誰かの花の映画専門家レビュー一覧

誰かの花

横浜黄金町の老舗の映画館、シネマ・ジャック&ベティの30周年記念映画。「世界を変えなかった不確かな罪」で注目された横浜出身の奥田裕介監督の長篇第2作目。嵐の日に団地のベランダから落ちた植木鉢をめぐって、家族や周囲の者たちの疑念と葛藤が渦巻いていく。鉄鋼所で働く主人公の孝秋に「ケンとカズ」「ONODA 一万夜を越えて」のカトウシンスケ。その両親役に吉行和子と高橋長英の大ベテランを配し、脚本から密なディスカッションが行われた。ある悲劇が「善意」から始まったら、その先に救いはあるのか。老親の介護や認知症、集合住宅の人間模様を縦糸に、被害者/加害者の救済問題を横糸に編まれた人間ドラマ。第34回東京国際映画祭「アジアの未来」部門正式出品作品。
  • 脚本家、映画監督

    井上淳一

    これも何がやりたいのかよく分からない。何をオンにして何をオフにするか。描かないことで想像させることと独りよがりは違うはず。行間から読ませる解釈は投げっぱなしではダメ。作り手側に明解な意図がないと。映画にはその物語に相応しい時間というのがある。本作はそれより明らかに長いのに、話は焦点を結ばずテーマも見えない。せめてラスト、父の手に花を持たせないと。この題名なのに、誰もそれ言わなかったの? 何はともあれジャック&ベティ、30周年おめでとうございます。

  • 日本経済新聞編集委員

    古賀重樹

    ミステリー仕立てだが、芯になるのは事故被害者の遺族のグリーフケアの物語。認知症の父、介護する母、手伝いにくる次男。長男を交通事故で失った家族の心のさざ波は、団地内で住民の死亡事故が起きたことで一段とざわめく。隣家の鉢植えが落ちたのは父のせいではないか? 疑念が渦を巻き、家族の憎しみと自責の念はますます強くなる。奥田裕介監督は人物の心理の揺れをセリフでくどくど説明しない。花、虫、土、雨……。そんな謎解きを構成する事物で語ろうとしている。

  • 映画評論家

    服部香穂里

    いつ何が起きても、巻き込まれてもおかしくない現代を背景に、誰もが被害者にも加害者にもなり得る、他人事とは思えぬ切実さが全篇を貫く。愛らしい花の植木鉢が奇しくも凶器となった悲劇を発端に、正気と狂気の間を彷徨う父への疑念が膨らむ中、老いや病にさえ奪えない、家族の幸せのために心を尽くし続ける一家の主の矜持の一端も覗く。ひととしては間違っているかもしれないが、憎しみの連鎖を断ち切り、息子として正しくあろうとする次男の葛藤や覚悟に、胸締めつけられる力篇。

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