映画専門家レビュー一覧

  • キングダム 大将軍の帰還

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      もはや王騎を眺めることが最大の目的となっていた本シリーズ。作を重ねるごとに王騎役の大沢たかおが、とんでもない肉体と演技にバージョンアップしていく。これまで後方に控えてきた王騎による肉弾戦と饒舌な語りが中心となる本作には大いに満足するが、女優陣の扱いは薄い。清野は相変わらずアクションで際立つとしても、橋本、長澤、佐久間は突っ立っているだけで顔見世以上のものではなく、摎役の新木優子の細い身体と腕は、原作もそうだからとは言え、実写では説得力に欠ける。

  • 大いなる不在

    • 文筆家

      和泉萌香

      まだ何も見ていない、もうすでに見た、何も見ていない、と反芻し続けたくなる魅力の作品だ。あっけにとられる逮捕シーンから始まり、自分の人生に長らく不在だった父が語る話、優しい義母の失踪……と少しずつ玉突きのように広がっていく謎のほか、登場人物たちのさまざまな感情をかかえながら、ある地点での状態の理由を明かすべく、まさに無限階段の時間をみせてゆくエレガントな手腕。藤竜也が発する声、呼びかけによって、どこかSFの手ざわりも感じられる傑作。

    • フランス文学者

      谷昌親

      疎遠だった父親との再会、その父親の認知症、結婚前の父と義母のあいだの秘められた情熱的な愛、そしてその義母の失踪、そうした重たいテーマのそれぞれに、近浦啓監督は真摯に向き合っている。だが、その真摯な姿勢が映画的な柔軟さを奪い、ひとつひとつのピースがばらばらのままになってしまった。職業は俳優という設定の主人公の卓(森山未來)が劇中で演じようとしているイヨネスコの『瀕死の王』のほうが、映画そのものよりもむしろ魅力的に見えてしまうのは、なんとも皮肉だ。

    • 映画評論家

      吉田広明

      二十五年ぶりに父親と再会する主人公が視点人物で、父親の現在から過去を辿ることになるが、父親はいわば信用できない語り手であり、彼の語ることが本当なのか嘘なのか次第に分からなくなってゆく。とはいえその原因は認知症であって、そう言われれば何の驚きもないのだが、それをあえて羅生門形式のミステリ仕立てにするのは目くらましに見える。特に冒頭の逮捕場面はミスリーディングであざとく、そのせいで虚実のはざまに見えてくる真情も、共感度を著しく損なうことになる。

  • お母さんが一緒

    • 文筆家

      和泉萌香

      男がどうの、あんたがどうのと互いを責めたてる姉妹たち、もうやかましいどころではないのだが、彼女たちはそうして「結婚」という同じひとつの言葉をぶつけ合い、「結婚」以上の複雑な呪縛、負の連鎖を引き剥がそうと頑張り叫びつくす。一晩明けてのさっぱり感は微笑ましく、その奇跡(!?)に救われたのは、彼女たちよりも母親か。「ゴド待ち」ならぬ「母待ち」でもなく、肝心の母も同じ旅館内にいる設定と施設での喧嘩っぷりは、映画の中でも現実性が欠ける気がするが……。

    • フランス文学者

      谷昌親

      脚本も手掛けているペヤンヌマキの戯曲が原作で、いかにも舞台劇らしく、終始温泉宿で展開する三人姉妹のほぼ一日の物語であり、俳優たちの演技も映画的というよりはむしろ演劇的と言えなくもないのだが、それがむしろコメディとしてのこの作品のあり方をうまく際立たせている。緻密に構成されつつパワフルに展開する原作と芸達者な俳優たちに身を委ねるかのように、これまでとは違い、余分な力を抜いた演出を披露した橋口亮輔監督によって、良質のコメディ映画が生み出された。

    • 映画評論家

      吉田広明

      キューカー「女性たち」を思わせる密室女性劇。とは言えあれほど姦しくはない。母親を出さず(別室にいる)、主要舞台を姉妹らの一室に限る設定が、原作が演劇であることを思い起こさせるが、映画だと少し窮屈な印象。末妹が婚約者に対して吐く決定的な一言が、聞いてなかったでスルーされる、最後の母親の肯定的な言葉で結局事態が全て丸く収まるなど、いささか緩いのが引っかかるが、よく出来たドラマ。ただ、今これは映画として必要なのか、橋口監督がすべき題材なのかは疑問が残った。

