映画専門家レビュー一覧
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アトムとピース 瑠衣子 長崎の祈り
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映画評論家
上島春彦
ちょっと前まで原子力をクリーン・エネルギーと称していた大マスコミが、今じゃ正義の味方づらして「脱原発を模索」とか言い出すから調子が狂うよ。彼らはお金をいただいたのでキャンペーン広告しただけだと正当化しているらしいのだが。政治家にしても一緒じゃないだろうか。正直、K直人を心から信じる気にはとてもなれない私。大災害時に無能ぶりをさらしたことだけは否定しようがないのではないかな。本作は取材対象が分裂した感じ。これをお得と取るかどうかで評価が変わる。
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映画評論家
モルモット吉田
長崎生まれの被爆3世の女性教員が、福島や六ヶ所村にも赴き、更に菅直人や専門家らのインタビューも織り込んだ作りは教育用としては申し分ない。一方で、彼女の出自が生かされているとは言い難いと思うのは、福島の原発事故後の差別や老人の話を聞くだけで、長崎では当時どうだったのかと反射させる作りになっていないからだ。彼女の主観と、作り手の主観が曖昧なまま混在し、総理への手紙も、思いを伝えるための手段より、観客に向けて書いて朗読させているように見えてしまう。
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葛城事件
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評論家
上野昻志
家庭とか家族というと、温もりとか絆とか、手放しで良いものとする傾向があるが、なにを言う、家庭という地獄もあるのだ、と敢然と示した点がいい。その元凶である父親を演じる三浦友和が素晴らしい。とりわけ、結婚した長男夫婦と妻の両親を招いた中華料理店での振舞いなど、絶品である。彼は、自分の思い通りの家庭を築こうとして妻子に君臨する。それによって、家庭が破綻し、最悪の結果を招いても、些かも自身の非だとは思わない。その救い難さに対する田中麗奈がやや弱い。
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映画評論家
上島春彦
昔「空がこんなに青いわけがない」という映画を見たら、友和さんが狂気の寸前できーこきーこ自転車をこいでいた。ここではその先にいっちゃった彼の自転車が見られる。お母さんも次男もやっぱりどこか狂っているのだが、皆が皆、狂気の中にいるわけじゃなく長男の新井くんが、彼らの板ばさみで悲劇に。こんな穏やかな彼は珍しい。友和ぬきの「最後の晩餐」談義も明るい室内が徐々に暗くなっていく照明設計で見せる。赤の他人、田中麗奈も建前だけの人かと思ったら突然狂うから凄い。
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映画評論家
モルモット吉田
傲岸不遜を演じる時の三浦は絶品だ。集大成とも言うべきゴーマンぶりを堪能。妻の南も、死刑囚の息子と獄中結婚した田中も過剰な役ながら適度に抑制されており、役者にお任せ監督が増える昨今、演劇出身監督の芝居を引き出す力を実感。前作同様、描写力の確かさも際立ち、平凡な家屋が禍々しい不穏な空間へと変貌を遂げる。一方、加害者家族も含め犯罪者の内面を描く意味を問いかけるような徹底した表層への固執は映画の外殻の強度となるが豪華なイミテーションを眺めている感も。
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MARS ただ、君を愛してる
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評論家
上野昻志
いや、マイッタね。導入部で甘いラブストーリーらしく見せようとしたためか、まず、バックからの照明を主にした軟調気味の画面に、苛々させられる。そのせいもあり、話が核心に近づくまでが、ひどくもどかしい。で、運命の人として結びついた二人が、それぞれ思い出したくもないトラウマを抱えているという展開も説明的で、へー、そうだったの?と思うだけで、肝腎の二人が、そんな悩みを抱えているようには到底見えない。まあ、悪意を持った桐島というキャラがちょっと面白いくらいか。
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映画評論家
上島春彦
