映画専門家レビュー一覧
-
モヒカン故郷に帰る
-
文筆業
八幡橙
どこにいても、何をしていても、どこか心ここにあらず、つねに数ミリ浮いている男がぴったりだ。松田龍平、『あまちゃん』のミズタクに並ぶはまり役。モヒカン男が妊娠中の彼女と故郷に帰って、病気の父と対峙し、ほんの少し未来を思う。すでに成長しているはずの大人が、大人というものの輪郭をなぞり始める、ごくごくゆる~くかすかな成長を綴った家族映画にして男子のめざめの物語。柄本明演じる父と海を見ながら言葉を交わす、その二人の表情がたまらない。沖田監督ゆえの名場面。
-
-
夢の女 ユメノヒト
-
評論家
上野昻志
一人の男が三人の女と出会う物語。四十年間、精神病院に入っていた男が、3・11東日本大震災の避難生活のなかで完治していたことがわかって自由になるという設定はともかく、演じる佐野和宏がいい。声帯を失った彼が、自転車に乗って飄々と街道を走る姿がいい。目指すは東京。そこには初体験をした女が避難している。彼は、四十年という時間を一挙に超えて、十代での体験へと旅をする。その道中で出会う二人の女から、最初にして最後の出会いまでの71分が、一瞬の夢に似る。
-
映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
九十年代、ピンク四天王のなかで、佐野和宏は抜きん出た映画的存在感を持つひとだった(あくまで個人の感想です。監督作の本人出演と瀬々作品の主演ゆえか)。凶悪な主演作「追悼のざわめき」もあって、佐野さんは破壊とか殺意を抱えて生きてる若者にとってのヒーローだった。自分が、佐野さんを好きなことを本作を観てあらためて気づいた。佐野さんに絡む西山真来に嫉妬を感じたもの。声を失った佐野さんは過去の彼と矛盾せず、サイレント映画の名優のように居た。ただ見つめた。
-
文筆業
八幡橙
原発事故で40年ぶりに精神病院から出てきた主人公を、佐野和宏監督が存在そのもので演じる。なんという哀しくも清らかなファンタジー。枯れて、なおかつ奥底で潤う純情と、生きられなかったもう一つの架空の人生への喪失感が泣かせる。せめぎ合う、汚れた現実と無垢な魂。原発事故のみならず、お金で誰とでも寝る同級生に唯一の青春を託してしまう男の夢や、無音のまま歌われる大瀧詠一など、悲しい皮肉に満ちた寓話だ。女性が優しすぎる気もするが、だからこその「夢の女」、なのか。
-
-
ドクムシ
-
映画評論家
上島春彦
蟲毒。こどくと読む。諸星大二郎の中国王朝マンガで知識はあった。毒虫を数匹戦わせて生き残った最後の一匹から最強の毒を取り出すという。本作では七人の男女が争う。アクションはしっかりしており飽きさせない。監督の決定的ショットに懸ける才能を感じさせるも物語がダメ。結局始まっちゃうととりあえず最後までは行くだろう、と誰もが考えるそのようにしか進まない。オチも機能していないようだ。ネタバレで詳しく書けないがクライマックスの血の噴出は最上。半分の時間で十分だな。
-
映画評論家
北川れい子
情報が遮断された密室空間の中で、一人が言い出した妄言が火の子となり、男女7人が7日間のデスゲーム。いや、ゲームというよりスプラッター映画に近く、気色ワルさも狙いなのだろうが、場所は備品が取っ払われた校舎内、当然あちこちに窓があり、殺し合いをする前に窓を破って逃げる算段ぐらいしろ、とイライラ。それと飢え。水以外、一切口にしていないはずなのに、何日経っても元気に殺ったり、殺られたり。でも一番気色ワルいのは彼らが閉じ込められた理由で、後味サイアク!!
