映画専門家レビュー一覧
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ペトルーニャに祝福を
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映画評論家
小野寺系
本作を見る限り、北マケドニアには男たちが裸で冷たい川に入り、十字架を奪い合う祭りがあるということで、日本の“一番福”だとか裸祭りなどと同じだなと笑ってしまった。そこに、就職活動に失敗した女子が乱入する展開を見せることで、自国の閉鎖性や女性差別を語っていく流れは面白い。だが、単に幸せになりたいだけの主人公はいいとしても、そこに彼女を利用しようとするフェミニストを登場させることで、女性を分断するような構図を作っている部分には強い疑問を感じた。
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映画評論家
きさらぎ尚
柳眉を逆立てて怒るかどうかはともかく、古来、とりわけ女性には、女性というだけで身の回りに理不尽がいっぱい。様々な「なぜ?」を、行動をもって問いかけるヒロインvs論理的な答えができない男性たち(母親も)。根強くはびこるこの構図を、就活、祭事といった身近なことを題材に取りながら、アイロニカルにコミカルに描いたこの映画、監督のユーモア感覚がなかなかのもの。それにも増して主人公の女優◎。理屈抜きで、まず応援したくなる。世界中のペトルーニャの希望だ。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
30過ぎて実家暮らし、不美人(個人的には悪くないと思う)、太め体型(個人的にはイイと思う)な上に性格もひねくれている中年女ニートという一般的な映画ではなかなかお目にかかれないタイプのヒロイン、ペトルーニャにとって神とは何であるのか、というテーマがシンプルながら過不足ない描写で紡がれている、真っ直ぐで映画力の高い映画であり、人間として、女性としての尊厳を自らの手で取り戻し、神から解放された彼女が力強く歩いてゆく後ろ姿に祝福の拍手を送りたくなった。
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藍に響け
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映画評論家
北川れい子
お嬢さま系のミッションスクールの部活が和太鼓とは、これはこれで意表を突く。その和太鼓に出会ったことで成長していく少女の話で、作品のキーワードは自己表現、自己解放の“音”。そういう意味ではかなり難易度の高い作品で、実際、音よりも少女の環境とか、疎外感とかの話で遠回り、なかなか“音”には出会えない。やっと出会っても練習段階で不協和音が生じ……。終盤のパフォーマンスはみているこちらも熱くなるが、演じる若い女優たちの顔がみな似ているのには閉口。
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編集者、ライター
佐野亨
舞台立てや人物設定など劇的な要素がこれでもかと揃っていて、下手を打てばありきたりな青春感動ものになってしまうが、画面の構図、そのなかでの人物の動かし方につつしみがあり、しぜんと映画の時間に引き込まれる(原作も読んだが、これをこう映画化したかという驚きがあった)。春木康輔の撮影の力によるところ大だろう。ただ、和太鼓がことばの代替物になる、というそのことへの踏み込み、いわばことばにできないことのほうに本当のドラマがある気がしてならなかった。
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詩人、映画監督
福間健二
娘たちを大勢登場させて、なぜこんなに辛気くさいのか。ミッション系女子高の部活の、和太鼓。「こんなシケタ音出して」とだれかが言うが、太鼓の音が気持ちよく響かない。紺野彩夏演じる環の、前半のはっきりしない表情と、久保田紗友演じるマリアの、不安を抱えた善意。「藍」なのかもしれないが、弾みがつかない上に、練習は完全に体育会系的。ポンと一発叩いてみせる指導には呆れた。奥秋監督、最後の五分で一気に取り返す作戦だったか。表現は、作っていく過程の楽しさが大事。
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いのちの停車場
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映画評論家
北川れい子
