映画専門家レビュー一覧

  • 台湾新電影(ニューシネマ)時代

      • 映画・漫画評論家

        小野耕世

        これは私にとって切実な記憶を呼びおこす映画だ。一九八〇年代の初めに侯孝賢の映画を最初に、朝日新聞の匿名コラムで紹介したのは私だったし、楊徳昌の家で彼が結婚することになる人気歌手に紹介され、台湾映画人とは香港や日本で何度も会うことになる。また王童監督の兄は台湾最大のアニメスタジオの社長だったので、この兄弟を私は親しく交流していたなど、個人的な思い出は尽きない。いまの失われた台湾ニューシネマを、アジア以外の映画人たちはどう見ていたかがわかり刺激的。

      • 映画ライター

        中西愛子

        台湾映画に感じるある種の懐かしさ。それは悲しみも含めた日本との歴史的な関係が一因なのだと本作を観て改めて思うが、それだけではないとも痛感する。時代を躍動的に切り取るテーマ性、映画美学の純粋な追求。80年代に胎動した台湾ニューシネマは、みずみずしい勢いをもって奇跡的な何かを生み、その精神は各国の映画人の心に根を下ろしている。日本をはじめ、世界の映画人のコメントは貴重。個々に継承した思いが、いま、国境を超えて見えないムーブメントを引き起こしている。

      • 映画批評

        萩野亮

        まちがってもノスタルジーに濡れたような作品ではない。オリヴィエ・アサイヤスやワン・ビン、黒沢清らが異口同音にいうように、このフィルムは「現代映画」を構想するための証言録なのであり、彼らは台湾ニューシネマを回顧しながら、同時にみずからの映画こそを語っている。そのことがこの作品の文体をあくまで現在形にしている。アジア映画の紹介につとめた佐藤忠男のことばを聞きながら、批評家の存在が新しい運動に息吹をあたえてきた映画史を想った。書きつづけなければならない。

    • 永遠のヨギー ヨガをめぐる奇跡の旅

      • 翻訳家

        篠儀直子

        スピリチュアルの宣伝映画かと思ったら、記録映像(その多さも驚き!)や再現映像、現代のヨガ・シーンをとらえた映像、様々な人々へのインタビュー映像を、自在に行き来する語り口の意外性と流麗さに意表を突かれ、相当面白く見入ってしまった。量子物理学や神経科学と共鳴していると評する人もいる教えを説き、米国内の偏見と向き合い、ガンジーと交流し、?然とするほど見事な死に方をした男の人生が面白くないはずはなく、彼の教えがなぜ欧米で受け入れられたのかも示唆される。

      • ライター

        平田裕介

        ヨガナンダが体験する数々の奇跡をめぐるエピソード、ヨガが心と身体にもたらす効用みたいなものにはピンと来ず。それよりも、通信教育の走りともいえる郵便を使った伝導、イエスを避けずにヒンドゥーの神々と共に崇める姿勢、物質主義が極まって人々が精神的な拠り所を求めていた20年代アメリカという市場照準と、彼とグルたちのとんでもない商才に驚かされ、興味津々となった。アメリカでなにかを売りたい、なにかを広めたい輩にはヒント満載となるドキュメントではなかろうか。

      • TVプロデューサー

        山口剛

        1920年代にヨガ、瞑想の奥義を西洋に伝えたヨガナンダの伝記ドキュメント。ヨガナンダの映像はすべてライブラリー・フィルムなので少ない材料で伝記映画を作った苦労はうかがえるが、彼の生涯の概略をなぞっただけで、彼の説く教義、思想の深奥がどんなものかはほとんど語られていない。何が当時の西洋人を魅了し、今もなおスティーヴ・ジョブズやジョージ・ハリスンを惹きつけたかを知りたくなる。東洋思想や瞑想の世界に関心を持つ契機をあたえてくれる映画ではある。

    • アタック・ナンバーハーフ・デラックス

      • 映画監督、映画評論

        筒井武文

        こうまで笑いの感覚が共有できないと、もう批評は放棄するしかない。笑わせようとする気概が溢れれば溢れるほど、スクリーンを正視するのが耐えがたくなる。つまり撮っている方は、これを娯楽映画だと信じているのだろうが、演じる側が演じている存在を信じられないと、映画の表現にはならない。少なくとも、バレーボールの試合自体、実際に戦っていると信じさせてほしい。そのうえで、映画的な飛躍を加えてもらえるなら、こちらもついて行けるのだが。それにしても、111分!

