映画専門家レビュー一覧

  • ノーマ、世界を変える料理

      • 映画系文筆業

        奈々村久生

        「料理人のドキュメンタリー」というジャンルの真髄をいまだつかめずにいる。一般客による口コミやレビューが店の評判に大きく作用する食の世界は、(映画以上に)誰もが評論家になれる分野であり、その意味では消費者の力が強い。一方で消費者は、どこで何を食べるかという選択により豊富な根拠やドラマを求めるが、映画はその手助けたるべきなのか。本作にはノーマ本人の姿と証言、彼の料理も写っているが、人と料理を結ぶものは情報で、映像はその手段だったように思う。

    • アイアムアヒーロー

      • 映画評論家

        上島春彦

        予算たっぷり、キャストもゴージャスなゾンビ物。カルトムービー目指してます、といった野心が好ましい。確かに熱狂する人は現れそうだ。ゾンビの群れがそれぞれ生前の記憶に囚われた存在であるという設定が新しく、非ゾンビ集団への迫り方に個性が出る。立てこもった人々の方に陰湿な権力構造が出来、そっちの方がよっぽど怖いというのもありがちだが面白い。でも一番上出来なのはゾンビと非ゾンビの中間的存在の有村嬢だろう。もっと活かせたんじゃないかと思えるキャラなのだ。

      • 映画評論家

        北川れい子

        スター級の俳優による本格的なゾンビ映画という狙いはワルくない。それも本気になればなるほど軽さが際立つ大泉洋主演。ロケ場所やエキストラの数にも作り手側の意気込みが感じられ、血の量や死者の数もハンパじゃない。ま、このゾンビ映画のミソは、頼りになりそうもない主人公が、火事場の馬鹿力でヒーローもどきの活躍をすることにあるようで、主人公が唯一の宝物の猟銃を撃ちまくるシーンなど、大泉洋の引きつり演技はおかしい。でも主人公の口ぐせをマネれば、全部、ウソだろっ。

      • 映画評論家

        モルモット吉田

        和製ゾンビ映画としては画期的な残虐&大パニック描写をメジャーでやってのけた点は評価。地のままになりがちな大泉を希薄な存在感で後半まで引っ張り、ようやく立ち上がらせる焦らしも上手く、ちょっとした呟きに彼らしいユーモアを混ぜるのも絶妙。韓国ロケによる高速道路のカーアクションも迫力あり。ただし、ドラマ部分は凡庸。殊にアウトレットモール屋上の生存者がカルト集団的になっている設定が活かしきれていない。続篇を意識してか多くの謎を残したままの2時間強は長い。

    • 山河ノスタルジア

      • 映画・漫画評論家

        小野耕世

        一九九九年から近未来の二〇二五年まで、ふたりの男に言いよられ、野心的な実業家と結婚するが、結局離婚し息子を夫にとられてしまう中国女性の女の一生ともいえる内容だが、未来の舞台はオーストラリアなので、風景が次第にひろがっていく印象があり、画面もワイドスクリーン化していくが、同時に親子間の距離もひらいてしまう。人物が列車に乗っている場面が何度かあるが、通常の映画と逆に、常に進行方向に背を向けてすわっている。未来に進みつつ想いは過去にという暗示かも。

      • 映画ライター

        中西愛子

        過去、現在、未来。3つの時代から、ひとりの女性の人生と、遠く離れた場所にいる息子の成長を、洗練された構成と映像美で描く珠玉の作品。ジャ・ジャンクーの“母”に対する思いが濃厚に込められている。彼のミューズ、チャオ・タオがヒロインを好演。私は特に、2025年を舞台にした最終章が興味深かった。異国で育ち、ルーツが見えない自身のアイデンティティーを、母の記憶の中に探そうとする青年の渇望。生き物としての不思議。人を生へと向かわせるノスタルジーに心が沁みた。

      • 映画批評

        萩野亮

        国破れて山河在り。中国は、中国人は、どこへゆくのか――。同時代の空気をもっとも繊細につかまえてきたジャ・ジャンクーがこの作品で差し出しているのは、このような問いだと思う。気心知れた炭鉱夫でなく、野心ある事業家との結婚を主人公がえらんだことは、経済発展を是とした中国の後戻りできない選択を暗示しているに違いなく、この明らかな寓意が未来さえも見通させる。時代をつなぐいつかの流行歌がこの上なく切ない。三世代を演じるチャオ・タオは映画に愛された俳優だ。

