映画専門家レビュー一覧

  • 雨の方舟

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      「日本のインディーズ映画の病」とも言える「奇妙な共同生活もの」がまた一つ。本作は若者たちの共同生活の背景にあるものを一切説明しないことで、映画としての強度に反転させようとしていて、それは部分的に成功している。岡山の限界集落の風景、そこで現在も生活する人々、真上からのアングルも含め執拗に捉えられる食卓。意味ありげなショットは、監督や脚本家の中では固有の意味を成しているのだろう(監督と脚本家が別人であることに驚いた)。商業映画としての評価は――。

    • 映画評論家

      北川れい子

      令和の若いヒッピーたちは、過疎化で空き家になった古民家で騒ぐでもなく共同生活を送っていました。渓流で洗濯、風呂は枯木で沸かしたドラム缶。全員がきちんと座っての質素な食事は、なにやら修行僧のよう。(でも70分余の作品で食事の場面が7?8回もあるのはどうなの?)布団を並べての雑魚寝も、園児たちのお昼寝よりもおとなしい。男女4人のそんな生活の中に若い女性が紛れ込み?。寡黙で淡々とした描写は何ごとかと思わせるが、ポーズだけに終わっているのが、残念。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      今回本欄の別の映画で日本文化が脱色脱臭され、その素材がプラスティック的なものに置き換えられて幻想映画したのに比して、本作は素材感エレメント感土着感が強い。風土パワー全開で、その水、その霧、その草木を映像で見せることが、微細な情報量を持ち瞬間瞬間が唯一無二のものの記録でもあるために強い。ただのんびりしてしまって、仕掛け感、エンタメ度は低い。年配の方の素の語りの面白みが映っていた。それは同時に役者があれに迫らねばならないという課題も浮上させる。

  • 北のともしび

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      監督のフィルモグラフィーをふまえれば、戦争犯罪やそれに準じる人類の愚かさに対する一貫したスタンスがわかる。しかし、本作だけを見せられたら、同時代に陸軍731部隊のような国家機関があった国の映画作家が、どうしてナチスによる子供の人体実験を題材にした作品の制作に12年も費やしたのか、うまく飲み込めない。中盤以降は延々と歴史に対峙する現代の人々の描写に費やされるイレギュラーな構成や、わかりにくいタイトルにも、作り手の独りよがりを感じた。

    • 映画評論家

      北川れい子

      戦時下の生体実験は当時の日本でも行われていて、その事実を描いた映画もあるが、本作が取材し記録するナチによる子供たちへの実験は、あまりに酷く、言葉もない。現地に出向いての証拠写真や、当時を知る人々の証言はかなり広範囲で、中でもモルモット扱いをされた子供たち一人ひとりの顔写真と情報は胸を突く。その実験を始めたドイツ人医師の孫子親族からも話を聞き出している。記録映画としてはかなり感傷的な印象もしないではないが、全く腑に落ちないのは、本作のタイトル!!

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      ナレーション、意識的な構成によるオールドファッションなドキュメンタリーだがそのことの土性骨が重い題材をよく伝えている。変に手法が前面に出ては語れなかったろうと思う。ひとことも取材につけくわえての「さてこれに比して日本は」というものはないが、私は観ている間ずっと日本はドイツのような歴史教育してきたかできるか、を考えさせられた。犠牲となった子らの名を残すことを最後にもってくるつくりが良かった。感銘によって観客に訴え、刻むのだという意志を感じた。

  • アンデス、ふたりぼっち

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      おじいさんとおばあさんが毎日どういう風に暮らしているか。それを淡々と丁寧に描く。もう何十年もこういうことをやり続けてきたであろう、その歳月を2人の会話や動きでまざまざと感じる。マッチがないってだけで、あんなに大事件になってしまうのが、面白かった。ヤギの死体とか火事とかメチャクチャ残酷なことが起きるのに、2人の愚痴や泣き言はどこかノンキでユーモラス。やることなさそうに見えて、毎日あれこれ忙しいのが驚きだった。アンデスでふたりぼっちは大変。

    • 文筆家/女優

      唾蓮みどり

      顔のよく似た老夫婦がたった2人、アンデスの山奥でひたすら息子の帰りを待っている。じっと見つめているようなカメラの目に何度もどきっとさせられ、映像に見入ってしまう。想像力だけでは決して見ることのできない、異文化の暮らし。暮らしの中にあるなんてことのない会話、自然と共存することと、初めて聞くアイマラ語の音の心地よさに身を委ねる。驚くことにオスカル・カタコラ監督とは同じ生まれ年であった。もうこれ以上新作が見られないのが残念でならない。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      桁外れの映画的センスに恵まれたO・カタコラが、この1作で早逝とは無念の極み。ここしかないという場所にカメラを置く術を知る監督である。リャマを右奥に捉える昼食、俯瞰のロングショットによる帰還、燃え上がる家に水をかける2人、ナイフを後ろ手に進み行く姿……、数え出せばきりがない。だが、それだけではない。冒頭近く、夜、室内。パクシが火を灯すと、青から赤へと色調がゆっくり変化していく。画面を立ち上げるには音と光の繊細な組み合わせが必要と知る監督である。

