映画専門家レビュー一覧
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ディア・ファミリー
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映画評論家
北川れい子
かつてのNHKの看板ドキュメンタリー『プロジェクトX 挑戦者たち』が、『新プロジェクトX〜』としてこの4月から復活したが、本作はさしずめ“プロジェクトX“の個人版。町工場の経営者が、心臓に疾患のある娘のために、自ら時間と資金を注ぎこんで医療器具の開発に挑み、やがて多くの命を救う器具を完成するまで。むろんその過程で大学の研究者や専門家なども関わり、具体的な器具がいくつも作られる。主人公の飽くなき探究心と家族愛には頭が下がるが、大泉洋の見え見えの熱演が煩くも。ごめん。
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映画評論家
吉田伊知郎
冒頭でカテーテル開発をめぐる映画であることが明かされるので、人工心臓の開発に四苦八苦する前半に、いつカテーテル開発に切り替わるのかとやきもき。しかし、大泉の軽やかさが猪突猛進型のキャラを暑苦しくさせない。川栄、福本ら姉妹の関係性もさり気なく描かれ、押しつけがましい感動映画にならないよう慎重に計算されている。菅野美穂の吐息芝居が妙に引っかかった点を除けば流石は月川翔。70年代から現代へと時代性を程よく表出させた見せ方も大味にならず好感。
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オールド・フォックス 11 歳の選択
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俳優
小川あん
数多くの傑作が生まれている台湾。独特の風習と生活が撮影に大きな影響をもたらすはずが……本作にはその魅力が感じられない。生と死、男と女、経済格差などの要素を扱っているが、表面から掘り下げられていない。その上、俳優の芝居もポーズになってしまっていて伝わらない。長い時間をかけてゆっくりと抉っていく人間の性を見たかった。少年の将来像がチープな演出になっていたのもがっかり。チェン・クンホウ「少年」を想う。侯孝賢は脚本に言及しなかったのかしら?
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
ファーストショットのあまりの見事さにいきなり度肝を抜かれ、美しい画面のテキパキした連鎖にドキドキし、帰宅したリウ・グァンティンがサックスで〈恋に落ちた時〉をしっとりと演奏しはじめるに至ってはもう身もだえしそうにたまらない。この導入部分で興奮しすぎたせいか、いまいち加速していかないかのように感じてしまったけれど、その後も充実した画面が頻出、ノスタルジックなスコアも素晴らしい。ある種のふてぶてしさをたたえた子役俳優の演技を含め、全方面において立派な仕事の映画。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
バブル期の台北の少年の成長を描くドラマ。レストランで働きながらお金を貯めて理髪店を開こうとする父を尊敬する純朴な少年が、バブル崩壊の中で「腹黒いキツネ(オールド・フォックス)」と呼ばれる地主のタフな人生哲学に惹かれていく。清貧潔白な父を支えるか、強烈な拝金主義に身を委ねるか。少年の成長譚として普遍のテーマを台湾ならではのウォームな質感で包み、丁寧なリアリズムで描く。共感する物語だが映像的面白みに欠けるのが惜しい。
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HOW TO BLOW UP
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文筆業
奈々村久生
過激な環境テロで加害企業に一矢を報いようとする者たち。緊迫感を煽るように延々と流れ続ける音楽がかえって集中力を疲弊させる。メンバーの動機は全員の個人的な怒りや悲しみに基づき、社会活動と言うには甘く、組織的な犯行としての周到さにも欠け、未熟な寄せ集め集団の幼稚な犯罪劇になっているのが悲哀を誘う。犯人が何らかの被害者である場合、首謀者が英雄になってしまうと本質がロマンチシズムにすり替わってしまうため、リーダーのドヤ顔が散らつくラストは極めて後味がよくない。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
スーパー戦隊み、と言って不謹慎なら「七人の侍」みがあった。脚本に凝りすぎずバババッと書いちゃって撮った感じも、低予算だから撮りかたをいろいろ工夫してるのも、終わりかたも、めちゃめちゃ良い。こんな話をこんな面白い映画にされては国家権力や大企業は困っちゃうねえ。こっちとしてはアジア人を一人入れといてくれると(金持ち坊ちゃんを中国か韓国か台湾か日本からの留学生にするとか?)さらにもっと楽しめたかもと思ったけど、そこまでやらんでもいいか。とにかく面白かった!
