ジャン・ユスターシュの関連作品 / Related Work

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  • アリックスの写真

    制作年: 1980
    女流写真家アリックス・クレオ=ルボーが、監督ジャン・ユスターシュの息子、ボリス・ユスターシュに自分の撮った写真を説明する短編。映像と音声の関係性に新たな魅力を発見出来る。
  • ペサックの薔薇の乙女’79

      制作年: 1979
      「ママと娼婦」のジャン・ユスターシュが自身の生まれた村で古来行われている行事を白黒撮影で記録した1968年のドキュメンタリーの11年後、同じ行事をカラーで撮影。二本の映画を通して、時間のなかで変わっていくものと変わらないものの双方を捉えた。東京日仏学院で開催する『ジャン・ユスターシュ映画祭 パート2』にて上映。
    • 不愉快な話

      制作年: 1977
      「ぼくの小さな恋人たち」までは自伝的な作品をつくってきたジャン・ユスターシュが、ドキュメンタリーとフィクションの狭間を探る実験性の強い方向へと踏み出した作品。第一部28分、第二部22分で構成。
    • ぼくの小さな恋人たち

      制作年: 1974
      「ママと娼婦」のジャン・ユスターシュが監督・脚本を手がけ、13歳の少年の成長を描く。ユスターシュにとって潤沢な予算で撮ることのできた唯一の作品で、題名はランボーの詩からの借用。
    • ママと娼婦

      制作年: 1973
      無為な生活を送る男と3人の女をめぐって煮詰まっていく男女関係の修羅場を描いた長編。60年代の革命と熱狂が過ぎ去った70年代初頭のパリの空気を見事にとらえたと評され、フランス映画史上の伝説と化した一編。製作後20年を経て、日本初公開された。監督・脚本・編集(ドゥニーズ・ドゥ・カサビアンカと共同)はジャン・ユスターシュ。長編デビューに当たる本作でカンヌ国際映画祭審査員特別賞を獲得したが、81年に43歳でピストル自殺した。製作は「クレールの膝」「愛の昼下がり」などのピエール・コトレル。整音はナラ・コルリーで、全編同時録音。衣裳を担当したのはユスターシュの元恋人でこの映画のモデルでもあるカトリーヌ・ガルニエで、映画自体が彼女に捧げられている。主演は「パリ・セヴェイユ」のジャン=ピエール・レオ。共演は「二重の鍵」「私のように美しい娘」のベルナデット・ラフォン。また、ユスターシュの映画狂仲間で当時演技は素人だったフランソワーズ・ルブラン、「白夜」のイザベル・ヴェンガルテン、人類学者で“シネマ・ヴェリテ”の旗手であるジャン・ルーシュらが顔をそろえ、監督のユスターシュもイザベル・ヴェンガルテンの夫役でスーパーの場面にワンカットだけ顔を出す。使用曲として、70年代当時のポピュラー曲がほとんど使用されない代わりに、オッフェン・バックやモーツァルトのクラシック音楽、マレーネ・ディートリッヒの「嘆きの天使」の主題歌やツァラ・レアンダーの歌、それにエディット・ピアフやダミアらのシャンソンが流れる。16ミリからのブローアップ。
    • ビリー・ザ・キッドの冒険

      制作年: 1971
      ビリー・ザ・キッドと女との山岳での逃避行を描く西部劇。監督・脚本は「密輸業者たち」のリュック・ムレ。出演はジャン=ピエール・レオー、ラシェル・ケステルベールほか。2013年2月6日より、東京・御茶ノ水 アテネ・フランセ文化センターにて開催された「リュック・ムレ・コレクション vol.1」にてデジタル上映。オリジナルは100分。
    • ナンバー・ゼロ

        制作年: 1971
        「ママと娼婦」のジャン・ユスターシュが、自身の祖母を撮影したドキュメンタリー。当時鬱状態に陥り、もう映画を作ることができないのではないかと気に病んでいたユスターシュが、「豚」の共同監督ジャン=ミシェル・バルジョルのアドバイスにより制作した。東京日仏学院で開催する『ジャン・ユスターシュ映画祭 パート2』にて上映。
      • アイドルたち

        制作年: 1968
        様々な場所で即興的な舞台を演出する「カフェ・テアトル」形式で行われた舞台劇を元に、音楽界の現実と「アイドル」という偶像を揶揄した1968年製作のフレンチ・ムービー。当時のフランス演劇界のミューズ、ビュル・オジエと「昼顔」のピエール・クレマンティ、ゴダールの「ウイークエンド」にも出演したジャン=ピエール・カルフォンが3人のアイドルを怪演する。監督は舞台版も手がけたマルク’O。
      • ペサックの薔薇の乙女

          制作年: 1968
          「ママと娼婦」のジャン・ユスターシュが自身の生まれた村で古来行われている行事を記録したドキュメンタリー。地元出身の薔薇の乙女(品行方正な生娘)を選出するという時代錯誤に映る行事を、批評的視点や倫理的判断を交えず、ありのままに描こうと試みた。東京日仏学院で開催する『ジャン・ユスターシュ映画祭 パート2』にて上映。
        • わるい仲間

          制作年: 1963
          ジャン・ユスターシュが「カイエ・デュ・シネマ」の仲間たちにその才能を認めさせた処女中篇。照明はほとんど使わず、16ミリカメラ1台きりで撮影、台詞はアフレコによる。「わるい仲間」というタイトルは、本来「サンタクロースの眼は青い」との連作として上映する予定で考えられたものだった。冒頭の「ロバンソンの方へ」がオリジナル題名である。
        • サンタクロースの眼は青い

          制作年: 1963
          ジャン・ユスターシュが思春期をすごした町ナルボンヌを舞台に撮り上げた軽妙な青春ドラマ。フィルムはゴダールのプロダクション(アヌーシュカ・フィルム)が「男性・女性」を撮影用のものを都合したと言われているが、ユスターシュが「くすねた」という証言もあり定かではない。この作品から全て同時録音で撮り始めた。
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