映画専門家レビュー一覧

  • こどもかいぎ

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      年長組の保育園児たちが輪になって話し合う「こどもかいぎ」を開くだけでなく、子どもたちだけで対話をするための「ピーステーブル」というスペースもある。そんなユニークな教育を実践する東京郊外の保育園に取材している。子どもたちのコミュニケーション能力を伸ばそうとする園の方針は興味深いし、それに応えて自分なりに考えて発言しようとする子どもたち一人ひとりの表情もいい。四季の移ろいを織り交ぜた美しく破綻のない映像で、よく仕上がった卒園アルバムの趣。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      制限かけずに溢れる感情をそのまま言葉にしてぶつける子もいれば、あれこれ考えて口をつぐむ慎重派の子もいる。そんな彼らと、睡眠など差し引けば、家族以上にともに過ごす時間が長いかもしれない保育士さんの、小さな“社会”を把握する俯瞰の目と、ひとりひとりの個性を熟知せんと努める凝視の目を臨機応変に織り交ぜ、干渉は最小限に辛抱強く見守り続ける姿勢に敬服。卒園の日、明らかに普段と違う大人の様子にもらい泣きする園児の成長にも、“こどもかいぎ”の成果が窺える。

  • 島守の塔

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      この規模の話をちゃんとやろうとしたら、何十倍ものお金がかかるはず。その意味ではよく頑張っていると思う。ただ、例えばガマをスカスカに見せない工夫はなかったか。実際は人と血と汗と臭いに満ちていたはず。その欠如が再現ドラマ感を強くする。でも一番は人間だ。島田叡をはじめ登場人物がひとつの要素しか背負っていない。人間はもっと多面的なはず。現代に通じる視点も欲しかった。生き残った香川京子はどう生きてきたのか。改憲、防衛費増額の今の世の中をどう見ているのか。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      民間人を総動員して沖縄戦を戦おうとする軍の要請を受け入れながら、行政官として住民の命を守ろうと努めた沖縄県の島田叡知事と荒井退造警察部長の苦悩と行動を描く。島田の功罪を劇映画の形で描くのは容易ではなかろうが、五十嵐匠監督は葛藤を抱えながらも周囲を気遣って明るく振る舞う島田像を通して表現しようとする。沖縄の住民の悲劇が十分に描けたとは言い切れないが、軍の狂気の下で職責を果たそうとする島田の心情は伝わる。そこに現代の官吏の苦境に通じる何かがある。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      県民の生命を最優先に尽力するも、負の連鎖を止められぬ神戸出身の沖縄県知事の葛藤を、萩原聖人が硬軟巧みに妙演。片や、身内や同胞を次々亡くして軍部の理不尽にさらされ続ける中で、急遽赴任してきた型破りな上司のひととなりに間近でふれながら、偏った愛国心に固執する女性職員の人物像が、どうも腑に落ちない。その困惑を解消するがごとく、同役を担う香川京子が、知事の遺志を戦後何十年ものあいだ引き継ぐ使命や平和の重みを、渾身の名演で訴えかけるだけに、勿体なく思う。

  • あなたがここにいてほしい

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      すでに携帯電話の存在する世界でベタなすれ違いのメロドラマをどう撮るか、という問いへの暫定的解答として、終盤の処理はなかなか良く練られており感心。だが、「男たるもの家を買って女を養うべし」という規範を一切問い直さず押し切ろうとする脚本は、中国ではそれなりに受け入れられたからこそヒットに繋がったのだろうが、日本の、特に若い観客層の支持を得るのは難しいのではないか。何をベタとするか、という現代メロドラマを撮る際の困難について改めて考えさせられた一本。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      一人の女性を一途に愛し、勤勉で少しの不正も容認せず正義を貫き、友だちの裏切りも許したうえに借金すら肩代わりする清く正しい青年。しかし社会的身分に対してはコンプレックスを持ち、都合よく現れた恋人の幼馴染であるエリート男性に思い切り負い目を感じ、傷つく繊細な心と弱さも兼ね備えている。これ以上ない純愛映画の主人公と、そんな彼を慕う健気な恋人によって紡がれる清貧な物語は美しいけれど、この世界はもっと複雑で雑多なものなのではと思わずにはいられない。

