映画専門家レビュー一覧

  • わたしのお母さん

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      石田えり氏演じる母親が全然因業じゃないというのがまた根深い。築山御前くらいのあからさまな毒親なら話ははっきりするが。井上真央氏演じる娘も自分が悪いと思うわな。また、子が男ならこういうことにもならないかも知れない。男は家を離れるものであるとか、親を厭うことも許されるというような、女の子は逆らうものじゃないという、親子関係、子の親への態度の男女格差問題もあるかもしれない。しかし親になってみればそういう物言いになることもわかるところもあって。

  • 追想ジャーニー

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      売れない役者が退行催眠で30年前 の自分に会う。どうやら人生の後悔 をなぞり、あわよくばやり直したい らしい。しかし現れるのは女ばかり。この男の後悔は女のことだけなのか。父と娘を経て、母との邂逅。母は息 子の売れない役者人生を全肯定する。このままでいいと。これをやりたか ったならば、女ではなく役者として の後悔に焦点を絞るべきはなかった か。このオチには泣いたが、短篇ア イデアを長篇にするまでには至って いない。催眠の終わりも分からない。後悔の芽は脚本で絶つべし。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      これは映画ではなくて、演劇だと思った。舞台上での芝居をはじめ、客席、舞台袖、ロビーなど劇場内でほとんど完結するこのドラマを、あえてカメラで撮って映画にしたのはなぜなのだろう。中年になった主人公と青年期の主人公が出会うという現実にはあり得ない出来事を、フィクショナルな演劇空間の中で処理しているわけだが、ならばそのまま演劇にすればよい。緊密な会話劇だし、演出も的確で、俳優もうまい。舞台であればもっと緊密で、もっとスリリングになったはずだ。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      それぞれの役回りをわきまえた俳優陣が好演してはいるが、スターへの夢を捨てきれない一方、もはや本業ともいえる別の稼ぎで養育費は滞りなく払い続ける、どっちつかずの主人公の人物像が、こんなはずじゃなかった現在地の悲壮感も、あまりに能天気な幕切れの爽快感も、中途半端にしている。ギリギリやり直しの利くリアリティを求めた末かもしれないが、実世界では、言動の過ちに気づいたところで取り返しのつかぬものゆえ、フィクションと腹を括り、打開策を見出して欲しかった。

  • 土を喰らう十二ヵ月

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      四季の移ろいと食が丁寧に綴られる。魅力的だが、高齢者の「リトル・フォレスト」だったらイヤだなと頭を掠める。しかし、地続きで死が訪れる。義母が孤独死し、沢田研二も死の淵を彷徨う。退院した沢田は同居すると言う彼女を拒み、孤独を選び、死を書く。その沢田のアップが鬼気迫る。このワンカットのためにこの映画は存在する。流れる時間、風景に独特のリズムがある。文学の言葉が映画の邪魔をしていない。「太陽を盗んだ男」以来の沢田の、「ナビィの恋」以来の中江の、代表作。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      世にグルメ映画は数あるが、この映画がそれらと決定的に違うのは料理のハウツーではないということ。芋やゴマ、セリやコゴメ、ナスやキュウリ、タケノコや山椒といった食材が画面を通してダイレクトに五感に語りかけてくる。何を語るかというと「生きること」を。それは「死ぬこと」と背中合わせだ。沢田研二の容姿はちっとも水上勉に似てないけれど、どこかに水上の影がある。畑と相談し、土を喰らい、生と死を想う魂に。松たか子との間に生じるほのかな色気とたしなみに。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      愛妻亡き後も、自ら育てた食材の素朴な持ち味を生かした手料理を振る舞い、見事な食いっぷりの若い恋人の訪問に心躍らせる初老の作家の山での暮らしが、男のロマンを凝縮させたユートピアのごとく、憧憬の念を込めて映し出される。死の影に導かれた身勝手にも思える選択さえ、彼が徹底してきた独特の人生観の一部として肯定的に捉えられるが、老いへの恐れや孤独の痛みのような負の代償めいたものが見えづらいためか、普遍的な感銘や情緒には、いまひとつ欠けている気もした。

