映画専門家レビュー一覧
-
M/村西とおる狂熱の日々
-
フリーライター
須永貴子
本篇の約7割を占めるアダルトDVDのメイキング映像には、準備不足なのに見切り発車した先の地獄絵図が赤裸々に映し出されている。トラブルシューティングがすべて村西監督の応酬話法、しかも言行不一致のため、現場に不満が蓄積していく。この舞台裏の記録は、AVやこの人物に関心がなくても、集団で仕事をする人には有益かも。本人インタビューで語られる、そんな状況でも心が折れない理由は“ザ・人間”という清々しさ。絶対に一緒に仕事をしたくない人だけど。
-
脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
ゴジラが出現したちょうど30年後の84年、村西とおるがAV監督として世に躍り出てきた。モンスターだった。ロマンポルノをやっていた我々は彼の一撃で粉々に吹っ飛んだ。が、バブル崩壊と共に村西は消え、日本は多くのものを失い、その代わりに妙な言葉が定着していった。コンプライアンス、ガバナンス、ハラスメント、そして英語に訳しようもない忖度。つまらない世の中になった。その村西が蘇りつつあるという。この映画はその予告と思いたい。やがて哀しきモンスターに幸あれ!
-
映画評論家
吉田広明
「全裸監督」で描かれた絶頂期以後の村西の映像だが、ドラマのヒットにあやかっての蔵出し感は否めないし、その題材である、借金五十億からの再起をかけたVシネと三十数本のAV同時撮影の現場もトラブル続きでまともに機能している気はしないしで、見始めてしばらくは辛いのだが、やはり役者のイメージが支配的な「全裸監督」よりも本人の固有性がもろに出ているドキュメンタリーでの村西のキャラは確かに蠱惑的であり、ついつい見入ってしまうことになる。
-
-
台湾、街かどの人形劇
-
アメリカ文学者、映画評論
畑中佳樹
台湾布袋戯(人形劇)の最後の輝きをとらえたドキュメンタリー。初めに人形遣いをめぐる映像がある。人々が様々な言語で喋り、そこへ最小限のナレーションが付く。やがてそれらは背景へ退き、代わりに手が、人形が、地の上の図として浮き上がり、人形が言葉のようなもの、生きている記号となって辺りを静まり返らせる。この時の背景がたとえようもなく美しい。黒子を消すのがアニメ、人形劇なら、皺くちゃの黒子にこそしみじみと見入ってしまうのが映画なのだろう。
-
ライター
石村加奈
初めて見た、台湾の伝統芸能「布袋戯」の、繊細な人形の動きに魅了された。布袋戯についての知識が乏しいため、芸能の歴史と消滅の危機に瀕した現状、家を継ぐこととそれに伴う親子の葛藤など、盛りだくさんの内容がうまく消化できず、無念。エンドロール直前、正しく記録させようと「急げ」と言いながら何度も実演してみせた陳錫煌のエピソードからの「人なら磨きあげろ!」とロックな主題歌の勢いのよさに、肝にすべきはここだったのでは? とも。10年の間に、編集点がぼやけたか。
-
映像ディレクター、映画監督
佐々木誠
冒頭から80歳を超えた陳錫煌の一挙手一投足に釘づけだった。台湾の伝統芸能「布袋戯」を代表する人形師で、人間国宝でもあるのにもかかわらず、彼は常に葛藤している。父であり師、伝説的な人形師・李天祿の死してなお圧倒的な存在、そして「布袋戯」の変化と衰退の実感が彼を焦らせ、行動へと突き動かす。その10年間の記録だが、老体に鞭打っているようには全く見えない。アーティストは死ぬまで己と対峙して青春するんだな、と思った。そして男は死ぬまで「息子」なんだな、と。
-
-
羊とオオカミの恋と殺人
-
フリーライター
須永貴子
殺人鬼のヒロインが魅力的で、彼女が天真爛漫に人を殺す理由が知りたくなる。すると、「なぜ人を殺してはいけないのか?」といった素朴な問が投入され、彼女に恋する人生経験不足の青年と、人心がわからない快楽殺人者のヒロインが、答えを出そうとするが?み合わない。そんな2人が迎える「死にたいくらい(殺したいほど)愛してる」というフィナーレに陶酔。青年がヒロインの手料理に感動するシーンで、出来合いの揚げ物を使っていたのが残念。揚げるカットを入れるべき。