    • 文筆業

      八幡橙

      終幕、莫文蔚が歌う主題歌に聴き入る。莫文蔚と言えば10年愛を上回る20年愛を描いた「君のいた永遠」で複雑な三角関係を演じたが、本作の序盤、高校時代の描写には「君の~」に通じる青春の匂いを感じた。とはいえ、ネット投稿が原作のこちらは、かつての携帯小説や昨今のラノベに近い軽やかさが。中国の結婚問題を反映し話題を呼んだそうだが、ならば男性側の家族や、障害に対峙する女性の折々の心の動きもより深く伝えて欲しかった。10年の歳月の重みや奥行きを汲み取れず、無念。

  • アウシュヴィッツのチャンピオン

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      暇つぶしみたいにバンバン人が殺される。全く愛想のない殺人描写にゾッとする。主人公の男は正義の人。汚ったない皿にわずかばかりの不味そうなスープ。少年が突き飛ばされ、スープをこぼす。男が自分の分を分けてあげるかと思いきや、そうしない。生きるためには、自分の身を守るしかない。ギリギリの状況描写にハラハラする。いつ殺されるかわからない。やっとつかんだ平穏も続かない。少年と少女の淡い恋愛も無残に引き裂かれる。追い詰められた男の最後の意地に涙する。

    • 文筆家/女優

      唾蓮みどり

      目の前の相手を人間だとさえ思わないこと。これが戦争だと思い知らされる。そのなかで生き延びるために見世物としてのボクシングで闘う主人公。闘いのシーンと、まるで物のように扱い平気で人を虐殺するシーンの緊張感が重なり、最後まで映像を凝視していた。なによりもピョートル・クウォヴァツキの表情にぐっと惹きつけられる。アウシュビッツで起こる酷い仕打ちは目を覆いたくなるが、戦争がリアルタイムで起きているいま、その悲惨さを何度でも知り反省すべきである。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      すべてを自分に奉仕させずにはおかない脚本の傲慢さが際立つ作品であり、これは見世物をめぐる寓話ではない。サブストーリー的に点描される3人の子どもの死。ボクシングに夢中な、裕福なドイツ人家庭の息子。テディが収容所で仲良くなる少年ヤネック。そしてヤネックが思いを寄せる看護師の少女。彼らはラストシーンを支えるためにだけ自分たちの命を差し出すわけだ。誰もドラマの圧政から逃れられない。最後にボクシングジムに集う子どもたちはあたかも脚本の新たな囚人である。

  • 海上48hours 悪夢のバカンス

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      次から次にピンチが訪れる。ハラハラドキドキと静かなシーンのバランスがいい。気になるのは、とんでもないシチュエーションの中に浮気のネタが入ってきて、喧嘩になるところ。リアルといえばそうなのだが、なんか変。自分の身を呈して海に飛び込んでいくとことか、急にいいシーンがきたり、なんか変。サメの怖いのと、こういうお芝居の変なところが混在している。うまくいきそうなところで必ずうまくいかないのは、分かっていてもジリジリする。サメは本当に怖いな。

    • 文筆家/女優

      唾蓮みどり

      暑くなるとサメ映画が見たくなる、気もする。登場人物がサメに襲われることは予めわかっているので、誰から殺されるのかという順番も物語としては重要だ。だからできるだけ嫌な人物が出てきてくれた方がありがたい。主人公の彼氏が女友達と浮気したことが序盤で発覚する。女友達は謝ってくる。もう開き直って欲しかった。この順番を意識してしまうこと自体が優劣をつけているようで罪悪感に駆られて苦手でもある。とにかくサメ映画は怖くて延々パニック状態だとありがたいです。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      以前もこの欄で書いたが、この種の映画は「殺される者」と「生き残る者」とを分割していくことで作劇を成り立たせている。だから、分割線がその都度「誰と誰の間に」「どのように」引かれるかのアイデアを競うジャンルなのだが、そのためには分割線が引かれるための状況が恣意的であってはならず、毎回やはり不可避的な状況を考えねばならない。本作の場合、最後の2人の間に分割線が引かれるくだりでアイデアを出すのをほとんど放棄している。発想の脱水症状とでもいうように。

