映画専門家レビュー一覧
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ファーザー
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ライター
石村加奈
序盤、認知症を発症していた主人公役に、アンソニー・ホプキンスは威厳と活力に溢れ過ぎているように見えた。「象の記憶力」を持っていそうな強固な存在感を、ピーター・フランシスの精緻な美術がカバー。しかしラストシーンの、アンソニーのピュアな表情に驚かされた。そこから逆算すると、前半の強面は自分が壊れていく恐怖への強張りだったのかと。さすがホプキンス! ラストで隣に娘のアンがいたらなあとも少し。ホプキンスと渡り合うイモージェン・プーツの若さも好ましい。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
アンソニーは奇妙な日常に苛立っている。記憶と時間、現れる人物と場所が微妙にズレて繰り返される、まるでリンチ作品のようなビザールな感覚。そこに娘アンの視点も入り込む。幻想と現実の狭間、「フラット」での対話で構成される、認知症の父親とそれを介護する娘の世界。それを複雑に感じさせない繊細な演出と演技巧者たちによる最高水準の技術のやり取りは、感情も溢れている。観ている側は、肌感覚で自分ごととしてその世界を理解し、ラストは“アンソニー”の感情に同化する。
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クー!キン・ザ・ザ
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映画評論家
小野寺系
「ツイン・ピークス The Return」「シン・エヴァンゲリオン劇場版」などと同様、本作もまた監督自身が過去の代表作にもう一度挑む企画。主人公たちの設定が改変されていたり、アニメーションだからこその、より自由なSF世界を表現している部分は面白い。とはいえ、やはりオリジナルの実写作品に存在したビジュアルショックや、妙なリアリティが醸し出す面白おかしさと比較するとパワーダウンしていることは否めない。その境地に達するには、革新的な手法が必要なはず。
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映画評論家
きさらぎ尚
四半世紀以上を経て、自作(実写)を、監督自身の手でアニメ版としてリメイクした珍しいケース。実写版で感じたシュールなSF感は、新登場するテクノロジーによって、今作ではリアル感に変容している。そして主題であった国の政治体制に向ける皮肉な目線は今回も衰えず。いま、一国にとどまらず世界を暗雲で覆う格差と分断を、人種を識別するための識別器や仕草、社会的地位を示す決められたズボンの色などで視覚化したこのアニメは、リメイクによって新しい命を得たのだ。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
社会主義が揺らぐ混乱のさなか製作された実写版と現代のロシアで作られた本作とでは政治的メッセージやアイロニーの方向性が違うのか、あるいは相も変わらずなのか、その辺の議論は難しそうなので置いとくとして、主人公二人の設定や細かいところにちょこちょこアレンジが加えられているとはいえ全体的には原作通りの流れのままタイトな語りでだいぶ分かりやすくなっており、レベルの高いアニメーションになっても貧乏くさい雰囲気はそのままで、キン・ザ・ザファンには必見の一品。
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くれなずめ
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フリーライター
須永貴子
成田凌が演じる吉尾がわりと早い段階で幽霊だと判明し、その意外性にワクワクした。その後、高校時代から始まるいくつかの回想シーンから、男子6人の関係性や吉尾の死にまつわる経緯が、徐々に明らかになっていく。現在時制で彼らは言い争いになるのだが、その感情や理由がいまひとつ伝わってこない。ノスタルジー系チーム男子映画特有の閉鎖的な空気感のせいか、街角で見かける他人事のよう。前田敦子が演じるミキエが彼らを喝破して、観客との架け橋になってはいるが。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
車とか家電とか農産物のように映画だって品質というものがあるはずである。ここのところの日本映画の品質の低下は取り返しがつかないところまできているという気がして仕方ない。絶望である。心の底に深い絶望を抱えた日本の若者は、意味もなくへらへらと空騒ぎするしかないのだ。この映画はそういう若者たちを描いている。笑えない。フェイクのつもりが、見え見えである。こんなことしていていいのだろうか。お隣の国の映画が目覚ましい躍進を遂げているというのに。