  • ペルシャン・レッスン 戦場の教室

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      収容所へ運ばれる途中、全員トラックから降ろされ並べられる。パンパンと乾いた銃声。バタバタ人が死んでいく。無残極まりない。男は殺される寸前わざと前に倒れる。咄嗟に嘘をつく。ペルシャ語など喋れないのにペルシャ人だと言い張る。その嘘がいつバレるか、そこがサスペンスになっていく。いくつもの偶然に助けられながら男は、窮地をなんとか逃れる。言っちゃえばそれだけの話。男のキャラクターがよくわからない。どこかでわかるのかと思ったら最後まで謎だった。

    • 文筆家/俳優

      唾蓮みどり

      ナチスの捕虜下で生き残るために架空のペルシャ語を話すという設定自体は新しく興味惹かれるが、ホロコーストを題材にした映画としては、これといった目新しさは感じられない気がして少し残念ではある。嘘が見破られるかどうか、生きるか死ぬかという物語なので当然といえば当然だが、最初から最後まで緊張感あふれるシーンが続く。少々真面目すぎるような気もするものの、映像も美しく、主人公がどうなっていくのかラストシーンにいたるまで始終、興味深く引き込まれた。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      私は収容所映画のエンタメ化にはいまだに抵抗がある。強制収容所が作劇の効果を得るための舞台として利用される場合はなおさらである。大尉がペルシャ人になりすますレザことジルに寄せる特別な感情は恋とは名指されることのない恋にほかならず、2人にしか通じないでっちあげの「ペルシャ語」でやりとりをする大尉とジルは、恋人たちが他人には通じない言葉で会話することの謂いのつもりなのだろう。最後に自信満々で見せられるエピローグにしても、巧みであればあるだけ品がない。

  • ステラ SEOUL MISSION

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      ポンコツ中古車版「ナイトライダー」といった趣の一本。コメディ作品ゆえある程度仕方ない部分はあるのだが、ヤクザに追われる主人公たちからは終始全く緊迫感が感じられず。ヤクザ側、特に社長とナンバー2の顔と佇まいが魅力的だっただけに、追跡劇がうまく機能していなかったのがなおさら惜しい。ではコミカルな演出が楽しめたのかというとそちらも振るわず。笑いのセンスが合わず、クスリともできないまま映画が終わってしまった。ベタな親子愛に帰着する展開も手垢にまみれたもの。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      タイトルにもある、父親が残した1987年型“ステラ”を一番の相棒として、そのオンボロでとても遅いステラに乗りながら、追っ手からどう逃げ切り、裏切り者を追うのかという、スローなカーチェイスを描くという志には感心する。しかしステラのことを描こうとするあまり、しばしば挟まれる父親との思い出は、それこそむやみに映画がスローになってしまい、最後まで乗り切れなかった。クライマックスのオチもステラの不思議な力に頼りすぎており、なんでもあり感は否めない。

    • 文筆業

      八幡橙

      本当に今年の映画か訝るほど、20年ぐらい前の韓国活劇のノリを見事踏襲した一本。そう「風林高」に代表されるキム・サンジン映画や、キム・ジフンのデビュー作「木浦は港だ」などに見る、泥臭さとベタな笑いをだだ漏らしにして、田舎町でチンピラが暴れ回り、最後はほろっと人情で〆る、あの感じ。それ自体は好物だが、本作の場合、旧式の“ステラ”を介し亡き父と距離を縮める泣かせ部分が本筋と溶け合い切らずに併走を続け、結果、観客置いてけぼりで走り切った印象が。