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映画評論家
真魚八重子
破片のような個々の人々が、ある時点で集合し力が結実して何かが起こる。それがテロリズムであることが、この計画に携わる者たちと、石油会社による環境汚染の関係性で明らかになっていく。計画はスマートで、若者たちは危険だが練りに練った計画が展開する。不毛に終わらず、過激すぎない目的を掲げた正義感に基づくテロリズム。こういったテロを描いた映画が少ないと気づかされ、個々の若者たちの役割分担が鮮やかな脚本に唸る。率先した自己犠牲など身を切る思いに揺さぶられた。
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蛇の道(2024)
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映画監督
清原惟
1998年の原作映画は男性同士の二人組だったが、今回は男と女に設定が変わっていたのが、印象を大きく変えていた。前作を観たのがかなり前なのでぼんやりとした記憶だが、残酷でありながらもその過剰さに少し笑いを覚えた気がする。しかし、今作は笑いが微塵もないシリアスな映画になっていた。人を拷問するシーンがフィクションに見えず、世界で今も起きている現実として見えてしまう自分の受け取り方の変化かもしれないが……。柴咲コウの本心が分からない魅惑的な声に惹きこまれた。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
「勝手にしやがれ」シリーズを連打していた頃に見た「蛇の道」はその酷たらしいまでの暗さに驚いたが、いっぽうで、スラップスティックすれすれのガンアクションには黒沢清の真骨頂が窺えた。リメイク版もパリの市街を柴咲コウが律儀に自転車で移動する場面や廃屋のような寂れた工場での拷問シーンまでもが前作同様の低予算感覚に貫かれ妙に感心してしまった。ただし住宅街を車で周回するだけで〈不気味なもの〉を醸成させた不可知論的な恐怖をめぐっては前作に軍配が上がるのではないか。
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映画批評・編集
渡部幻
セルフリメイクといえば、ヒッチコックや市川崑らを例に出すまでもないが、黒沢清も挑戦した。しかも最も過激だった頃の異色作を、それもフランスで。哀川翔が演じた役を柴咲コウが演じたことによって“復讐の冷酷さ”に新しいニュアンスが加わっている。が、それ以前に驚いたのは、画面構成がオリジナルからあまり変わらないことで、しかも緊張感と恐怖感が減退していたこと。そして何よりも残念なのは、マチュー・アマルリックを含むフランスの俳優が揃って精彩を欠いており、退屈な存在に思えたことだ。
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あんのこと
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ライター、編集
岡本敦史
こういう悲惨な現実があること、負の構造から抜け出せない人間の痛みを伝えたいという意欲はこれでもかと伝わる入魂の力作である。ただ、もはや時代的に、問題提起だけでは足りない気もする。ソーシャルワーカー的な視点が作り手自身にもっとほしい。社会を変えたいという思いより、悲惨な現実を見せつけたいという熱量が上回っている感もある。また、不祥事を起こした人間の悔悛を描くより、週刊誌報道のケア不足に物申すのが先立ってしまうのは、まさに業界の問題点そのものでは。
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映画評論家
北川れい子
コロナ禍での実話をべースにしたそうだが、主人公・杏の生活環境が、昨年の秀作「市子」とかなり類似しているのはあくまでも偶然だろう。団地住まい。無職で男出入りの激しい母親。寝たきりの家族。市子は巧みにそんな環境から逃げ出して自分の人生を生きようとしていたが、杏はそこまで強くない。家族の生活費は杏が売春で稼ぎ、しかも杏はシャブ中。そんな杏がある警官に出会い自立の道を歩み出すのだが。入江監督のリアルに徹した演出と、河合優実の心身を投げ出したような演技は痛ましくも力強い。
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映画評論家
吉田伊知郎