編集が軽快でカット数を数えながら見た。多分一一三七あった。同一画面の繰り返しも多いが監督の野心は内容より細かい編集にあるのは明らかだ。物語はトラウマに苦しむ女子高生と荒々しいイケメン少年の恋。その彼氏に屈折した恋情を捧げる少年もいて三角関係となるが、これがほとんどストーカー。可愛くないが見どころはここ。原作のはしょり方は考えられているが、もっとはしょるべきだった。続き物の後篇だけ見せられた感じか。殺菌されたみたいに綺麗な画で観客うけは良さそう。
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映画評論家
モルモット吉田
岡崎体育の『MUSIC VIDEO』風に行きます。「モノローグで全部説明する感情/どんな場所でも横から共演者出て来る/とりあえず目的もなく海へ行くよね/一瞬で浜辺に立派な砂のお城を作って/橋の上を走る時は無意味にオーバーラップになってスローになって/古風な女性観も押しつけて/忘れ難き台詞“女の人生は男で決まるんだぞ!”/ゆるぎなき制作意欲は作り手にあったのか/まともな映画にしてくれが受け取り手の想い/これで観客に届くのか少女漫画実写映画」
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クリーピー 偽りの隣人
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映画評論家
北川れい子
笑っちゃうほど不快で気色がワルいホラー・サスペンスである。黒沢清監督らしからぬスタンドプレイが目立つ、グロを全面に押し出した演出。実際に何度か笑ったりも。例えば主人公夫婦が飼っている犬の扱い。きっと怪しい隣人の香川照之が……。が、これが肩すかしで、ついニヤニヤ。ま、これなんかはカワイイほうの笑いで、終盤は悪趣味、大芝居に対する爆笑、そうか、黒沢監督は観客サービスもできる人なんだ。で思った。西島秀俊の役と香川の役を入れ替えてほしかったなと。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
「岸辺の旅」よりこういうひどいもののほうが観て楽しい! 90年代の黒沢清ジャンル映画量産時代に円熟を経て回帰したかのよう。カットの質と方向性が昔と違う。元々揺らいでいたが、今回はアメリカ映画から離れた印象。本作の陰惨さは世界に在りうる邪悪を示していてこういう映画を観ることでこちらは死なずに生きることができるなあと思う。西島香川の組み合わせが絶妙。格好良いアホの男と格好よくない邪智の男の奇妙な闘い。そして竹内結子のエロス。満足。
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映画評論家
松崎健夫
黒沢清の映画には、ときおり風が吹いている。その風は目に見えないはずなのに、カーテンの揺れなどで視覚化される。本来であれば爽やかな風であるべきものが、目に見えないものを視覚化したと解釈することで不穏さが生まれる。そこに低音のノイズが乗り、歪な住宅地が“顔”となり、其れらが堆積して映画全体を不穏さが包み込む。不穏と感じるのは、役者の怪しげな表情や台詞の不思議な間によるものだけではない。誰もが観たかった黒沢清が帰ってきた、唯々そのことに歓喜。
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好きにならずにいられない
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映像演出、映画評論
荻野洋一
肥満オタクが踏み出す、勇気の第一歩の物語。北欧の冬景色のもとでカウリスマキ流のニヒルな悲喜劇が踏襲されるかと思いきや、主人公が思いのほか行動力と包容力を発揮。苦境の女性を介助するくだりでは、図らずも目頭が熱くなった。空港職員の彼に対して女性が「空港は好きよ」と言う。しかし彼は、管制塔から下界を見下ろす存在ではなく、荷物の積み下ろし場から人々の往来を観察してきた人間なのだ。せり上がるヒューマニズムが、彼の仰ぐ視線から湧き水のごとく生起する。
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脚本家
北里宇一郎
例によって、淡々、おとぼけ系の北欧映画かと思ったら、じわじわと沁みてきて。一見鈍感そうな中年独身男が、実は弱い者の気持ちを汲みとる繊細な神経の持ち主というところが泣ける。この監督「マーティ」のファンかしら。ある時は躁、ある時は鬱といった人間の精神状態のごとく、人生にも陽と陰の繰り返しがあり、それならばいっそ陽の側に軸足を置いて生きて行こう――なんていう主人公像がよく練られている。ラスト・ショット一発で男の明日を暗示させた、この脚本&監督に感嘆。
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映画ライター
中西愛子
