映画専門家レビュー一覧

  • 花、香る歌

    • 映画監督

      内藤誠

      シネマスコープの雪景色に始まり、雪景色で終わる朝鮮王朝時代の物語を見ていると、懐かしいというよりはまだ韓国ではこういう映画が堂々と製作されているのだと驚いてしまう。パンソリは大院君の時代までは女性が歌うことは禁止されていたらしく、その禁忌を犯して大自然の中で大声を張り上げ、歌唱練習に励むヒロインのチン・チェソンがおかしくて可愛い。師匠シン・ジェヒョのシブさもいい。日本映画をまとめて見たあとの鑑賞だったので、映画製作における隣国との隔たりを感じた。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      「建築学概論」(12)で国民的アイドルとなったスジの次回作としてはあまりに地味な作品選びにも見えたが、男装で化粧っけのない時代劇のいでたちも悪くない。滝の音に負けないように声を張り上げたり、雨の中で木を引きながら腹を鍛える原始的な修行風景も、意外に違和感なく楽しめる。パンソリは独特の節回しや振りが感情豊かな表現なので、伝統芸能の一つとしてこの文化を堪能すると同時に、役者とプロの歌い手の違い、芸をものにする難しさと奥の深さも思い知らされた。

  • 太陽(2016)

    • 映画評論家

      上島春彦

      昔「ガタカ」という映画があったがそれに吸血鬼伝説をミックスしたアイデア。世界を支配するのが陽射しに弱いエリート達という構造である。彼らに反逆する者を出したというので経済封鎖に追い込まれた地域を舞台に、対照的な男女のエピソードが並行して描かれる。正直言って長い、と思わされるのは門脇篇が結局図式に留まっているせいだ。神木篇の方が、エリート族の中の下層者古川との交流が生き生きしていて見応えあり。ただし反逆者の扱いが本当にこんなんでいいのか、という感じも。

    • 映画評論家

      北川れい子

      入江監督が映画化を熱望したという舞台版は知らないが、人類が、進化と原始に二極化されたという設定そのものが私には短絡的で幼稚に思え、何やら映画だけが騒ぎ立てているよう。むろん二極化は、世界の現実や進化への暗喩であり、いかようにも解釈可能なのだろうが、この作品はそういった深い意味がほとんど感じられず、進化族と原始族がヤラセ的ルールの中で右往左往の図。原始族の人々の夜のシーンなど、撮り方が真っ暗で顔も見えないし。でも入江監督の意欲は買いたい。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      富民層と貧困層、核・避難地域・棄民といった日本の現実を踏まえた図式的な設定はあれど、小規模SFの魅力になるはずのディテールが映えない。大がかりな機械や変な生活用具があると世界観が広がるのだが。長回しが際立つのは流石だが、新人類と旧人類の生活は表面的で越境への憧憬も見当たらず、暴徒化する村人という「八つ墓村」的描写も呆気ない。『モルダウの流れ』もそれらしい雰囲気に使ってみただけという感じ。同じ共産圏SF風なら「ひそひそ星」の堂々たるSFぶりを買う。

  • サンセット・ストリップ ロックンロールの生誕地

      • 映画・漫画評論家

        小野耕世

        ロサンジェルスのハリウッドとビバリーヒルズを結ぶ二キロほどのサンセット通りをめぐる追憶の断片集。筆者は一九八〇年当時ビバリーヒルズに住む画家の長岡秀星宅に泊めてもらったことがあるが、LAが苦手なのは車を運転しないからだ。オートバイをとばすキアヌ・リーヴスなど映画スターやロックミュージシャンたち多数が過去を語るが、まるで治外法権みたいだったむかしの通りを思いだすナイトクラブの無名のドアマンの話など興味は尽きない。

      • 映画ライター

        中西愛子

        ハリウッドとビバリーヒルズを結ぶ“サンセット・ストリップ”。ミュージシャン、映画人、コメディアンなど、己の魅力と才能で貪欲に成功をめざす人々が牛耳る文化発信地の歴史を紐解く。ひとつの有機体のような楽園への愛を嬉々として語るセレブたちのインタヴュー映像を見ると、彼らの体内に共通して流れる常識には収まりきらない“泥”こそが、人間臭さの本質に思えてくる。この泥を糧にする地が、21世紀もダイナミックに生き延びられるように。そんな願いも込められているだろう。

