映画専門家レビュー一覧

  • 碁盤斬り

    • 映画評論家

      吉田広明

      古典落語の題目だけあって、話は磨き込まれて堅牢、美術もしっかりした作りで、場面が変わるごとに感心させられる。俳優たちも素晴らしい。ただ、例えば居酒屋の場面で、会話している主人公たちからカメラが後退し、手前の卓の二人を舐めながら回り込んで再び主人公たちに回帰する意味のない長回し、清原が吉原の大門をくぐる場面での妙な画面効果など、小細工が目について五月蠅い。主人公をストイックに作り過ぎていささか堅苦しく、人間としての幅、魅力が感じられないのも難。

  • 湖の女たち

    • 文筆家

      和泉萌香

      同時期に鑑賞した他作品にもあったが、他人を好きになることを半ば「決める」、周囲は理解し難い二人だけの倒錯的な関係に身を投じてみるのは現代において一番──本作の台詞を借りるなら頭がおかしい、おかしくなれる、ような──体験であるかもしれないし結構なこと。施設での殺人事件と関係者の愛欲関係という場所から出発し、戦時中の日本軍の残虐さにも話は触れるも深まりはなく、バランスを崩したまま、突如発せられる「世界は美しいか否か」の問いにはひたすら違和感があった。

    • フランス文学者

      谷昌親

      介護療養施設での殺人と強引な捜査があり、男女のインモラルな関係があり、それらが最終的には戦時中の731部隊にまでつながっていくという、深さと広がりのある物語が、ぎくしゃくしながらもなんとか映画に仕立てられている。逆に言うと、ぎくしゃくしているからこそ成り立つ作品なのかもしれない。集落のなかをめぐる水路を生活用水として使い、介護の合間に琵琶湖の夜明けを眺め、その琵琶湖に最後は身を投じるヒロインの佳代が、なんとも不可思議な潤いを画面にもたらしている。

    • 映画評論家

      吉田広明

      731から相模原を経て、名を記すも筆の穢れ杉田某に至る、生産性なき者死すべし論の系譜と、これも731につながる薬害捜査を権力で握りつぶされて精神が歪んだ刑事の部下へのパワハラ、その部下の事件関係者への性強要という権力の負の連鎖。この二つの系譜の接合がいささか強引な印象はあるが、作り手の怒りはひしひしと伝わる。ただ、弱者への卑劣な性強要にしか見えない福士と松本の関係を、生産性から外れるオルタナな愛の形を提示しているとするのはかなり強弁な気がする。

  • ボブ・マーリー:ONE LOVE

    • 俳優

      小川あん

      レゲエとソウルが体に染みている私にとって最高の映画。偉大なミュージシャンの魂を描くときに必要とされるのは、その生き様を限られた時間のなかでどう映すか。本作ではボブ・マーリーの“笑顔”が印象付けられている。その瞬間を見逃していなかった。それだけで涙できるのだから、充分だ。ドキュメンタリー含むボブ・マーリー関連の作品はすべて良い。そう、何があろうとも世界は"one love"だから。エンドロール、彼の鼓動に合わせたリズムに自然とからだが動いてしまった。ラスタファリ!

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      音楽伝記映画として飛びぬけた出来というわけではないし、演奏されるマーリーの曲がほぼすべて彼本人の音源から取られている(つまり口パク)のが、「ボヘミアン・ラプソディ」あたりと違って正直上手くいっていないように見えたりするのだが、ラスタファリズムをごまかさないでちゃんと描いているあたり誠実な作りだと思う。バックステージもの好きとしては、楽曲が生まれるプロセスを描いたシーンががぜん面白い。マーリー夫妻を演じるふたりに魅力があり、ボブ以上に妻のリタに興味がわく。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      レゲエの巨人ボブ・マーリーの絶頂期を描いた音楽映画。いわばレゲエ版「ボヘミアン・ラプソディ」を狙ったと言えるが、残念なことに肝心のライブの描写が、楽曲に当て振りしているだけなので全然盛り上がらない。また群衆CG技術を多用しており、これまたCG感が強くて醒めてくる。「ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド」という傑作ドキュメンタリーが既に存在しているだけに悲しい。それでもマーリーの楽曲には突き動かされるものがあるので、楽曲力に星ひとつ追加。