吉永小百合に対する製作人の配慮を思わずにはいられない。主役であること。世間に馴染み易い仕事をしていて、何ごとにも誠実であること。むろん、責任感とやさしさ、思いやりのある役。かくて今回は、金沢の小さな診療所の在宅医療医師役を演じることになり、いのちと死に向かい合うのだが、妙にハシャいでいた前作「最高の人生の見つけ方」よりずっと小百合らしさが感じられ、しかも実父に究極の選択をする。看護師役の広瀬すずが、若い頃の小百合のように明るく頼もしいのにも感心。
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編集者、ライター
佐野亨
地域社会における医師と患者、姉の子を育てる広瀬すず、松坂桃李と佐々木みゆ演じる小児がんの少女、吉永小百合と田中泯演じる父親――これら重層的な家族(疑似家族)の構図をどう描くかがこの物語のポイントだが、ぶつ切りの「見せ場」が数珠繋ぎにされていくだけで、一つひとつが有機的に絡み合っていかない。たとえば象徴的ともいえる柳葉敏郎のエピソードなどもっと丁寧に描くべきものがあるはず。逆に伊勢谷友介のくだりはあまりに拙速かつ中途半端で削ってもよかったのでは。
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詩人、映画監督
福間健二
冒頭、吉永小百合演じる咲和子は救急医。速度と決断力ある仕事ぶりでホッとした。舞台が金沢の在宅医療専門の診療所に移ってからは、大昔の「名作」的に、浅いままに意味ありすぎシーンの連続。患者たちの、それぞれの死までをあっけないほどさっさと畳み込んだ先に、咲和子の父をめぐる重いヤマ場。見ている方は相当しんどい。成島監督は、医師咲和子の、患者を安心させる力と、吉永小百合の、田中絹代も高峰秀子もできなかったアイドル性の怪物的な保存に折り合いをつけている。
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お終活 熟春!人生、百年時代の過ごし方
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映画評論家
北川れい子
世間の終活ブームに便乗したような特定の観客層狙いのコメディだが、何とか間口を広げるために若い世代の話を盛り込んだ努力は買う。けれども生活にゆとりのある熟年夫婦の他愛ない口喧嘩を発端にした離婚騒動は実にパターン通りで、本気で観る気になれず、映画というより流してみるドラマ並。橋爪功の頑固おやじ演技も「家族はつらいよ」シリーズのまんま。高畑淳子の強気の妻もにぎやかなだけで、別れる気があるんだか。葬儀社のベテラン社員(松下由樹)の言動には唯一関心。
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編集者、ライター
佐野亨
「(人生の)長さの意味に気づいているひとは少ない」と語りかける冒頭のナレーションに、正しい終活を教えて差し上げますよ、という啓蒙色がにじみ出ていてイラッとする。生活感のないモデルルームのような空間、絵に描いたような熟年像、再現VTRのような演技、とBS放送の合間に流れるハウトゥ番組ノリでダラダラとつづく2時間。駄目押しにチューリップの楽曲をバックにした(橋爪功は世代的におかしくないか)懐古映像が流れ、退屈な法事に付き合わされた気分になった。
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詩人、映画監督
福間健二
夫の定年後。男女異質論。いまの日本の「多数派」の姿。これが勉強になる人もいるだろうと書けば、おまえこそ学べと突っ込まれそうだが、「熟春」という言葉をはじめ、反発したいところだらけ。最後の金婚式、橋爪功と高畑淳子の夫婦に贈られる金のオシドリは、とくに耐えがたい。良心的な葬儀社はあっていいし、それが葬式以前のサービスに力を注ぐのは当然としても、その宣伝となる以上の内容がどれだけあるか。香月監督たち、こういう終点に到れない人たちのことも考えるべきでは。
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地獄の花園
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映画評論家
北川れい子
ヒェーッ、オソれ入りました!! 勤務時間中に“組”ならぬ部署ごとのヤンキーOLたちが、廊下で向かい合って罵詈雑言の応酬!! そんなOL軍団と一線を画す堅気のOL数人。その抗争が他社との“テッペン取り”にまでエスカレートしていくのだが、ばかばかしさもここまで底が抜けていると四の五のいうのもアホらしく、逆に不思議なカンドーがわいたりも。それにしても番長級から番長を支えるチンピラOLまで、前へ前へ出ようとする女優たちの熱気の凄さ。その役名となりふりがまた痛快。
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編集者、ライター
佐野亨