      • 映画批評

        萩野亮

        スター、ギャング、ショウビジネス。おまけにセックス、ドラッグ、ロックンロール。西海岸の「斜陽」と名指された通りの百年史をひもとく(副題にあるような音楽映画では必ずしもない)。出てくる人もエピソードのスケールもぜんぶすごいのだけど、高級ホテルのワンフロアをバグジーが借り切り、その階下にジョン・ウェインが牛を連れていたという話に白目をむいた。ハリウッドの外には、映画のつづきのような世界がそのままひろがっていたのである。アメリカ文化史を語る重要な証言集。

    • レヴェナント 蘇えりし者

      • 翻訳家

        篠儀直子

        360度パノラマ撮影が躍動する序盤に瞠目するが、中盤は荘厳な超ロングショットとこれでもかの接写で構成され、「自然」や「神」への主人公の接近を描く趣向。なんかテレンス・マリックの映画みたいだな。だが蘇ってからの主人公が、復讐心に燃えて仇敵を追跡しているというよりも、呆然自失で彷徨しているように見えてしまったのは、やはりわたしがおかしいのか。アカデミー賞をそれほどありがたがる人間ではないけれど、レオは以前の作品のどれかで受賞してほしかったと正直思う。

      • ライター

        平田裕介

        ワンカット&カメラぐるぐるの先住民襲撃や人馬一体での崖落下には、たしかにハッとしてグー。だが、荘厳で雄大な風景として繰り出される雪崩やバイソン大激走などに、賞欲しさのあざとさを感じる。高尚な雰囲気なんぞ置いといて、雪崩とバイソンのなかでデカプーとトムハーを一騎打ちせたほうが燃えるだろうに。零下20℃でのロケ敢行とか牛レバー生喰いだけでデカプーが評価されたとは思わないが、『世界の果てまでイッテQ!』的現場に出たらオスカー獲得かよとはチラリと頭によぎる。

      • TVプロデューサー

        山口剛

        今や人気実力共に№1のイニャリトウの力作。「アモーレス・ペロス」以来、複数のエピソードが並行して展開する構成の作品が多いが、この映画は徹底的に一人のヒーローに絞り込み、艱難辛苦に耐えて果たす復讐譚を描く。極寒の地を背景にした撮影は見事。アカデミー賞にふさわしい堂々たるエンタテインメントになっているが、根底には人種問題があり、イニャリトウの抱くアメリカ人とは異なる世界観が濃厚に出ている。主演スターであるトム・ハーディが卑怯未練な敵役を演じ花を添える。

    • 関西ジャニーズJr.の目指せ・ドリームステージ!

      • 映画評論家

        上島春彦

        男性俳優は大好きな私なのだが、無芸な地元アイドル連中をわざわざ主人公にする、という自虐的物語設定にはついていけない。極端に若い子(高校二年)から結構いい歳の人(ホスト出身)まで在籍する映画撮影所専属グループそれも時代劇に特化、という面白いキャラなのでいくらでも工夫のしようがあったはずなのに。ラストで弾けるのならば、もっと早くから弾けさせて欲しいよ。そのせいで部外者、というか協力者本田博太郎が場をさらってしまった。若者たちが無芸なわけじゃないのにね。

      • 映画評論家

        北川れい子

        劇中のご当地アイドル・グループ“小姓ズ”のウリが、小姓衣裳だけというのにはマイッタ。歌以前、ダンス未満のオママゴト仕種でお茶を濁す芸なしグループ。いくら寄せ集めのバイトふうグループという設定でも、いや、そういう設定ならなおのこと、稽古シーンぐらいは入れるべき。と腹を立てるこちらもバカね。実はこれ、一般映画ではなくて、“関西ジャニーズJr.”ファン限定の顔見せムービーだったってワケ。ファン良ければ全て良し。ファン以外はアッチに行け! それにしても。

      • 映画評論家

        モルモット吉田

        関ジャニJr.が売れない地元アイドルという設定と、古典的な撮影所を舞台にした内幕モノを繋げたお膳立ては申し分ないがテンポが悪いので笑いもパロディーも弾けない。ミュージカルをやろうという話で引っ張っておいて安っぽいただのPVまがいが流れては拍子抜け。終盤の実際のステージの映像の方が遥かにミュージカルのクライマックスに相応しいのに本篇とは別枠扱い。東映ではなく松竹京都だが、この際、沢島忠を呼んできてジャニーズミュージカルの世界と時代劇を繋げては如何?

