映画専門家レビュー一覧

  • 家族を想うとき

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      老巨匠に引退宣言を撤回させたテーマは、まさに我々が毎日ネットニュースで目にするプラットフォームビジネスの裏側だ。舞台はイギリス、ニューカッスルだが、世界中どこにでも見られる光景だ。「ネット社会」は無駄を省き効率を優先する。一家族の「家を持つ」という定住の土地を求めるありふれた夢。家族の会話や触れ合い、共有する時間と空間を持ちたいとする目的は、グローバル経済とAIという非場所のシステムに支配され手段であったはずの労働環境によって粉砕されていく。

    • フリーライター

      藤木TDC

      老巨匠による良心作だが、本作が描く底辺労働者の生活過酷化は私のようなフリーランスには切実な明日で、そのリアルを延々見るのは苦しかった。だから同じ気持ちになろう人々に高い入場料まで払って本作を見よとは勧めにくい。見ながら夢想した。70?80年代を生きた内田裕也や本間優二、デ・ニーロのトラヴィスは同じ境遇をどう突破したろうと。本作に不足なものがそこにある。映画は野蛮に現実を破壊しなければ。我々は飼い犬ではない。行儀良くしても餌にはありつけない。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      過酷な仕事に就く共働き夫婦の、それぞれの日常描写の説得力。ケン・ローチは着実に現実味のあるトラブルを積み重ね、追いつめられていく大人の心身の疲労を見せつける。何度も岐路に立たされ、そのどちらの道に進んでもダメージが伴う脚本の綿密さ。子どもがたとえ浅はかでも思慮はあり、親の思惑とは折り合わない問題行為を起こすのも、家族とは人間が寄り合う集合体である軋みゆえだ。決着をつけないラストのドライブが、現代的なワーキングプア問題の破綻を予言する。

  • シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      シュヴァルといえば澁澤龍彦はじめ多くが論じているが、岡谷公二さんの著作が最も詳しい。いずれにせよ奇人変人史上の最上位人物。そんな人間を妻と家族とオートリーヴの自然をこよなく愛し、それを美男美女の役者を起用し美しすぎる感動作に仕上げてしまったことに驚愕。SNSやメールのない時代、雑誌や新聞、手紙から得たイメージで「世界」を丸ごと再現してしまった理想宮。そこに今や「セカイ」しか再現できない私たちの哀しみをタヴェルニエ監督による「シュヴァル」に見た。

    • フリーライター

      藤木TDC

      世界から観光客を集めるシュヴァル理想宮。その作り手と妻のつつましき人生や夫婦愛を絵画のような映像、静かな音楽とともに淡々と描く。村里の郵便配達員の質素な日常と悲嘆が積み上げた独創芸術の宮殿という奇蹟。豊かな人生の秋を夢見させるのも間違いなく映画の使命だから、すでに安定を得た人々に本作は至福の時間かもしれない。しかし日本に住む現役世代の多くにはこんな理想の晩年はやってこようはずもない。煎餅布団の中でわびしい夢を見るしかない人間には無用の物語だ。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      郵便夫の頑丈さと老いの具合を、滑らかに演じきったJ・ガンブランが見事。シュヴァルの奇人ぶりは否応なく現れつつ、構成は家族に焦点を絞り、愛された父親としての幸福を伴う横顔が浮かび上がる。「フィツカラルド」的な狂気に振り切らず、建造への妄執は美しい風景ショットとの対比で柔和に描かれ、家族の喪失という決定的な不運が最大の影を作り上げる。宮殿の建設で飾り細工より、土台作りに関する会話や描写が圧倒的に多いのも、現実味を直視した真摯さの表れだ。

