月(2023)の映画専門家レビュー一覧
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文筆家
和泉萌香
ものを作る、作りたいと思っている者たちが主要人物だ。殺人者になる「さとくん」も。殺傷事件の舞台となる重度障害者施設での入所者の人権問題、犯行におよぶまでの彼の姿と並行して描かれるのは、主人公の作家としての葛藤とエゴ──自分の作品を作りたいがために、そこの景色を、問題を、起こっている事実を創作物のひとつの材料として捉えてしまう姿。スクリーンに向かって同じ方向を見つめるだけではなく、他人事としてではなく、起こること/起こったことを正面から対峙する姿勢を問う。
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フランス文学者
谷昌親
森の奥にある重度障害施設で起きた衝撃的な事件を描いた作品だが、その事件そのものよりも、障害者が施設に隔離され、そこで虐待が起きてしまうという、社会構造そのものに起因する問題に向き合い、さらに「人」とは何かと問いかける。その問いに対する明確な答えはおそらくない。だが、迷いつつも、問い続けることが大事なのだ。映画のラストで展開する緊迫したクロス・カッティングは、性急に答えを出してしまった者と、愚鈍なまでに問いにこだわる者の対比でもあるはずだ。
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映画評論家
吉田広明
見たくないものは隔離(排除)という社会の意志は、我々自身のそれではないのかと本作は問う。かつて障害を負った子を失い、今も妊娠した子が障害を負っていないか怯え、中絶(排除)を考える宮沢は我々自身だ。原作にない宮沢夫婦が、隔離された世界に我々をつなぐチャンネルである。そして宮沢が見いだす抵抗の術も、つなぎ、そして開くことだ。窓を開く、声を発せないものの声を聞く、夫と手を合わせる。閉じるから開くへ。絵空事かもしれないが、芸術は絵空事の力以外何であるのか。
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