ジュリエッタの映画専門家レビュー一覧

ジュリエッタ

ノーベル賞作家アリス・マンローによる3編の短編小説を「私が、生きる肌」のペドロ・アルモドバルが映画化したヒューマンドラマ。ジュリエッタには、12年前、突然姿を消した娘がいた。娘を見かけたと知人に告げられた彼女は、封印していた過去と向き合う。出演は、スペインのベテラン女優エマ・スアレス、ドラマ『情熱のシーラ』のアドリアーナ・ウガルテ。2016年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。
  • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

    佐々木敦

    アルモドバルは円熟の極みに達した。それは要するに地味になってきたということでもあるが、ミステリアスなメロドラマを語ることを何よりも優先するがゆえに、誤解を怖れずに言えば、映画的なマナーをある意味で犠牲にするという彼の姿勢は、ナレーションの使用や、芝居をカメラに収める仕方に如実に示されているのだが、それが意図的に選ばれたものである以上、文句は言えない。それに彼のこうしたやり方に、観客をいつの間にか物語に惹き込む匠の技が宿っていることも又事実なのだ。

  • 映画系文筆業

    奈々村久生

    母と娘のねじれた関係を描きながら、娘は行方不明になっており、とり残された母が感情のやり取りをすることはできない。物語は唐突に、安直とも思える解決を迎えるが、二人は最初から最後まで断絶されている。どんなに言葉をつないでも真実は映らない。母娘のドラマに浸りそうになろうものならギリギリでバッサリ断ち切られる。キャリアの集大成となる名作になってもおかしくないテーマと技術を持ちながらこの突き放し方は敢えての仕業か。もしそうならこういう円熟の仕方もあるものか。

  • TVプロデューサー

    山口剛

    アルモドバルの描く女性たちは何故かくも魅力的なのだろう。ヒロインを演じる二人はもとより、夫の女友達、母親、頑固な家政婦などに至るまでみな忘れがたい印象を残す。テーマは人間の責罪感や死であり、暗く深刻なものだが、卓抜な人物造型とストーリーテリングで心地よい緊張感が続く。A・マンローの短篇からの自在な脚色、鮮やかな色彩感覚と選び抜かれた小道具などの美術、印象的な音楽などいつもながらアルモドバルの多才ぶりに感じ入る。本作が20作目、まさに円熟の境地だ。

1 - 3件表示/全3件