-
脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
何を作ろうとしたんだろう。いや、何を作ったつもりだったんだろうか。ジャンルを問わず、メジャーやマイナーに関係なく、映画は人間を描くもの。ぞんざいな人形を描くものではない。やたら血しぶきが出てくるが、殺人少女もその隣人の少年も、体に血が通っているとは思えない。ホラー映画のつもり? 良いホラーにはエレガンスがあると知ってほしい。究極の愛? 人間が出てこない映画では、愛を語れない。特異な世界観を打ち出すのはいいが、最低限のリアリティくらいはほしかった。
-
映画評論家
吉田広明
壁に空いた穴から覗くと隣の美少女が殺人鬼。そんな壁の薄いアパートで殺しの仕事かと、設定自体も緩いが、以後の展開がまた緩い。殺しに何の痛痒も覚えない、いわばニーチェ的超人たるオオカミと、群れて生きるしかない凡庸な道徳観念の羊の対決。羊がオオカミの倫理観を問う試金石たりえてもいないのに、何故オオカミがオオカミたることを止めるのか。「恋」だからしょうがないにしても、その選択で何か新しい倫理観、世界観が獲得されるわけではないのはどうか。
-
-
幸福路のチー
-
映画評論家
小野寺系
内容は高畑監督の「おもひでぽろぽろ」に近いが、ややもするとそれ以上に主人公の心情や、社会に生きる女性の実感を映し出し得ている秀作。ジブリの後継ともいえる作品が突如台湾から登場し、ここまでの品質で作品を作れたことにも驚いたが、話を聞くと、台湾で下請けを行っていたベテランのアニメーターたちが使い物にならず、監督が新たに新人のスタッフを探したとのこと。アニメ文化の積み上げより、情熱とセンスでここまでのものに仕上げられるという事実に感動。
-
映画評論家
きさらぎ尚
1975年生まれでアメリカ在住の台湾女性を主人公にしたこの映画は、アニメの特質を生かして、話が幼少時代と現在を自在に行き来するも、郷愁のみに流れてないところが◎。蒋介石総統死去や戒厳令解除や初の民選総統誕生といった政治から、台湾大地震といった災害など、その時どきの出来事に主人公の成長を絡ませて、ファンタジーの中にしっかりした芯を形成する。そこに見える中国と米国の間で国の立場を模索する台湾。台湾初の長篇アニメだそうだが、世界的な視野を感じる。
-
映画監督、脚本家
城定秀夫
激動のさなかにある台湾を舞台に、悩みながら大人になってゆく一人の女性の人生を厳しくも優しく見つめた良作。完全に悪い人間は出てこないし、完全にいい人間も出てこない。みんなそれぞれダメなところがあり、いいところもあって、人間くさい。人は思うようには生きられない。幸福は甘いばかりじゃないけれど、それでも幸福を求め生きてゆくのが人生を与えられし者の宿命なのだと思わされる。主人公チーが自分と同じ1975年生まれということもあり、己の人生と重ねて涙した。
-
-
THE INFORMER/三秒間の死角
-
映画評論家
小野寺系
かなり豪華なキャストで固めていて、なかでも善悪の間で揺れる組織人間を演じているロザムンド・パイクの葛藤する演技は楽しめる。一本の映画としては、様々なジャンル的要素が次々に表れるところが特徴的で、面白い試みだと思えるものの、一つひとつの掘り下げが足りず、それらがハーモニーを生み出すわけでもないため、アクションなのかサスペンスなのか、リアルな犯罪組織潜入ものなのか刑務所映画なのか、結局よく分からない作品になってしまったように感じる。
-
映画評論家
きさらぎ尚