「OL」ということばに付随する女性蔑視的な視線が問題視される時代に「地上最強のOL」をめざす女性たちのステゴロ戦。日本の会社組織への痛烈な皮肉と思いきや、彼女たちは社内では白眼視される存在であり(にもかかわらず彼女たちの喧嘩が会社の明暗を決める滅茶苦茶な設定)、一方で「普通のOL」とは電話応対や書類のコピーをソツなくこなす女性社員のことだという。そして、その女性たちの闘争も結局は男性の愛を得ることで慰撫されるという時代錯誤ぶりに?然とした。
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詩人、映画監督
福間健二
ヤンキーOLたちの抗争。ありえないが、脚本のバカリズムと関監督、「ムリしなくていい」と「ムリでもやってしまえ」のバランスの取り方が最高。ヤンキー漫画の存在を前提とした作り方。大義名分なしの潔さで、近年のタランティーノの上を行く。大健闘の女優陣。広瀬アリスがカッコいいヒーローのパロディとして決まる。その先にアッと驚く展開で永野芽郁がおいしい主役の座に。遠藤憲一率いるトムスン一派のムリの累乗化と平穏無事な方のOLライフにもう一工夫とは思うが、痛快作。
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茜色に焼かれる
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フリーライター
須永貴子
本作から伝わってくる、作り手の社会に対する怒りは、自分のそれとほぼ同じ。クールどころかヘルなジャパンにおける、女性に対する冷酷かつ理不尽な仕打ちや、クソ野郎による狼藉が、シングルマザーの良子と、彼女の同僚の風俗嬢・ケイにこれでもかと襲いかかる。満身創痍でも気高く生きる良子は、荒れた海で船乗りに行き先を示す、今にも朽ち果てそうな灯台のような存在だ。この映画には、石井監督作品の常連俳優、池松壮亮の「映画は祈り」という言葉がふさわしい。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
石井裕也には常にまなざしがある。半ば諦めながら見つめることをやめられないまなざし。それは弱者はもちろん強者にも向けられている。そのまなざしに見つめられている日本という国。ヘイト、排除、蔑視、虐待、蹂躙、暴言・暴力、保身、無責任等、ひと昔前には恥ずかしくてとてもやれないと思っていたことをみな当たり前のようにやっている。そんな中で、「ま、がんばろう?」と息子の肩を叩く母の渋い輝き! 石井のまなざしに捉えられた尾野真千子は素晴らしい。
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映画評論家
吉田広明
たまたま上級国民だったり、上司だったり、徒党を組んでいるからといって「他人を蔑ろにしてもいいと考える人たち」に対し、「他人を蔑ろにしないことを選択した人たち」を対置する。後者はいかにも石井作品にふさわしく、頭おかしいと言われながらも、明るく、我武者羅で、しかし傷つきやすい人々だ。国民感情を逆なでした事件を出発点としながら、えげつない展開に持っていく通俗に就くことなく、弱者の意気と連帯を、ユーモアをもって描いている点がこの映画最大の利点である。
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レスキュー
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映画評論家
小野寺系
香港・中国版「海猿」と言っても支障ないくらいにその要素を拾いながら、映像面では大規模な実写撮影や特殊効果によって同作のそれを超え、広く世界に訴求するパニックシーンを完成させた。なかでも海中に沈みゆく無数の残骸をとらえたシーンは息を呑むほど圧倒される。一方、救出作戦の内容があまり伝えられないことでサスペンスとしての魅力がないのはもったいない。類型的で単純な人間描写や、香港の映画らしいとはいえ音楽の演出に統一感がないところは貧弱な印象を与えられる。
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映画評論家
きさらぎ尚
海洋進出が目覚ましい中国の国情を反映しているとみた。が、ドラマはハリウッド張りの娯楽アクション。アクション場面の緊迫感、迫力は見応えは十分。撮影が「グリーン・デスティニー」でオスカーを獲ったピーター・パウと知り納得。ただ、ヒロインの救難ヘリのパイロットの役柄は優秀な設定なので、顔のアップを頻出させるよりも、活躍を見せてほしかった。それに加え、海難救助隊長のバックストーリーよりも、アクションに針を振り切ったらなおスカッとしたかも。悪い話ではないが。
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