  • ありふれた教室

    • 文筆業

      奈々村久生

      真実は我々が思うより強くない。何らかの情報をめぐって特定の人物や対象がダメージを受ける可能性のある場合、その話が本当かどうかよりも、疑惑が立ち上がった時点で負けなのだ。それは新撰組でも不穏分子の排除に用いられた手法だったし、SNSのゴシップやフェイクニュースでも同じことが言える。そして学校という社会の縮小版においても。日に日に緊張感を増す空気を作り上げた子供たちとの連携と、このゲームに勝者がいるとしたら誰なのかを問うラストカットに目を奪われる。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      ヨーロッパでも学校教員のなり手がいない問題は深刻なのかしら。どこの国でもそうなのだとしたら、それはなぜなのか。同月公開の「胸騒ぎ」では他人は何を考えているかわからずホラーなのかどうかしばらく判断に迷わされたが、こちらは「これはホラー映画ではない、というそのことが恐ろしい」じつに社会的な映画だった。観客にも主人公にも、他の登場人物が何を考えているのか、わかりすぎてしまうのが恐ろしい。結末もホラーの終わりかたではなかった。希望はほんのちょっとだけあった。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      流行の厭な映画の一種だ。教室や職員室で起こる盗難騒ぎ。犯人は職員の可能性も高く、主人公の女性教師カーラはPCの録画モードで犯人の腕だけを捉える。映画は意図的に建設的な方向に議論を進めない。同僚はカーラの行動に対し、他人を疑う行為が不快だと言う。特定の誰かを疑わずに犯人を捜す方法を提案するのではなく、だが問題を放置する気でないのなら、どうしても付随してくることだ。生徒たちも流され、視野狭窄的に人権問題を訴える。ラストの玉座のような演出も意図が不明。

  • PS1 黄金の河

    • 映画監督

      清原惟

      私の知るこの世とは違う論理で動いているような映画。あまりインド映画を観たことがなく、参照もないなかで個人的な視点でしかなく申し訳ないけれど、私が映画に対して苦手だなと思うところが集合していた。アクションは肝心な部分がカット割りで処理されていておもちゃみたいな感じだし、音楽が終始鳴り続けているせいで全体として単調さが否めない。ギャグなのか真剣なのかもわからない。時代背景的に仕方ないのかもしれないけれど、女性がもの扱いされている感じもしんどさがある。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      延々と読み終えることのない大河小説を一気読みさせられているような奇妙に倒錯した感覚にとらわれる。一瞬たりとも退屈させてはならぬという至上命題を遵守する語り口にあっけにとられ、ようやく3時間弱で前篇が終了。改めて作り手たちの膨大なるエネルギーに呆然となる。ふと1940年代に栄華をきわめたアレクサンダー・コルダが量産したエキゾチシズム溢れる華麗な歴史絵巻の伝統は、今や歌&ダンス&肉弾戦を繰り広げるボリウッドの大作群にしっかりと転生したのだなと実感する。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      原作小説は70年間にもわたる国民的ベストセラーなのだという。タミル語による冒険映画で、ベテラン監督の職人芸で3時間近くは瞬く間に過ぎていく。歌と踊りは勿論、インディ・ジョーンズ的なアクションには、どこまでも陽気なヒーローと、非現実めいた美女が登場。運命の恋あり、友情もあるが、王位継承をめぐる各人の思惑が入り乱れる歴史の物語は複雑。しかし小説が全5巻2200ページに及ぶと知れば、映画の地面に足を着けた監督の腕を感じさせる。実は第一部で、続篇に続くとは知らずに見ていた。

