消えた声が、その名を呼ぶの映画専門家レビュー一覧

消えた声が、その名を呼ぶ

1915年にオスマン・トルコで起きた少数民族を巡る歴史的事件を基に、深い絶望を抱えた一人の男の9年に及ぶ壮大な旅路を映し出すヒューマンドラマ。監督は「ソウル・キッチン」のファティ・アキン。出演は「ある過去の行方」のタハール・ラヒム、「コルト45 孤高の天才スナイパー」のシモン・アブカリアン、「シリアの花嫁」のマクラム・J・フーリ。
  • 映画監督、映画評論

    筒井武文

    オスマン帝国没落の渦中で起きたアルメニア人へのジェノサイドという、日本の観客として未知な領域が興味深い。喉を切り裂かれる虐殺描写の緊迫感は圧巻。そこで声を失う代わりに生き延びた主人公の娘探しが後半の主題となる。問題は主人公が狂っているのか、理性的に対応しているのか、周りの環境描写との摺合せが不正確なことだ。とりわけキューバへの船旅以降が、説明的な段取りカットが連続し、娘探しの手掛かりが映画の都合に見え、描写される前後の時間への信頼が弱まる。

  • 映画監督

    内藤誠

    サローヤンの翻訳者としてトルコ人によるアルメニア人ジェノサイドの史実はよく読んだが、本作は両親がトルコからハンブルクへ移民した監督によるものなので、主人公ナザレットを救うヒューマンなトルコ人も登場し、微妙な物語構成。たぶん、監督の故国トルコでは撮影不可能な作品だ。主人公が騒乱で行方不明中の娘たちを想い、チャップリンの「キッド」を見て涙する場面やキューバからラムの密輸船でアメリカに渡るルートなど、調査充分に描き出され、国境を越えた時代考証も丁寧だった。

  • 映画系文筆業

    奈々村久生

    トルコの砂漠での残酷で野蛮な光景から、レバノンを経てはるかキューバに渡り、さらにアメリカ大陸を北上する。それぞれの場所と状況に応じて主人公のいでたちや顔つきも変わっていく。彼の声は失われ、表情も喜怒哀楽が前面に出るタイプではない。それでもその旅路に娘を見つけ出す希望を得てからの静かな迫力と求心力たるや。彼の存在がダイナミックなロケーションの移動とドラマの変遷を力強く一本の映画につないでいる。どうしたらこんなロードムービーが撮れるのか。

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