映画専門家レビュー一覧

  • SKINAMARINK/スキナマリンク

    • 映画評論家

      真魚八重子

      死の恐怖の雰囲気をたたえた100分。子どもたちが夜更けに目覚めると父親の姿はなく、家は窓やドアが消えていく。気がつくと子どもは天井を歩き、家の上下が入れ替わっている様子が、闇深い静謐な映像で綴られる。冥界に入るような不安が漂うものの、映画となるとそれは非常に退屈で、予告篇程度で十分事足りる。監督はもともとYouTuberで、この作品と同系統の5分の作品をネットに上げており、本作はそれを引き延ばしただけの印象。物語に起承転結もなく、長尺化は蛮勇だ。

  • ノー・アザー・ランド 故郷は他にない

    • 文筆業

      奈々村久生

      大挙してやって来たショベルカーが家を壊す。パレスチナ人の居住地をイスラエルの軍用地にするという名目で。抵抗する住人には銃を向けることも厭わない。そこで行われているのは明らかに殺人だが、イスラエル軍側の人間は罪に問われることも法で裁かれることもない。倫理や道徳、善悪で論じるのはもはや無意味だ。同時に浮かび上がるのは現実の後を追うことしかできないジャーナリズムの無力。だからこれは単なる現実の記録ではない。その意味で「シビル・ウォー」との間に位置する一本。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      大切なのは生活だ。石を積んだ家で暮らす日々(子どもたちは我々と同じようにスマホでゲームをしてなかなか寝ない)が想像もできない僕は、平和ボケしてるから自分が自分の生活から追放され殺される事態も想像つかない。追放や破壊や虐殺を行うのは、かつて追放され差別され虐殺された民が作った国。DVの連鎖と同じだ。だがイスラエルの若者はパレスチナで、自分の国の行為を目撃する。パレスチナの若者と一緒に映画を撮る。撮るしかない。人間は狂っていない。狂っているのは常に国家や組織だ。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      パレスチナ人居住地区であるマサーフェル・ヤッタ。監督のバーセルは、故郷がイスラエルから勝手に「軍事射撃区域」に指定され、村がショベルカーで無理やり破壊されるさまを撮影する。日本では我が事として想像するのが難しい災難の光景だ。そしてイスラエルのジャーナリストのユヴァルは、自国の振る舞いに胸を痛め、バーセルの撮影に協力する。敵側にもまともな倫理を持つ人がいると再確認できる行為だが、これは意外ではなく、慈悲や同情という当然の人間的感情なのだ。

  • あの歌を憶えている

    • 映画監督

      清原惟

      失いたくないのに記憶を忘れてしまう男性と、忘れたい辛い記憶によって人生を変えられてしまった女性が出会い関係性を作り上げていく。痛みの共感によって男女が結びつく、紋切り型の心温まるストーリーかもしれない、とはじめ思って観ていたが、一人ひとりの丁寧な描き方に安心した。性加害が人の人生を傷つけ変形させてしまう恐ろしさをきちんと取り扱っていること、二人の関係性を単純な恋愛に押し込めない手つきが素晴らしいと思った。娘と母の物語としても観ることができる。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      原題はズバリ「記憶」。もともと映画自体が記憶に深くかかわるものであり、見る者の記憶によって千変万化するから、この主題は映画と極めて親和性が高い。若年性認知症の男とソーシャルワーカーのシングルマザーが高校の同窓会で最悪な出会いをする。まさにお互いにちぐはぐな記憶を修整し、繕うようにして二人は親密になる。その?末はほぼ予測がつく。むしろそのゆるいウェルメイドな味わい、記憶というオブセッシブな作用が孕む両義性を謳い上げていることこそが、この映画の美徳だろう。

    • リモートワーカー型物書き

      キシオカタカシ

      あえて俗っぽい言い方をすれば“胸糞映画の旗手”である監督がこれまでの過去作で直接描いてきた地獄が主人公シルヴィアの“記憶”としてオフスクリーンに存在する、“ミシェル・フランコ映画の後日談”的な趣がある本作。トラウマが白日の下に曝され心から鮮血が噴き出し、最悪な事態の予感に身構えてしまう悲痛な瞬間も確かにあるが、驚くほど親密で優しい視点が全篇貫かれている。フランコが脚本執筆時「ミニー&モスコウィッツ」を参照したと後から知り、空気感の正体に膝を打つ。

