映画専門家レビュー一覧
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ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた
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俳優
小川あん
70年代にアメリカで「ドリーミン・ワイルド」というアルバムを自主制作した兄弟と仲間を描いた、実話に基づく音楽ドラマ。過去と現在を交錯させながら、名声と家庭、成功と失敗のはざまで揺れる兄弟や家族の絆を描く。良かったのが、主人公のドンは愛に溢れて育った環境だったこと。親は夢を全力で応援し、兄は弟を支えるために側にいる。だからこそのプレッシャーと苦しみ。地味でありながらも、ケイシー・アフレックの哀愁漂う芝居は感動ものだ。ケイシーは田舎町がよく似合う!
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
30年前のアルバムが発掘され大バズりとなれば手放しで喜びそうなものだが、そうはいかない事情が主人公にはある。10代の自分との対峙、兄との立場の差など全部映画的に表現されていたのに、クライマックスで台詞で語りなおされてしまうのは残念な気もしたが、場面の状況的に仕方ないか。それでも語り口に「アメリカ映画」としか言いようのないしみじみとしたよさがある。「サバービコン」以来何となく動向を気にしているノア・ジュプが、歌声も聴かせ、健在ぶりを披露しているのが個人的にうれしい。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
70年代にデビューしたもののまったく世間から評価されなかった兄弟デュオが30年後にコレクターから再評価され、再発と記念ライブが決まる。しかし、それは兄弟にとって過去と深く向き合うことだった。「夢追い人」であるデュオの弟とそれを支える父、諦めつつある兄との確執や和解が、芳醇な感情のタペストリーのように描かれる。最後の時代を超えたライブの描写が素晴らしく、商業的な成功よりも自らの表現や人間関係の成熟を選んだ姿勢にポスト資本主義な豊かさを感じる。
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Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり
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俳優
小川あん
富都のスラム街で、身分証を持てず生活していた兄弟に悲劇が訪れる。テーマは社会問題×兄弟愛。社会問題を描く観点で言えば、もっと個人的な場面を盛り込んでほしかった。絶妙に難しいラインだけど、その辺りは台湾映画の巨匠たちがずば抜けていると思ってしまう。まだ幼かった頃の兄弟が、ゆで卵を頭でわり合う回想シーン。感傷的なシーンとは取れなくて残念。最後の時を迎えたアバンの魂の叫びは観客にも心が揺さぶられるものがある。声にならない声、とはまさにこのことだ。
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
年齢設定がわからないけど弟があまりに精神的に未熟なのが気になるなあと思っていたら、途中からやはりそのせいで、予想もしなかった方向へと物語が転がりはじめる。死んだ女性の人生を奪ったことをわびる人物も、彼女のために憤る人物も祈る人物も出てこないのがどうしても気になるが、マレーシアの知られざる問題を取り上げたこと自体は意義深く、何より撮影が素晴らしい。社会のネガティブな側面を描いた映画であるにもかかわらず、日常を丁寧に拾う官能的な画面が、この国の魅力へと観客を誘う。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
クアラルンプールのプドゥ地区にあるスラム街に生きる二人の兄弟の物語。身分証明書を持たない二人は危険と隣り合わせの日々を送るなかで、ある事件が二人の運命を変えていく。まるで英作家チャールズ・ディケンズのアジア版のようなドラマ性のある物語で、兄弟を演じる二人の俳優も素晴らしく、映像もアジア的芳醇さがある。話が悲惨さに終わらないのもいい。ろう者の兄を演じた台湾のウー・カンレンの目力に射抜かれる。
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雪の花 ―ともに在りて―
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ライター、編集
岡本敦史
