映画専門家レビュー一覧

  • 幸せのイタリアーノ

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      リメイク元の「パリ、嘘つきな恋」は未見だがほぼ同じプロットらしい。金持ちのクズ男の性根を、強く賢い女(でも彼女があまりに高スペックすぎるのが、まるで障がいを相殺するための設定のように見えてしまいそうなのはつらい)が叩きなおすだけでなく、恋人にまでなってあげるというおなじみのパターンの物語で、こういうのは俳優に魅力がないと見ていられないのだが、M・レオーネがとてもよく、P・ファヴィーノの芸域の広さにもびっくり。いつの間にやらカップルが複数成立しているのも可愛い。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      仏映画「パリ、嘘つきな恋」のリメイク。モテ男の独身経営者が車いすテニス・プレイヤーでありヴァイオリニストの美女と出会い、彼女を口説くために自分も車いすの障がい者と偽り積極的にアプローチするコメディ。これぞイタリア伊達男といったファヴィーノと抜群の美貌を誇るレオーネといったスクリーン映えする二人のやりとりの軽妙洒脱さが見事でヨーロッパならではの大人のラブコメを堪能。イタリア人がそのイタリアらしさを苦笑している感じも良い。

  • 時々、私は考える

    • 俳優

      小川あん

      舞台はポートランドに近い、オレゴン州の港町。その閑散とした町とは裏腹に、陽気な地元の人々。主人公のみが寂寥感ただよう町の空気感を背負っている。監督はフランの特徴に焦点を当て、生活の細かい隙間まで冷静沈着に設計している。おそらく就寝時間にも誤差がないフランは新しい同僚に出会い、寝室脇にあるデジタル時計の時間が進んだ。彼女の微細な感情の変化に至るまでの貴重な時間を体験。エニェディ・イルディコー監督「心と体と」と並ぶ、静かに心に残る稀有な良品質の作品。

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      人づきあいに悩んでいる、というよりみずから孤独を選んでいるようにしか見えないフランの芯にあるのは、無価値な自分は誰からも愛されるはずがないという思いこみなのだろう。自分を愛することができない彼女は当然空想の世界に生きざるをえないのだが、ロバートの出現が彼女の硬い殻にひびを入れはじめる。状況を打開しようと主人公が行動する瞬間がほぼ終盤に至るまでないので、その意味で「何も起こっていない」かのように見える映画だが、その「何もなさ」はなんと豊かで変化に満ちていることか。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      「スター・ウォーズ」のレイ役でブレイクしたデイジー・リドリーの主演・プロデュース作。常に自分の死にまつわる妄想を考えている地方都市の孤独なワーキング・ウーマンが職場に新たに入った男性などとの出会いによって徐々に変化していく様子を描く。彼女にシンパシーを持つ人はいるのだろうと思うが、いかんせん物語のグリップ力が弱すぎる。女優プロデュース作はより自分が綺麗に見えるか、または極端にネガに見えるかをやる傾向があるが、これは後者。妄想シーンの美学的な世界に星ひとつ追加。

  • このろくでもない世界で

    • 文筆業

      奈々村久生

      韓国映画のノワールでも湿っぽいほうの系統。負の連鎖がどんよりと重いタッチで描かれるが、脚本の展開とそれに沿った編集、音楽はいささか緩慢で、暴力描写がいたずらに長い。ソン・ジュンギの演じる悪漢はクールな姿勢を崩すことなく設定以上の奥行きに欠ける。主人公はとても賢いとは言えない選択を繰り返し自分で自分を追い詰めていくが、劣悪な家庭環境で育った少年を殊更に美化しない描き方には誠実さを感じる。彼の妹ハヤンを演じた“闇のIU”ことBIBIには演技を続けてほしい。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      とても気合の入った映画なのはわかる。しかし、これは結局のところソン・ジュンギ演ずるチゴンのキャラクターを美しく描くための映画だったのではないか。いや、それはそれでもちろんいいのだが、本作では、彼を美しく描いた結果として、コーピングではない最悪の自傷である〈暴力〉を、最終的に肯定することになってしまっていないか。比べるものではないけれど、同じくろくでもない、やりきれない暴力の?末を描いた邦画「ケンとカズ」は救いも希望もなかったぶん、僕には嬉しく感じられた。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      主人公のヨンギュはDVを受けて育ち機能不全となったアダルトチルドレン。彼が入った半グレ集団のリーダーを演じるソン・ジュンギは、カッコイイを通り越してカッコ良すぎるキャラになっている。俯瞰的に見ると彼は半グレを使役するヤクザとの折衝役だ。ヨンギュに幼い頃、父親から虐待を受けた自分を見出してひいきにすると同時に、恩義という概念を否定し、憐れみは懲罰の対象になると教える。ヤクザの命令でいかようにも動く立場と、このひいきが矛盾し、違和感や破綻を残す。

