映画専門家レビュー一覧

  • 裸足で鳴らしてみせろ

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      二人の青年が録音機材を抱えて「音」を求めて架空の旅をする。いかにも映画的な主題だ。彼らが録る「音」がまぎれもなくフィクションであること、同時にそこにもう一つの現実があること、そこまで含めて映画的なのである。知的なアプローチだ。青春映画と思っていたら、いつしか犯罪映画に横滑りすることもその延長線上にあるのだろうか。ドワイヨン「ラブバトル」に影響を受けたという愛の凶暴さの描き方も面白いが、惜しむらくはもう少しスリリングであってほしかった。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      数々の名匠への敬愛を育んできたに違いない映画的記憶と向き合いつつ、それに流されることなく、自己の表現を真摯に模索しようとする格闘の記録にもなっているのが、すこぶる魅惑的。暗がりに差し込む温かな光の感触や、“いつか”では不安に駆られてしまう焦燥感のどうしようもない痛みなど、五感をもくすぐる切実なショットを丹念に重ね、うごめき続ける人物たちの心身に肉薄する。撮る/録ることでしか伝えられない何かに、悩みながら果敢に挑む工藤梨穂監督は、映画界の希望だ。

  • 掘る女 縄文人の落とし物

      • 脚本家、映画監督

        井上淳一

        まさかドキュメンタリーでこんなにワクワクするなんて。圧倒的な男性優位の考古学界で発掘調査に携わる女性たち。何十年も同じ場所を掘り続ける大竹さん。発掘した掘り棒を持ち、「縄文人を感じることができる」と笑う。その笑顔だけで彼女がなぜ考古学をやっているかが分かる。これぞ映画。壊さずに土器や土偶を掘り出せるか。それはもうサスペンス。30年掘った場所を埋めるラストに涙。でもそこで発掘されたものは遺り続ける。掘る女という題材選びが最高過ぎて。ただただ脱帽。

      • 日本経済新聞編集委員

        古賀重樹

        「≒草間彌生 わたし大好き」「氷の花火 山口小夜子」で世界的なパイオニアとなった日本女性の生き方を提示してみせた松本貴子監督の新作。縄文遺跡の発掘調査にかかわる女性たちを描いたこのドキュメンタリーでも、そのまなざしは一貫している。一見地味な分野ではあるが、はいつくばって土にまみれて手足を動かす彼女たちの身ぶりは十分に雄弁だし、そんな身ぶりに真摯に向き合う監督の姿勢を支持する。生き方とはこういう具体性なのだ。具体性こそが映画の武器なのだ。

      • 映画評論家

        服部香穂里

        同じ遺跡に携わり続けた30年間を含む、発掘調査一筋のベテラン考古学者から、後に国宝となる土偶を運よく掘り当てた当時の様子を、嬉々として語るおばちゃん二人組まで、魅力溢れる人選で、発掘現場の実態を多角的に捉えて飽きさせない。土や汗にまみれながら好きなことを仕事にできている充実感と、その何十倍もの時間が費やされる地道なデスクワークとのギャップにも、働くこと全般に共通する本質が窺え、ユニークな職種に対する好奇心に共感も加わり、見入ってしまった。

    • コンビニエンス・ストーリー

      • 映画・音楽ジャーナリスト

        宇野維正

        日本のインディーズ映画好きにとって、三木監督といえばこちらの三木聡監督。(内容はまた別の話だが)作品のルックに関しては、三木組そのままで臨んだ「大怪獣のあとしまつ」でメジャー作品にも適応できることを証明していたが、監督自身は本作のような極めて90年代インディーズ映画的なアーティフィシャルなルックとオフビートなノリに骨の髄まで愛着があるのだろう。すべてがチープなこの国にしかもはや存在し得ない、ガラパゴス映画の見本のような作品としか言いようがない。

      • 映画評論家

        北川れい子

        まったく恐くはないが、かなり底意地の悪いコメディ寄りの怪異譚で、コンビニを異界化しているのがアイデア。ただし笑うどころではないエピソードも。主人公はパッとしない脚本家で、そんな彼の悪夢か妄想かと思わせつつ、異界と現実の境界を曖昧にして進行、映画プロデューサーとのやり取りなど、本作の裏ネタ? 名前や美術にもかなり遊びがあり、ジグザグ、ケルべロス、すすきの原、キツネの面etc。成田凌の演技も真面目に弾け、痛いオチも納得! やっぱり映画の眼目は、脚本だ。

      • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

        千浦僚

        プレス掲載の原案者マーク・シリング氏と三木聡監督の対談で明かされているのは、アメリカ人のシリング氏が日本のコンビニを寓話や神話の舞台になりうる場として見たこととそれに三木監督のノワール映画教養とファンタジー資質が結びついて本作は成立したということで、私は鑑賞後それを読んでなるほどと思った。ベクトルが逆のことを考えてたから。つげ義春みたいなものから日本ぽさ、土俗土着テイストを脱色したか、と思ったらそれはもとよりなかったと。シン・アングラだ。

    • 長崎の郵便配達

      • 脚本家、映画監督

        井上淳一

        これは常に自分の課題でもあるのだが、残念ながら戦争や社会的テーマを描いたドキュメンタリーは届く人にしか届かない。しかし表現者の端くれである以上、届かない人が見た時に内容だけはせめて届くものでありたい。そういう意味で被爆した郵便配達少年の本を書いた父を追体験する娘を描いた本作は届く映画だと思う。核武装が堂々と語られる今こそ、一人でも多くの人に見てほしい。「作家の義務は証言することだ」という言葉に勇気づけられる。それ以外に映画を作る意味はあるのか。

      • 日本経済新聞編集委員

        古賀重樹

        被爆者に取材して本を書いた父親の足跡を追う旅を通して、娘が長崎と出合う。そのプロセスが確かに画面に映っている。父が残した取材時の録音テープに導かれるように、息を切らして坂道を上る。自然を愛した父が長崎の風の音や鳥のさえずりを録音していたことを聞かされ、涙ぐむ。長崎の人々と共に死者を悼み、パリのテロにおびえる。亡き父の思いを肌で感じた娘は、それを孫たちの世代に伝えるために動き出す。いま戦争を語り継ぐことの可能性を静かに深くとらえている。

      • 映画評論家

        服部香穂里

        『ザ・クラウン』でもマーガレット王女との?末が劇的に描かれたタウンゼンド大佐の作家としての一面に、その著書を亡くなってから改めて読み解いていく娘の目線で光を当てる。父への思慕の情を発端に長崎を訪れた彼女が、タイトルロールでもある谷口氏が家族と初めて海水浴に訪れる一節を海辺で朗読し、彼の父親としての率直さに、子をもつ母として感銘を受ける場面が、とりわけ印象深い。唯一の被爆国ながら、核廃絶を訴える発信力が年々低下する日本への懸念も、随所に覗く。

    • きっと地上には満天の星

      • 映画評論家

        上島春彦

        ファンタジーみたいな邦題は果たして損したのか得したのか。ニューヨークの地下鉄のそのもう一つ下の階の空隙に暮らすホームレス母子。追い立てられた子供の初めての地上行を厳格なカメラアイで描く。最近は珍しくなった正確な視線演出が緊迫感を醸成し、地下鉄で母子がはぐれる場面での手持ち撮影も秀逸。日本のピンク集団、獅子プロ作品みたいだね。映画は低予算に限る。地下二階から地上数階までの上下空間に運動は限定され、その往還を経て理知的な結末が導かれるのが上手い。

      • 映画執筆家

        児玉美月

        暗闇のなかに煌めく星たちを模したファーストショット。続くショットで佇む子供のまなざしにより、空中の塵を星と幻視していたに過ぎないことがすぐさま流露される。この子供の世界に本物の星は存在しないらしい。わたしたちは映画がはじまってから子供の姿をまざまざと見つめていたはずなのに、やがて終盤になるにつれ彼女の顔は雑踏にかき消され目を凝らそうと見えなくなっていく。母が子の人生のために決断する物語であり、試練の雪崩に居た堪れなくはなるが、総じて美しい映画。

