映画専門家レビュー一覧

  • 日本で一番悪い奴ら

    • 映画評論家

      松崎健夫

      年代記のように描かれる本作。約四半世紀のダイジェストという印象を欠くのは、「公共の安全を守り市民を犯罪から保護する」という台詞が年代記の背骨になっているからである。その台詞は、語る人間も、その解釈も、時々によって変化しているが、言葉の持つ真意だけは変わらない。その真意を中心に置いた時、台詞が善悪のどちら側に振れているかで、勧善懲悪のあり方のみならず、時代の推移をも表現してみせている。そして芸人が役者に向いていることも改めて感じさせるのであった。

  • 二重生活(2016)

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      「尾行」というヒッチコック以来、映画史の最も神経過敏な主題に図々しく乗りこみつつ、現代日本の凋落と破局の予感をも映す。初監督作とはいえ、良い意味で完全にプロフェッショナルな仕事である。修士論文のテーマに「尾行」を選ぶヒロインの大学院生を演じた門脇麦の醸す不健全さが蠱惑的。部外者の出来ごころの先に、人間の醜い欲望があられもなく開陳され、その現場をスクリーンで覗く私たち観客も高みの見物を叱責されていくような、メタレベルの構造が巧妙に仕組まれる。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      文学的哲学的尾行なんて言葉が提示されるんで、こりゃ難しい映画かなと覚悟。本筋に入ったら浮気男の観察を続ける女子大生の行動を追っていて、見る、見られるのカットバックは映画的。原作にある、女子大生の同棲相手の視点を思いきってカットしたのは功を奏した。が、代わりに浮上した大学教授の挿話はうまく本筋と?みあってない気が。後半に至って、ヒロインが身勝手な嬢ちゃんにしか見えないのが辛い。彼女の気持ちを長々と独白させたりと、この監督、脚本の人ではないような。

    • 映画ライター

      中西愛子

      大学院で哲学を学ぶ若い女性が、担当教授の言葉に影響を受け、ひとりの男を尾行し始める。尾行シーンの大胆なロケ撮影が見どころだ。みずみずしく切り取られていく東京の街に、登場人物たちがスッと溶け込む。その臨場感。覗きという意味では、ヒロインの男への視線以上に、監督の孤独な女たちへの視線の方にユニークなものを感じた。門脇麦の生々しい宙ぶらりん感は魅力的だけど、最後、彼女の研究にアカデミックな評価はいらなかったのでは? 烏丸せつこの大人度に旨みあり。

  • ブレイク・ビーターズ

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      一九八〇年代の東ドイツで起きたブレイクダンスブームの実話で、興味深い企画である。旧共産圏を再現したノスタルジックな美術・装飾・衣裳がおもしろく、主人公の結成した人気グループが徐々に政府公認化し、政策に取り込まれる皮肉な展開も利いている。だが今さら旧共産圏の抑圧を揶揄したところで何にもならない。むしろ終末期資本主義の抑圧の産物であるヒップホップを、新たなブレヒト的解釈によるマルチチュードの種子として位置付けし直した方が、遥かに刺激的ではないか。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      ベルリンンの壁がまだあった時代、ブレイクダンスにかける東独の若者たちが描かれて。当局の規制でダンスの振り付けがアクロバティック調になっていくのが、泣き笑いのおかしさ。青年の家族までもが監視される社会主義国家の怖さ。という具合に当時のかの国の状況を背景に、若者たちがダンスを通して自分を貫く姿は面白く興味深い。監督が西独の人のせいか、東側で生きることの痛みとか切なさが足りない気も。路上でのダンスも含めて、音楽シーンの演出がもう一つ弾まないのが残念。

    • 映画ライター

      中西愛子

      1980年代、社会主義政権下の東ドイツ。アメリカ映画を観て、当時西側で大流行中のブレイクダンスに心を奪われた若者たちが、路上パフォーマーとしてチームを結成。が、政府は彼らを“国認定”の芸術集団にしようとする。文化と国の関係は、社会主義国ならずともデリケートなところがあると思う。さらには表現や活動の規制というテーマを見ていると、異国の昔話に収まらないむず痒さを覚える。ゆえに、ダンス・シーンは楽しいけど、単純明快すぎる結末にはノレなかった。