  • ロイヤルホテル

      • 文筆業

        奈々村久生

        前作「アシスタント」と同様、キティ・グリーン監督は言語化や証明の難しい身近なハラスメントの実態を可視化させている。仮にこの映画でワーホリ女子に向けられた男たちのセリフを録音し、されたことの被害を訴えても、彼らを法的に裁くのは困難と思われる。だからこそフィクションで語ることに意義があり、脚本や演出は敢えて立証できない暴力のあり方を丁寧に探る。田舎町での住み込み労働という閉鎖的な環境と話の通じない輩に取り囲まれる絶望。その恐怖はほとんど「悪魔のいけにえ」だ。

      • アダルトビデオ監督

        二村ヒトシ

        どうしてこうなってしまうのかさっぱりわからない。そもそも酔って性欲の対象にからむ気持ちが僕にはまったくわからない。この映画を観ると、男たちが酔っ払いたくて酔っ払ってるわけじゃないらしいことはわかるが。旅先で怖い目にあうホラー映画を知ってるから怖くて僕は旅行にもいかない。だから文化人類学のフィールドワーカーを尊敬する。ただ、この映画のラストは想像してたのよりも面白かった。このまま主人公たちが世界中を放浪し、日本のスナックでもバイトする続篇はどうか。

      • 映画評論家

        真魚八重子

        導入から無駄を省いたメインストーリーへの運びがスマートだ。女性が男性に対し薄っすら感じている恐怖が端的に描かれている。侮蔑的な言葉、目的のわからない付きまといといった悪意は、実際におおよその女性が経験したことのある気味の悪い出来事だ。それに同調する女性もいるし、抵抗を見せる女性がいるのも自然であり、どちらが良い悪いではない。同じくオーストラリアを舞台にした「荒野の千鳥足」を彷彿とさせたが、ラストの反撃は現在の女性映画によるマニフェストであろう。

    • 村と爆弾

      • 映画監督

        清原惟

        日本軍による占領下の台湾の村で起きる様々な出来事を、コミカルに描いた80年代の作品。戦時下で貧しい暮らしをする農民たちの日々の辛さを描きつつも、主人公たちのどこか抜けている性格もあり、全体にほのぼのした時間が流れていた。みんなが爆弾を恐れているのに、自分の服のことを気にかける日本兵や、主人公たちが爆発しないことを証明したくて、棒で爆弾を叩く描写などには、ハラハラしながらも思わず笑ってしまう。魚が食べられずに泣いている子どもたちの素朴さが心に残る。

      • 編集者、映画批評家

        高崎俊夫

        ワン・トンが描く《台湾近代史三部作》の一本は日本統治時代の台湾の農村を舞台にした初期の今村昌平、渋谷実を思わせる辛辣な風刺精神がみなぎる重喜劇だ。太平洋戦争末期、疲弊した農村が、米軍が落とした一発の不発弾によって俄に活気づく。素朴で牧歌的な農村コメディが一挙に恐怖と隣り合わせのブラックな不条理劇へと変貌するさまがお見事。飛び交う片言の日本語が苦渋を誘い、村の巡査が口ずさむ軍歌〈日本陸軍〉の?天に代わりて不義を討つ、の一節が耳にこびりついて離れない。

