映画専門家レビュー一覧

  • ジョン・レノン 失われた週末

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      ジョンとヨーコが別居していた期間は「失われた週末」と呼ばれているそうだが、いったい誰にとって「失われ」ていたというのか。この時期を彼と過ごした女性がみずから口を開き、さまざまな誤解を解く。ジョンの先妻も現妻もからむ複雑怪奇な関係もさることながら、ビートルズの元メンバーからM・ジャガー、D・ボウイまで登場する活気ある日々はまぶしいばかり。ジョンの人物像と愛の物語が、豊富な映像資料でテンポよく語られる。でも、悪役にされてしまったヨーコにも言い分はあるよね。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      ジョン・レノンがオノ・ヨーコと別居していた18カ月間の時期にレノンと同居していた中国系アメリカ人メイ・パンの証言で描く新たなレノン像のドキュメンタリー。彼女の赤裸々な証言で語られるレノン、マッカートニーから多くのアーティストの私生活が新鮮で、ロック史が少し塗り替えられるインパクト。貴重な証言映像、プライベート写真に加え、アニメを効果的に使った映像編集も見事。ただし、あくまでパンの視点であり彼女に都合よくまとまりすぎではと。オノ・ヨーコがこれを見たら怒り狂う予感が。

  • 胸騒ぎ

    • 文筆業

      奈々村久生

      友達の家で出された手作りのおにぎりを食べられない。あるいは親戚一同で集まったとき、他の一家のルールに触れて驚いたり拒絶反応を示す。そんな経験は誰しも心当たりがあるのではないか。これは家族という最小単位のコミュニティ間で起こる摩擦であり、自分の家が正しくて相手の家が間違っているわけでもないが、それに近い感覚を覚えてしまう。この言語化しづらくどうしようもない違和感を可視化する本作の過激な試みに、その手があったかと思う。他人の家という異文化の空間はかくも恐しい。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      外国や田舎で地獄のような目にあうホラー映画はたくさんあるが、これは前半というか3分の2までずっと具体的な恐ろしいことはおきず、ただただ嫌な胸騒ぎと自己嫌悪(しかも主人公の自己嫌悪が観客に伝染する)が延々と続いて、すばらしい。本当に気分が悪く、ラスト近くでやっとホラーになってくれてむしろ安心した。終わりかたがまた絶望的なのだが、この絶望ってきっと聖書についての知識があると、もっと絶望的で、もっと呆然とできるんだろうな。いつか牧師さんの知り合いに訊いてみよう。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      こういった生理的な不快感を呼び起こすスリラーも、随分流行が続いている。本作は早くもリメイクが制作中で、かなりどす黒い好奇心を刺激するのだろう。“断り切れない気の弱さ”は、誰しも経験があるだろうし、脚本もその流れをうまく作っている。話が気になって、技術面の注視は忘れるほどだった。ただ、この悪意ある人々の労の取り方は、厭な映画を作ることが目的過ぎて、現実味が乏しく不自然だ。そして動体視力の良い人なら視認できる残酷な幼児虐待カットもあり、嫌悪感を覚える。