  • ある女優の不在

    • ライター

      石村加奈

      女優の未来を家族の裏切りで絶たれ、家出した少女。少女の命懸けの連絡に戸惑いながらも、撮影を中断して少女の村へ駆けつける人気女優ジャファリ。訪ねた村でジャファリは、隠遁生活を送る往年のスター女優と出会う。曲がりくねった一本道をたどった先で顔を合わせた、本来の居場所に「不在」の3人の女(巧い邦題!)の様子を、映画は意図的に見せない。対するジャファリの帰途を阻む絶倫雄牛や割札の伝統等、長々語られるバカげた男性的エピソードとのギャップ! シュールだ。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      パナヒは、不屈の監督だ。この10年、イラン政府から映画制作を禁じられているが「これは映画ではない」と嘯き、虚実の壁、政府の圧力を軽々と超えた作品を発表し続けている。そのトリッキーなタフさたるや。本作でも“本人”として出演、「自撮りしながら首吊り自殺した女優志望の少女の映像」の真偽を確かめるため、少女に名指しされた女優ジャファリ(本人)と共に虚実皮膜な旅に出て、イランの映画史、現在を浮き彫りにし、さらには未来にまで言及する。リスペクトしかない。

  • ダンサー そして私たちは踊った

    • 映画評論家

      小野寺系

      奇しくも「ソン・ランの響き」に近い設定の作品だが、こちらは芸の道に中指を突き立てるパンクさが気持ちいい。と同時に、むしろその姿勢が50年前に衰退したという本来の伝統と共鳴する瞬間が感動的! マッチョ志向や不寛容な精神を、伝統の美名のもとに珍重し、少数者を踏み潰そうとする現代の風潮への批判も的を射ている。コンテンポラリーダンサーのレヴァン・ゲルバヒアニの華奢な身体と激しいダンスとの危うい均衡が、映画全体に美と説得力を与えている。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      ダンスが題材のこのラブストーリーが伝える事柄の多さに感心すると共に、それらの表現の巧みさに感嘆。マチズモとセクシュアリティの他に家族、人々の生活、文化等々、画面に映るジョージアは、興味が段々に積み重なる手堅い構成になっているのが注目すべきポイント。ローカルな場所にいるマイノリティの主人公をとおして問いかけてくるグローバルな世界のマジョリティな人々とは。その答えを、ラストの圧巻のダンスシーンで出すのはお決まりの着地だが、ともかく見どころが多い。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      人物の心情に寄り添いながらシーケンスごとに手法をずらしてくる不均質な演出とカメラワークには惚れ惚れさせられたし、「セッション」ジョージア舞踊版的なスパルタ教師との対決、同性愛差別、生々しい性愛描写、切ないラブストーリー、それら複数の要素を分離させることなく盛り込み、最後に肉体の躍動をもってまとめんとする試みの脚本もシンプルながらクレバーだと思うが、巧さゆえに抑えが利きすぎて物足りなく感じる部分もあり、この辺の匙加減は映画の難しいところだと思う。

  • リンドグレーン

    • 映画評論家

      小野寺系

      偉大な児童文学作家の、人生の辛い箇所をピックアップしていて、当初は「なぜその部分を…?」と思ったが、2回鑑賞して、描かれたいくつかの現実的なエピソードのなかに、彼女の創作の核となるものがしっかりと描かれていることに気づく。スウェーデンの田舎を舞台にしながら、大自然を叙情的に映し出すだけの演出はなく、無駄なカットの少ないストイックなつくりも好感が持てる。余談だが、ほぼ同時代に生まれた金子みすゞの生涯を思うと、日本の閉鎖性はより深刻だ。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      アストリッド・リンドグレーンが娘として、女性として、母としてと、立場を変えていく様を仕掛けも特殊効果もなく綴っていて清々しい。離婚係争中の男性との恋、出産、働くシングルマザーの苦悩。波乱の日々を生きる彼女の感情を北欧の風景と絡め映し出す演出の巧みさ、併せてアストリッド役を演じるアルバ・アウグストの心情表現のうまさも出色。作家以前のことは知らなかったが、人を愛しき傷つき、息子に愛情を注ぎながら世界的な児童文学作家になっていった原点が見える誠実な作品。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      作家リンドグレーンの生涯を描いた映画だとばかり思って観たのだが、さにあらず彼女が少女から母親になるまでの短い期間に焦点を絞っているがゆえ、伝記モノ特有の展開のせわしなさとは無縁に、一人の女性の成長をつぶさに見つめた普遍的な物語になっており、伝記映画というより女性映画といった方がしっくりくる作り。端正な画作りに時折雑味を混ぜ込んだ演出は、優しく、時に激しく、不安定な彼女の心情をスクリーンに焼き付けているし、なによりアルバ・アウグストが素晴らしい。

