映画専門家レビュー一覧

  • 夜の外側 イタリアを震撼させた55日間

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      20年前に「夜よ、こんにちは」で描いたアルド・モーロ元首相誘拐・殺害事件を340分という長尺で再話するマルコ・ベロッキオの意図は奈辺にありや。確かなことは単純な二項対立的なイデオロギーに依拠しない、真の《政治映画》の可能性が極限まで追求されていることだ。過去にフランチェスコ・ロージのような逸材を生んではいるが、ベロッキオは、もっと歴史、宗教が複雑に絡み合う人間性の深層に錘鉛をおろす壮大なフレスコ画のような映画を撮った。まさに前代未聞の試みである。

  • マミー(2024)

    • 文筆家

      和泉萌香

      95年生まれの私にとってこの事件は物心がついてから一番初めに鮮烈に心に残ったニュース映像の一つだ。少し大人になり、様々な犯罪事件のニュースを見るたび、女は加害者であろうが被害者であろうが、こういう好奇の対象として晒されてしまうんだ、と思った。不謹慎ながら大変面白かった。ここまでの矛盾や疑問が事実としてあるにもかかわらず、訴えを無視し再検証しないままでいることは、いち事件を超え、我々日本国民みなにもっと身近な形で、恐ろしい形として噴出するのでは。

    • フランス文学者

      谷昌親

      このドキュメンタリー映画の興味深いところは、あえて客観的な立場を棄てているところだ。もちろん、丹念な取材を重ねつつの撮影だということは観ればわかるが、客観性にこだわるのであれば、もっと別のアプローチや撮影の仕方がありえただろう。しかし、死刑判決にいったん疑義を抱いた二村真弘監督は、その疑義を原動力に突っ走る。そして、ついには取材のために法を破る挙にまで出て、そうした自分を被写体にしてもいる。そのあやうさによる揺らぎがこの映画を「作品」にしている。

    • 映画評論家

      吉田広明

      主人公は死刑囚の長男と監督自身である。関係者ながら当時小学生で半ば傍観者であった長男が、外在的な監督の視点を共有して真相探求を主導する。その過程自体の粘り強さに頭が下がるし、説得もされるが、正しさの主張だけでは映画として食い足りない気がするのも確かで、被告一家、近隣住民の人物像を掘り下げる(これが難しいのは分かる)なり、真犯人に関する新たな視点を打ち出すなりしてほしかったが、これは犯罪映画を見過ぎている人間のないものねだりばかりとは言えまい。

  • 赤羽骨子のボディガード

    • ライター、編集

      岡本敦史

      三池崇史ミーツ学園ラブコメ群像劇という感じの原作はすごく面白くて、版元のサイトでレビューも書いた。漫画表現の魅力にも満ち溢れた作品なので、期待と不安が半々の実写化だったが、まずは予想以上の出来栄え。特に脇のキャストの豪華さ、各キャラのスタイリングの手厚さには驚く。この顔ぶれに惹かれて若い観客が映画館に詰めかけてくれるなら非常に嬉しい。欲を言えば、軽妙さと丁寧さのメリハリ、殴る蹴るだけでなく物体破壊も盛り込んだアクションの多彩さが欲しかった。

    • 映画評論家

      北川れい子

      学園の生徒たちの制服は男女とも真っ白な上下に黒いシャツとブラウス。何度もある集団アクションでは当然泥まみれ。そのたびにあらためて白い制服を用意する衣裳部さんの苦労が気になって。さらに言えばラウールほか男子生徒役がほとんど大人顔だけに、学園に紛れ込んだ白いホスト集団にも。と、話の中身より外観ばかりに気をとられ、ビジュアルからして人騒がせ。ともあれここまでぶっ飛んだ設定だと、ただただ呆れて成り行きを観ているだけ。脱力系の笑いもご苦労様。土屋太鳳の大変身はドッキリ級!

