映画専門家レビュー一覧
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さすらいのボンボンキャンディ
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脚本家、映画監督
井上淳一
ピンク四天王から30年。良くも悪くもサトウさんは変わらない。都市という開かれた空間の中での閉塞感。何者でもないまま歳を重ねることへの焦りと苛立ち。瀬々さんがメジャーでかつてのテーマを必死に焼き直そうとしている時に、これでいいのかと正直思った。30年前の映画と言われても通じる語り口。同じ歌を歌い続けるのは悪くない。でも昔はあったヒリヒリ感が欠けている。せめて主人公がスマホで何を見ているか知りたかった。これは本当にサトウさんが今撮りたかった映画だろうか。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
野球場でカツオのたたきを肴に焼酎をラッパ飲みする影山祐子。その自然なたたずまいから、最後まで目が離せなかった。ふらふらと男についていったり、雨の中をバイクでタンデムしたりするが、行動原理はまっすぐなのだ。自分に正直で、嘘をつかない。さすらいの末に渋谷の街頭に立つ姿は殺された東電OLを連想させるけれど、その心映えのすがすがしさが、あの被害者への偏見を吹き飛ばす。「ふわふわと漂う」ことへの意志を大いに肯定したくなる。サトウトシキの新たな快作。
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映画評論家
服部香穂里
家庭の事情も絡み、自己否定をこじらせ昼間から呑んだくれる人妻の前に、そんな彼女のありのままを肯定してくれる、オートバイに乗った王子様が現れる。いささかトウが立った“ボーイ・ミーツ・ガール”に湧き起こるときめきは、若者同士には存在しないしがらみのようなもので徐々に澱み、“遊び”と“本気”のあいだで揺れる男女の苦悩に変わる。思春期の娘までいる男性側に立てばホラー風の展開を、常にほろ酔いの女性の視点に徹することで、ビターなファンタジーに昇華させた巧篇。
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ノベンバー
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
棒の先に刃物がついているような変な道具が動き出し、牛を盗む。そしてヘリコプターみたいにくるくる回って飛んでいく。この変なものは喋るし、液体を吐き出したりもする。蘇った死者は普通に飯食ってるし、サウナにも入る。サウナに入ったらでかい鶏になる。よく分からんがおもろい。ヒロインの女子の美しいこと。好きになった男子は別の娘が好き。彼女は雪の中を裸で悶絶する。一晩中見つめあって、朝まで動かない男子と女子。黒いショール越しのキス。美しくてたまらん。
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文筆家/俳優
唾蓮みどり
人間たち、動物たち、死者たち、そして得体の知れない使い魔。そんな者たちがモノクロームの世界で生きている。あるいは死んでいる。最初の牛が空中に持ち上げられるシーンから心を鷲?みにされた。とにかく全篇を通してうっとりするほど美しく、さまざまな叫び声が聞こえてときに恐ろしく、光の合間に魂が透けて見えるようでつい目を凝らしてしまう。登場人物たちの表情も素晴らしい。何度でも見たくなるタイプの映画だ。ラストシーンまで片時も目が離せない。
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映画批評家、東京都立大助教
須藤健太郎
雪景色と狼。長髪の少女。ハイコントラストなモノクロの映像。「マルケータ・ラザロヴァー」(67)の明白な影響下に撮られた1作。つまり本作もヴラーチル作品と同じく絵コンテの実現であり、アニメーションとの親和性が高いのはそれゆえだ。干し草や廃材から作られるクラットが動き出すには悪魔と契約して「魂」を得る必要がある。アニメーションの語源は魂や命を意味する「アニマ」から来ているわけで、監督はエストニアの神話の中にあたかも映画の起源を見つけたかのようだ。
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貞子 DX
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
まるでテレビの戦隊シリーズやライダーシリーズのような演出や台詞回しに面食らったが、クレジットを見ていろいろ納得した。いや、別にそういうホラー映画があってもいいとは思う。しかし、世界的ブランドである「貞子」のフランチャイズでそれをやるのはビジネスと割り切ってもあまりに近視眼的過ぎないか。夢にも海外配給なんて念頭に置いていない、内向きの設定やサムいギャグや主題歌のタイアップなどなど。ここから「貞子」を恐怖の対象として再起動させるのは茨の道だろう。