  • ジョン・デロリアン

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      伝説の車をデザインした変人の半生。日本の自動車メーカーのように無名の企業戦士たちが一台の車を作り上げる構造ではなく、スーパースターが英断でネジから塗装まで全てに責任を持つ。これはデロリアンという英雄の物語ではなく、その人物の生き方が許された、求められた社会の物語だ。ヴィークル(乗り物)を「どこかへ行く」ことではなく、「乗ること」が最大限の目的として考えられたとき、「手段」と「目的」という人類史に横たわる攻防は社会を映し出す戦場と言える。

    • フリーライター

      藤木TDC

      全篇を懐かしいディスコ曲が華やかに彩るが、DMC?12開発者の輝ける日々でなく、金欠の最暗黒時代を意地悪に描く実録コメディ。主要キャラが全員クズ、ことデロリアン役のリー・ペイスが内面の幼稚な自信家という複雑な人間を無表情かつシニカルに演じ、現代のIT企業社長に通じるインチキ臭さを匂わせ最高だ。なかなか出ない本物のDMC?12の登場は絶妙かつ象徴的で爆笑するものの、いい歳したガキどものみみっちい欲望交錯劇のせいかドラマへの吸引力が今一歩。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      ジョン・デロリアンのきな臭さと数奇な出来事を辿る映画だが、盛り上がりに欠ける冗漫さを感じる。主役はむしろ、麻薬密売の罪と引き換えにFBIの情報提供者となったジム・ホフマンなのだが、演じるジェイソン・サダイキスはいまいち愛嬌が足りない。デロリアン役のリー・ペイスも表情に乏しく、感情面での抑揚のなさに退屈を覚える。切り刻んだ法廷場面は脈絡を失っており、スキャンダラスな実話ベースでも覇気のない作品が出来あがるという不思議な見本のようだ。

  • ルパン三世 THE FIRST

    • フリーライター

      須永貴子

      大泥棒が世界を股にかける冒険活劇アニメーションと3DCGの相性が悪い訳がない。しかし、お宝の秘密があまりにも荒唐無稽で広げた風呂敷のたたみ方が雑なのは、“スケール感”という呪いにかかったからか。逆説的に、本シリーズの魅力はキャラクター間のベタなやりとりなのだなと再確認。そうなると気になるのは次元の声。彼以外の主要キャラの声優が次世代に替わっているため、次元の外見と80代の声優による声の違和感が際立ち、最後まで消えることがなかった。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      天邪鬼な僕は、みんなが観ているものには目を背け、ルパン三世も子供がテレビで観ているのをチラ見した程度。今回初めて観るに等しい。ただ一言、面白かった! テンポよく、一瞬も飽きさせない。ご都合な展開も却って心地良い。90分ちょいの長さも的確。売れ筋監督に、「映画が長いのが何が悪いっ!」と?みつかれたことがある。やっと終わったと思ったら、まだ続きがあるラストシーンが作れないボンクラ映画はもう不要。映画は客に観せるものであって、見せびらかすものではない。

    • 映画評論家

      吉田広明

      目玉である3DCGについては、キャラの造形も違和感はないし(ただ、ルパンは以後ずっとこれでいいとは全く思わないが)、モノの質感も確か、方向性の自由度を十分生かしたアクション場面など、まずまずの成功と言えるのではないか。物語に関しては、一般意見を聴取してフィードバックしたというが、その分どこかで見たような既視感漂うものに落ち着いてしまったように思う(特に宮崎の「カリオストロ」。少女、古代遺跡、権力意志)。せっかくの新機軸、もっと冒険してもよかった。

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