映画専門家レビュー一覧
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密輸 1970
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文筆業
奈々村久生
「ベテラン」(15)続篇の公開も控えたリュ・スンワン監督によるエンタメの極み。コテコテの方言でまくし立てる痛快なセリフ回しでクセの強い海女を演じたキム・ヘスの幅には目を見張るばかり。流行りのシスターフッドは監督の初期作「血も涙もなく」(02)を彷彿とさせる。時系列トリック、ゲストのチョ・インソン、潜水アクションなどてんこ盛りで語り口はややごたつくが泥くさいパワーと人情味が勝った感じ。当時のレトロカルチャーや70年代風味あふれるチャン・ギハの音楽も楽しい。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
実際の60〜70年代の韓国歌謡曲なのか新譜なのかわからないけど音楽がすばらしくて泣ける。水中撮影も美しい。泥臭い話だが編集で飽きさせない。人間がみんな暴力的で、かわいい。女と女の(恋愛ではない)友情と憎しみと事情を軸に、登場人物たちが変貌していくのが人生を感じさせて悲しいし楽しいし、物語の筋はそらさないまま映画そのものまでどんどん変貌していく。人の命の値段に関係ないサメ映画にまでなっちゃうサービス精神が炸裂。最後のオチ、あれも俳優のファンへのサービス?
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映画評論家
真魚八重子
リュ・スンワンは「ベテラン」に引き続き、音楽に60年代コリアンサイケロックをチョイス。この絶妙な劇伴だけで楽しいのに、物語も海女たちvsギャングvs税関、という設定が素晴らしい。友情、裏切り、アクションとてんこ盛りで、スンワンの作品の中でももっとも抑揚があり、秀逸な出来。現代のフェミニズム運動とも連動した内容だ。女性たちの仲間で海女ではない人は、美人局的な役割を自然と担う仕事の分配も良い。キム・ヘスの全然老けない美貌とスタイルも目の保養になる。
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メイ・ディセンバー ゆれる真実
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映画監督
清原惟
子どもと大人の恋愛が客観的には犯罪と位置付けられたとしても、本人たちにとっては真実の愛として存在できるのか。そのようなテーマを内包する本作は、今の時代にかなりアクチュアルな内容。当時少年だった彼の眼差しは不安げで見ていて苦しくなるが、それでも簡単に被害者とは割り切れないように描かれていることの奥行きもある。知らず知らずのうちに近づいてくる暴力について考えさせられた。ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーアをはじめとする俳優たちの演技がすごい。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
ミシェル・ルグランの傑作「恋」のスコアが耳にこびりつく。トッド・ヘインズは「あるスキャンダルの覚え書き」と同工のテーマを全く異なるアプローチで自家薬籠中のものとする。事件の当事者に取材する女優がいつしか対象と同一化し、危うい共犯関係へと踏み入ってゆくのだ。「仮面/ペルソナ」「三人の女」といった人格交換劇の記憶を喚起させながらも、ヒロインの無意識の悪意が感染症のごとく他者に浸透してゆく恐怖をこれほど澄明なトーンで描ききった映画は稀ではないだろうか。
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映画批評・編集
渡部幻
36歳の女性が13歳の少年と不倫し、逮捕されたのちに刑務所で出産。23年後、彼らの人生を映画化すべく主演女優が取材に来て……。異才トッド・ヘインズの腕が冴え渡る“解釈の迷宮”である。分裂し多層化したアイデンティティの混乱に、“演じること”と“同化”の問題が絡んでくる。ピンターとロージーの「恋」のテーマ曲(ルグラン)を編曲した音楽が強力で、精妙な細部を敷き詰めた一流の映画と同様、二度見るとさらに興趣を増す。蜘蛛の巣に捕らわれた元少年(チャールズ・メルトン)の哀れが胸に残る。
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先生の白い嘘
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文筆家
和泉萌香