    • 名探偵コナン 純黒の悪夢(ナイトメア)

      • 映画評論家

        上島春彦

        このシリーズ、星取りでしか見ないので企画の構想全体を理解したわけじゃないが、これ単発でもちゃんと分かるようになってはいる。で、見終わるとコナンをコナンたらしめている巨大な謎に二歩も三歩も近づいた気がしてくる。長年の宿敵が出現するんだよね。鍵は少年少女達が保護する記憶喪失女性の正体だ。正確には彼女が組織において果たす役割というべきか。クライマックスは巨大観覧車での崩壊感覚。狙う者と狙われる者の位置取り、狙う者同士の因縁など考え抜かれた設定が光る。

      • 映画評論家

        北川れい子

        アニメだから可能、といってしまえばそれまでだが、まず冒頭のカーチェイスのスピード感、疾走感には驚いてしまう。シリーズ初期の頃とは段違いの画のパワー。さすが劇場版20作目だけのことはある。しかも今回、コナンの敵と味方がズラリと登場、舞台となる二輪仕立ての観覧車や水族館の構造もスリリング。ま、欲を言えば、もう少し笑いがほしかったと思わないでもないが、謎とスリルがここまで疾走していればファンは文句なし。とにかく気が付いたらラストのクレジットだった。

      • 映画評論家

        モルモット吉田

        白木みのるみたいな探偵が警察の犬になって正義感を振りかざす本シリーズは「絶海の探偵」を頂点に肌に合わないと思うことが多く避け気味。しかし、今回は限定空間のアクションに徹していて、冒頭の派手な首都高カーアクションから好調。観覧車とヘリの攻防も盛り上がるが二輪式観覧車という設定が活かされず。ヒロインの記憶喪失と、脳という記憶装置をめぐる挿話や同級生の少年探偵団の連中の妨害としか思えない行動の数々も観覧車に集約させるためとは言え、ちと強引ですな。

    • オマールの壁

      • 翻訳家

        篠儀直子

        冒頭で、登場人物のひとりが「ゴッドファーザー」のマーロン・ブランドの真似をする。世界に不条理は数あれど、パレスチナ問題は最大の不条理のひとつだと思わずにいられないし、この映画がその不条理について考えさせるものであるのは確かだが、その一方、誤解を恐れず言えば本作の枠組みは、実のところ、裏切りと復讐、行き違う不幸な愛に彩られた、正統派ギャング映画なのだ。俳優たちの顔つきとアクション演出に魅力があり、秘密警察に主人公が追われる2度のシーンが素晴らしい。

      • ライター

        平田裕介

        米資本の前作「クーリエ~」が、なにをしたいのかわからぬ失敗作に終わったアサド監督。だが、良い意味でハリウッド的感覚を会得したようで、テーマもメッセージも重いが優れたサスペンスとしても堪能できる仕上がりに。特に市場と路地での警察からの逃亡は異様な緊迫感。ただでさえ壁で囲まれた自治区から出られないのに、秘密警察の奸計、裏切り者だと疑う同胞の視線、親友とのしがらみ、恋人への想いといった他の“壁”が次々と現れ、主人公が袋小路に入る展開も切なく巧みで◎。

      • TVプロデューサー

        山口剛

        「パラダイス・ナウ」で自爆テロに走る若者を描いたハニ・アブ・アサドの新作は再びパレスチナ自治区に生きる若者たちを描く。当然イスラエルに対する報復を胸に抱く若者だが、作者の悲憤は、抵抗組織の壊滅をはかるイスラエルの秘密警察のみならず彼ら自身が属する組織の非人間性にも向けられる。欧米とは異なる宗教や世界観に従って生きる若者たちの行動、恋愛、友情がスリリングに描かれる。市街に聳える巨大な壁、前作同様ぶった切るように終わる結末は象徴的だ。

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