    • ズートピア

      • 映画・漫画評論家

        小野耕世

        このところディズニーの長篇アニメの進化がいちじるしい。アカデミー賞受賞の「インサイド・ヘッド」に続くこの長篇も、まず着想が斬新、脚本が見事で無駄な画面がなく、最後まではらはらさせながら、いっきに見せてしまう。動物アニメが得意のディズニーでも、なまけもののキャラクターが出るのは初めてだが、爆笑させてくれる。人種差別そのほかの問題を巧みに動物の世界に置きかえて描き、うさぎの女性警官の戦いを応援してしまう。おとなもこどもも楽しめるすばらしさだ。

      • 映画ライター

        中西愛子

        動物たちが人間のように暮らしているズートピア。それぞれの動物のサイズを含めた姿形から性質まで、愛らしいアニメ・キャラクターでリアルに再現しながら、ひとつの世界観にそれらを投入。多様性の社会における共存をテーマにしていて、楽しめると同時にいろいろ考えさせられる。相当に実験的な試み。本質を突きすぎて怖いところもあるけど、確かにまずは己を知らないと何事も始まらないからなぁ。主役のウサギとキツネがいいコンビ。ナマケモノとマフィアのネズミが最高でした。

      • 映画批評

        萩野亮

        おどろいた。正直ちょっとなめていた。「アナ雪」や「イントゥ・ザ・ウッズ」などを通じてハッピーエンディングの発想を更新してきたディズニーが、この不寛容の時代に満を持してもってきた作品だという気がする。失言で立場をうしなう主人公がこれまでいただろうか(正しくSNS時代の反映である)。演説好きのアメリカ的な価値観が基礎にありながらも、「多様性の尊重」をまっすぐに伝えたことはすばらしいと思う。ひょっとすると「一億総活躍社会」の最良のテキストかもしれない。

    • フィフス・ウェイブ

      • 翻訳家

        篠儀直子

        どんな阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されるのかと身構えていたが、たぶん10代の少年少女に観てほしいという意図からか、生々しく悲惨な画はない。でも、音楽の使い方といい無駄なほのぼの感といいご都合主義のクライマックスといい、「10代の観客をターゲットにした映画」は、なぜこうなってしまうのか。話のほころびをたどると早い段階で謎が解けてしまうので、何も考えないで観るのが吉。驚いたのは、「グランド・ブダペスト・ホテル」でゼロを演じたトニー・レヴォロリが出ていたこと!

      • ライター

        平田裕介

        人類の99%が死滅し、両親を亡くし、弟の行方も知れぬなか、謎の美青年が薪を割り、水浴びする姿によろめくクロエ。原作はYA小説、観客となるのも“この世の終わり”と“一世一代の恋”に憧れる世代だろから問題はない。俺も40過ぎてそういうのが嫌いではなく、可愛いクロエの喜怒哀楽を2時間にわたって拝めるから申し分なし。とはいえ、異星人が人間の姿で紛れ込んでいるという状況が巧く描けておらず、傍目に怪しい奴は本当に怪しかったというノリでスリルを感じぬまま終了。

      • TVプロデューサー

        山口剛

        オーソン・ウェルズに始まる宇宙人の地球侵略もの。「宇宙戦争」と「盗まれた街」を重ねたような初期SFの懐かしい感じのストーリーが、極力説明を排してスピーディーに展開される。いささか荒っぽいが快適に見せてくれる。ただし一般向けなのか、ジュブナイル向けなのか対象が判然としない。例えクロエ・グレース・モレッツ主演のジュブナイル映画だとしても、もう少し大人の視点からの掘りさげが、設定や人物の造型にあったら、より厚みのある映画になったと思う。