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映画評論家
北川れい子
皮肉と自嘲がない交ぜになった高橋悠也の脚本にはつい笑ってしまった。特に人気霊媒師(池内博之)の、すべてはエンタテインメント、需要と供給のビジネスだよ、という台詞。「貞子」シリーズがここまで続いたのも、恐怖が売りのビジネスとしてそれなりの需要があったからに違いなく、それをわきまえた本作、かなりしたたかである。その上で、科学では解明できない奇妙な現象を描いていくのだが、オチがまた爆笑もので、そうか、こうくるか。恐怖よりコメディ寄りの貞子ものだ。
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映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
くすぐり満載のギャグ風味? そりゃねえわ絶対よくない。と思ってたら、いや参りました。笑えない、怖くもない、だがドライブ感あって面白い! こういう調子でやりきれるものだという発見。ゾンビ映画界における「ショーン・オブ・ザ・デッド」の新鮮さみたいなものを貞子映画界にもたらした! コメディふうとか現在のガジェットに対応したことより基本のタイムリミットありのオカルトミステリと日本人の死生観をしっかりやったのが効いている。一番面白い場面はエンディング。
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天間荘の三姉妹
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
過剰な台詞、大袈裟な劇伴、ここぞという場面での絶叫演技。平均的メジャー日本映画のだらしないところを詰め合わせたような作品に、アメリカの映画界で継続的に仕事をしてストイックな演出も身に付けてきたはずの北村龍平が平然と回帰している謎。北村自身が19年前に手がけた凡作「スカイハイ 劇場版」のスピンオフという成り立ちを持つ作品だが、それを見映えだけは感動大作風の佇まいに仕上げているチグハグさ。150分という長尺にも、企画の浅慮さが表れている。
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映画評論家
北川れい子
魂の不滅性と生への賛歌をここまで軽やかに、そして賑やかに描きだすとは、アクション系の北村龍平監督、大したものである。いわゆる“三途の川”を連想させる、あの世とこの世の中間にある三ツ瀬町。海に面したこの町の老舗旅館をメインにした母系家族によるリアルファンタジーで、ベースあるのは東日本大地震。切ないエピソードもあるが、現世とまったく変わらないここでの日常が小気味良く、イルカと戯れる門脇麦とのんの場面など拍手級。女優陣がそれぞれに自然体なのも魅力的。
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映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
さすがにちょっと締まらない長さでは。前半部分が原作に全然跳ねるものを加えない実写置き換えで、翻案部分も具体的な面白さが減じたように感じる。幽冥界を描くファンタジーにしては実景と人物がノイジーな生々しさを制御しきれてないかと。ただキャラをきっちり仕上げてきた三田佳子と柴崎コウ、カメラをピタリと手中におさめる永瀬正敏、姉妹役で身長差が逆の大島優子とのん(前者は意外と背が低く、後者も意外と背が高い)の活気などはいい。だがそんなザ・邦画でいいのか。
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アムステルダム
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米文学・文化研究
冨塚亮平
時代考証と人種や性をめぐる現代性を両立させつつ、久々の新作で今改めて真正面から高らかにアメリカの理想を謳う姿勢には胸を打たれたし、これまでとは一味違った役柄を演じるマーゴット・ロビーも良い。だが、特にデ・ニーロ登場以降の実話に寄りかかるような物語のまとめ方は、持ち前のユーモア以上に、前作発表以降のトランプ時代への優等生的な応答の要素を必要以上に強調するものとなってしまっている。はじめて組んだルベツキの持ち味があまり発揮されていない撮影も今ひとつ。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