      • 映画監督

        宮崎大祐

        左右ではなく上下に分断されてしまった世界。コロナ後の、外部を想像するのが難しい暗く閉ざされた空間。そこで展開される観客の同情を誘うようなエモーショナルな芝居とそれらを捉える複眼的なカメラアイ。このように本作は2020年代の人類および映画表現が直面する主題が一通り納められている、非常に同時代的な作品である。しかしそれらはあくまで作者の頭の中で適度に組み立てられたものであり、最後まで作者の手を離れた映画的飛躍が見られなかったのが口惜しい。

    • L.A.コールドケース

      • 米文学・文化研究

        冨塚亮平

        事実関係を忠実に辿る一方で、アフリカ系のフォレスト・ウィテカーに記者役の架空の人物を演じさせた判断は、90年代LAの人種間対立と事件の捜査を必要以上に関連づけようとするような見方をあらかじめ退け、事件そのもの以上に真相を追うプールの姿に観客の注意を向けさせるという点で奏功している。陰謀論が跋扈するポスト真実の時代である今だからこそ、近年自身も真実をめぐる対立に苦しめられてきたジョニー・デップが愚直に真実を追求する姿は、より貴重なものとして映る。

      • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

        降矢聡

        多くの側面から成り立っている映画に見える。当然ラッパー二人が銃殺された未解決事件の真犯人は誰かという真相を追う映画ではある。それと同時に、ロサンゼルス市警の汚職を告発する側面も強く、また二人のラッパーの対立を煽ったメディアの罪についての要素もある。そして20年間もの間事件を追い続けた元刑事とその家族についての映画でもある。それら様々な要素を盛り込み多角的に事件を捉えようとする志はとても高いが、その分散漫になってしまっている箇所もあるように見える。

      • 文筆業

        八幡橙

        90年代実際に起こったHIPHOP界若きカリスマ二人の射殺事件。今も未解決である理由と秘められた真相に、王道かつ手堅い演出で切り込むサスペンス。RAPを交えテンポよく進んでゆくが、複雑な事件の概要を台詞で処理する部分も多く、すんなりとは咀嚼し難い。とはいえ、匍匐前進の如くじりじりと真相ににじり寄るほどに次なる謎が生じる「藪の中」状態は非常にスリリング。巨大な権力の下で闇に葬られる真実。よその国の昔の話ではない、皮肉にも時宜を得た主題に戦慄。

    • プアン 友だちと呼ばせて

      • 米文学・文化研究

        冨塚亮平

        SNS時代のタイ版「ブロークン・フラワーズ」といった趣のA面は、難病という重い主題とコミカルな軽さのバランスが絶妙。カセットテープが裏返るとともに、一転してそれまで親友の旅に付き添ってきたBOSSが中心となる、よりシリアスなB面の物語が開始する趣向も面白い。ラジオやテープといったオールドメディアとスマホ、それぞれの美点を巧みに生かしつつ、現代を舞台にベタで古風な物語を説得力のある形で語り切った脚本の魅力を、若手俳優陣が瑞々しく具現化した快作。

      • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

        降矢聡

        ロードムービーとは今ここではないどこかを希求する映画だ。現状の社会や価値観から逃避し、外の世界を渇望する。しかし余命いくばくかの男は、自分の過去を清算しようと、外ではなく自らの内へ向かっていく。そこには郷愁と後悔と少しの慰めがあるばかりで、風景と共に自身が変わることはない。本作が面白いのは旅の主役である男と比較して、付き添いの男が旅を進めるうちにどんどん魅力的になっていくところ。そうしてクライマックス、一挙に旅の主役が反転するつくりは上手い。

      • 文筆業

        八幡橙

        思い出と共に昔の恋人を一人一人訪ね歩くという「舞踏会の手帖」的展開の前半戦は、軽やかな滑り出しの冒頭からぐいぐい惹き込まれる。だが、中盤で一気に物語は思わぬ方向へ。前作「バッド・ジーニアス」にも感じた終盤の風呂敷の畳み方の手粗さは今回も見え隠れするものの、往年のウォン・カーウァイ作品を彷彿とさせる湿った叙情と爽やかな切なさが長く、いつまでも後を引く。刹那の人生と多生の縁。主演二人の存在感と人物造形も巧みで、個人的には前作以上に深く沁みた。

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