  • 奈落のマイホーム

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      「なまず」にも登場したシンクホールを中心に持ってくる設定はとにかく面白く、密室ものや脱出ものの定型をある程度なぞりつつも、十分に新鮮味のあるエンタメに仕上がっている。だが、特に穴が出現するまでのダラダラした展開と全く笑えないギャグの数々が続く序盤は、後半の伏線として生きてくる部分もほとんどなく、非常にもったいない。なかでも隣人マンスの変人ぶりをやたらと強調する小ネタの数々は、後半とのコントラストを強調したかったのかもしれないが、いずれも冴えない。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      ご近所トラブルコメディかと思いきや、実はディザスタームービーという展開には驚いた。しかしご近所感は最後まで手放さず、ディザスターご近所コメディというあまり見たことのない映画になっていることにまずは感動。ディザスター描写はかなり安っぽく、臨場感は皆無だが、映画はその後も進化していき、地底遺跡探検ものを経て、最終的には潜水艦映画へと変貌を遂げる。そうして、忘れかけていた頃に「きちんと挨拶する子」というフリを使った渾身のギャグが炸裂。爆笑しました。

    • 文筆業

      八幡橙

      原題は、映画「なまず」でもキーワードになった“シンクホール”。念願のマイホームが、突如地下深く沈み込む大災害を描く映画……には違いないが、ベースはあくまでもコメディ。「悪いやつら」が忘れられないキム・ソンギュンと今回もハマり役のチャ・スンウォンが演じる住民二人を核に、家庭や職場の人間関係もしっかり盛り込んだ群像劇だ。前作「ザ・タワー」では微妙だったパニック+笑い+ドラマの均衡が、笑いに基軸を置くことで程よく調和。力の入った画作りにも目を惹かれた。

  • やまぶき

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      「資本主義と家父長制社会に潜む悲劇とその果てにある希望」を描いて成功していると思う。俵謙太による撮影もいいし、俳優への目配りもいい。しかし一点だけどうしても気になる。祷キララの両親は刑事と戦場ジャーナリスト。リベラルな母は警察となんか結婚するだろうか。敢えてそうするなら、その枷を活かさないと。戦場で死んだ妻に似てリベラルな娘にかける言葉はあれだろうか。結婚もまた闇というなら、あまりにご都合ではないか。海外の人は気にならないのだろうか。もったいない。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      目線は低く、志は高く、を地で行くような山﨑樹一郎の力作。冒頭の採石場の爆破シーンからサイレントスタンディングの街角まで、岡山県真庭市という土地に根付いた監督が、自信をもってカメラの位置を決め、俳優を動かし、風景をとらえているのがわかる。どのショットにも借り物めいたところがないのだ。それでいて、この山間の町でささやかに暮らす二つの家族の物語は、韓国、中東、そして世界へと視界を広げていく。分断され、金に支配され、弱者が虐げられる非情の世界へと。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      志の高い作品であるとは思う。ただ、主人公のひとりである女子高生が、名前からして象徴的な存在であるがゆえに、日本の不穏な気配漂う現状を反映させた、彼女の日常をめぐるさまざまな社会的・政治的トピックに対する考察や問いかけも、漠然たる啓発や警鐘に留まり、いまひとつ胸に迫ってこない。強引にふたりを結びつけるくらいなら、夢破れて日本に流れ着いた韓国人男性に焦点を絞り、周囲に翻弄され続ける彼の半生を掘り下げた方が、主題にも深く踏み込めたのではないか。

  • 桜色の風が咲く

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      この題材、しかも実話ベースの作品でこんなことを書くのは適切ではないかもしれないが、序盤の主人公が子供時代のパートは子を持つ親として恐怖以外の何ものでもなかった。リリー・フランキー演じる大学病院勤めの傲慢な医師のキャラクターは出色。それ以降も終始丁寧にリアリズムが貫かれていて、ありがちな感動ものを予想していただけに不意打ちを食らった。母親と比べると割の悪いポジションを担っている父親の造形にも、細部の描写から作り手のフェアさが伝わってきた。

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