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      単純明快な基本設定を愚直に実写化し、アクションを的確に見せ、プロフェッショナル学生集団を巧みに描き分けた作劇が成功。ラウールの二枚目半ぶりが予想外に良く、長身を生かした所作がアクションと笑いを弾けさせる。この逸材を日本映画は逃してはならない。土屋太鳳の男装の麗人ぶりも素晴らしく、彼女を見るだけで料金分の価値あり。キラキラ映画の受けの芝居には魅力を感じなかったが、奇想とアクションを前にしたときの攻めの演技は突出。もうバンコランも彼女に演ってほしい。

  • Chime

    • 文筆家

      和泉萌香

      見ているだけで陰気な気分になる終始のぺっと薄暗い画面に、耳障りな音をなんてことないというふうに上書きする音の数々と、凝縮された不穏な世界を楽しむ。目撃者と実行者、加害者と被害者、二人だけの蟻地獄的空間と転ずる、規則正しく障害物(机)が並べられた料理教室が恐ろしく魅力的。「走ってもダメ、叫んでもダメなら、もう踊るしかないんじゃない?」と思ったぐらい、何もかものあまりの動かなさにキツくなったが、最後まで濁った虚無のままに締めくくられた。

    • フランス文学者

      谷昌親

      いくら男の狂気を示すためとはいえ、殺人のシーンは後味のいいものではない。しかし、その後味の悪さを呑み込むように、料理教室が不気味な空間に変貌し、人物たちが異星人のように感じられてくるのだ。そうした不穏さを象徴するのが、料理教室のすぐ横を走る電車の音と光であり、いつのまにか耳に響きだすチャイムで、それは、映画そのものが現実とのずれのなかで奏でる不協和音ともいえよう。縄のれんが揺れ、ドアが開くだけで戦慄が走るのは、黒沢清作品ならではの映画的体験だ。

    • 映画評論家

      吉田広明

      脳内でチャイムが聞こえるという料理学校生徒の自死以後、主人公の周り、主人公自身に異変が生じる。黒沢監督おなじみの半透明の幕が、ここでは扉の内と外を意識させるチャイムや、教室の外から内に差し込む光などに敷衍され、映画内で起こる様々な異常が主人公の脳内の話なのか、現実なのかを曖昧にする。尺が短いので、その事態の意味までは手が届いていないのが物足りないが、ほんの数ショットで自身の映画時空間を立ち上げ、タマの違いを見せつけてくれる技量は流石と言えよう。

  • コンセント/同意

    • 文筆業

      奈々村久生

      観ることに大きな苦痛を伴う体験であったことは否定できない。だが今はこの痛みに耐えなければいけない時期なのかもしれない。小児性愛者による性加害は被害者の立場があるだけにタブー視を避けられない側面もあり、本作が実話ベースであることはさらにハードルを上げるが、フィクションの中でこそきちんと犯罪として描かれ人の目に触れることに意味がある。文壇の権威が犯罪を芸術にすり替えてきた光景のおぞましさ。それがいかに被害者の人生を破壊するか、表現が現実を救うことを切に願う。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      人をコントロールすることで自我を補強したい人間がいる。支配されることで自我を失って「もの」になりたいと願う人もいる。その欲望は大人同士で、相手との信頼関係のもとセックスの場だけで満たすぶんには問題ないが、関係が日常を侵食してはならない。傷ついてる「子ども」は、尊敬している人に愛されて性的に支配されることで自分は何者かになれると夢みてしまう場合がある。この映画は中学生に授業で(もちろん個々のフラッシュバックへのケアは、なされつつ)観せるといいと思う。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      まだ経験が浅く是非を判断するのが難しい未成年から、交際の同意を得たと盾に取る大人は卑劣としか言いようがない。邪悪で頭がよく回る男が、少女を相手に彼女が狭量で自分本位であるかのように言いくるめる脚本と演出は、非常にリアルゆえに気分が悪い。今でこそ小児との性交渉は厳しく処罰されるが、文化人の趣味嗜好となると特別視してしまうのは、改めて危険だと感じる。“自分は選ばれた”とのぼせてしまう少年少女への注意喚起で、本作を見せて水を差すのは有効かもしれない。