  • 極秘捜査

    • 翻訳家

      篠儀直子

      「よそ者」として捜査に関わることになった刑事が、本来協力すべき仲間たちから妨害されるという状況がスリルを生み、これだけでも充分面白くなる題材だが、そこにインテリ導師という飛び道具を投入。下手をすると胡散臭いオカルト映画になってしまいそうなところをぎりぎりのところでコントロールし、導師もまた師の考えに背きつつ五行理論を駆使して犯人に迫るというサイドストーリーを立てることで、報われないまま信念を貫く人々への応援歌として全体を構成。サスペンス演出も〇。

    • 映画監督

      内藤誠

      70年代に起きた少女誘拐事件に基づく映画だが、近代的捜査を旨とする刑事(キム・ユンソク)が占い師(ユ・ヘジン)と終始、対立しつつ、事件に立ち向かうのが面白い。むしろ導師の感応力が引き立つ演出はキョンテク監督らしい。両者の言い分に時間をかけすぎて、犯人像の描き方が不足したのは惜しいところ。登場人物の顔はいずれも一癖あって、整形したような、最近の韓国アイドルたちの映画を数多く見たあとでは新鮮。説明過多な終わり方だけれど、路地裏や街道の風景が目にしみる。

    • ライター

      平田裕介

      実話とはいえ、古来からの占術が根強く浸透しているお国柄とはいえ、ガッツリというわけではないとはいえ、捜査にその占術の導師が加わってしまうのが面白く、そして驚かされる。また、彼の予言が刑事の直感を確信させたり、揺るがせることで抜群のスリルを生み出すのが巧い。他の刑事たちが醜い手柄争いを繰り広げるなか、人として親として少女を追う刑事&道士のエモーショナルなバディ感も◎。「死亡遊戯」やら「オーメン」やら、捜査本部が設置される映画館の看板群にも注目。

  • ひと夏のファンタジア

    • 評論家

      上野昻志

      静かな映画か! まあ、意味もなく騒々しい『TOO YOUNG TO~』などのあとでは、一服の清涼剤という印象ではあるが。韓国の監督が奈良県五條市をシナリオ・ハンティングするという前半は、間の空き方が、街の静かな佇まいと相俟って独特のリズムを生み出す感じが好ましいが、後半の韓国から来た女性を案内するうちに、男が彼女に惹かれていくという淡いラブストーリーのほうは退屈。一カ所、彼女が弾く木琴が、前半部の幻の少女が弾く木琴を呼び起こすところはいいが。

    • 映画評論家

      上島春彦

      完成度が高い割には習作みたいな感じがつきまとう。不思議。きっちり二部構成にしたのがかえってハンパな印象だ。実際はどちらもドラマなのに取材篇&劇映画篇と思わせて損しているね。同じ写真が前後半で違う意味に使われるのは良いし、そこをもっと押して欲しい気がする。前半ラストから、手塚治虫の『雨降り小僧』みたいな幻想譚に移行するかと期待したがそうでもなかったのは残念。私のような凡人にはオチがあるようなないようなどっちつかず、リアリズムの恋物語は正直辛い。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      土地勘のある河瀨直美プロデュース作だけあって、観光色も無縁に夏の誰もいない町を歩き続けるだけで土地の磁場と呼応した世界になる。2つの挿話は共に韓国人と日本人が交流するが、通訳を介したり、片言の日本語だけで理解せねばならず、それを省略せずに見せるからもどかしい。しかし、そのリズムに慣れるとそれが当然となって彼女たちの感情を注意深く追うようになり、後半の恋愛が生まれる過程を味わい深く眺める。同じ俳優が二役で演じることを強調しない無欲さも好ましい。