  • セプテンバー5

    • 俳優

      小川あん

      生中継の裏側をリアルに映した緊迫感のある映画というリード文では収まらないくらいの傑作。この超ストイックな方法論は、仕事とプライド、世界と国、報道と事実、ほかあらゆる相対的なものをカメラで確実に捉えている。究極のテンポ感を落とすことなく、維持し続ける難しさ。それに追いつかなければいけない(もしくは先をゆく) 俳優・スタッフに拍手喝采。そして、オープニングからラストまでの90分の時間を完璧に終えた。カメラに映る、見逃してはいけない瞬間は秒単位にある。

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      このタイミングでの製作・公開はどうしても別の意味を帯びてしまうが、困ったことに猛烈に面白い。スリラー+バックステージ物という感じで、P・グリーングラス監督作みたいなスピード感。主眼は、突然報道を担うことになったスポーツ部クルーが直面する倫理的ジレンマ。目の前の物語を語ることに徹しようとする彼らだが、それは「誰の物語」なのか。決断を迫られつづける若手プロデューサー役は、ライカート作品のJ・マガロ。ドイツ人通訳と、アルジェリア系フランス人クルーの存在が効いている。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      1972年のミュンヘン・オリンピックで起きた人質テロ事件の?末を生中継したテレビクルーの視点で映画化。よってカメラはほとんど放送局の中から出ることなく、刻一刻と変化する大事件を生中継することを選んだ者たちの倫理的葛藤も含んでサスペンスフルに展開する。無名の俳優を起用することで、極めて真実に近づけた再現ドラマのようなリアリズム。そして半世紀前の事件の要因が、今の世界とも地続きであるという現在性。映画の観客を「歴史の目撃者」に変容させる見事なノンフィクション劇映画。

  • 愛を耕すひと

    • 文筆業

      奈々村久生

      マッツ・ミケルセンが圧巻。北の不毛な地で苦行のような闘いに挑む男の営みにどんなスペクタクルがあるのかという邪推など叩き潰される。寡黙にして無骨な退役軍人ケーレンの瞳の奥に宿る闇と光、険しい表情に刻まれた感情の揺れが物語る豊穣な顔のドラマ。彼を取り巻く共演者たちは、ケーレンとは違う資質を持つキャラクターばかりだが、それぞれがまったく引けを取らないチームプレーも素晴らしい。殺伐とした光景の中、孤独な者たちがはからずも家族らしきものの形を為す瞬間は染みる。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      空気は読めないが体力があり、自分がなすべきことだけは決めてしっかり取り組むコミュ障の男が、お金がある男よりもモテるという話だ。ファンタジーといえばファンタジーだが、ここには現実的な希望がある。世の発達障がい気味の男性が苦しいのはクソみたいな上司に従わなければならないからで、(人を殴ったり殺したりは絶対やめといたほうがいいが)人の言うことを聞いてないで土に触って体を使って未開の地を耕せば、この映画でやってたようなエロいセックスができるのですよ。すばらしい。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      マッツ・ミケルセンが本国デンマークで撮った作品は、ちょっと奇妙な面白いクセがある。それを生み出しているのは、今回も脚本に参加しているアナス・トマス・イェンセンだ。本作のマッツも一般人から大尉にまで上りつめ、退役後は貧窮しているケーレンという不可思議な男で、国に貴族の身分と引き換えに荒野の開拓を申し出る。地位にこだわり決してヒューマニストではないはずなのに、主人公ゆえに差別を否定し、身分制も自然と乗り越え善人となる、映画らしい変遷が興味深い。