時代劇とは現代を描くためのジャンルである、という韓国のイ・ジュニク監督の言葉を思い出す一作。医療従事者の努力と献身を伝える実話を、この時代に映画化する意義は大きい。なればこそ、ワンシーン・ワンカット演出にこだわるあまり、本来エモーショナルな物語が必要以上に枯れたタッチで綴られることには若干の疑問を覚えた。効果的な引き画の長回しもあるが、ごく普通の切り返しが素直に良い場面もある。苛酷な山越えのあとのくだりも、割り方次第でより実感を増した気が。
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映画評論家
北川れい子
時代劇、現代劇を問わず、小泉堯史監督が描く人物やその世界観には常に生真面目な誠実さがあり、観ていていつも安心する。漢方医である主人公が、蔓延する疫病の治療薬を求めて奔走するという本作も、つい昨日のコロナ騒ぎを体験しているだけに、主人公ならずともその不安や恐怖は他人事ではない。ただいくつかアクションはあるものの、いまいちドラマ性が希薄で、演出も楷書書きのようにどこか堅苦しい。いや、だから退屈、というわけではないが、正面芝居が多いせいか窮屈感も。
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映画評論家
吉田伊知郎
風の音が響き、草木の匂いが漂い、歴史的建造物に手を加えて撮ることで人が暮らす温かさが息づき始める。そんな手間暇をかける時代劇は今や皆無だけに、その悠々たるリズムと共に画面に惚れ惚れする。感染症の拡大と予防接種に対する流言飛語に向き合う物語は、増え始めたコロナを題材にした作品の中でも突出した完成度。役所広司の存在感が役よりも大きすぎる問題や、チャンバラのサービスは必要だったのかという疑問はあれど、「赤ひげ」への静かな返歌として好ましく観る。
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ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件
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俳優
小川あん
製作費70億、贅沢だ! フィクションとはいえど80年代香港の金融業界が超エンタメ。主演二人の見事なスターっぷりが相性抜群◎。テンポ重視で、どんどん詐欺。どんどん人殺し。どんどん金儲け。この急速なスピードで成り上がっていく様は見ていて面白い。舞台も豊富で、なんじゃこりゃ、と思うような巨額のお金を費やしたオフィスや、明らかに危険な匂いのする廃墟のような取引場。アジア圏内だけに、親近感。トニー・レオンは、イケオジ。彼のベストアクト「花様年華」から25年かぁ。
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
〈君の瞳に恋してる〉が流れるモンタージュ・シークエンスまで(前半部)は、ケレンにあふれ、アップビートでゴキゲン。ところが後半、展開が何だか駆け足気味になり、ジャンルまで変わったかのようになって、全体で見るとどうもバランスが悪い印象に。もしかしたら配信のミニシリーズにしたほうがいい題材なのかもと思ったら、この事件をもとにした連ドラはすでに2020年に香港で放送されているとか。けれども2大スターの顔合わせの魅力は絶大、70・80年代香港の再現も映画ファンには感慨深いかと。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
トニー・レオンとアンディ・ラウが「インファナル・アフェア」シリーズ以来、およそ20年ぶりに共演した、香港のバブル経済における金融詐欺事件をめぐるドラマ。詐欺師役のレオンと捜査官役のラウの15年にわたる駆け引きを描く。間違いなく魅力的なキャスティングなのだが、波瀾万丈な15年を圧縮して見せようと、映画は2時間総集篇のような慌ただしさ。さらにVFXがこれでもかと使われ、ゴージャスな犯罪譚がチープなルックに。化学調味料がふんだんに入った満漢全席の味わい。
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おんどりの鳴く前に
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文筆業
奈々村久生
邦題は聖書に出てくる言葉で、イエスが弟子の裏切りを示唆したもの。平和とは臭いものに蓋をして見て見ぬふりを決め込んだ上に成り立っているという皮肉な事実が突きつけられる。田舎の同調圧力から生まれる異常性はよそ者によって暴かれることが多いが、告発者が内部にいた場合はどうなるか。それは地獄でしかないことがドライな語り口で描かれるが、大衆の信じるもの=正義になるのは世の道理で、この世界は大きな田舎に過ぎない。それをニヒリズムでは見過ごせなかった主人公の悲哀が染みる。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