  • クレオの夏休み

    • 俳優

      小川あん

      一つ一つのシーンが幼きクレオの記憶として、大切に扱われている。秀逸なのは、映されるいくつかの手元のショット。洗濯物を畳む母親代わりのグロリアの手。しかし、そこにはいないはずの我が子たちの存在を強く感じさせる。クレオがグロリアの素肌を指で触れる。同様に、亡き母親の存在がある。それらのショットは言葉より強い仕草で愛情を示し、その深さの海図は印象的なアニメーションで表現される。グロリアとクレオの永遠の絆はカメラのフィルターを越えるほどの温もりを与えた。

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      いわゆる「マジカル・ニグロ」(白人に都合よく奉仕する黒人キャラクター)のパターンになるのではと冒頭懸念したが、全然違う趣向の物語に。クレオはグロリアを実母のように慕うが、グロリアもその家族も、新しい子守が来れば他人になってしまう人々だ。クレオやグロリアから離れまいとするかのようなカメラ(ウニー・ルコントの「冬の小鳥」を思わせる)の親密さ。母親と過ごすはずの年月をクレオに奪われていた少年セザールの苛立ち。挿入されるアニメーションにも催涙効果あり。これはたまらん。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      パリの6歳の少女クレオが、アフリカ系の乳母グロリアが故郷に戻ることになり、彼女を訪ねてアフリカへの旅に出る。好奇心に満ち未知なるものとの出会いに一々興奮するクレオ役の少女が素晴らしく、劇映画とドキュメンタリーのいいとこどりをした高揚感とリアリティがある。願わくは、もう少しドラマ性があったほうが楽しめるのだろうが、そうなると映画が嘘っぽくなるのだろう。大まかな物語の筋はあるが、ほとんどドキュメンタルな現場感で作られている(ように見える)、フィクションとドキュメントの見事な交差点。ちょっとした映画の発明。

  • 密輸 1970

    • 文筆業

      奈々村久生

      「ベテラン」(15)続篇の公開も控えたリュ・スンワン監督によるエンタメの極み。コテコテの方言でまくし立てる痛快なセリフ回しでクセの強い海女を演じたキム・ヘスの幅には目を見張るばかり。流行りのシスターフッドは監督の初期作「血も涙もなく」(02)を彷彿とさせる。時系列トリック、ゲストのチョ・インソン、潜水アクションなどてんこ盛りで語り口はややごたつくが泥くさいパワーと人情味が勝った感じ。当時のレトロカルチャーや70年代風味あふれるチャン・ギハの音楽も楽しい。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      実際の60〜70年代の韓国歌謡曲なのか新譜なのかわからないけど音楽がすばらしくて泣ける。水中撮影も美しい。泥臭い話だが編集で飽きさせない。人間がみんな暴力的で、かわいい。女と女の(恋愛ではない)友情と憎しみと事情を軸に、登場人物たちが変貌していくのが人生を感じさせて悲しいし楽しいし、物語の筋はそらさないまま映画そのものまでどんどん変貌していく。人の命の値段に関係ないサメ映画にまでなっちゃうサービス精神が炸裂。最後のオチ、あれも俳優のファンへのサービス?

    • 映画評論家

      真魚八重子

      リュ・スンワンは「ベテラン」に引き続き、音楽に60年代コリアンサイケロックをチョイス。この絶妙な劇伴だけで楽しいのに、物語も海女たちvsギャングvs税関、という設定が素晴らしい。友情、裏切り、アクションとてんこ盛りで、スンワンの作品の中でももっとも抑揚があり、秀逸な出来。現代のフェミニズム運動とも連動した内容だ。女性たちの仲間で海女ではない人は、美人局的な役割を自然と担う仕事の分配も良い。キム・ヘスの全然老けない美貌とスタイルも目の保養になる。