    • 逃走中 THE MOVIE

      • ライター、編集

        岡本敦史

        人気ゲームバラエティ番組の劇映画化という趣向自体にはなんの異論もない。面白ければ全然OKだが、結局なんの驚きも興奮もないまま終わった。反撃も対決もせず逃げ続けるだけのアクション映画がいかに成立し難いか思い知らされる内容だが、それ以前に、親友同士という設定にまるで実感が伴わない主人公たちのドラマが空虚すぎて震えた。現実世界を異世界のルールが侵食するという設定が映画版「クレヨンしんちゃん」そっくりで、敵キャラのドラァグクイーン3人組もすごい既視感。

      • 映画評論家

        北川れい子

        テレビのバラエティ番組をドラマ化した映画だそうだが、ごめん、始まって5分ほどでスクリーンの前から“逃走”したくなった。友情と絆をベースにしたゲーム仕立ての青春アクション? 最後まで逃げきれれば賞金がドサッ!? が、設定もキャラも実に雑で、口裂け男まで登場、逃げて逃げての逃走シーンもただそういう場面があるだけ。彼らを追うハンターたちのナリフリが、サングラスに黒服、ネクタイで、以前の“NO MORE 映画泥棒”のキャラそっくり。まぁ勝手にやってれば。映画を観るのも忍耐なのだった。

      • 映画評論家

        吉田伊知郎

        ひたすら追われて逃げるだけの映画の根源的な面白さに満ちた設定なのに、サスペンスの欠片もない。若者たちの古臭い青春回顧物語も邪魔。中途半端にテレビと連動させ、タレントの顔出しが多いのも興を削ぐ。それなら、「ミンナのウタ」のGENERATIONSのように、本作のJO1もFANTASTICSも本人役にした方が良かったのでは? 「もし徳」に暴れん坊将軍役で出なくて正解だった松平健という俳優のスケールを生かせていないのも無念。長井短のヒールぶりが見どころ。

    • 化け猫あんずちゃん

      • ライター、編集

        岡本敦史

        実写をトレスするロトスコープという作画技法は、現実を解剖するような生々しさと異化をアニメーションにもたらす。本作のもっさりした妖怪キャラたちはその効果を台無しにしそうに見えて、見たことのないリアリティと愛らしさをしっかり兼ね備え、そこに才人・久野遥子監督のセンスと巧さが光る。実写担当・山下敦弘監督のアニメ的定型から離れた構図も新鮮な化学反応を生み、のどかなのに終始ゾクゾクした。原作には登場しない、ちょいワルな主役の女の子も抜群にかわいい。

      • 映画評論家

        北川れい子

        猫漫画、猫アニメに外れなし! いえ、ネコ好きの独りごとです。それにしてもアニメ化された大島弓子の傑作漫画『綿の国星』の猫同様、等身大に擬人化された茶猫・あんずちゃんのキャラと言動の愉快なこと。お寺の住職に拾われて37年、バイクで出張マッサージもする町の人気者。ただかなり皮肉屋。そんな猫人間が、住職の孫娘の世話をする羽目になって化け猫ぶりを発揮、リアルとファンタジーを巧みに融合させた展開は、絵も色も軽やか。ロトスコープなるアニメ手法が効果的で、そして森山未來の声!

      • 映画評論家

        吉田伊知郎

        船頭が多くとも順路が一致すれば、こんな快適な旅が待っている。原作への愛着が迸る久野・山下両監督に、これまで河童に蛙、さらに神も地獄も平然と自作に登場させてきた、いまおかしんじの濃厚な脚本を理想的な形でアニメーションへ昇華。「お引越し」「つぐみ」から触発されたという映画オリジナルのヒロインの異分子ぶりも良く、終始不機嫌な少女と、あんずちゃんのドライでシニカルな描写の数々が素晴らしい。死を描きつつ安易な感動に利用しない作劇に、じんわりと涙が滲む。

    • フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

      • 俳優

        小川あん

        人類の歴史的偉業「アポロ11号」の題材にひねりをくわえ、その裏側に存在したメディアの嘘を描いた壮大なブラックユーモア。それに留まらず、たくさんの夢と希望が詰まっている。95年に製作された「アポロ13」から、語りのアプローチがここまで飛躍するとは。NASAの当時の貴重映像とともにさまざまなギミックを駆使したオープニングから一気に心を掴まれる。後はもう映画のリズムに乗るだけ。やっと、バーランティ監督の実力が明らかになった。これからどんどん映画を撮ってほしい!

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