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映画評論家
吉田広明
結婚披露宴に出席した男たちが3時間後の二次会までの時間を持て余し、その宙づりの時間に死んだ仲間の一人と過ごした日々を回想する。特徴的なのはその死んだ仲間が皆の一人としてずっと一緒にいる点で、死んでいるのかいないのかの曖昧さが宙づりの時間と見合っている。開始70分のグダグダした時間、下らない会話はいいのだが、ではこの死者を最終的にどう始末するのか、つまり死者がいることの意味が問われると途端に映画は崩れだす。一番大事な筈の最後の20分が一番弱い。
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なんのちゃんの第二次世界大戦
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映画評論家
北川れい子
まったく偶然に違いないのだが、この3月公開の「コントラ」と同じ血が流れている人物の登場にびっくりしつつ嬉しくなった。平和記念館の建設に断固反対する祖母と孫娘が、「コントラ」の祖父と孫娘の関係に似ているのだ。戦争というキーワードや、土着性というか、その地域性も共通する。けれども残念なことに本作、狂言回し役を兼ねている市長(吹越満)が、あまりに薄っぺらなこと。むろんそれが狙いなのだろうが、他のキャラにしても盛りすぎ。でもでもダンコ支持!!
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編集者、ライター
佐野亨
シノプシスのレベルでは興味を引くが、作り手の視線が表面的な対立図式の外側に向いていないように感じる。批評もユーモアも安直な平和運動批判(というより茶化し)のレベルでとどまってしまい、これで「現代の若者から見る戦争・政治」と謳われても困ってしまう。出演者の8割が素人や新人とのことだが、中心となる二人の人物は吹越満と大方斐紗子(さすがの存在感)というキャリアのある俳優が演じており、それもかえって人物ごとの濃淡のアンバランスを引き起こしている。
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詩人、映画監督
福間健二
戦争が現在にどう露出するか。麻生や安倍のような政治家が逃げ込む無反省と甘やかしに比べたら、本作の吹越満演じる市長のアガキなど、かわいいものだとなりそうだが、「平和の名のもとにいい加減なことをするな」と抗議したい山ほどあることの一例の首謀者だ。その半端さを吹越がうまく出して、ユニークな存在感をもつ南野家の女性陣の攻撃の的になる。どの人物もふくらみ不足の造型。それがかえって勢いと異化効果を生みだしているか。へんな映画。河合監督、発想に個性がある。
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ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから
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映画評論家
小野寺系
往年の大林宣彦監督作品を連想させられる、ファンタジックなフランス映画。こんな異常事態が起こっているのに恋愛について考えている場合かと思わなくもないが、時間をかけて練り込まれた脚本が物語全体に説得力を与えている。なかでも終盤の展開が良い意味で奇妙だったり、カメラワークにも“マジカル”な瞬間が訪れるのがいい。「パリ」というワードを無理矢理にでもアピールしたがる傾向にある日本の宣伝事情において、邦題にそれを含めなかった配給側の配慮は個人的に評価したい。
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映画評論家
きさらぎ尚
一目惚れした男がその相手と連弾をするシューベルトの〈セレナード〉。二人のたどたどしさが微笑ましい。彼らの結婚10年目の危機をロマコメにしたこのドラマ、俳優の個性が決め手なのが一目瞭然。主人公夫婦を演じる美男美女の俳優、分けてもF・シヴィルはどんなシチュエイションでも様になる。友達役のB・ラヴェルネの毒気は物語を活性化。監督H・ジェランの経験から生まれたそうで、ファンタジーの中にナマな人情味がちらり。愛の情熱と憂鬱とが混ざり合い、見ごこち良好。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
