心に傷を持つ女性の意外な決断から始まるミステリー「かくしごと」

私たちの過去と現在をつなぐ“記憶”。もし、何かの理由でそれが失われてしまったら、自分自身に対する認識や周囲の人々との関係は、どんなふうに変わっていくのだろうか。「かくしごと」は、記憶をなくしつつある父と、記憶をなくしてしまった少年との間で葛藤する主人公の心の変化を見つめる、静かで緊張感のあるヒューマン・ミステリーだ。

交通事故の被害者を“息子”として家に置く主人公

長く疎遠だった父・孝蔵(奥田瑛二)の認知症が進んでいるとの知らせを受け、彼が一人暮らしをしている山間の一軒家にやってきた絵本作家・千紗子(杏)。父に対してわだかまりを抱えている彼女は、介護体制を整えすぐにでも元の生活に戻ろうと考えていたが、ある夜、旧友である久江(佐津川愛美)が運転していた車が路上で少年をはねてしまう。彼を家に連れ帰り、体に虐待の痕を見つけた千紗子は親を探すことをためらう。さらに、彼が記憶を失っていることに気付くと、少年に対して名前は「拓未」で自分が母親であると嘘をつく。

「生きているだけで、愛。」(18)の関根光才監督が北國浩二の小説『噓』を映画化した本作。原作を読み、「個人的にチャレンジしたい題材だと思った」という関根監督は脚本の改稿を重ねる中で映画独自のラストシーンを生み出し、さらにタイトルも『嘘』から「自分の胸の内にしまっていること」をイメージさせる「かくしごと」へと変更した。


美しい自然の中での奇跡のような時間

CMやMV、さらに「太陽の塔」(18)、「燃えるドレスを紡いで」(24)といったドキュメンタリー映画と、多彩な作品を発表してきた関根光才監督。今を生きる若者たちのままならない日常をリアルに描いた前作「生きているだけで、愛。」に続き今作では、子どもと高齢者の問題へと目を向けている。主人公・千紗子は父が認知症によって自分を忘れてしまったことによってそれまで確執のあった彼をようやく受け入れ、“息子” 拓未と3人で、改めて家族として、束の間の穏やかな時を過ごすようになる。

神奈川県の相模原で見つけたという孝蔵の家を取り巻く山の緑と、孝蔵が畑で育てているトマトの赤が美しく、日本の夏の原風景のような心地よさを感じさせる。山を見渡せる縁側に座った千紗子はどんな思いを抱いていたのだろうかと考えさせられる。


杏と奥田瑛二が親子役で共演

心に傷を抱えたまま生きてきた千紗子を演じているのは、「キングダム 運命の炎」や「翔んで埼玉〜琵琶湖より愛をこめて〜」(共に23)といった大作への出演が続いている杏。自身も子どもを持つ母親として「普段ニュースを見る中で、いろんな環境にいる子どもたちに対する想いが年齢を重ねて変わってきたので、その想いを反映できると感じました」と、今作への出演を決めた理由を語っている。その言葉通り、突然、目の前に現れた少年との出会いをきっかけに「常識破り」とも思えるような行動に走る千紗子の感情の動きを繊細に見せている。

千紗子と久しぶりに会ったものの、娘だと認識できなくなってしまった孝蔵役は俳優としての豊富な経験はもちろん、監督としても「長い散歩」(06)などの作品のある奥田瑛二。事前に認知症の方々が生活するグループホームを訪ねて研究を重ね、撮影に臨んだという。さらに、千紗子と本当の親子のように暮らしながら、子どもらしさを取り戻していく拓未役をドラマ『舞いあがれ!』(23)の中須翔真、千紗子の友人・久枝を『毒娘』(24)の佐津川愛美、孝蔵の友人で、千紗子の相談相手ともなる医師・亀田を『沈黙の艦隊』(23)の酒向芳が演じている。

 

“隠し事”を抱えた暮らしの結末は?

認知症の診断が往々にして悲劇的にとらえられるように、私たちの多くは記憶を失うことを恐れながら、日々、年を重ねている。しかし、「かくしごと」に登場する3人の姿を見ていると、記憶の喪失は過去をリセットし、新しい関係を始めるきっかけになりうるのかもしれないと思えてくる。だからこそ千紗子は胸に“隠し事”を秘めたまま、拓未と親子になろうと決めたのだろう。そんな彼女の気持ちがスクリーンの向こうから伝わってくる。

 

文=佐藤結 制作=キネマ旬報社

 


「かくしごと」
6月7日(金)より TOHOシネマズ 日比谷、テアトル新宿他全国順次公開
2024年/日本/128分  

脚本・監督:関根光才
原作:北國浩二「噓」(PHP文芸文庫刊)

出演:杏、中須翔真、佐津川愛美、酒向 芳、木竜麻生、和田聰宏、丸山智己、河井青葉、安藤政信 / 奥田瑛二

配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2024「かくしごと」製作委員会
公式HP:https://happinet-phantom.com/kakushigoto/

 

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