  • アドレノクロム

    • 映画評論家

      上島春彦

      タイトルの意味を知らなかったので調べた。国際的陰謀論までどっとネットに出現し、呆れる。気分が悪い人身売買の話もあるが、ここでは要するにカニバリズム(人肉食)で若返ろうという意味。若見え有名人は皆、この化学成分を注入しているという都市伝説あり。戦場帰りのタフな若者が組織に闘いを挑む。若い映画人が製作する幻覚剤映画というのはなぜか時々アメリカに現れる。コンラッド・ルークスの「チャパクア」とか。自作自演の企画ならではの幻想場面満載で入門者向きだね。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      こういった低俗にみえることさえ厭わないような映画に低い点数をつけること自体ナンセンスな気がして憚られてしまうが、かといって高得点をつけるのもいかがなものか。デジタル時代の実写映画など全てアニメーションのようなものだと言われればそうかもしれないが、ここまで画面に加工を施されると、筆者のなかで痛みを伴いながら拡張していくばかりの映画の定義からも外れることは免れない。そもそも映画のほうにしてもキマりたい奴だけキマればいい、というスタンスなのだろうが。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      薬物を摂取せずとも宇宙の彼方までブッ飛んでいったような気分にさせてくれた「レクイエム・フォー・ドリーム」や「エンター・ザ・ボイド」レベルの創造的飛距離を期待していたが、あいにく本作は映画サークルのメンバーが撮ってきた素材にiMovieでエフェクトを施したようなクオリティであった。あらゆる幻覚剤が禁止されているこの国でこうしたドラッグムービーを見るのは、3Dサングラス抜きで3D映画を見ているのに等しい行為なのだろうか。筆者には見当がつかない。

  • 女神の継承

    • 映画評論家

      上島春彦

      アジアンホラーには独特な触感が。要するに怪談なのだ。特に韓国、日本、それにタイ。祖先の因縁や階級差の生む悲劇が背景で、それらを民俗的というよりも映画史的な連携で具体化する。本作は韓国映画「哭声/コクソン」の祈?師の出自を探る物語。監督は日本映画風の心和むホラー「愛しのゴースト」で知られる。また監督デビュー作「心霊写真」は落合正幸監督でリメイクされた。森の奥での儀式の光景がさすがなのだが、監視カメラの映像が日本映画みたいでかえって興を殺がれた。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      感覚的なズームや絶え間ない手ぶれなどの演出が続くモキュメンタリーの手法が採られているが、それが2時間を超える上映時間をより冗長にしているかのようでやや長く感じる。終盤はカオスというよりも、単に映画が破綻していく様を眺めているよう。監督であるピサンタナクーンの過去作「愛しのゴースト」やプロデューサーであるナ・ホンジンの監督作「哭声/コクソン」などは土着性がそれぞれ生かされた良作だったかもしれないが、本作のタッグに関しては奏功していないのでは。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      目に見えないモノたちやそれを司る儀式へのナ・ホンジンのアプローチは特異で、「哭声/コクソン」のお祓いシーンなどは今でも忘れ難い。彼が製作した本作もそうしたセットアップは完璧であり、「これが本物だ」と信じられるだけの道具立ては揃っている。それだけに、制作者のカメラ・アイへの意識の行き届かなさが終始気になった。たとえモキュメンタリーであっても、ホラー映画をホラー映画たらしめているのは、ショットごとの「視線」に対する研ぎ澄まされた感覚であるはずだ。

  • なまず

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      「信じること」をめぐるテーマの処理についてはやや納得いかない部分もあるものの、わかりやすすぎるぐらいの隠喩やエピソードをいくつも用いて社会風刺を行っているにもかかわらず、全篇がなんともいえない奇妙なユーモアに貫かれていることで、いやらしさとは無縁のきわめて抜けの良いポップでオリジナルな感覚に溢れたコメディとして成立している。なぜこの俳優がこの役を、と思わなくもない豪華キャスト陣起用の意外性も、小ネタの不思議な味と相まっていずれも効果的。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      ユニークな世界観と人物たちによるクウォーキーな映画では、彼らを愛おしく思ってしまう、風変わりな細かい描写が重要になってくるだろう。その点で乗れないところが多々あった。例えば、主人公が勤める病院のタイムカードは、なぜかロイター板が必要なほど高いところに設置されている。そのうえで、それをわざわざ後ろ向きで押そうとする変わった場面があるのだが、そのアクロバティックな行動をきちんと見せずにカットを割って処理をする。本作のそういった選択は支持できない。

    • 文筆業

      八幡橙

      新しいようでどこか懐かしくもある不可思議さ。約40年前初めて「家族ゲーム」を観た日を思い出す。レントゲン写真(局部)、シンクホール、ローランドゴリラ、足の指に嵌る指輪、病室で飼われるなまず……。人を信じることの難儀さを、乾いた風景と笑い、さらに底にそっと敷かれた不気味さと共に描いた意欲作。「もし、あなたなら?6つの視線」同様、国家人権委員会の企画とのことで、キャストも意外なほど豪華だ。イ・オクソプ×ク・ギョファンがもたらす風に、今後も刮目したい。

  • アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      囚人たちが監獄の窓から覚えたセリフを怒鳴って、みんなが呼応するところでボロ泣き。それぞれ閉じ込められてても、連帯することができる。芝居っていいなと思った。物語の省略が大胆で唸った。バンバン時間が過ぎていく。え!そんなに飛ぶの! びっくりで快感だった。彼らの過去の犯罪にあまり触れないのも良かった。描くのはそこじゃない。外に出たいとずっと待っている囚人たちの、生きる喜びとは何なのか?外に出た時の彼らの喜びようったらない。散歩に行く前の犬みたい。

    • 文筆家/女優

      唾蓮みどり

      今はあまり仕事のなくなってしまったコメディアンのエチエンヌが演出し、囚人たちが俳優として『ゴドーを待ちながら』を劇場で演じる。テンポも良く、見ていてあっという間。ひたすら待ちつづけること=囚人たちの物語だと考えるエチエンヌが、決して囚人たちの過去で判断するのではなく、目の前にあることから新たに関係性を築き上げていこうとする心意気に魅了されつつ、少しだけもやっとする。実話に基づく物語が美談になりがちなことがなかなか純粋に楽しめなくて悔しい。

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