  • あなたと過ごした日に

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      公衆衛生を改善し、自由を愛しつつ家族を愛した、ハビエル・カマラの柔和な雰囲気がよくマッチしているように思えるエクトル・アバドの生涯に改めて焦点が当たることは間違いなく喜ばしいことだろう。ただ、おそらくは原作の設定を踏襲した息子視点からの語りが、映画としてどこまで効果的だったのかは疑問が残るところ。とはいえ、選挙やコロナ禍も相まって、もはや当時のコロンビアの状況を対岸の火事として眺めていることが難しくなったタイミングでの公開は間違いなく有意義。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      五人姉妹に囲まれた唯一の息子が父と過ごした日々を回想する。そして映画は回想された父の姿を通して1970年代のコロンビアを浮かび上がらせようと目論んでいるようだ。しかし、優しく知的な父を中心とした家族ドラマが心地よい一方で、父がなぜコロンビアの政治に対して批判的であるのかがあまり見えてこない。「なぜ政治に関わるんだろう」と終盤つぶやく息子と同じく、彼の回想を通してしか父を知らない観客もまた、最後まで父の本当の姿を捉えきれないままである。

    • 文筆業

      八幡橙

      白黒の80年代に比して、有色の70年代の大家族(両親と女子5人、男子1人)の弾ける日々が、甘い郷愁に溺れるのではなく進行形の力と血肉を以て描かれている点に、まず惹かれた。父と息子のある意味での蜜月とも呼べる時期を、ずっと見ていたいと思った。父を偉大なだけでなく、愛嬌や人間味や弱点を孕んだ人物として描き出す、監督の程よい間合いが実に秀逸。父との思い出と、彼の掲げた高邁な思想。その両軸を併走させ、この尺に収め切った脚本(弟)と演出(兄)の協働に敬服。

  • Blue Island 憂鬱之島

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      年寄りも若者もみんな声高じゃないところが良かった。激昂したい気持ちを抑えて、我慢している人たちの無念が迫ってくる。本当は大変なんだろうと思う。香港のことをほとんど知らない。彼らが何を考え、何をしたいのか、考えさせられる。幾人かは捕まって、牢獄に入れられる。シビアだ。再現みたいに、当事者が芝居しているのが、微笑ましい。こういうフィクションが、実は必要なのかもしれない。ドキュメンタリーの生真面目さから少しでも遠ざかろうとしているみたいだ。

    • 文筆家/女優

      唾蓮みどり

      香港で起こった革命の静かな声。そしてかつての声。世代を超えて繋がっていく繋ぎ方に心動かされる。イメージシーンの多用が少し気になったが、ただ昔の映像を使ったら確かに割と典型的な映画になってしまったかもしれない。出演者の一人、チャン・ハックジーがビクトリア・ハーバーで泳ぐシーンが素晴らしい。都会のビル群が向こう側に見える海に飛び込むのは解放なのか。前作「乱世備忘」(16)のときも非常に興味深かった。今後も追っていきたい監督のひとりである。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      雨傘運動から逃亡犯条例改正反対運動にいたる、大規模な民主化デモの動き。本作はそんな現在の運動を、文化大革命、六七暴動、天安門事件などと関連させ、香港史の流れのなかで把握する。チャン・ジーウンは前作「乱世備忘」(16)で、雨傘運動を記録する自身の映像を父親が子どもたちを映したホームビデオと重ねてみせたが、今回は現在の若い活動家にかつての活動家の姿を再現ドラマとして演じさせる。このアプローチの是非をどう考えるべきか、私にはまだ判断がつかない。

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