者

      谷昌親

      「貞子vs伽椰子」も撮っている白石晃士監督だけに、Jホラーをしっかり踏まえているはずだが、家にまつわる物語でありながら、その映画的な表現は「呪怨」に遠く及ばない。もちろん、この「サユリ」の場合、Jホラーとは異なる試みをしているのだろうし、実際、突如としてアクション映画のごとき展開になるあたりには痛快さも感じられるのだが、それも、凄惨でひたすら内向きの復讐劇となっていき、それでいて都合よく事件性が発覚しないというのでは、作品としての緊迫度が保ちえない。

    • 映画評論家

      吉田広明

      後半になって中心になる人物すら変わってくるあたりが新機軸ということになるだろうが、それまでの前半がホラーとしてはありきたりで若干タルく見える。悪霊vs.祖母=長男チームのバトルと、サユリがいかにして悪霊と化したのかの哀話の交代。前半後半に分かれ、さらに後半も二重化して、構造が若干煩雑。バトルのロックなノリが、サユリ周りの話でスピードダウンしている。さらにサユリの陰惨な過去も挿話的な処理で、深刻な話をネタ使いされているようであまりいい気はしない。

  • ラストマイル

    • ライター、編集

      岡本敦史

      確かにこれは現代日本の縮図かも、と思わせる大舞台で展開する犯罪サスペンス大作として、出色の出来。多くの問題提起を喚起するイマドキの社会派娯楽作としても秀逸で、野木亜紀子脚本のうまさを全篇堪能できる。家族連れで賑わう商業施設の爆弾テロ発生シーンも「よくやった!」と言いたい。観客の反感や疑惑を買うことも臆さず、謎めいた主人公を演じてのけた満島ひかりが素晴らしい。ドラマとのリンクは別段気にならないが、本篇自体がTVドラマの劇場版っぽい必要はなかった。

    • 映画評論家

      北川れい子

      お客のために少しでも安く早く。舞台となる巨大な物流倉庫の俯瞰映像には目を見張る。ベルトコンベアで選別された無数の荷物は一瞬も止まることなく流れ続け、まさに人が荷物に使われているの図。ともあれ物流業界の厳しい実情を背景に、慌ただしくも賑々しい娯楽サスペンスに仕上げた脚本の野木亜紀子と監督・塚原あゆ子のお手並みに感心する。もし業界のシステムの闇に本気で首を突っ込んだら、ドラマ『アンナチュラル』『MIU404』チームのファンサービス的な出番もないだろし。ただちょっと後味が。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      いやはや面白い。「新幹線大爆破」「太陽を盗んだ男」を視界に捉えるところまで肉薄した快作。モデルも露骨な巨大ショッピングサイトの倉庫を舞台に、物流、配送の問題と爆弾テロを巧みに組み合わせた野木亜紀子の脚本と、脇に主役級の俳優たちを顔出しさせつつノイズにしない演出も良い。火野正平と宇野祥平の委託ドライバーを湿っぽくせずに描き、派遣社員をわかりやすい悪役にしない見識も買う。ここまでできるなら、さらに求めたくなる面もあるが、一夕の娯楽としては申し分なし。

  • 至福のレストラン/三つ星トロワグロ

      • 映画監督

        清原惟

        とにかく美しい料理と、美しい所作と、それができるまでの過程を丁寧に撮っていて、一生のうち一度でいいから行ってみたい、と思わされる。こだわり抜かれた料理を作るためのシェフ同士の本気のディスカッションが、じっくり映されているのはワイズマンの映画らしい。一方で、時折はさまれる食材や料理、風景の実景カットも五感が刺激され魅力的だった。長尺の作品だが、一つひとつの食材の生産者への取材も含まれていると考えると、このボリュームになるのは必然なのかもしれない。

      • 編集者、映画批評家

        高崎俊夫

        美しい自然に囲まれたフランス中部のウーシュにあるレストラン〈トロワグロ〉の料理人たちがワイワイ言いながら近所の川で魚をとり、野菜をつんでいる至福に満ちたシーンを見ながら、フランスは農業国だったんだなとあらためて思った。まるでジャン・ルノワールの「ピクニック」(36)を思わせる豊穣なる風景のなかで、ワイズマンは、〈トロワグロ〉が優雅な美食家たちに愛される秘密をあらゆる角度からみつめて、そっと差し出す。これはブリア=サヴァランの向こうを張ったワイズマン流「美味礼讃」でもある。

      • 映画批評・編集

        渡部幻

        料理に集中する人間の表情と全肉体の動作はあまりに魅惑的なので、しばし時を忘れる。フレンチ・レストラン〈トロワグロ〉の内幕を追って「偉大な芸術家のアトリエを見るよう」と語るワイズマンのカメラにも穏やかな集中美がある。職人技の美学、客の望みを共有して実現する、もてなしのプロフェッショナリズムとエレガンスに見惚れる内に4時間が瞬く間に過ぎていく。代々受け継がれてきた過去の蓄積が子供世代の未来に繋がることを願う終幕の言葉と共に、この映像作品もまた芸術へと昇華されるのだ。

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