ほかげの映画専門家レビュー一覧
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文筆家
和泉萌香
ひとりの女と男たちとひとりの子供。焼け焦げになった街や生活が、戦争そのものが、文字通り家の中に強烈に横たわっている。登場人物たちの輪郭、魂はゆらゆらと揺れ動きながらも儚さを拒み、特定の時間帯を感じさせない橙色の灯りが、彼らはここにいると強く染め上げている。こちらも役者陣の顔にぐっと迫る作品で、塚尾桜雅くんの真っ黒な瞳はきっと劇場の暗闇をも圧倒することだろう。名前も呼ばれないまま、道に放り出される子どもたちを決して増やしてはいけないのに、現実はずっと……。
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フランス文学者
谷昌親
「野火」の一種の続篇とも、対になる作品とも言えそうだ。居酒屋の女と戦争孤児の少年に、若い復員兵、片腕の動かぬ男が絡んで物語は展開するが、逆に言えば、ほぼこの4人だけで構成された作品だ。特に前半は居酒屋から一切出ない室内劇の緊張感のなかで終戦直後の日常が描かれる。一転して戸外で展開する後半では、戦争のもたらす狂気が表現される。筭本晋也監督自身がカメラをまわした撮影がすばらしく、作品世界の質感までも感じさせつつ、彼ならではの世界観を表出させている。
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映画評論家
吉田広明
夫と子供を戦争で亡くした女のバラック食堂で、疑似的な家族が成立する前半部と、片腕の利かない男との「仕事」を巡る後半部。共に戦争によって心が壊れてしまった二人、彼らをつなぐ存在たる少年がその生を見届け、それを教訓とも生きる縁ともしながら、新たな生に立ち向かうべく闇市の中に消える。過去に囚われた女と男、屋内と屋外、そして未来を担う少年と、きれいに対称的に構成されている分、その美的な形式はかえって戦争の体感を妨げ、心に棘がざっくり刺さる感触を失わせている。
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