映画専門家レビュー一覧
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怪物の木こり
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映画評論家
北川れい子
劇中に登場する絵本『怪物の木こり』を、ティム・バートンが映画化! なんてヤラセの噂がサラッと流れる。そうか。気色悪い導入部はあくまでも恐怖の火種。演出のどこかに空気穴風な隙間を盛り込んで進行するのか、と思っていたら、三池監督、隙間どころか、妙にクールな演出で人物たちを煽り、話自体もとんでもないのだが、こちらもクールに成り行きを観ているだけ。それにしても本作の亀梨和也も「法廷遊戯」の永瀬廉も弁護士役で、いまや弁護士役はアイドルの専売特許?
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映画評論家
吉田伊知郎
この題材ならば三池崇史の名前に当然惹かれてしまうが、往年の過激さは影を潜め、サイコパスが王道を歩く本作では殺人描写も含めて常識的な範囲に収まっている。誘拐された子どもを使った行為はぞっとさせるだけに、せめて触覚的な感覚を見せてほしかった。プロファイラーの菜々緒が醸し出す雰囲気が良く、上手い演技というわけでは決してないところが逆に異物感を出して突出。「首」に続いて快演を見せる中村獅童が粗暴さの裏にフランケンシュタインの哀しみを抱えた姿で魅せる。
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隣人X -疑惑の彼女-
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文筆家
和泉萌香
人間に擬態して暮らしているとの惑星難民X。記者の男を主人公にすえたことにより、謎に包まれたXへの偏見をふくめた大衆の態度よりも、どんなことをしてでも売上とPV数を稼ぎたいマスコミたちのあくどさ、醜悪さが全篇に現れている。ロマンスの始まり、ここぞ、というタイミングで雨が降るのは、人間を超えた何やら別の力が影響を及ぼしているのかと想像を掻き立てたり。だが、主人公の見当はずれの償いの発表に続くその着地点は、ふんわりしすぎているのではないか。
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フランス文学者
谷昌親
惑星難民Xが地球にやってくるというSF的な設定のもと、一種の他者論を展開する興味深い作品だ。ただ、Xのスクープを狙う週刊誌記者の笹が、取材対象の良子に惹かれていく過程でカメラの望遠レンズ越しに良子を見つめるだけに、そこでもっと映画的な表現はできなかったのかと考えたくなる。また、留学生のイレンをめぐる物語も一方で展開するのだが、そもそも移民や難民の問題を扱いたいのであれば、むしろイレンのような外国人の存在をこそ正面から描くべきだったのではないだろうか。
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映画評論家
吉田広明
自分と異なる者を排除しようとする社会を糾弾するという骨格は「正欲」と同じ。無理筋が目立つのもよく似ている。異論の余地なく「ポリティカルにコレクト」な物語だからといって(奇矯な設定でもいいが)丁寧な人物設定と造形、自然で説得力のある心理描写と展開をおざなりにしていいはずがない。それを踏まえた上で真に異なる世界への飛躍をもたらすのが映画というものではないのか。「正欲」ともども、独りよがりの理想論振りかざして現実置き去りではどこかの条例案と変わらない。
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父は憶えている
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
村中のごみを無言で回収してまわる父のなかには、もちろん彼なりの道理があるのだが、それが何なのかは決してわからない。代わりにはっきりと見えてくるのは、彼の帰還によって揺さぶられる周囲の人々の変化。失われた愛は、長い眠りから目覚めたかのように色づきはじめる。基本的に人物の動きに合わせて柔軟に動くキャメラが、まるで適度な距離を保ってその人物を見守りつづけているかのようであり、その結果わたしたちも、その人物に対して親密な感情を抱かずにはいられなくなる。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
キルギスのアクタン・アリム・クバト監督が監督・主演。23年ぶりにキルギスの村に戻ってきた老人が巻き起こす静かな騒動を描く。携帯電話が画面に出なかったら、とても21世紀の話とは思えないほど時間が止まったかのような村で、日本人とよく似た風貌ながらも、皆が敬虔なイスラム教徒であり、ロシアの強い影響下の中で生きている人たちの生活を丁寧に観るという文化人類学的な面白さ。私たちに似ているとても異なる人々の普遍的家族愛。いっそドキュメンタリーの方が向いている題材なのではないか。