  • ファイアーブランド ヘンリー8世最後の妻

    • 文筆業

      奈々村久生

      史実との符合はともかく「宮廷サバイバルスリラー」として楽しんだ。ヴィキャンデルも一目ではわからなかったぐらいコスチューム・プレイを乗りこなしていたが、肥大した暴君ヘンリー8世を演じたジュード・ロウの変貌ぶりには新鮮に衝撃を受けた。夫婦でありながら敵対する二人だがどこか共犯者のようにも見える。野心と陰謀うずまく視線のドラマやシスターフッド的な要素も悪くない。諸事情でモノクロのバージョンを鑑賞したのだが、過激な描写や情報量が中和されたソリッドな味わいもよかった。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      「王」というものは長いあいだ玉座についていると狂い、誰かをむかつかせるようになり、ちっぽけな王であっても(いつテレビをつけてもその人が映ってて周囲を支配している偉そうな者も王だ)かならず殺されるか引きずり降ろされる末路をたどる。現代でも銃撃されて本当に処刑される王もいるし、王を袋叩きにするのは民衆を興奮させる娯楽だ。これは王殺し=夫殺しの現代的な映画。ほとんどの場合、女は同レベルの男より優秀だが、女も男も王になるなら悲しみを知ってる者がなるべきなのだ。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      イギリス国王で、妻を次々と迫害追放してきた暴君ヘンリー8世と、6番目の妻となったキャサリン。イングランド国教会を設立したヘンリーに対し、キャサリンはプロテスタントとして信仰が厚く、布教を考えていた。ヘンリーのでっぷりした見た目は、女性を力で圧倒する残酷な恐ろしさを体現し、対するキャサリンは冷ややかな美貌でヘンリーを懐柔し、信仰で裏切る知性を放つ。豪奢な衣裳と主演二人の艶のある演技に魅了される。ヘンリーの壊疽がサスペンスの鍵となる設定も面白い。

  • 聖なるイチジクの種

    • 映画監督

      清原惟

      イラン政府に反対する民衆のデモが発端となって、父親が政府の仕事をする一家に波紋が生まれていく。極めて政治的な題材を、ある家族の中の思想の違いや亀裂などを描くことで、大きな社会の縮図のように見せている。一番印象に残ったのは母の葛藤だった。家父長制を受け入れて生きてきた母は、はじめ娘に慣習を受け入れることを強いるが、娘の友人が傷つけられた姿を見たり、父親の本性が炙り出されていく中で、彼女の良心や抑圧されていた気持ちが表出していくさまに心動かされた。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      父親が予審判事に昇進し、何不自由のない特権を享受する家族が一丁の銃の消失で内部崩壊するさまを描くポリティカル・スリラーだ。保守的価値観を遵守する母、リベラルな二人の娘。だが父は上司の命令で死刑判決の署名を強制され精神に変調をきたす。後半、疑心暗鬼の果てに家父長制を体現するモンスターと化した父親の理不尽な暴走が前景化する。だが迂回を重ねるそのミスリード的な語り口がかえって根源的な国家批判には至らぬ脆弱さを露呈してもいる。

    • リモートワーカー型物書き

      キシオカタカシ

      かなりの長尺作品だが、「家庭内で銃がなくなる」という公式あらすじの出だしも出だしに辿り着くまで本篇のちょうど半分ほどが費やされる……後半で大胆な転調をすることもあり、“登場人物が同じ別ジャンルの80分映画2本立て”という感覚も。しかし構成が破綻しているというわけでない。2022年イランをヒリヒリと丁寧に描いた“地獄の日常系”な前半が圧力鍋のように働き、内面化した社会規範に乗っ取られた者が内部崩壊を起こして暴発する“サイコスリラー”な後半の重みを増している。

  • ドライブ・イン・マンハッタン

    • 映画監督

      清原惟

      上から目線の中年男性タクシー運転手に絡まれて、だるい話をえんえん聞かされる上に、プライベートな話も根掘り葉掘り聞いてきて、主人公の女性のしんどさも伝わってくるのに、最後なんだかいい話っぽくまとめてるのが納得できない。映像的にもワンシチュエーションであるが故の単調さを乗り越える工夫もなく退屈さを感じてしまった。女性を妙に魅力的に(特にその視線のありかたなど)描く演出にも、いやらしさを感じてしまい、徹底した男性目線の映画だと思ってただただ疲れてしまった。

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