  • メイ・ディセンバー ゆれる真実

    • 映画監督

      清原惟

      子どもと大人の恋愛が客観的には犯罪と位置付けられたとしても、本人たちにとっては真実の愛として存在できるのか。そのようなテーマを内包する本作は、今の時代にかなりアクチュアルな内容。当時少年だった彼の眼差しは不安げで見ていて苦しくなるが、それでも簡単に被害者とは割り切れないように描かれていることの奥行きもある。知らず知らずのうちに近づいてくる暴力について考えさせられた。ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーアをはじめとする俳優たちの演技がすごい。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      ミシェル・ルグランの傑作「恋」のスコアが耳にこびりつく。トッド・ヘインズは「あるスキャンダルの覚え書き」と同工のテーマを全く異なるアプローチで自家薬籠中のものとする。事件の当事者に取材する女優がいつしか対象と同一化し、危うい共犯関係へと踏み入ってゆくのだ。「仮面/ペルソナ」「三人の女」といった人格交換劇の記憶を喚起させながらも、ヒロインの無意識の悪意が感染症のごとく他者に浸透してゆく恐怖をこれほど澄明なトーンで描ききった映画は稀ではないだろうか。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      36歳の女性が13歳の少年と不倫し、逮捕されたのちに刑務所で出産。23年後、彼らの人生を映画化すべく主演女優が取材に来て……。異才トッド・ヘインズの腕が冴え渡る“解釈の迷宮”である。分裂し多層化したアイデンティティの混乱に、“演じること”と“同化”の問題が絡んでくる。ピンターとロージーの「恋」のテーマ曲(ルグラン)を編曲した音楽が強力で、精妙な細部を敷き詰めた一流の映画と同様、二度見るとさらに興趣を増す。蜘蛛の巣に捕らわれた元少年(チャールズ・メルトン)の哀れが胸に残る。

  • 先生の白い嘘

    • 文筆家

      和泉萌香

      強姦のシーンの悪趣味なスローモーション。しょっちゅう流れる音楽もひどいし、夫婦でのセックスシーンも撮り方や演出といい、性加害を扱う話であるのに、プレスの言葉を借りれば「センセーショナルさ」に注力してないか。配給宣伝側からもレビューの際のNGワードやらここはネタバレ注意やらの指定をされていて、もう、配給側もこういったテーマをまっすぐ扱う覚悟がないならやらない方がいい。原作者、鳥飼氏の「性被害を無くしたくてこの漫画を書いた」というコメントに★一つ。

    • フランス文学者

      谷昌親

      問題作と言われる漫画の映画化であり、むずかしいテーマに逃げずに取り組むその姿勢には敬意を表したいのだが、作品としてどうも咀嚼しきれない。性にかかわる問題を扱っているにもかかわらず、妙に観念的に感じられてしまうのだ。性が人間にとって重要であるのは言うまでもないが、同時に、それだけが人間を形づくっているわけではないだろう。どんな人間にも日常生活があるはずなのに、この映画の作中人物の場合、ひとりひとりの背景が一切見えず、薄っぺらな存在になっている。

    • 映画評論家

      吉田広明

      自分が現在置かれた弱い立場は女であるせいと思い込んできた主人公が、同様の性被害に遭っていた男子生徒によって、男女問わない権力性こそ悪と気づき、同志として連帯する。衝撃的な題材を扱っているからこそ注目度も高くなるのではあろうが、性差別、権力性への眼差しは、より日常的で繊細なものに精度を上げる時期ではないか(「はちどり」がその方向性を示している)。女性性の肯定にしても、娼婦と聖女の同居という紋切り型イメージに帰着することで果たされるのは疑問だ。 

  • THE MOON

    • 俳優

      小川あん

      ウリ号? 韓国人宇宙飛行士で月面を歩いた人いたかな?と思ったら、近未来のSF映画だった! 韓国が宇宙開発競争に限らず、世界の映画産業に対しても切り札を差し出したような結構な力作。ドラマ展開に実直すぎる部分はあるけれど、主演ソル・ギョングの勢いで物語を引っ張っていく。ツッコミどころがたくさんあったが、楽しく鑑賞した。CGでイノシシの集団が突然現れるところとか、偉い上層部の人物に限ってオーバーアクティングしがちなこととか。エンタメ要素はやや韓国ドラマ寄り。

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