  • ツイスターズ

    • 俳優

      小川あん

      さすがの「ジュラシック・パーク」製作陣はオクラホマの麦畑、そよぐ草の立体感といい、自然を生き生きと見せるのがお上手。しかし、たちまち巨大な竜巻が美しい風景と地元の人の生活を奪う。ちょうど試写室を出たときに、空がドヨンとしてて、しばらくは震えてたのでかなり没入していた。パニック映画を見ると、もしそうなったときに助かる方法を心得た気持ちになる。実際に竜巻に遭遇した人のインタビューとメイキング映像も合わせて楽しんだ。車にドリルが装備されてるの、いいなぁ。

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      こんな非常時に「フランケンシュタイン」の上映を続けている場合か!とか思うが、スクリーンが破れたその先に、まさに人間が自然=神に挑戦する光景が広がっているという趣向なのだろう。竜巻が繰り返されすぎてこちらが慣れてしまうのが難だけど、最初の竜巻の壮絶な描写は、のちの展開に非常に効果的。「ミナリ」の監督が起用されたことは誰もが意外に思うだろうが、CGと人物描写とのバランス感覚と、風景を取りこむセンスが抜群。魅力的な次世代スターの顔合わせもあって、今後伝説になる映画かも。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      米オクラホマ州を舞台に、巨大化する竜巻に対し竜巻破壊計画を企てる若きチームの奮闘を描く。スピルバーグが製作総指揮で、彼が以前に製作総指揮を務めた「ツイスター」(96)よりもスケール感&VFX感がアップ。今回は監督が「ミナリ」のリー・アイザック・チョンで、もっと人間ドラマが描かれているかと思いきや、シナリオが凡庸であくまで竜巻中心の筋運びでガッカリ。才能ある若手映画作家がブロックバスターを手がけると、予算とVFXはふんだんだがドラマ性や美学性が稀釈されるというハリウッド・システムの悪しき最新例。

  • もしも徳川家康が総理大臣になったら

    • ライター、編集

      岡本敦史

      原作は「ビジネス小説」に分類されるそうだが、特に新味のある内容ではない。永田町が火の海になる愉快な展開とか、「シン・ゴジラ」ばりの国家改造シミュレーションとかいった見どころもなく、あるのはCM的なギャグの羅列のみ。また、劇中でフィーチャーされるのは一緒に蘇った秀吉や信長の政策で、家康はそれっぽい長広舌を披露するだけなので、タイトルの答えも見当たらない。国民の投票率アップを促すエクスキューズ的展開も、むしろ逆効果の感もあり、はなはだ迷惑である。

    • 映画評論家

      北川れい子

      監督の武内英樹と脚本の徳永友一は「翔んで埼玉」シリーズのコンビ、しかもGACKTまで出演するということで、「翔んで埼玉」級の人騒がせな笑いと展開を期待したのだが、賑々しいわりには芝居のド派手な絵看板でも観ているようで、かなりがっかり。それでも話の導入部には身を乗り出し、現実の不甲斐ない政治家たちも、いっそAIで信頼できる人物に、と思ったりしたが、偉人内閣の面々は、通り一遍のイメージに収まったままで格別な活躍はなし。にしても家康のラストの大演説はお節介にもほどがある!

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      偉人たちはAIで復活したホログラムで、時代変化も学習済、歴史上の禍根も抱かないようになっている懇切丁寧な設定が面白さを削ぐ。上杉謙信が瞬く間に自衛隊の装備を扱えるようになっていた「戦国自衛隊」よろしく、タイムスリップで偉人たちを強制連行してきても現代に順応したはず。ホログラムだから斬っても撃っても効果なしであることも生かされていないし、最後に現代人へ向けて偉人たちが説教臭い話を長々とするのも閉口。何より浜辺美波を輝かせていないのは許しがたい。

  • 幸せのイタリアーノ

    • 俳優

      小川あん

      王道を王道たらしめる作品。金持ち、傲慢で女遊びの激しい主人公の男性が、障がいを抱えている、才能溢れる女性に本気の恋をする。王道が故にすべてを肯定しがち、それでもって映画はヒット……。私にとっては、ドラマになる要素をあらすじで示せてしまう映画は味気がなく、消費される恋愛外国映画のカテゴリーに属してしまう。フランス映画「パリ、嘘つきな恋」のリメイク作品とのことだけど、誰が撮ったらいいかなと妄想……キャメロン・クロウだ! そしたらちゃんと面白くなりそうなのに!

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