-
映画評論家
モルモット吉田
〈さあゲームの始まりです系映画〉の型にはまった企画では「リアル鬼ごっこ ライジング」が佳作だった朝倉加葉子を持ってしても困難な模様。ありふれた校舎なのに早々に脱出を諦め、水道水を飲むことすら過剰に恐れるが、その恐怖が伝わらない。ほぼ全篇が校舎内、ステレオタイプなキャラが設定を台詞で説明しているばかりでは描写に注力するしかあるまい。その中では校舎階段から転落した少女の体があらぬ方向に捻じ曲がって〈脳漿炸裂ガール〉と化す光景には才気を感じさせたが。
-
-
COP CAR コップ・カー
-
映画・漫画評論家
小野耕世
コロラドの荒れ地を十歳の男の子ふたりがワイセツ語をしゃべるゲームにふけりながら歩いていくと鉄条網があり、さらに進むとパトカーが乗りすてられていて――から始まるこの映画は、最後まで登場人物が極端に少ないのだが、車の運転も銃を手にするのも初めてという少年ふたりを軸に、パトカーの声だけの無線連絡を一種のトリックとして、最後まで緊張を持続させていくのは見事。男女のほか二匹の犬(雄と雌)も顔を出すが、主演のケヴィン・ベーコンとふたりの少年たちが出色。
-
映画ライター
中西愛子
野原を歩くふたりの少年。素朴な風景をとらえる、ゆったりとした長回しが、どこか懐かしい映画体験の感覚を呼び起こす。監督は、「スパイダーマン」の新シリーズに抜擢された若手ジョン・ワッツ。視点も雰囲気も70年代ぽさが漂い、ひと昔前の監督の卵の、よくできた習作といった感じ。少年を演じる子役たちが、これまた懐かしい風情を湛え、しかも難しい内面を見事に表現しており注目。悪徳警官役ケヴィン・ベーコンの、年を重ねてますます生々しいへんてこな男臭さに気概を感じる。
-
映画批評
萩野亮
サンダンスっぽい映画だなと思って見ていたらやっぱりそうだった。脚本の発想はおもしろい。よけいな説明を排し、人物のバックボーンに関心を寄せないいさぎよさも好ましい。ただ、短篇として撮るべき習作をむりくり伸ばした感がいなめず、中盤が停滞している。少年の表情の着実な変化にこのフィルムの実質があり、ふたりの子役がケヴィン・ベーコンの老獪さに負けずがんばっている。それにしてもアメリカの国土は広い。真の主役は悪の放逸をゆるす、かの国の広大さかもしれない。
-
-
さざなみ
-
映画・漫画評論家
小野耕世
学生時代に見た「長距離走者の孤独」でもトム・コートネイは、青年なのに年寄りのような顔つきが忘れられないが、この映画の彼はほんとうの老年で、ちょっとふやけた印象。結婚四十五周年をむかえる夫婦に小さな溝が生じるが、それによる気持のゆらぎをシャーロット・ランプリングが演じることで、静かだがひりひりするような映画的緊張が途切れない。邦題の「さざなみ」は見事に内容を切りとっている。出だしの部分で私は、久生十蘭の短篇小説『白雪姫』をすぐに思いうかべた。
-
映画ライター
中西愛子
シャーロット・ランプリングに、何より敬意を表したい。また、皺を深く刻んだ彼女の円熟した女としての美しさを、胸がキリキリするような厳しい物語の中に、これほど品よくも人間的に沁み込ませてみせた中年世代の監督もさすがだ。穏やかだけど成熟を信じない知的な夫婦の末路。このヒロインが結婚生活45年をどう過ごしてきたのか見えないのは不満だが(彼女は夫に寄り添ってきただけではないはず)、ランプリングの佇まいや感情の揺れだけで全篇が映画の醍醐味。最後までゾクッ!