      • 映画監督

        内藤誠

        タイはホラーも含めて独特の娯楽映画を作っているが、この「オカマ」のバレー選手団を描くコメディーは、キャスティングも含め、芸能界を知りつくした監督にしてはじめて演出できる作品だ。日本だと歌番組やヴァラエティのディレクターの出番だけれど、「バレー界の汚点であるオカマのチームなんかに負けるな!」というセリフは差別的ではないかと考えこみ、ワルノリした下ネタ芝居が撮れないだろう。「オカマ」のキメのポーズがワンパターンなので、繰り返しをカットすべきだった。

      • 映画系文筆業

        奈々村久生

        日本ではまだまだ公開本数のマイナーなタイ映画。アピチャッポンのようなアート系のほうが認知度が高かったりするかもしれないけれど、その対極的なコメディーはタイらしい娯楽映画の色が濃厚。ニューハーフ設定のキャラもいるため一見ゲテモノっぽくても男性キャスト陣はよく見るとみんな元がいいので見苦しくはない。カラフルな色彩感覚とタイ語の響きが強烈。映画において言葉はどうしても下位に置かれがちな要素だが、やはり言語と感情・文化は絶対に切り離せない。

    • スキャナー 記憶のカケラをよむ男

      • 評論家

        上野昻志

        手で触れて、そこに残された思念を読み取って推理するというのは、ミステリーの新手と言うべきか。まあ、映画は小説と違って、物証による推理で見せるものじゃないから、これでOKなのでしょう。ただ、野村萬斎扮するスキャナー探偵を、失踪したピアノ教師捜しに引っ張り出すまでの導入部が、くだくだしくて長い。もっと歯切れ良くいかんものかね。話は捻ってあるから最後まで見せるが、養子というのが、何故か一人ならず出てくるのには、作者に格別な思いがあるからなのか?

      • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

        千浦僚

        物体に秘められた残留思念を読み取る超能力、サイコメトリーを描いた場面がある映画といえばリチャード・フライシャー監督作「絞殺魔」。これは六十年代に米国で起きた、俗にいう“ボストン絞殺魔事件”を題材にしているが、この事件の捜査にピーター・フルコスなるサイコメトラーが協力したという史実もあった。映画「絞殺魔」のフルコスは奇人ふうであり、能力発揮のため手がかりを揉みしだく。「のぼうの城」ではウザかった野村萬斎の存在感は本作ではその線でいい感じを醸す。

      • 文筆業

        八幡橙

        元お笑いコンビによる“スキャナー芸”。野村萬斎と宮迫博之、二人が演じる対照的なキャラを軽妙な語り口で際立たせてゆく、「探偵はBARにいる」に通じる導入は心踊る。ピアノ教師の失踪事件を残留思念からいかに読み解いてゆくのか、興味を掻き立てられた。が、真実に近づくにつれ、次第に興が醒めていってしまった。病弱な少女と元気に遊ぶ子供たち、という昭和を思わせる設定も、真犯人の心情も、オリジナル脚本ならではの時代性に乏しく。唯一期待通りの萬斎節は堪能できたが。

    • テラフォーマーズ

      • 評論家

        上野昻志

        アクション映画なのに、間延びしている。まず、テラフォーマーを殲滅するために火星に送り込まれているくせに、こっちから攻めずに、向こうが来るのを待っている。その待ちの姿勢がまだるっこしい。また、昆虫細胞活性剤でパワーアップするときに、元の昆虫の説明が出てくるのは、ご愛敬で悪くはないけど、彼ら隊員たちの出自というか、地球でどんな暮らしをしていたかを画にして見せるのは、なんともウザい。どうせ金目当ての喰い詰め者なんだからさ、そんな説明、いらないっての。

      • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

        千浦僚

        もともと三池崇史は、なんとかマン、的な映画の監督かも。実際「ゼブラーマン」「ヤッターマン」がある(「FULLMETAL極道」も)。本作は様々な昆虫の能力を持つ改造人間らがバトる、“仮面ライダー”の変奏みたいなもの。重要そうなキャラが即死することもある三池セオリーがまた原作漫画設定にもフィットし、期待させるが、いまいち跳ねない。延々と虫能力対決をやること(新堂冬樹「虫皇帝」シリーズを参照)と、SF映画的なネタや伏線を孕むことが相殺したような。飽かさせず見せるが。

      • 文筆業

        八幡橙

        強くて巨大な謎の生物と人間の死闘を描く本作、かの「進撃の巨人」と並び称される宿命を帯びているわけだが、こちらの方がより漫画的な思い切りがよく、細かなツッコミを入れる隙もない軽快すぎる展開と共に気楽な気分で堪能できた。歯が立たない敵に立ち向かう絶望と無力感こそ「進撃~」原作の肝でもあるが、本作の映画版はそのあたりをさらりとかわす。火星における人間のクズVSゴキブリの戦い。「ゴースト・オブ・マーズ」を撮ったカーペンターのリメイク版も観てみたい気が……。

    • 追憶の森

      • 映画・漫画評論家

        小野耕世

        「富士山の樹海は最良の死に場所」として海外で紹介されているとこの映画で初めて知った。死ぬためにアメリカからやってきた男が、樹海でさまよっている英語をしゃべる日本人の渡辺謙に出会って……という映画。ふたりの自殺志向の理由など次第に明らかになるが、やや思わせぶりすぎて、そうしたミステリアスな部分よりも、樹海では毎年何人の使者が出るのか、人命救助のシステムがどうなっているのかといった具体的な描写の部分のほうが私には興味深い。思い入れの描写がやや長すぎる。

      • 映画ライター

        中西愛子

        映画の舞台を、自殺の名所とも言われる富士の樹海にする必要はあったのだろうか。窮地に陥った男の内面的な煉獄の世界とか、あるいは単純に人里離れた森のような架空の場所ならば、男の再生の物語として楽しめたかもしれない。が、自ら飛び込んだ無念の魂さまよう場所を背景に、“生き延びた、ラッキー!”さながら高揚しゲームオーバーする主人公を好きになれない。もっと違う感謝の仕方はないのか。“浮かれるな”と、「マネー・ショート」のブラピじゃないけど言いたくなる。

      • 映画批評

        萩野亮

        ガス・ヴァン・サントはもともとカルトな趣向のある監督で、たまに変なものを撮ってくれてうれしいのだけど、この作品は一見そっち方面に見せかけたヒューマンドラマ。誰もがマコナヘイに思う、YOUはどうして日本へ? という疑問がいっこうに解決されないご都合主義的な脚本に、映画そのものが樹海のようでたいへん苦しい。こわれゆくナオミ・ワッツがすごくうまいのだけど、ダンナが非常勤講師になって収入が減る、というあまりにも切実なリアリティーに個人的に胸が痛んだ。

    • ノーマ、世界を変える料理

        • 映画監督、映画評論

          筒井武文

          「ノーマ」の調理場は実験室のようだ。薔薇から生きた蟻まで、食材の可能性のある素材が集められ、料理法が吟味されるからである。視覚でしか味覚を伝えられない映画では、この独創的なメニューを食べたいと個人的には思わないが、マケドニアからの移民でありながら北欧料理を一新させたシェフ自体は、被写体として興味深い。ただ、ドキュメンタリーとして、描く主体の位置がどこにあるのかは、よく分からない。どうも撮れた素材だけに頼っていて、形だけでまとめたように見える。

        • 映画監督

          内藤誠

          料理に関する映画の楽しみはシェフの手にある食材からどんな新作料理ができるのだろうと期待して見ることだ。昨年公開された「ガストン・アクリオ」の場合は、食材ゆたかなペルーが舞台なので、色彩も美しい料理が出てきて当然だったが、北欧デンマークではどうなるのか。主人公レネ・レゼピはマケドニアからの移民でイスラム教徒だという差別まで受ける。盛り沢山な話で、前半はPR風。しかし店がノロウイルス感染のスキャンダルに見舞われてからはドラマチックになり、盛り上がる。

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