映画専門家レビュー一覧
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64 ロクヨン 後編
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映画評論家
モルモット吉田
〈急〉で押し切った前編は上々の出来だったが、中央の記者が乗り込んでくると記者クラブ連中が放置されるのが象徴するように帳尻合わせに追われる後編は兎角忙しい。折り目正しい風格を持つ作品だけに、佐藤の役職を越えた逸脱を肯定的に思えるほど映画がはみ出てくれない。覆面捜査車両に広報として乗り込みながら口を出しまくる越権行為はまだしも、更に過激化して終盤の展開に至る彼の憤りが感じられない。声に特徴のある吉岡が喉を必死に押さえて電話するバレバレな行為に苦笑。
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月光(2016)
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映画評論家
北川れい子
こちらの誤解かもしれないが、性暴力の被害者を逆美化したような内容と演出がどうも納得出来ない。傷口に塩をこすりつけるようにウツウツと自分を責めるピアノ教師。その割にこの教師、自分のマンションではドタバタと足音を響かせて動き回り、演出の注意力が散漫。靴のカットが多いのも意味があるような、ないような。ピアノ教師を犯した写真屋が、自分の娘まで犯していたという設定も、被害者の2倍増ふうでいささか引いてしまう。題材に溺れすぎているのが残念だ。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
ロマンポルノ「天使のはらわた」シリーズや洋画の「発情アニマル」などが自分にとってのレイプのイメージ。また、生活体験のなかではピンク映画館薔薇族映画館に観に行ったりバイトしたりした時に男色系の人にセクシャル対象として見られ、痴漢され、そこから女性はこういう苦難が日常なのかと心に刻んだが、たしかに本作はそれと矛盾せず、文句もないものの、人物の行動の極端さが問題の間口を狭めた疑いもある。ジャンル映画の方向の普遍と苛烈があればと思う。
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映画評論家
松崎健夫
「日常の生活音が聞こえて来る」ということは、「周囲が気になっている」ということである。本作では、本来であれば聞こえて来ないような生活音の音声レベルを上げることで、気にならないはずの音が徐々に耳障りとなる。やがて、舗道を歩く靴音はもちろん、蝉の声や呼び鈴の音、シャワーの音までが耳障りな〈暴力〉となってゆくのである。それらが、ヒロインの内なる叫びを代弁するだけでなく、佐藤乃莉・石橋宇輪、異なるふたつの陰鬱たる眼力によって我々の心を掻き乱してゆくのだ。
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サブイボマスク
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映画評論家
北川れい子
主人公の熱さが熱い映画になるとは限らない。しかもファンキー加藤がヤカマしく演じている熱血漢は、歌も人に聴かせるレベル以下、これで町おこしのヒーローとは、説得力もない。むろん、誰かのガムシャラな行動が、諦めムードを打ち破るという話は現実にもアリだし、あってほしいが、高いのはテンションだけで中身はスカスカではね。でもこの映画の完成には意義がある。ロケ地となった地域の映画作りを方々の支援と協力。きっとお祭りふうに楽しんで……えっコリた!?
