聖なるイチジクの種の映画専門家レビュー一覧
聖なるイチジクの種
「悪は存在せず」で2020年第70回ベルリン国際映画祭金熊賞を獲得するなど国際的に高い評価を得る一方、イラン当局からの弾圧を受け続けるモハマド・ラスロフ監督によるサスペンス。2022年にイランで起きたある若い女性の不審死に対する政府抗議運動を背景に、家庭内で消えた一丁の銃を巡り家族も知らない家族の顔が炙り出されていく様を描く。2024年、ラスロフ監督は国家安全保障関連の罪で実刑判決が確定し、命がけでイランを脱出、第77回カンヌ国際映画祭に出席した。第77回カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞。第97回アカデミー賞国際長編映画賞ドイツ代表作品。
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映画監督
清原惟
イラン政府に反対する民衆のデモが発端となって、父親が政府の仕事をする一家に波紋が生まれていく。極めて政治的な題材を、ある家族の中の思想の違いや亀裂などを描くことで、大きな社会の縮図のように見せている。一番印象に残ったのは母の葛藤だった。家父長制を受け入れて生きてきた母は、はじめ娘に慣習を受け入れることを強いるが、娘の友人が傷つけられた姿を見たり、父親の本性が炙り出されていく中で、彼女の良心や抑圧されていた気持ちが表出していくさまに心動かされた。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
父親が予審判事に昇進し、何不自由のない特権を享受する家族が一丁の銃の消失で内部崩壊するさまを描くポリティカル・スリラーだ。保守的価値観を遵守する母、リベラルな二人の娘。だが父は上司の命令で死刑判決の署名を強制され精神に変調をきたす。後半、疑心暗鬼の果てに家父長制を体現するモンスターと化した父親の理不尽な暴走が前景化する。だが迂回を重ねるそのミスリード的な語り口がかえって根源的な国家批判には至らぬ脆弱さを露呈してもいる。
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リモートワーカー型物書き
キシオカタカシ
かなりの長尺作品だが、「家庭内で銃がなくなる」という公式あらすじの出だしも出だしに辿り着くまで本篇のちょうど半分ほどが費やされる……後半で大胆な転調をすることもあり、“登場人物が同じ別ジャンルの80分映画2本立て”という感覚も。しかし構成が破綻しているというわけでない。2022年イランをヒリヒリと丁寧に描いた“地獄の日常系”な前半が圧力鍋のように働き、内面化した社会規範に乗っ取られた者が内部崩壊を起こして暴発する“サイコスリラー”な後半の重みを増している。
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