映画専門家レビュー一覧

  • ボディ・リメンバー

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      何がやりたかったんだろう。男と女の三角関係のもつれ? 虚と実との微妙な間合い? 嫌らしいことを承知であえて伊丹万作を引用する。「テーマを絞れ。ストーリーは形ある短いものにせよ。人物は彫れるだけ彫れ」。則して言えば、テーマが何かわからず、ストーリーは迷走し、人物はただのデッサン。大の男二人をのめり込ませるヨーコにいったいどんな魅力があるのだろう。解放の70年代には、「ビッチ」な女性がよく出てきたが、彼女たちの心の奥まで映画は見せくれた。

    • 映画評論家

      吉田広明

      小説家が従妹から聞いた話を小説にするが、その話は嘘か本当か曖昧、さらに小説家の想像、従妹の話を疑う小説家の彼女の妄想も入り交じり全てが虚実皮膜の境に、との狙いは分かるが、話、想像、妄想、どれも真か偽かで世界の見え方が180度変わるほどの深みはなし、本当にも幻想にも見えるだけの語りの技量は愚か熱量にも欠け、加えて小説家が、嘘でも本当でも、そこに感じられる感情こそ大事と(映画作家のものでもあろう)創作理念を声高に語りだすに至っては、観客は鼻白むのみだ。

  • いとみち

    • 映画評論家

      北川れい子

      コミュニケーションが苦手な主人公の居場所さがしというのは、いまや青春映画の定番だが、さすが横浜監督、ベースに津軽方言と津軽三味線を配し、ステップ、ホップ、そしてジャンプ!! 越谷オサムの原作は知らないが、メイドカフェでのバイトが、自分にベッタリの主人公を少しずつ変えていき、周囲の人々に向ける視線も素直になり……。祖母や地元の人たちが話す津軽方言は字幕がほしいほどだが、それが逆にこの作品の魅力になっていて、そういえば寺山修司も津軽の人。駒井蓮、いいね。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      着地点は予想がつくが、語りに工夫があり飽きさせない。場所の捉え方、下手な作り手ならご当地映画的な画作りに終始してしまうところを、柳島克己のみごとな撮影と相まって、山の風景などわかりやすくフォトジェニックな場面のみならず、空間と人物の関係そのものに物語が宿っている。最大のポイントはことばで、冒頭からラストまで全篇を支配する津軽弁、そのリズムじたいが映画の呼吸となる。親子関係の描写は、これまでの横浜聡子作品のテイストに加え、たしかな成熟も感じさせた。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      モデルがあるのだろうか。いいところある男女が働き、憎めないご主人様が来る青森のメイド喫茶に、駒井蓮演じるヒロインを踏み込ませる。気持ちの表現が苦手で、特技の津軽三味線からも逃げているいと。その性格や環境をややたどたどしいながら映画的に納得させての、展開。いとも、横浜監督も、やってくれるなあと感心した。父と娘の物語の側面をはじめ、型通りでも退屈させない駆け込み方で、三味線も活きた。生きるってそういうことだべ。けっぱれ。だれかにそう言いたくなった。

  • Arc アーク

    • フリーライター

      須永貴子

      近未来を題材にした日本のSF映画は、近未来的なデザインのガジェットや衣裳、CGやVFXで処理した「それっぽい」映像により、既視感に起因する安っぽい仕上がりになりがちだ。しかし本作は、生身の体や、今の日本に実在する物体にこだわり抜いた。その結果、作品のテーマやストーリー、未来に広がっているかもしれない景色が、観客にとって地続きのものに。お膳立ては成功したのに、永遠の命という大問題に対して決断を下す時の、主人公の心の描写が食い足りない。

    • 脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授

      山田耕大

      アーク(円弧)という題名は何だろう。円が永遠の命だと仮定すると、円弧はそれに至らず終わるということなのか。ATG真っ盛りの70年代だったら、諸手をあげて賛同されたのでは? 何か懐かしさのようなものを感じてしまった。「生と死」というのは映画にとっても永遠のテーマである。答えが決して出ない最難関のテーマ。が、この映画を観るとそれにあっさりと答えを出してみせているような錯覚を覚えてしまう。が、困惑もする。生きている人間がもう既に死んでいるかのようなのだ。