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
ポジティブであるということに逆らいがたい力があるということが描かれていて、これは恐ろしいことですよ。単調さを良い話であることで観客に呑ませようとする甘さがあって、それはかつての清水宏や森﨑東の映画、根本敬のルポに登場する人物のように善意や熱意が一種の狂気だというタフな世界観を持てれば払拭できたと思う。ギャグも近く本欄で紹介する予定の「野生のなまはげ」のほうが洗練されてる。いいセックスをしそうな主演ファンキー加藤の壮健さは良かった。
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映画評論家
松崎健夫
サブイボマスクの頬に光るブルーのライン、それは〈涙〉である。人の悲しみを引き受けることで笑顔を与える。そのことを主人公は「自分が笑顔でなければ相手は笑わない」と語る。本作で描かれることは〈綺麗事〉ばかりだが、それは全て正しい。そして地方振興のあり方とその問題点も丁寧に描いている。町おこしが応急処置であってはならないからこそ、地方にまつわるキーワードの嵐が吹き荒れ、〈綺麗事〉で済まない点も否めない。それでも本作は「やるしかない!」と思わせるのだ。
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夏美のホタル
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映画評論家
北川れい子
小ギレイな風景と等身大ふうの人物たち。偶然の出会いとささやかなエピソード。観ているこちらは最後まで手持ち無沙汰で、何やら小さなローカル駅でなかなかやって来ない電車を延々と待っているような、もどかしい気分。そういえば本の世界ではライトノベル(ラノベ)が人気だそうだが、それをマネて言えば、本作や「植物図鑑」のようなスケッチ風の映画は、ライトシネマ(ラシネ)とでも言うのかも。薄い話をここまでゆるく長篇化した脚本家たちと監督に逆にカンシンも。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
もう、良い話や心温まる話が多すぎて飽き飽きしてむしろこちらの気持ちは荒廃しているのだが、なんか本作は良かった。意外と若い女の話であるのと同時に中年男の話だった。年が離れていても女と男であれば常にそこに性的なものがあるのも真理だが、もっと綾と抑制のある父性的な関わりもあると思う。まともなオッサンを演じうる光石研、小林薫が居たおかげでそのことが出せた。手ブレ撮影に疑問も持ったがラストで死者の目線、見守りと了解。撮影花村也寸志、○。
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映画評論家
松崎健夫
夏美はワイドレンズを使って写真を撮っている。それゆえ、被写体とはある一定の距離を置くことで、その場の出来事を一枚の広い画で切り取っている。そして夏美の撮る写真と同じように、この映画のカメラは引きの画でフレームの中の出来事をワンカットで見せようと試みている。夏美がフィルム撮影にこだわるように、小林薫演じる仏師はやり直しのきかない一木造にこだわる。同じように、この映画のカメラもワンカットにこだわる。それが、本作における〈長回し〉の由縁に思えるのだ。
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教授のおかしな妄想殺人
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映像演出、映画評論
荻野洋一
NY派の代表格も21世紀以降はすっかり欧州への亡命作家の様相を呈していたが、ジャブのように米国ロケの作品も繰り出してくる。本作もそんな一本で、人生に厭きた哲学教授が、人助けのために殺人計画を思いついた瞬間から、人生がバラ色に見えてくる。インテリの陳腐なエゴイズムを黒い笑いに包み始めると、アレンの才気は留まることを知らない。他界したゴードン・ウィリスやスヴェン・ニクヴィストらの衣鉢を継ぎ、現在の伴侶であるダリウス・コンジのカメラも素晴らしい。
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脚本家
北里宇一郎
「どうだい、師匠の新作は」「いやね、サスペンスもんでね」「お、久しぶりにマジなヤツ?」「うん、ちょいとね、ドストエフさんがまぶしてあって」「相変わらずインテリだね」「ヒッチ御大の“疑惑の影”もちらっと匂った」「じゃ、はらはらどきどきかい?」「ていうかマジな顔でぼそぼそ呟いて、ほのかにオカシいってやつ」「師匠も近頃アブラが抜けて」「どんどん枯淡の域だあね。ケレンなくなり、アレンかなってね」「ちえ、一杯やりたくなるね」「うん、そういう気分の映画。ま、気楽に愉しんで」
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映画ライター
中西愛子
青春香る大学の風景。謎めいた哲学教授と早熟な女子大生のロマンティック・コメディかと思いきや、中盤からは「~重罪と軽罪」(89)が頭をよぎる真正面から哲学する映画だった。強引な発想と理屈で実行された教授の完全犯罪を、彼に恋する女子大生がモラルを突きつけ揺さぶる。愛と憎しみは紙一重なのかと思わせるクライマックスは本当に怖い。“実用的・実践的”とは本作のキーワードのひとつだが、実際女の子にとって実用的な映画だと思うし、作劇上でもこの要素が最も効いている。
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ノック・ノック(2015)
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映像演出、映画評論
荻野洋一
低迷したキアヌ・リーヴスは昨年公開の「ジョン・ウィック」でV字回復を果たしたが、余勢を駆って、あろうことか恐怖のマゾ映画「メイクアップ」のリメイクに手を出した。少年期に見た筆者にはトラウマとなった作品で、ゴーストやモンスターよりも女性の本性の方が遥かに怖いという真実の杭を、無垢なる少年の心に打ちつけてくれた。あの時のシーモア・カッセルの怖がり方は絶品だったが、今回のキアヌの怯えぶりもなかなかだ。怖がる芝居で魅せるのは、映画の重要な特質である。
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脚本家
北里宇一郎
中年のおっさんが2人の娘っ子にいたぶられるという展開は、原型の「メイク・アップ」と同様。前作はお話にヒネりがなく、ただ漫然とサディスティックな描写が続くだけだったけど、今回も似たようなもので。新たな道具立てにアナログ・レコードとかSNSを使ってるが、あまり効果を上げてない。キアヌ君は製作まで兼ねて、どうしてこんな映画に出たんだろ。この監督なので、いつ血ドバドバ、内臓グチャリの画面が出てくるかとハラハラドキドキ。あ、その興味で引っぱったわけね!