強姦のシーンの悪趣味なスローモーション。しょっちゅう流れる音楽もひどいし、夫婦でのセックスシーンも撮り方や演出といい、性加害を扱う話であるのに、プレスの言葉を借りれば「センセーショナルさ」に注力してないか。配給宣伝側からもレビューの際のNGワードやらここはネタバレ注意やらの指定をされていて、もう、配給側もこういったテーマをまっすぐ扱う覚悟がないならやらない方がいい。原作者、鳥飼氏の「性被害を無くしたくてこの漫画を書いた」というコメントに★一つ。
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フランス文学者
谷昌親
問題作と言われる漫画の映画化であり、むずかしいテーマに逃げずに取り組むその姿勢には敬意を表したいのだが、作品としてどうも咀嚼しきれない。性にかかわる問題を扱っているにもかかわらず、妙に観念的に感じられてしまうのだ。性が人間にとって重要であるのは言うまでもないが、同時に、それだけが人間を形づくっているわけではないだろう。どんな人間にも日常生活があるはずなのに、この映画の作中人物の場合、ひとりひとりの背景が一切見えず、薄っぺらな存在になっている。
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映画評論家
吉田広明
自分が現在置かれた弱い立場は女であるせいと思い込んできた主人公が、同様の性被害に遭っていた男子生徒によって、男女問わない権力性こそ悪と気づき、同志として連帯する。衝撃的な題材を扱っているからこそ注目度も高くなるのではあろうが、性差別、権力性への眼差しは、より日常的で繊細なものに精度を上げる時期ではないか(「はちどり」がその方向性を示している)。女性性の肯定にしても、娼婦と聖女の同居という紋切り型イメージに帰着することで果たされるのは疑問だ。
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THE MOON
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俳優
小川あん
ウリ号? 韓国人宇宙飛行士で月面を歩いた人いたかな?と思ったら、近未来のSF映画だった! 韓国が宇宙開発競争に限らず、世界の映画産業に対しても切り札を差し出したような結構な力作。ドラマ展開に実直すぎる部分はあるけれど、主演ソル・ギョングの勢いで物語を引っ張っていく。ツッコミどころがたくさんあったが、楽しく鑑賞した。CGでイノシシの集団が突然現れるところとか、偉い上層部の人物に限ってオーバーアクティングしがちなこととか。エンタメ要素はやや韓国ドラマ寄り。
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
映画内の人々が国の威信をかけて技術力の高さを証明しようとするのと同様、この作品自体もまた、韓国映画の技術力がいよいよ世界トップレベルにあることを証明する。複数の先行米国映画の影が序盤こそちらちらするが、手に汗握る展開を観るうち気にならなくなるはず。一方、もはやこれまでという局面を打開するのが、過去の因縁とディープな情念というのは韓国映画らしいところ。いつものように愛すべき小物感を爆発させるチョ・ハンチョルからいつも素晴らしいソル・ギョングまで、キャストも充実。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
韓国初の月面有人探査というミッションを担い3人の宇宙飛行士が月へ旅立つが、太陽風の影響で2名の命が失われる。果たして残された1名は月面探査を行い、地球に帰還できるのか。韓国映画として最大級の超大作SFだが、構成は「ゼロ・グラビティ」×「オデッセイ」のまんま。そこに過剰なまでの愛国主義的な情感を盛り込み、かなりウエットな仕上がり。この制作費と技術力には素直に負けを認めるが、いかなる国の愛国主義映画も好まない私としては残念なプロパガンダ映画に思える。
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フェラーリ
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文筆業
奈々村久生
P・クルスの妻が息子の死という夫婦最大の試練から目をそらせないのに対して、愛人との二重生活に苦悩の証しを求めるエンツォは、A・ドライヴァーがまとう煮え切らない空気と相まって絶妙に愛され難い人物像となっている。特筆すべきは終盤の事故シーン。スピード、カット割り、犠牲者をとらえる描写の切れ味は戦争映画の爆撃シーンにも匹敵し、皮肉なことに、カーレースの熱狂とスリルと迫力を最も実感したのはここだった。その容赦ない凄惨ぶりにマイケル・マンの本気を見た気がする。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