コロナ禍に埋もれた実際の事件を掘り起こすのは良いとしても、現実の事件に対して虚構が追随するだけになっている。今や竹中直人と同枠の佐藤二朗のシリアスかつふざけた演技は虚構ならではの存在を持つはずだが、作者がどう捉えているのかわからず。河合優実が隣人の早見あかりから幼児を押し付けられる後半のフィクション部分は、早見の身勝手さと作者のご都合主義に呆れるのみ。好調の河合にしても、彼女ならこれくらいは演じられるだろうと思えてしまい、驚きがない。
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違国日記
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文筆家
和泉萌香
両親を失った少女の、世界に一人ぼっちになってしまったような感覚、足湯の暖かさや食事の美味しそうなこと、朝日の美しさなど、視覚と聴覚をくすぐる魅力は実写映像化ならでは。ただ、エピソードや、登場人物たちが紡ぐたくさんの言葉、心の移り変わりとがじっくりと積み重ねられていく原作漫画を思うと、作中での台詞も切り貼り、すべてを短く縮めたことにより(仕方がないことだが)テーマが不明瞭なのも否めない。槙生の複雑さと、愛に対する葛藤にもう少し注力してほしかった。
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フランス文学者
谷昌親
他人またはそれに近い関係の2人が同居することになるという物語は珍しくはないが、この映画の場合、徐々に変化する2人の関係性が丹念に描かれていて心地よい。新垣結衣が槙生役かと当初はやや疑問を感じたが、引きこもり気味でぶっきらぼうでありながらも誠実な小説家をうまく演じているし、朝役の早瀬憩は、その初々しさが槙生といいバランスを生み、高校でのミニライブのシーンにも活かされている。スタッフやキャストの充実した仕事ぶりがそのまま画面に反映しているかのようだ。
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映画評論家
吉田広明
新垣と早瀬の二人が一緒に暮らすことで共に変化するドラマ。ただ、死んだ母=姉がどういう人物かが不明瞭なため、二人が迎える変化の違いが明確な像を結ばない。新垣から見れば、姉は彼女を抑圧した「世間一般」=仮想敵ゆえ、姉との和解とは世間を知り大人になることを意味する。そんな変化は必要だったかの疑問は措き、理解は可能。一方早瀬の視点からすれば母への屈託はない以上、母を嫌った新垣=叔母の視点を通じて母を見ることがもたらした変化がどんなものなのか今一つ判然とせず。
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かくしごと(2024)
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文筆家
和泉萌香
「母性観」をめぐっては女性同士も異なるさまざまな意見があるし、個人的にも母性なるものには懐疑的。「母親でありたい」という願いも、大人のある種のエゴには違いない。本作は嘘を重ねてしまった「母親」に同情するでも突き放すでもなく、キャメラは出来事を静かに追い続けるが、「虐待被害者の児童を安全な場所で護りたい」という(社会で広く共有されるべき)彼女の揺るがない心を、なかば強引だが感動的なかたちで尊び通すのには、涙が出る。杏の素晴らしさはここで書き尽くせない。
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フランス文学者
谷昌親
認知症の父親、虐待を受け、記憶をなくした少年、この2人が主人公の千紗子を軸にして絡み合い、さらには、山里の風景や古い日本家屋での生活、造形作品の制作といったエピソードが散りばめられた映画は、すべてが丁寧に準備され、撮影され、編集されたという印象をあたえる。だが、その丁寧さがそれぞれの要素をかえって引き離してしまった。しかも、最後に少年が重大な発言をした瞬間、物語のすべてがその言葉に収斂していき、作品にむしろ亀裂が入ってしまったように感じられる。
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映画評論家
吉田広明
道端で拾った虐待を疑われる少年が記憶喪失という設定、また性格が妙に素直なのも胡散臭いと思っていると案の定。また奥田が彼に渡すナイフも唐突で、何か伏線なのだろうと思うと案の定。ミステリと謳うならばこれら伏線の分かりやすさは難点だろう。また最大の難は、奥田に対する杏の態度の変化が、認知症がどういう病なのかの医者による説明を聞いて起こったり、また少年が自身の口で真相を語るために、さほど必要と思えない裁判劇が最後に設定されたり、総じて言葉に依存している点だ。
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