主人公がとても不気味なんだが、それは顔つきとか猫背とか物腰とか、俳優の的確な表現によるもので、物語レベルでは不気味じゃないどころか彼の理性や感情、欲望(というか希望と絶望)はとてもよくわかる。観ている我々にとってとてもよくわかる人物(我々自身と言ってもいい)が、映像の中ではとても不気味だという切実。田舎ホラーかと思ってたら社会派、しかも声高に政治の正義を語るのではない、地に足のついた普遍的なドラマ。ラストのオフビートな衝撃の展開に笑いながら泣くしかない。
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映画評論家
真魚八重子
田舎で珍しく惨殺事件が起こる。警官のイリエは村長や司祭からまあまあと丸く収めるよう促される。すでにお膳立ても出来ていて、村はすぐ元の落ち着きを取り戻すだろう。しかし新たにやって来た若い警官は疑念を抱き、引き続き独自で捜査する。田舎者で将来は果樹園を経営しようと思っていたイリエは、気がつくと哲学的な問いの前に立たされ、逃げ場を失っている。良心に従って崖っぷちに立つか、良心に背き一生十字架を背負うか。ラストの銃に不慣れな者たちの銃撃戦が胸を打つ。
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蝶の渡り
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映画監督
清原惟
古い家の中に芸術家のコミュニティがあるという設定は面白いが、自分が土地の歴史的背景を知らないせいなのか、彼らの生活をあまりリアリティを持って受け取ることができなかった。主人公の画家コスタのかつての恋人が、コスタや他のメンバーよりも明らかに若い俳優なのにも、美しさを強調する演出だとしても違和感を感じてしまう。よく知りもしない外国人と結婚しようとするエピソードなどは痛々しく、切実さと喜劇のバランスの中で迷子になった気持ちだった。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
昔見た「ロビンソナーダ」の監督の新作と聞いて驚いた。ソ連から独立後の戦火にまみれた複雑なジョージアの現代史が迫真的なモノクロのニュース映像と親密でプライベートなビデオ映像を交錯させつつ綴られる。27年前の祝祭に満ちた日々と内閉した現在が対比される。画家のコスタの半地下の家は、離合集散を繰り返しながら、甘美で痛切な記憶を共有している芸術家たちにとってはかけがえのないアジールなのである。全篇に柔らかな官能が脈打っているのもこの映画の際立った美点である。
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リモートワーカー型物書き
キシオカタカシ
月並みだが、映画鑑賞の醍醐味の一つは異文化を知ること……ソ連崩壊直後?コロナ禍直前までのジョージア人の想いと生き様を悲喜こもごもの90分間に優しく凝縮した物語に、このタイミングで触れることができたのは得難い体験であった。先月の「私の想う国」でも感じたが、各国の映画作家が希望の灯火を次世代に継承しようとしても逆風が吹き荒れているのが世界の潮流――。そんな中で本作もまた、映画を観終わった先に待つ“その後”の現実から目を逸らさせず、向き合わせる力を持つ。
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サンセット・サンライズ
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ライター、編集
岡本敦史
コロナ禍を描くうえで、重症患者や死者を頑なに映そうとしない映画界の不気味さは相変わらず感じるが、そこは差し引いても、現代日本のある様相を切り取ったエンタテインメントとして面白かった。郷里への思いがこもった宮藤官九郎の脚本、岸善幸のふざけすぎず堅実な演出がうまくハマった。もはや名優の風格を見せる竹原ピストル、少路勇介と見紛う三宅健(どっちも出演)、健在ぶりが嬉しい白川和子ほか、キャスティングも楽しい。これこそ宮城県の映画館で観たいご当地映画。
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映画評論家
北川れい子
南三陸の風景がいい。人物たちがみなクセがあって面白い。お節介なエピソードも無理がない。出てくる食べ物がおいしそう。そして喪失感や痛みに対しての節度ある距離感。観終わって思わず“ケッ”と呟きそうになったりも。白川和子が演じる地元の老婆が発する言葉で、あげるから持っていけ、ということらしい。そういえば宮藤官九郎脚本の朝ドラ『あまちゃん』のときは“ジェジェジェ”が流行ったが、本作の場合はぜひ観て“ケッ”! 菅田将暉の久しぶりに気張りのない演技も新鮮で、お年玉のような娯楽作。
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