アダムくん老け役でも顔つきも物腰もやっぱり変でいい。家父長制を煮詰めたような哀れな成功者。速度が経済になり、競うことに愛や死を賭けるなんて地獄だよ。自動車の映画だと思って観に来た人が期待するのだろう男のロマンという糞みたいなものがほぼ描かれない(クライマックスで少し描かれたと思ったら、すぐ最悪の悲劇が起きる)のがいい。ペネロペさんのサレ妻もいい。お金持ちの妻や愛人やってる女性、それと「がんばれ。命がけでやれ」と人に指図するのが仕事の人はみんな観てね。
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映画評論家
真魚八重子
アダム・ドライヴァーは魅力的な俳優だし、役に入ると雰囲気も変わる傑出した存在だけれども、「ハウス・オブ・グッチ」から「フェラーリ」と、名門の実在の人物を立て続けに演じるのはどうなのか。他の才能ある俳優たちの、世に出る機会を奪っているのではないか? 車へのフェティシズムよりビジネスを優先しており、世知辛い話題が続くのも面白いとは言いづらい。事故のシーンは丁寧で非常にリアリティを持っていたが、基本的には車のフェラーリではなく会社としてのフェラーリの話だ。
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Shirley シャーリイ
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映画監督
清原惟
凡庸の中に閉じ込められている若い女性と、天才的小説家の年上の女性が惹かれ合う物語。惹かれ合う二人の関係性もキャラクターも独特で、ステレオタイプではない。現代よりも女は男に支配されており自由ではなかったという視点も、単なる主張に留まらず、とても巧妙に物語に組み込まれていた。それでいうと夫が結局暗躍者で、創作さえうまく行けばいいとも捉えられるラストは少し腑に落ちないかもしれない。不穏なときに軽快な音楽が鳴る演出も、事態の混乱を表しているようで冴えていた。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
〈イヤミス〉のベストテン上位に必ず選ばれる傑作短篇『くじ』の作家シャーリイ・ジャクスンの知られざる私生活に迫った異色作。最大の理解者たる大学教授の夫との捻れた共依存関係、そこに教職に就こうと目論む若い野心家夫婦が絡む。かくして肥大したエゴとモラルを欠落させた4人の間でアブノーマルな心理劇が展開される。シャーリイは多重人格がテーマの『鳥の巣』という傑作ミステリも書いているが、エリザベス・モスは深い狂気の淵にたたずむヒロインを絶妙に演じている。
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映画批評・編集
渡部幻
伝説の小説家シャーリイ・ジャクスン夫妻と架空の若い夫妻をめぐる結婚と創作の物語。通常の伝記映画とは異なる。事情と空想を溶かした映像美が蠱惑的で、指先で触れれば絵の具が付きそうだ。劇中のシャーリイは、代表作『くじ』の後で、実際の少女失踪事件に刺激された『絞首人』を執筆しようとしている。それらは実在の小説だが、ジョセフィン・デッカー監督は、かつてワイズが映画化した「たたり」同様、女性心理に力点を置き、仮にシャーリイ(エリザベス・モスはそっくり)に詳しくなくとも引き込む力があると思う。
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言えない秘密(2024)
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文筆家
和泉萌香
映画は時を超えるボーイ・ミーツ・ガール。「歩く二宮金次郎像」をはじめ昔から学校には不思議話が多々あるが、この現代にあって学校はそんな不思議や秘密ごとを忍ばすことができる最後の砦であり、ただ恋の舞台となりえる最後の場所のようにも思えてくる。彼らの<旅>が直線の時間軸からきっちりと足を踏み外しはしないのと、涙、涙のクライマックスは残念だが、ラストカットはロマンティックで、潔い。ピアノの猛練習を重ねたという主演の京本と古川もきらめくように魅力満点だ。
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フランス文学者
谷昌親
ファンタジー色の強い台湾の恋愛映画のリメイクだが、いくらファンタジーと言っても、この物語の設定を受け入れさせるにはそれ相応の表現力が必要なはずで、たしかに、謎の少女が初めて画面に登場する際に鏡に映った身体の一部のイメージを示すなど、それなりの工夫は見られるものの、作品全体としては残念ながら説得力を持つまでに至っていない。劇中で重要な役割を演じるピアノ曲も、映画音楽風のものでなく、オリジナル版のようなクラシカルな曲のほうがよかったのではないか。
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