  • 鬼平犯科帳 血闘

    • ライター、編集

      岡本敦史

      敵役を演じた北村有起哉の素晴らしさに尽きる。何しろ声がいい。口上ではカリスマ性を迸らせるが実戦ではへっぴり腰というキャラも、主人公より目立つべからずという作劇的配慮かもしれないが、なかなか秀逸な人物造形だ。それ以外は「様式まつり」というか、心機一転の再始動にしては新味のない、型通りの長寿番組の延長に見えた。セリフを喋る俳優の口許も表情も全部映さないと気が済まない平凡な画が続くので、昔の時代劇のほうがもっと面白い撮り方をしていた気がしてならない。

    • 映画評論家

      北川れい子

      中断はあるものの、昭和、平成と長きにわたって継続されてきたテレビ時代劇の『鬼平』シリーズ。その令和版シリーズの劇場版で、鬼平役は十代目松本幸四郎。まあね、こういうシリーズものは「あぶ刑事」にしてもそうだが、演技、展開、見せ場などにいくつもの“お約束ごと”があり、その約束ごとがあるからファンも安心して楽しめるのだが、この「鬼平」令和版、ダイイング・メッセージなどを盛り込んでいるが、テレビ時代劇の様式を律儀に守りすぎてか演技、演出も型通りなのが残念。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      前回の劇場版以来29年ぶりに「鬼平」を観たので新鮮だったが、誰が演じるというより、〈声〉によって鬼平は決まるのではないか。声が印象深い中村吉右衛門や丹波哲郎と比較しても、流石、当代幸四郎。強弱自在に発せられる声が聴き応えあり。加えて北村有起哉、柄本明の声も個性を発揮する。手堅い演出で飽きさせず見せるが、先行して放送されたTV版と同様の出来栄えで、映画館で流す意義がどこにあったか。もっともそれを言い出せば、先代の劇場版でも同じことを感じたが。

  • 不死身ラヴァーズ

    • 文筆家

      和泉萌香

      両思いになってはその彼が消え、同じ彼が現れ、「運命の相手」と信じ込んで向日葵のような笑顔で告白しまくる主人公……という、リアリティの全てを無視した超特急の前半部分に「運命」にはピンとこなくなった自分、動悸が止まらない。その異様っぷりの正体は無事に明かされていくが、本作がスゴいのは、10代の突飛な少女のものであろう(漫画から飛び出してきたような)着色料たっぷりのキャンディのように色付けされた世界が最後まで増強され続けることである。なんだこれ!

    • フランス文学者

      谷昌親

      松居大悟監督の10年越しの企画ということで、熱量が感じられる作品ではある。しかし、原作の漫画とは設定を変えているものの、ファンタジー的要素のある物語を実写映画にするのはやはり力技で、その力の入りようが軋みを生じさせる。軋みを表現に昇華させる作品もないではないが、この映画は愛情讃歌を正面から描こうとしているだけに軋みは軋みのままだ。新興住宅地らしき家が並ぶ斜面が立ちふさがったり、高台のむこうに町の景色がひろがったりするロケーションは印象的だ。

    • 映画評論家

      吉田広明

      未読だが、原作漫画は強引な展開ながら、荒削りで勢いのある画でねじ伏せてゆくのが魅力ということらしかった。一方本作は、画が粗削りというわけでもなく、また逆に洗練されることで新たな魅力が引き出されるわけでもない。画自体に強い印象がなく、そのため話自体に関心は集中するのだが、そうすると不自然な設定と強引な展開だけが悪目立ちしてくる。本作の場合、漫画の画としての表現をいかにパラフレーズするかによほど留意しなければ。原作ありきはそう簡単ではないという教訓。

  • ジョン・レノン 失われた週末

    • 俳優

      小川あん

      世界的スーパースターにはさまざまな事情がある。マスメディアはそれを暴くことを試みるが、切り取ることのできない一面が存在する。恋愛事情を追いかけようとするも、愛の具体的なかたちや中身は知ることはできないのだ。メイとジョンの間に確かな愛があったことを明らかにし、失われた時間はやはり存在したことを再確認するために、一つ一つの記憶から手繰り寄せて制作したように見えた。それにしては(あえてかもしれないが)、観客と共有できる具合にポップに再構築されている。

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