-
映画批評
萩野亮
これは記録と記憶についての映画であり、フィルムやレコードが老夫婦のうすれゆく記憶とあいまいな不安にそっとさざなみを立てる。その瞬間の内なる表情を見ようとしている。主演ふたりのさすがの貫禄で全篇を見せきるが、人間の複雑な内面の襞を描くようで、じつはそれをかなり単純化している。このていどの人間理解は平凡だと思う。ふたりの老いかたもずいぶん理想化されていて、理屈で撮られた映画のように見える。シャーロット・ランプリングはときに彫像のように美しかった。
-
-
西部戦線1953
-
翻訳家
篠儀直子
思想も世代も異なる南北の兵士(北朝鮮軍の新兵を演じるのは「ファイ 悪魔に育てられた少年」で注目された俊英ヨ・ジング!)が、敵対しつつへっぽこな戦車に乗って戦場を行くユーモラスなバディ・ムービー。中国軍に出くわすところから爆撃機との対決、さらには橋の上でのくだりなど、誇張されたベタな演技と演出の工夫がはまって相当面白い。でも、コメディ以外の要素も含めて全部載せしたような映画で、バランスが取れていればそれでもいいが、もたつく感じがあるのが相当惜しい。
-
ライター
平田裕介
朝鮮戦争版or戦車版「太平洋の地獄」ともいうべき設定とノリかなと思いきや、かなりコミカル。戦車内での放屁を筆頭に、ふたりが何度も繰り返すドタバタした形勢逆転劇はベタだとわかっていても笑わされるし、T-34の走りも軽快、CG過多だが戦闘描写もイケる。それでいて、きちんと同民族の対立を嘆き悲しみ、統一を願って締めくくってもいる。良くも悪くもウェルメイド。それゆえにアガるわけでもなく、ズシンと響くわけでもない。韓国水墨画っぽいポップなOPタイトルは◎。
-
TVプロデューサー
山口剛
朝鮮戦争を背景に、戦場で本隊とはぐれ同行を余儀なくされる敵同士、韓国の伝令兵と北朝鮮の新兵、二人の私戦がコミカルに描かれる。「手錠のままの脱獄」のバリエーションとも言えるが、生き物のように動き回るオンボロ戦車をはじめユニークなアイデアに満ちた戦争映画だ。名優ソル・ギョングと若手ヨ・ジングのコンビのいささかオーバーアクト気味の芝居が笑いと涙を誘う。国が分断され敵味方になってはいるが、二人が同じ民族の下級兵士という設定が効いている。
-
-
ボーダーライン(2015)
-
翻訳家
篠儀直子
こんなストーリーは何度も語られてきたはずなのに、一度も見たことのない話のように思える。最高レベルのアクション演出が見られるのに、アクション映画とは全然違う何かを観たかのような思いがする。まるで魂の奥底へと沈潜していくかのようだ。空を大きくとらえた画面も空撮も、これほど効果的に思えたことはない。硬質な映像で人物の心情をすべてすくい上げ、物語に圧倒的深みを与えるディーキンズの撮影。ヨハンソンの見事なスコア。ヴィルヌーヴは本作でいよいよ最重要監督に。
-
ライター
平田裕介
「麻薬の国のアリス」といったところか。ヒロインの目を通し、正義も仁義も法の遵守もありゃしない、卑劣で残酷でドス黒い麻薬戦争の実態を見せつける。そして、その渦中に飛び込んだばかりに困惑し、恐怖し、疲弊する彼女の姿が、観ているコチラと被ってくる。敵の姿をまったく見せないことで尋常ならざる緊張感が横溢するトンネル内の銃撃戦など、今回もD・ヴィルヌーブは非凡ぶりを発揮。すっかり肥えているのに俊敏な殺人マシンを演じ切る、デル・トロも見事だ。虚無感満点の傑作!
-
TVプロデューサー
山口剛
メキシコの麻薬カルテルとの戦いを描いた映画は多いが、これほどリアルな迫力をもったものは例がない。詳細を知らされぬまま戦いの一員に加えられたFBI女性捜査官の視線で正義も法律も無力化し暴力のみが支配する白日夢の街へ、投げ込まれ、瞬時の弛緩もないまま二時間の緊張を強いられる。二転三転する調査のいきとどいた脚本、荒廃しきった街を切り取る見事な映像、見応えのあるクライム映画の傑作である。テロに対してテロで応じるという現代戦争の縮図を見る思いがする。
-
-
ノーザン・リミット・ライン 南北海戦
-
映画監督、映画評論
筒井武文
4種類くらいのジグゾーパズルが混在したような映画で、各ピースを組み立てても、全体図が合わさらない。韓国軍艦内の新人いびりや、マザコンと揶揄される医務兵、中途半端に描かれる北朝鮮政権内部、それに二〇〇二年日韓WCの熱狂等、ばらばらの素材が並立するなか、海上戦の地獄絵図の迫力はあるにせよ、何を描きたいのか見えない。実際の葬儀映像が入ってくるに及んで、戦死者の記憶のためかと判るのだが、だからと言って、サスペンスやサプライズを放棄していいものではない。
-