原作の舞台をスウェーデンからニューヨークに移し、主人公のキャラクターも含めて話をアメリカ風に編み変えたのは、うまくいっているので、そこそこ見ごたえはある。でも考えたら、すでに見たことのあるような……、麻薬がらみのこの種のクライム・サスペンスの寄せ集め感も。それにつけてもロザムンド・パイク、このところサスペンスやアクション映画での活躍がめざましく、ジョエル・キナマンは美しい。ところで脱出劇に気を取られていたが、麻薬組織のボス、将軍はどうなったのか。
-
映画監督、脚本家
城定秀夫
チラシには「FBIに裏切られた情報屋の脱出劇」という惹句が躍っている上、あらすじも刑務所に入るまでは前置きみたいな書かれ方をしてるから、ワーイ好物の刑務所脱出モノだ!と思って観たのだが、この設定がセットアップを終えたのは映画が折り返しを過ぎたあたりだった。とはいえそこに至るまでの語りがトロいわけではなく、むしろついていくのがやっとのスピード感。面白いけど単純明快な脱出劇を期待していた自分のポンコツ脳にとっては話が込み入りすぎかなあと思った次第。
-
-
シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション
-
映画評論家
小野寺系
原作漫画・アニメが、もともと実写映画の要素を組み込んだ作品だったので、それをまた実写映画に還流させたところで面白くなるかという疑問があったが、フィリップ・ラショーがコミカルな要素を強調したことで、かろうじて存在意義が保てているように見える。しかし、原作にもあるセクハラや下ネタの部分については、実写表現ではさすがに厳しいものがある。「007」ですら消極的に進歩を受け入れつつあるなか、この無邪気さを押し通すのは難しいのではないだろうか。
-
映画評論家
きさらぎ尚
漫画・アニメは日本が世界に誇るコンテンツであり、この映画はその成功例。が、このジャンルの熱狂的なファンではないので興味が希薄で、かつ知識に乏しいがゆえに、切れ間のないギャグを楽しむにはいささかハードルが高い。それを差し引いても、パフュームの容器を奪回するサスペンス&アクション・コメディとしての骨格と見どころが整備されているので、予想外の結末を含めて、たわいなく笑って見ていられる。ともあれ監督・主演のフィリップ・ラショーの情熱がすべての作品だ。
-
映画監督、脚本家
城定秀夫
シティハンターファンが滂沱の涙を流すこと請け合いの再現度。フランス人がフランス顔丸出しで演じても役名は冴羽?だし、香に冴子、市長の名前はモッコリー、100tハンマーも出てくるよ……っていい加減にしろ! そもそも原作が日本らしからぬ無国籍感を醸しているので、意外にも画面の馴染みは悪くない、どころか日本でやるより格段にいいと思わされた。監督・主演のフィリップ・ラショーの狂気じみたシティハンター愛ダダ漏れの怪作バカ映画! 星三つだけど満点だ!
-
-
気候戦士 クライメート・ウォーリアーズ
-
非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
ストックホルムで学校ストライキ、国連で熱弁したグレタ・トゥーンベリさんが記憶に新しい。なぜかくも若者たちが地球環境を危惧するのか。この作品もそのような若い戦士の数年を追う。彼らは環境問題を等閑して、「進歩という神話」を信じ続けている大人社会そのものへ牙をむく。特定の大人たちが操っているとも囁かれているが、トランプをはじめ政治家や経済人の「物語」を別の「物語」で非難。これは環境問題を宙吊りにし、大人VS子供の生理的でヒステリックな代理戦争なのだ。
-
フリーライター
藤木TDC
悩ましき問題提起だ。気候変動を解決したい人々の多彩なアクションがノリの良い映像で次々紹介される。エネルギー企業と戦争・テロの資金関係、IT企業のデータセンターによる熱排出など耳新しい憂患も示す。居直るトランプは醜く、力強く叫ぶ気候戦士たちは美しい。しかし彼らはどこまで正しいのか。すべては試行レベルで、何が有効で個々の手段がどう結びつき、いつ、どれだけ成果が出るか明解な答えはない。事例の列挙だけでなく、よりロジカルな主張をしてほしかった。
-