アイスランドに住む43歳、オタク、独身。母と二人暮らしの実家から、荷物係として働く会社に通う。そんな彼が、ひょんなことから女性に出会って、何やらいい感じになっていくのだが……。オタクの恋物語と一口に括れない意外な広がりに魅了される。“チャンス”はどこから降るのかと本作を観ながら考える。それはやはり“他者”ではないかと、主人公フーシがじわじわと、かつ物怖じせず関わり発見していく外の世界を共に体感しながら思う。秀逸な脚本。役者も演出も繊細でとてもいい。
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トリプル9 裏切りのコード
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映像演出、映画評論
荻野洋一
腐敗警官たちがなんと覆面強盗との二足のわらじを履きつつ、警察組織とロシア系マフィアの間で危ない橋を渡ろうとしている。強引な作戦、ボロ布のような人命。きわめて非情なる犯罪活劇で、しかもLAやNYといった馴染みのロケ地ではなく、南部アトランタの不規則な街景によって、ますます油断ならぬ恐怖の空間が現出された。演出、撮影、編集に無駄がなく、地味ながらもアメリカ映画の醍醐味が充満する。問題の焦点たる重要機密ファイルが何なのか結局わからなくても楽しめる。
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脚本家
北里宇一郎
5人組強盗集団の銀行襲撃がきびきびしたタッチで描かれて、久しぶりにイケるノアール物かと思わせるが。本筋に入ってロシアン・マフィアだの警察の動きなどが絡んで、登場人物も増加。それにつれて脚本・演出ともに焦点がふらふら。ま、群像劇をネラッているのは分かるけど、人物描写の濃淡があいまいなので観てるこちら側は誰に肩入れしていいのか分からず腰が落ち着かない。ちとタランティーノの悪影響の感も。ただ、スーパーヒーロー全盛の米映画の中ではわりと楽しめたほうで。
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映画ライター
中西愛子
アトランタが舞台のクライム・アクション。ロシアン・マフィアに絡む5人のギャングの犯罪と、彼らに翻弄される刑事たちの捜査と混乱を描く。リアリズムを優先したような演出は荒々しくも手堅いが、複数の人物が錯綜する物語を引っ張るにはやや不親切な気も。そこが魅力と言えば魅力だが。だからこそ、より重要になってくるのが俳優陣の個性。実力派の渋いスターが並んでいて結構贅沢だ。ウディ・ハレルソンの存在感。最初誰かわからないケイト・ウィンスレットもインパクト大。
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ミスター・ダイナマイト ファンクの帝王ジェームス・ブラウン
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
正攻法の人物ドキュメンタリーとして非常によく出来ている。未公開フッテージがふんだんに盛り込まれているだけでなく、ジェームス・ブラウンという不世出の天才シンガーを、ひとりの黒人、ひとりのアメリカ人、ひとりの人間として描き尽くそうという制作側の真摯な姿勢、そして野心を感じた。インタビューイも極めて豪華な顔ぶれで、ソウル/ファンク/ジャズのファンにはたまらない。しかし怒っている時も冷静さを湛え、クールな佇まいの中に熱情を漲らせるJBの人間的魅力よ!
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映画系文筆業
奈々村久生
ライブ映像で踊るJBのキレキレな動きに釘づけになる。超絶的な足さばきのステップと、曲のソウルを体現する卓越したリズム感。もしサイレントで観たとしても、それだけで彼がどんな音楽をやっているのかわかるんじゃないかと思うぐらい。ダンスは音楽を視覚で表現する重要で優れた武器であり、今日に至るまでアメリカ的なエンタテインメントのあり方とクオリティを支える基盤となっている。彼を人権運動にかき立てたのは音楽と同じく情熱の発露だ。ファンクは目に見える。
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TVプロデューサー
山口剛
天才的才能を持ちながら、驕慢で矛盾にみちた人間像が露わになる。不幸な生い立ち、バンド仲間との終生にわたる軋轢、公民権運動にコミットしながらも最後はニクソンの怪しげなブラック・キャピタリズムに寄り添っていく晩年。バンドマン口調で忌憚のない意見を述べる仲間の言動が面白い。物議をかもしたTV番組やキング師暗殺の翌日、ボストンの公演で興奮した聴衆を説得するシーンなど語り草の映像が見られるのも貴重だ。同じくミック制作のドラマ版と併せて観るのがオススメ。
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