夫婦の出会いから倦怠期までをアバンのひと息で描写してしまう手さばきに巻いた舌の根も乾かぬうちに、ちょっぴり雑な説明で平行世界SFに舵を切る剛腕演出が冴えわたるロマンチック・ラブコメディで、野暮天の自分にはオシャレさと甘さが勝ちすぎて少しばかり胃もたれしてしまったのだが、終盤の一連のシーケンスで描かれていることはシンプルながら愛の本質に肉薄していると感じたし、好きな人とデエトでいくもよし、ひとり気楽に観るもよし、な守備範囲の広い優秀な娯楽映画だ。
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ジェントルメン
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映画評論家
小野寺系
軽薄なスタイルの犯罪映画から映画監督としてのキャリアをスタートさせたガイ・リッチー。20年も娯楽大作の最前線に身を置けば、その種の作品すら一種の貫祿を備えることを、本作が証明してしまった。さらに彼のアメリカでのキャリアは、米国から英国に乗り込んでくるマシュー・マコノヒー演じる男の存在に活かされ、中国マネーとともに階級社会を掻き乱していく。物語を入れ子構造にしたポストモダン風の取り組みは時代遅れの感もあるが、現在の社会が反映された点はスリリング。
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映画評論家
きさらぎ尚
豪華なキャストのクライム・コメディーで、久々にG・リッチーの特徴を堪能。シンプルな筋書きに、エッジのきいたセリフ、様式化されたアクション。加えて、有名俳優の一人ひとりに印象に残る見せ場を提供し、しかもそれらを調和させながらストーリーに組み込んでいる。緻密な脚本構成による予測不可能な、初期の群像劇を思い出す。もちろん積み重ねた経験が醸し出す優雅さも画面に漂う。ここ数年は大作が続いたが、やはりリッチーは中規模作品でこそ持ち味の小気味良さを発揮する。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
ほぼ全篇通して悪徳記者の語りで進めてゆくスタイリッシュな構成と洒脱なセリフの応酬で何だか物凄く面白い映画を観ているような気分になれるのだけど、大麻プラントの利権を巡る権力者たちの物語は一本化させてしまえばさほど複雑でもないうえ新鮮味に欠けているし、終盤のどんでん返しの連続もおまけみたいに感じてしまい、恐らくガイ・リッチー好きには堪らない新作なのだろうが、この手の映画を楽しむ素養を充分に持ち合わせていない自分はあと一歩のところでノリきれなかった。
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プロジェクトV
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
ジャッキー・チェンが推進し、多くのアクション・スターに引き継がれてきた「主演俳優による命がけのスタント」の意義とその前時代性について、本作を観ながら改めて考えさせられてしまった。というのも、ロンドン、ドバイ、そしてアフリカへと目まぐるしく舞台が移行していくのだが、その背景にCGを使用しすぎていて、もはやどのシーンが実景なのかの判別がほとんどつかないのだ。正直、スタントの使用よりも、背景CGの濫用の方がはるかに作品の興を削ぐと思うのだが。
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ライター
石村加奈
エンドロールのおしまいまで、ジャッキー・チェン劇場を堪能。中国語映画を世界に知らしめた、スタンリー・トン監督とのコンビも30周年と聞けば、「気概を胸に~」の歌詞にもグッとくるというものだ。ロンドン、アフリカ、中東、ドバイと世界中を駆け巡りながら、撮影時65歳のジャッキーが披露する、レジェンド級アクションも健在。特にアフリカの激流の川での死闘は、迫力満点。ヤン・ヤン、シュ・ルオハンをはじめ、若手俳優育成に努めるアニキっぷりは、リーダーのトンと重なる。
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
80年代のジャッキー黄金期で育ったので、65歳のジャッキーが組織のボスというだけで感慨深い。その設定なので若手中心に物語は進み、彼らがジャッキー往年の唐辛子を使ったギャグアクションなどを披露するが、正直物足りなさは否めない。しかし激流下りの攻防シーンは圧巻。さすがにブルーバックだろうと思っていたが、例のエンドクレジットのメイキングで実際の川で撮影していることがわかり驚愕。スタンリー・トン×ジャッキーの真骨頂、このシーンだけでも観る価値はある。
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