  • WE ARE YOUR FRIENDS ウィー・アー・ユア・フレンズ

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      EDMミーツ青春映画。DJが主人公のビルドゥングスロマン。こういう話って過去にもいろんなパターンで繰り返されてきたと思うのだが、音楽においても、新しいジャンルが出てくるたびに撮られているのじゃなかろうか。物語の展開も、途中で起きる悲劇も、正直ありきたりとしか言いようがないが、しかしこういう設定でこれ以上どうすればいいのかと問われたら返答に困る。ダンスミュージックの蘊蓄が随所に入ってるのが親切だが、残念ながらニッポンの若者にはあまりウケないだろう。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      アーティストが発信する楽曲を受け取るものから、オーディエンス自身が主役となって楽しむものへ。音楽のそうした側面を飛躍的に促進させたのがクラブカルチャーとDJという職業だったと思う。アーティストの本領が自分の世界を表現することならば、DJは聴衆を沸かせることも重要。EDMがアンダーグラウンドから表舞台での人気を得た背景には音楽そのものの楽しみ方とニーズに大きな変化があったはずだが、ドラマ自体は従来のバンドものとそう変わらないのが惜しい。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      L・Aの先端的風俗を背景にDJのトップを目ざす主人公のサクセス・ストーリーにあまり共感を覚えないのは、その職業が持つ作曲家とも演奏家ともつかぬある種のいかがわしさに由来する。彼らの野望は一発当てて大金を狙うもので、芸術家の苦悩とは違うようだ。カリスマDJである先輩の愛人に恋するストーリーは意外に古風だし、奇矯な風体を装っている彼の仲間たちも一様にステレオタイプで個性に欠ける。クラブに行って最新の音楽やファッションを楽しむ、そんな映画だ。

  • ダーク・プレイス(2015)

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      ほんとうに最近こういう「過去と現在が交錯するミステリ」って多いと思うのだが、やたらとややこしく見えるだけで効果的に思えることはまずない。狡いと思うのは、この語り方だと「隠された真実」を作り手の都合で観客から隠しておくことが自由自在に出来てしまうことだ。この映画も例外ではない。事件の真相は意外なものではあるが、展開が偶然に頼り過ぎているし、サプライズのためのサプライズと言われても仕方がないだろう。シャーリーズ・セロンの顔は生々しくて良いのだが。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      事件の被害者が寄付金や実録本の売り上げ収益でその後の人生を生きているというシチュエイションは、ノンフィクションがなかなか踏み込めない領域であるだけに、フィクションの強みを生かした説得力が非常にある。事件そのものの構造は「デビルズ・ノット」(13)でも描かれていたものと通じる。ただ、原作者が「ゴーン・ガール」(14)と同じであるだけに情報や時制の処理でフィンチャーのスマートさと比べられることは否めないし、原作のブラックな持ち味も薄まっている。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      28年前の一家惨殺事件の証人であった少女が28年後に事件を解明するという上出来のサスペンス映画だ。三人の登場人物の視点から現在と28年目がせわしなくカットバックで描かれていくという叙述トリック的な構成は原作に従ったもので、ミステリーの雰囲気を盛り上げる。シャーリーズ・セロンの心情に添って観ていこうとすると感情が分断されるが、トラウマを抱えたヒロインは今まで何度も演じているから、今回行動派でいったのは理解できる。アクションも決まっている。

  • アトムとピース 瑠衣子 長崎の祈り

    • 評論家

      上野昻志

      真面目なドキュメンタリー。というと揶揄しているように思われるかもしれないが、決してそうではない。原爆とか原発ということには、真面目に取り組むしかない。でないと、被爆の被害を軽い冗談のように扱う者に足をすくわれる。この映画、真面目だが堅苦しくない。それは、福島や六ヶ所村に足を運び話を聞く瑠衣子さんが、柔軟で優しいからだ。ただ、望むべくは、福島で、放射能の話は一切しなくなっているというところで、もっと突っ込んで欲しいと思ったので、その問題を次の課題に!

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