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映画ライター
中西愛子
よき父である主人公。妻と子どもが旅行に出かけた夜、見知らぬ若い2人の女を家にあげてしまったことから男の悲劇が始まる。「メイク・アップ」(77)のリメイクだが、いまさらこんなにベタに男性原理への女の復讐みたいな映画はいかがなものかと。だいたいキアヌ・リーブスは、最初は下心の隙をつかれただけで、その後は反省してるし、次第にかわいそうになってくる。若い女優にいたぶられるだけのこの役はキアヌじゃないでしょ。でも最後の“いいね!”は笑ってしまった。ごめん。
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シチズンフォー スノーデンの暴露
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翻訳家
篠儀直子
「リークするから俺を取材しろ」ならよくあることだが、「俺を題材にした映画を撮れ」と言っているも同然のメールを送ってきたスノーデンの意図は謎だが、この挑戦(?)を受けて立った監督が描き出す、その後の経緯はまぎれもなく目に見える事実だ。ガーディアン紙さえも英国政府の圧力に一部屈せざるをえなかったという話には暗澹たる気持ちになるけれど、これだけの覚悟をして権力と戦う報道人たちがいることに鼓舞される。陳腐な言い方になってしまうが、まさにいま観るべき映画。
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映画監督
内藤誠
08年に岩波書店から『ウィキペディア革命』という本が翻訳刊行され、知識のガバナンス原理として、百科事典との比較などが語られていた頃はインターネットに関し、まだ楽天的だった。現在NSAに属したスノーデン青年がリスクを承知で訴える、情報機関の監視体制の恐怖は、どういうテクニックによるのか分からないながらも、スリリングに伝わってくる。大学で映画製作を教えていたというポイトラス監督は、アメリカから亡命した青年の訴えを粉飾のない演出でみごとに提示した。
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ライター
平田裕介
傍受システム“エシュロン”の存在は以前から有名だし、「カンバセーション…盗聴…」「エネミー・オブ・アメリカ」あたりを観て育った者からすると、米の人類監視なんてやっていて当然だと思っていたので、とりわけ驚きもせず。だが、スノーデンの告発と取材を映像に収めていたのには驚いた。といっても殺られるか否かみたいな話でもないので、ハラハラせず。昨今的にはエシュロンみたいなシステムに頼らず、人力でとんでもない情報を引っ張り出す『週刊文春』のほうが凄いと感じる。
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シークレット・アイズ
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
過去と現在がややこしく交錯するスタイルは、(元ネタ映画があるとはいえ)最近のハリウッドのサスペンス物によくあるパターンだけれど、高度な話法であるかのように見えて、こういうのって端的に安易だと思う。更にしばしば目を覆うほどに大仰で下品なカメラワークがあったりもするのだが、にもかかわらず、この映画はけっして悪くない。何と言っても二人のヒロインが良い。いつもながら完璧にエロいキッドマンも流石だが、別人かと見紛うやつれ果てたジュリア・ロバーツが素晴らしい。
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