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俳優、映画監督、プロデューサー
杉野希妃
行方知らずだった男の23年間は一切語られない。記憶と言葉を失った理由も明確にわからない。家族や友人たちは記憶を取り戻そうと必死だが、男は動じず、ただ黙々とキルギスの村のゴミを拾い続ける。力強く根を張る木々、木立のざわめき、素朴で美しい歌声……感覚に訴えかけてくる演出ひとつひとつがゆったりどっしりとしていて、果てしない奥行きを感じる。生命の根源的な力が本作には宿っている。人間はただ生きているだけで尊い。そんなピュアな気持ちを呼び覚まされる稀有な作品。
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バッド・デイ・ドライブ
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
オリジナル版と他言語版は残念ながら観ていないのだが、基本設定が確かに魅力的。残り3分の1になってから突然ツッコミどころが増えたり、動機づけを含めて急に展開が雑になる気がするけれど、短い上映時間でシンプルに語るべき題材である以上、欠点と断言するほどではないかもしれない。家庭人として完全に失格かと思いきや、危機に瀕した途端、この上なく頼もしい父親へと変貌するリーアム・ニーソン無双。役柄よりも歳上すぎるという難点を、身のこなしの若々しさで華麗にカバー。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
今年主演作が3本公開されるリーアム・ニーソン。本作は2015年のスペイン映画「暴走車 ランナウェイ・カー」のリメイク。金融マンが車に爆弾を仕掛けられ、犯人の指示でさまざまな困難に直面する。いつものニーソン映画同様、スピーディーでサスペンスフルかつ不死身。またニーソン映画同様に低予算短期間撮影ものでニーソン以外のキャストに華がない。同じような役柄で低予算アクション映画を連発するニーソンは低予算アクション映画の船越英一郎だ。大ヒットも芸術も狙ってないところが苛立たしい。
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俳優、映画監督、プロデューサー
杉野希妃
リーアム・ニーソンが車という閉鎖的な空間で着座のまま闘い、犯人と対峙するまでの90分。彼の鬼気迫った渋い顔をアップで見続けるだけでも眼福だが、「スピード」や「フォーン・ブース」といった作品がチラついて既視感を拭えない。クライマックスはあらかじめ決めた結末からの逆算でアクションを組み立てているのが明白でやや物足りない。一番大切なものを強調したいがゆえのラストの回想三連発が作品をチープにしている。資本主義の弊害を量産型アクション映画で描くという皮肉。
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ほかげ
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文筆家
和泉萌香
ひとりの女と男たちとひとりの子供。焼け焦げになった街や生活が、戦争そのものが、文字通り家の中に強烈に横たわっている。登場人物たちの輪郭、魂はゆらゆらと揺れ動きながらも儚さを拒み、特定の時間帯を感じさせない橙色の灯りが、彼らはここにいると強く染め上げている。こちらも役者陣の顔にぐっと迫る作品で、塚尾桜雅くんの真っ黒な瞳はきっと劇場の暗闇をも圧倒することだろう。名前も呼ばれないまま、道に放り出される子どもたちを決して増やしてはいけないのに、現実はずっと……。
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フランス文学者
谷昌親
「野火」の一種の続篇とも、対になる作品とも言えそうだ。居酒屋の女と戦争孤児の少年に、若い復員兵、片腕の動かぬ男が絡んで物語は展開するが、逆に言えば、ほぼこの4人だけで構成された作品だ。特に前半は居酒屋から一切出ない室内劇の緊張感のなかで終戦直後の日常が描かれる。一転して戸外で展開する後半では、戦争のもたらす狂気が表現される。筭本晋也監督自身がカメラをまわした撮影がすばらしく、作品世界の質感までも感じさせつつ、彼ならではの世界観を表出させている。
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映画評論家
吉田広明