    • 緑はよみがえる

      • 翻訳家

        篠儀直子

        イタリア兵たちのドラマが展開される塹壕内が、どういう構造なのかまるでのみこめず困惑するが、時間経過までもが判然としないことからすると、これは意図的なものだろう。ロケ撮影であるにもかかわらず風景が妙に非現実的に見えること、そして言うまでもなくほとんど色を感じさせない画面であることと合わせ、戦場での一夜の物語を客観的・具体的に語るのではなく、兵士たちの記憶を介して描こうとしているのではないかと思う。静寂をつんざく砲撃や銃撃の音がほんとうに恐ろしい。

      • ライター

        平田裕介

        随所に挟み込まれる詩的なセリフ、争いをよそに金色に輝くカラマツの樹、シンガロングされるナポリ民謡。そういうものにグッとくる人はくるのだろうが、反戦的なものににせよ、アクションにせよ、戦争映画はドンパチが決め手と思っている向きには、なんだか退屈で辛気臭く感じるだけ。その辛気臭さが厭戦に結びつくのは確かだが。舞台がほぼ塹壕で常に薄暗く、出てくる連中もオール髭面で誰が誰だかわからず。作品が悪いのではなく、こちらのチューナーがいろいろと感じ取れないだけ。

      • TVプロデューサー

        山口剛

        1時間16分の映画だが、長篇大作を見たようなずっしり重い手応えを感じる。第一次大戦、アルプスの前線の一日、それもほとんど塹壕の中の兵士たちに密着して描かれる。壮大な戦闘シーンなどはないが、雪の降りしきる戦陣から眺める景色の神々しいまでの美しさ、戦火の合間の静寂が生命の貴重さ、戦争の愚かさを何と雄弁に語りかけるのだろう。最後に生残った若い兵士の手紙「人が人を赦さなければ、人間とは何なのでしょう」がエルマンノ・オルミ監督の思いを伝えている。

    • アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち

      • 映画監督、映画評論

        筒井武文

        アイヒマン裁判をテレビ中継した監督と製作者の裏話という題材が興味深い。裁判自体の記録映像を再編集したエリアル・シヴァン監督の「スペシャリスト」が、官僚に人道的罪が問えるかと提起した斬新さに比べ、戦争犯罪人にも人間性はあるのかと、執拗にアイヒマンのクローズアップを狙う紋切型は頂けない。裁判もモニター室からのモノクロのテレビ映像に徹し、中継監督の視点で描いた方がよいと思うが、似たサイズの裁判室内のカラーの客観カットを混ぜるので、距離感が出ない。

      • 映画監督

        内藤誠

        裁判中のアイヒマンの感情の表出を撮ることにカメラを集中しようとする監督と全体に目配りして偶発的に起こることの決定的瞬間を拾おうとするプロデューサーが対立する構図がユニーク。裁判に入る前の準備に時間をかけて撮っているのがいい。アイヒマンは官僚的クールさで表情を崩さないので、監督はいらだち、焦る。映像の力を信じ、アウシュヴィッツの凄まじいドキュメントを見せたりもする。ハンナ・アーレントが傍聴する映画とともに、ここでもアイヒマンの人間性が問われている。

      • 映画系文筆業

        奈々村久生

        「顔のないヒトラーたち」(14)でもその捕獲作戦が描かれたメンゲレは生前の逮捕が叶わなかったが、連行に成功し裁かれ死刑に処されたアイヒマン。実際の記録映像があるだけにフィクションでそれを扱うことの難しさがいま一度露呈される。アイヒマンの人間性をとらえようとするディレクターと、裁判そのものをショーとして魅せたいプロデューサーとの確執は、そのまま今日の映像ビジネスの現場にも通ずる。『小さいおじさん』界のエースであるM・フリーマンがいい味を出している。

    • 花、香る歌

      • 映画監督、映画評論

        筒井武文

        実在の女性チン・チェソンを演じるスジが何といっても素晴らしい。近年、銀幕上でこれほど輝くヒロインがいただろうか。最初は男装のコケテッシュな魅惑だったのが、みるみる内から溢れ出る美に、映画自体が驚きながらついていっているという塩梅なのである。恋を知った乙女の唄が人の心を打つ。景福宮の池で、舟から唄う距離感が、周りを魅了する。ロケーションと撮影と編集が見事なリズムを奏でる。終盤、降り出す雪がまた絶妙に美しい。パンソリ初の女流唄い手の悲恋物語である。

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