    • 映画評論家

      吉田広明

      不老不死となったことによって人間の生がどう変化したのかという思考実験かと思ったが、死ぬことを受け入れる男が現れ、生とは生きる意味のある時間のことなのだと知らしめるまで、ヒロインはただ長生きしているだけで何も考えていなかったとは。彼女も結局死を選ぶ(それも生きてきた経験を踏まえての選択ではあるのだが)のだから、不老不死の設定は無意味化し、元の木阿弥、弧どころか円ではないか。「スタイリッシュ」な映像美、一部モノクロ映像のギミックもこれみよがしで鼻につく。

  • 1秒先の彼女

    • 映画評論家

      小野寺系

      時間が止まるという奇跡が訪れる描写が見せ場となっているが、この現象が起こったと思ったら、いの一番に意中の女性のところに駆けつけ、動かない女性を連れ回す、ある意味変態的な主人公の男性を純粋で誠実な人物として爽やかに演出しているのが、どうにも納得できない。自分に合ったパートナーとなかなか出会えないという、多くの人々が共有する課題から始まる作品だが、その結論として、おとぎ話みたいな無根拠な理屈を持ってくるのも無責任。全体に精神的な幼さを感じる一作。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      人よりワンテンポ早い女とワンテンポ遅い男のファンタジックなコメディの魅力は、時間の操作。ユニークなアイディアに加え、それぞれの視点に切り分けて、早いか遅いかによる時間の損得がもたらす人生の変容を、「アメリ」を連想させるタッチで描いている。早い女にあるはずの時間(バレンタインデー)は消え、片や遅い男は時間の影響は受けずわきまえた大人の行動様式が欠落。周辺人物の個性も楽しく、海岸線などの風景の美しさもあり、コロナでなければロケ地巡りをしたいくらい。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      時間は平等に流れるとは限らないというアインシュタイン的発想を軸にした発明ともいえる幾多のアイディアを見事なストーリー構成でまとめ上げ、高度な映像表現を惜しげもなく盛り込んでいる極めて技術力の高い映画なのだが、それをひけらかすことなく、ともすれば垢抜けない印象すら与えるベタベタなユーモアで味付けして、間口の広い大衆娯楽映画に仕上げるチェン・ユーシュン監督の作風はデビュー作「熱帯魚」から一貫しており、真に優れた映画とはこういうものなのかもしれない。

  • 王の願い ハングルの始まり

    • 映画評論家

      小野寺系

      ハングル文字形成時における宗教対立などの背景や、発音を念頭に置いた文字組成の優れた合理性が理解できるという意味では勉強になる一作。とはいえ、権力者への自制をうったえながらも、基本的に自国文化の礼賛に終始する内容であることも事実で、その偉大さを強調したり重厚に演出されるシーンには、さすがに鼻白んでしまうし、理性的な明君として描かれる、ソン・ガンホ演じる王のキャラクターも、いまいち魅力に欠けていると感じられる。国内の保守層は喜ぶのかもしれないが……。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      主人公の世宗王がどこまで実像に忠実に描かれているかは、韓国の歴史に明るくないので定かではないが、ハングルがいかにして誕生したかが丁寧、かつ具体的に描写されているので勉強になる。知識階級とは違い、話し言葉でしかコミュニケーションの術を持たなかった当時の民衆に向け表音文字が誕生する過程の、特に発声器官の形を図形化して文字を決めてゆく様に、この文字の仕組みが緻密であり合理的であると評されている所以をみる。背景となる仏教と儒教、政治と文化の対立も興味深い。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      「本作は歴史の一説を基にしたフィクションです」という言い訳じみた但し書きから始まるところからして微妙に胡散臭い歴史モノで、民衆に学問を広めるためハングル文字を作った王様万歳の物語は日本人の自分の感覚からすると漢字という豊かな文化を排除した歴史でもあるという側面が気になり素直に美談とは受け取れないし、表音の原理などの学術描写が変に難解であるうえ、文字を欲する民衆側を一切描写せず、物語をすべて王朝内で進める構造も映画をいっそう窮屈なものにしている。

  • ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている

      • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

        ヴィヴィアン佐藤

        ビリー・アイリッシュ入門者には一見、最適な情報の星雲に見えるが、ネットフリックスなどのドキュメンタリー番組同様、こちらもモキュメンタリー要素を感じる。ある種プロモーション作品だ。しかし、実家の兄の部屋やホテルでのレコーディング場面での彼女のウィスパーボイスやライブ映像は紛れもなく本物。神がかった歌唱力を見せつける。傷ついた現代社会には治癒効果のある彼女の歌声は必要なのだろうし、現代の核家族の在り方、子育ての事例もある意味参考になるのかもしれない。

      • フリーライター

        藤木TDC

        すでに2月からAppleTV+で配信されている作品だが、彼女の曲を知らない私のようなオッサンが初見で映画に入り込むのは難しかった。動画を視聴したファンがさらに大勢で見て体験共有、感動を増幅するための劇場公開という気配が濃く疎外感も。アウトサイダーな生い立ちや、メジャースタジオのプッシュがなくネットの自律的拡散でスターダムに昇りつめた現代的なタレントは伝わるが、人気を支えるシステム=音楽産業側の描写を回避した構成は私好みなゴシップ的旨味に欠けた。

      • 映画評論家

        真魚八重子

        チックなどの病を抱えホームスクールで勉強をしてきたこと、ジャスティン・ビーバーの熱烈なファンなこと、一時期は心を病んでリストカットしていた等々、ビリーは意外なほどカメラの前にわが身をさらけ出す。ティーンのミュージシャンのドラマチックな要素を、ことごとく身に備えているのだから売れるのも納得。母親が過干渉的にマネジメントも担当し、いつか親子関係のひずみを招きそうな予感もするが、そういった危うさがこぼれた瞬間を逃さず収めている撮影や編集が面白い。

    • スレイト

      • 映画・音楽ジャーナリスト

        宇野維正

        監督がやりたいこと全部一本の作品に詰め込んだら収拾つかなくなっちゃいました、といった感じの並行世界ものアクション・ファンタジー。日本の映画界にもたくさんいた(そしてほとんどが消えた)、20年遅れの90年代~00年代前半タランティーノ作品のフォロワーとも言えるのだが、作品全体に嫌味がないのはその無邪気さ故か。ヒロインのアン・ジヘの今後も期待できるが、地に足が着かない作品世界をなんとか成り立たせているのは助演女優イ・ミンジの好演。

      • ライター

        石村加奈

        アン・ジヘのアクションの腕を見染めたチョ・バルン監督が、当初の設定を変更して、ヒロイン・ヨニを誕生させたというドラマチックなエピソードから、問答無用のアクション映画と思いきや、幼少期から、人生の“主人公”になりたいと強く願ってきたヒロインの、切ない胸のうちに迫るドラマに、心地よく裏切られた。とはいえ、クライマックスの剣術対決以外にも、見せ場を作って、彼女の涼やかな魅力と、アクロバティックや乗馬など多彩な腕前をもっと披露してもらいたかったなあと。

      • 映像ディレクター/映画監督

        佐々木誠

        アクション女優がパラレルワールドに迷い込み、悪人によって苦しめられていた人々を救う壮大な設定。にしてはセットや美術がチープでディテールも甘い。多くの要素(メタ構造、親子愛、異世界=北朝鮮?等々)を詰め込んで物語は進むが、それらが上手く?み合っていない。見せ場のソードバトルは、スタントなしで臨む俳優たちは熱かったが、ロック調の劇伴の絶妙なダサさがカット割りにも影響し、気持ち良く乗れない。全篇、素材の面白さをバランスの悪さで活かしきれず残念。

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