過去に起きたラッセル監督のハラスメントや、姪への性暴力疑惑が取り上げられている。現在、こういった映画“外”のことを無視し映画そのものを見ることは不可能に近く、複雑な心境で見るしかない。本作は豪華俳優陣たちの共演が売りなのでなおさらだ。なお、絶妙に脱線を重ねズレていく監督流の会話術は本作でも健在。だがズレていった先に一体何者なのかもわからず、ここがどこかもわからない、というような最良のラッセルが描く真の複雑さは獲得出来ていないように見えた。
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文筆業
八幡橙
絢爛なる面子、監督得意の歌と踊りが与える躍動と昂揚、ギミックもありつつ驚くほど真っ直ぐな社会的、かつ個人的なテーマ、鑑賞後ひたひた漂う多幸感……。純粋に映画だけを評するなら、平均以上というか、正直大変面白く観た。デ・ニーロの演説に、大いに「今」を感じたし。ただ、愛や友情や権力に屈しない姿勢の意義を謳い、こちらもそこに感じ入ったならなおさら、背後に潜むハラスメント案件が心濁らせ澱ませるのも、また事実。今に続く堂々巡りの自問含め、一見の価値はあり。
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君だけが知らない
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
主人公の女の人が何か事故にあって、記憶喪失になるところから話が始まる。彼女の身の回りでどんどん奇妙なことが起こっていく。彼女がエレベーターに入っていくだけでなんか怖い。何が起こるか分からないワクワクがある。いくつもの伏線が張り巡らされていて、え!そうだったの!の連続。そのうち、バカにされている気がしてちょっとムカついてくる。作り手は全部知っていて、見ている方は何も分からないのだ。面白いけど、なんだよそれ!卑怯だよ!という気持ちにもなる。
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文筆家/俳優
唾蓮みどり
主人公スジンとその夫と名乗る男。ふたりが一体どんな関係なのか、男は一体どんな人物なのか、スジンの失われた記憶を紐解きながら物語が展開される。同じマンションに住む女の子たち、そしてスジンに見えてしまう「ちょっと先の未来のできごと」に関する謎が明かされていくところが、なるほどと思わず唸らされる。スジンと夫が暮らす家が、モデルルームのような生活感のない部屋なのがとても恐ろしさを感じた。友人女性や刑事の存在感が薄くてちょっと惜しい。
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映画批評家、東京都立大助教
須藤健太郎
配給・宣伝会社からラスト30分の内容については口を噤むよう言われている。詳細は控えるが、「ガス灯」(44)やら「断崖」(41)やらを想起させる前半のサスペンスはメロドラマをお膳立てするための前座にすぎない、ということだ。冒頭で、記憶をなくした妻が夫に訊いている。「私に告白したのはいつ?」「告白はできなかった。結婚式の日も」車椅子に座る妻とそれを押す夫。同じ方向を向いた2人が切り返しで撮られる。その意味が分かるのはすべてを見終えてからである。
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シャイニー・シュリンプス!世界に羽ばたけ
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
ゲイのふりを続けてきた男が、断りきれずに仲間に連れて行かれて、行った先の男たちがゲイ狩りのヤバイやつらで、急に自分のキャラクターを変えて、なんとか難を逃れるところとかおもろい。彼らがゲイであることが物語を豊かにしている。ならではのエピソードが次から次へと絡まっていって、先が読めない面白さがある。矯正施設にぶち込まれて、男女のエロい映像を強制的に見せられるとことか笑えない哀しさもある。途中から水球の話がどっか行っちゃってるのはどうだろう。
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文筆家/俳優
唾蓮みどり
それぞれのキャラクターが個性豊かで生き生きとしていて基本的にどのシーンもテンションが高い。シャイニー・シュリンプスのメンバーが道中、同性愛者を矯正しようとする国家レベルでの弾圧に巻き込まれる。“正しい家族のあり方”を説教してくるシーンでの文言は日本で最近見たような? かなりコミカルに描いているが、LGBTQ+への差別的な発言をしている人たちがトップに立ってしまっているこの国では必見なのでは。デイヴィッド・ボウイの曲が世界観にはまっている。
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