  • クイーン・オブ・ダイヤモンド

    • 映画監督

      清原惟

      淡々とした時間の流れに身を任せているうちに、他人の人生に乗り込んでいるような感覚になった。カジノのシーンでのお金を入れていく身振りや、部屋でだらだら話している女たち、ヤシの木が燃えているところをずっと見ている時間、印象的な場面がいくつも残る。一つひとつのカットがとても長いけれど、必然を感じられるし、現実の退屈な時間ってこんな感じかも。物語の網目が張り巡らされていなくても、引きのカットばかりでも、静かに破滅的な彼女の日々の実感がここにはあると思えた。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      ニナ・メンケスの新作「ブレインウォッシュ」を見ると“映画における男性の眼差し”を俎上に載せる痛烈なるフェミニストという印象を抱く。だが、ラスベガスで孤高に生きる女性ディーラーの淀んだ日常をとらえた本作は、一見ぶっきらぼうでまったくとりとめがない。極端な長回しやズームによって浮かび上がるのはヒロインの内面ですらない。たとえて言えばゲイリー・ウィノグランドが傑作写真集『女は美しい』で抽出してみせた、荒涼たるアメリカの時代精神が鮮やかに透し彫りされているのだ。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      アメリカの異端児ニナ・メンケス、91年の代表作。極私的なアヴァンギャルド・スタイルで知られる女性作家の白眉は、果てしなく続く台詞なしのカジノ場面に表れる。日光を遮断した屋内に響き渡るゲームマシーンの効果音による包囲……あの麻痺感覚と人間疎外をこれほど生々しく伝えた映画もなく、終末後のような砂漠を彷徨う女性ディーラーの無表情と孤立感が言外の説得力をもって迫ってくる。アケルマンと比較できるが、やはりアメリカ、それもユダヤ系のアウトサイダーから生まれた不条理性の映像美学。

  • 青春18×2 君へと続く道

    • ライター、編集

      岡本敦史

      おお、チョン・モンホン作品のスターたちが長野県松本ロケで共演している、という感慨はあった。しかし、本格的な日台合作の青春映画という試みの面白さに、作品自体は届いていない。こういうベタな青春ドラマをただ新味なく撮っても、タイのGDHなどには全然敵わないし、今の観客に届けるための戦略を感じさせてほしい。特に回想パート。甘酸っぱさと気恥ずかしさは同義ではない。ただ、乗り鉄的には見どころが多く、クライマックスの舞台は大いに納得。そりゃ絵になるもの、只見線。

    • 映画評論家

      北川れい子

      そういえば劇中、岩井俊二監督の映画が好きだ、という台詞があるが、台湾と日本を舞台にしたこのラブストーリーの人物や行動、エピソードも多分に岩井俊二的で、「新聞記者」「最後まで行く」の藤井道人監督・脚本にしては、これまでになく軽やか。ひょんなことから台湾のカラオケ店に住み込みで働きだした日本娘アミと、アミに恋した18歳の僕。18年後、人生の岐路にたった僕はアミに会うため日本へ。台湾と日本のどちらにも配慮した脚本は、みんないい人ばかりだが。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      清原果耶のベストアクトというべき魅力が引き出されており、その一点押しで評価したいが、ここは点を辛く。岩井俊二の「Love Letter」が劇中へ引用されており、物語もその影響下にあるが、それなら引用元を上回る要素がひとつでも必要なのではないか。日本各地で良い人と出会い、短時間で別れを繰り返すだけなので「幸福の黄色いハンカチ」の健さんみたいな行くに行けない焦燥がない。福島が大きな位置を占め、過去と向き合う物語なのに、震災や原発も透明化されている。

  • 殺人鬼の存在証明

    • 俳優

      小川あん

      かなりウェルメイドに作られている。時代を交錯させ、章ごとの展開が事件を複雑化させる。徐々に加害者と被害者の周囲をめぐる人間関係が露呈し、一連を見届けた鑑賞者がきちんと納得できるように事件は帰結する。それゆえに、少しちゃんとしました感が強い。この人がこうなって、これとこれが繋がってといった、人物相関図を作りたくなるような映画。そうなると「なるほど。よくできたクライム・サスペンスとして、最後まで飽きずに見終えました!」と発展が難しくなってしまう。

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      2021年のロシアの映画製作がどういう状況だったかはわからないが、古今東西のさまざまな映画をきちんと学んだ人が撮った作品という印象(ちなみに監督はジョージアとウクライナにルーツがある人らしい)。手のこんだ構成とこだわりの映像で、いつの間にやらぐいぐい引きこまれる。これと同様に実際の事件に想を得たポン・ジュノの「殺人の追憶」もそうだったが、捜査と並行して警察組織の堕落が描かれる趣向で、ソ連時代が舞台とはいえ、権力こそが狂っているのだという痛烈なメッセージが。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      旧ソビエト連邦での52名を殺害した連続殺人鬼をモチーフにしたサイコスリラー。熱血捜査官が容疑者を逮捕したところですべてが解決したかと思いきや事態は思わぬ展開を見せる。監督したラド・クヴァタニアはCFやカニエ・ウェストのMVなども手掛けるだけに技巧派で、凝った編集もあり最後まで飽きさせないが、策士策に溺れるならぬ技巧派技に溺れる的なトゥーマッチ感。画作りと技巧性ではフィンチャーを想起させるが、フィンチャーのような洒落っ気はなく、ロシア的鈍重さが画面からのしかかる。

  • ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ

    • 文筆業

      奈々村久生

      いつ帰ってくるのか、帰ってこられるのかどうかもわからない不在の長男を待つ拠り所のなさを、メルテム・カプタンの演じる肝っ玉母さんの強烈なキャラクターで強引に押し切る。その原動力が無条件の母性というものにフルベットしていて、劇中の訴訟でもそれを最大の武器として民意に訴えているのがしんどい。彼女にはラビエというファーストネームがあるのだが、邦題では「ミセス」と改訳されているのも、人間であることより母であることが存在意義のすべてとされているようでつらい。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      息子が突然いなくなった母。息子は自分の意志で帰ってこないのではなく、遠い外国で幽閉されてしまったのだ。しかもドイツの友好国であるはずのアメリカの兵隊から拷問をされている。ほんとうにひどいことが世界中でおきている(こういう外国映画を観て「日本はまだマシ」とは言いたくない)。だけどこっちに元気があるうちはジタバタはしてみるものです。がんばるおっ母さんとマジメな弁護士のユーモラスな凸凹コンビの姿を見ているだけで、笑うべきところじゃなくても笑みがこぼれてしまう。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      クルナス夫人のように陽気でふくよかで、華やかな女性はいる。政治にうとくても収監された息子の解放のため、奔走するイメージそのものの外貌だ。その明るさと経過する日数の乖離が恐ろしい。役所の書類はなぜか読みづらい文章で書かれていて、意味を解するのが難しいのはどこも同じか。それがさらに複数の言語にわたってしまうと、絶望的な気持ちになる。本作も人権派弁護士のおかげで理解できるが、被監禁者がどういう理由で、なぜたらい回しにされるのか、根本的なところが知りたい。

  • 人間の境界

    • 映画監督

      清原惟

      モノクロで描かれる夜、メガネの輪郭だけが闇の中で光るさまが印象に残った。一見何が起きているのか掴みにくい映像が内容と強く呼応する。難民の中にもウクライナのように優遇される人々と、肌の色によって冷遇される人々がいるという現実を突きつけられ、今まさにパレスチナに対して起きていることを思い苦しくなった。正義だと思われていたヨーロッパに対しての問題提起がなされていること、それがさまざまな立場の人間による複数の視点によって支えられているところに心を動かされた。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      内戦を生き延び、難民としてヨーロッパへ辿り着いた6人のシリア人家族を容赦なく見舞う地獄めぐりのような苛烈なドラマだ。原題は「緑の国境」だが、峻厳なモノクロ映像は数多の難民がポーランドとベラルーシの境界上に張り巡らされた鉄条網で深手を負い、命を失う光景を鮮烈に刻み込む。アンジェイ・ワイダの衣鉢を継ぐホランド監督は難民のみならず、国境警備隊の青年、中年の女性活動家と視点を分散させた語り口によって、単なる告発調に陥らない切迫したリアルさを獲得している。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      時は2021年10月のヨーロッパ。22年2月のウクライナ戦争前夜。2014年からのベラルーシ難民はポーランド国境警備隊による非人道的な扱いでベラルーシに押し返され、国境の原生林で約3万人が死んだ。一方、ポーランドが受け入れたウクライナ難民は最初の2週間で約200万人。違いは、前者がベラルーシがヨーロッパ国境を混乱させるべく“人間兵器”として利用した難民であったことであり、中東やアフリカを出自とする彼らの肌の色だった。フィクション映画の力を見せつける名匠ホランドの重要作。

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