夫と子供を戦争で亡くした女のバラック食堂で、疑似的な家族が成立する前半部と、片腕の利かない男との「仕事」を巡る後半部。共に戦争によって心が壊れてしまった二人、彼らをつなぐ存在たる少年がその生を見届け、それを教訓とも生きる縁ともしながら、新たな生に立ち向かうべく闇市の中に消える。過去に囚われた女と男、屋内と屋外、そして未来を担う少年と、きれいに対称的に構成されている分、その美的な形式はかえって戦争の体感を妨げ、心に棘がざっくり刺さる感触を失わせている。
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サムシング・イン・ザ・ダート
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映画監督
清原惟
今私は何を観ているのか?と思うような、観たことのないタイプの映画だという感じがしたのだが、そのカテゴライズのできなさが謎であり、面白さだと思った。陰謀論めいた街の謎や、超常現象も、すべて冗談みたいだけれども、その謎を追う二人の主人公たちは妙に現実感がある。観た後に知ったことだが、監督二人が主演であり、現場を三人で回していたというから、この妙な感じにも納得した。やはり作り方というのは、否が応でも映画の画面にも現れるものだということに勇気をもらった。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
作り手曰く、LAという都市へのオマージュらしいが、残念ながらLAの魅力など画面から全く伝わってこないし、低予算のインディーズの弱点だけが露呈している。主人公二人がアパートの一室で遭遇する“超常現象”の陳腐さ、それをドキュメンタリー映画に仕立てるメタ映画風な発想にも既視感がある。土台、このワン・アイデアで2時間弱の尺を語りきるには無理があるのではないか。パンデミック下での企画らしく、全篇に漂う荒涼たるざらついた“幽閉感覚”だけが奇妙にリアルであった。
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映画批評・編集
渡部幻
社会から孤立したような二人の男が出会い、部屋で浮遊する結晶体の光に遭遇、常軌を逸したドキュメンタリー制作を開始するが……。奇才ベンソンとムーアヘッドの巧妙なDIYスタイルは、否応なくパンデミック下の終末感、閉塞感、無力感や倦怠感を思い起こさせる。「X-ファイル」的な怪現象の推測がみるみるうちに陰謀バラノイアへと発展していく様子はブラックコメディ的であり、同時に、むしろ「ナイトクローラー」「アンダー・ザ・シルバーレイク」に連なる現代人の危機をめぐる寓話とも取れるのだ。
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首(2023)
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ライター、編集
岡本敦史
「いつの世も“天下人”などと呼ばれるヤツらは、ろくでなしばかり」という北野武監督らしい歴史観を、北野作品らしからぬ超大作ルックで見せるという大がかりな転倒に、まず面食らう。かつて「血と骨」で共闘した撮影の浜田毅が堂々たる仕事をしている。合戦シーンになると普通の映画に見えるきらいもあるが、「乱」を撮ったころの黒澤明とほぼ同年齢だと思えば、この大作志向と「昔ほど遊ばない感じ」にも納得がいく。欲を言えば、衆道の描写にはもっと繊細さと実感が欲しかった。
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映画評論家
北川れい子
北野監督が戦国時代と戦国武将たちを好き勝手に切り刻んだ血まみれスプラッターホラーである。ビートたけしが演じている秀吉はただの生首フェチで、加荑亮の信長も気まぐれで残忍な変質者、人気俳優たちが勢揃いした武将役はどいつもこいつも裏ありの二枚舌野郎、まさに生首ゴロゴロ、血の量も半端ない。北野監督がどういう意図で脚本、編集まで手掛けたのかは不明だが、悪趣味な笑いを含めもう最悪! とはいえ、血まみれ狂気は世界の現実でもある。監督はそれを予感した!?
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映画評論家
吉田伊知郎
北野映画としては最長の空白期間を経たものの時代劇版「アウトレイジ」を期待するなら十分満足させる。方言を多用する残虐で狂的な信長(加瀬亮が絶品!)、狡猾かつ武士の格式ばった振る舞いを嘲笑う秀吉、とぼけた家康のキャラ付けも良く、史実との年齢差も気にならない。ウエットになりかけると瞬時に冷徹な裏切りや死が訪れるドライな視点が徹底されるのも良い。ただし、初期作に見られた色気のある同性愛描写に較べれば、今回の衆道描写は即物的すぎて取って付けたよう。
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