映画専門家レビュー一覧
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ロスト・フライト
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
ただでさえ面白いナショジオチャンネルの『メーデー!』をさらに濃縮したかのような迫真の機内シーン。乗客全員特技を活かして危機を突破、みたいな展開になったら痛快娯楽作だが、その真逆を行く凄いリアリティで、ある意味シミュレーションドラマ的面白さ。航空会社の危機管理担当者が傭兵を雇うのだけファンタジーかと思ったらこれも現実にありうる話だとか。終わり方が示唆するとおりどうも続篇の予定があるらしく、個人的にはこれだけでいいんじゃないかと思うがさてどうだろう。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
ジェラルド・バトラーが製作・主演。被雷した旅客機がフィリピンの反政府ゲリラが支配する島に不時着するというサバイバル・サスペンス。被雷→不時着→ゲリラとの闘いと話は単線的に進み、シナリオに気の利いた工夫はない。また旅客機の描写の多くが安っぽいVFXで、ロケ撮影も画質の低いデジタル撮影のため、映像のテクスチャーを重視する者としてはかなり興醒め。メジャー・スタジオ製の作品ではなく、アクション俳優が製作・主演すると大抵低予算低画質ご都合主義の仕上がりになるという典型。
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俳優、映画監督、プロデューサー
杉野希妃
大嵐と落雷によって制御不能となった飛行機が不時着した場所は、イスラム過激派がのさばる無法地帯だった。次から次へと降りかかる災難を、屈強な肉体と血走った瞳で生き抜くジェラルド・バトラーはやはり極限状態が似合う男。バトラー演じる機長のバディは移送中の殺人犯という設定が、緊張感を途切れさせない。フィリピンのホロ島が舞台ならば、もう少し踏み込んだドラマを見たかったが、本作はあくまでポップコーン片手に無心で楽しめるエンタメに徹していて、それはそれで良い。
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シチリア・サマー
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文筆業
奈々村久生
同性愛者であると知られることは社会的な死に値した80年代シチリア島の時代劇。よくも悪くもクラシックな作劇と演出であり、眩しい太陽と美しくも儚い花火の光に彩られた少年たちの描写は、イノセンスへのロマンチシズムに溢れていて、若さゆえの刹那を含め、その?末は是枝裕和監督の「怪物」を想起させる。自分たちの価値観が正しいと信じて疑わない、ステレオタイプな父親や叔父の対応に反し、少年たちの双方の母親が示す葛藤とその発露に、当事者以上のきめ細かさが滲む。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
僕は美少年は大好物なんですけど、本作は無難に美少年と美少年が愛しあうのを小エロく描いといて最後に二人は差別に殺されて悲しくも美しかったですね、じゃ済まなかった。最初ゲイの子をいじめてた不良どものホモソーシャルは、ひどい差別をしながら同時に発情もしてることが描かれ、主人公を愛情で包んでいた家族や親戚たちが同性愛をマジで忌み嫌ってるのを終盤で目にした不良たちはドン引き。「正しさ」と世間の常識と普通の宗教と家族愛が地獄であるという、重い傑作。
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映画評論家
真魚八重子
シチリアの風光明媚さがかき消されるほどの、同性愛者への差別。世界中で映画はLGBTQに対する嫌悪や差別を露わにする人々を描き続け、同性愛の映画の中でも〈迫害〉はもはや一ジャンルを成すだろう。同性愛嫌悪と女性差別はセットになっていることも多く、シチリアも男がのさばってきた歴史がある。本作も差別主義者とは断絶があり、同性愛者を毛嫌いする人を説得するのは難しいという諦念に囚われる。ただし映画の出来不出来はまた別の話で、銃声だけで処理したラストは端折りすぎではないか?
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スラムドッグス
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文筆業
奈々村久生
やさぐれわんこの逆襲をコミカルに綴ったブラックコメディだが、飼い主の虐待を愛情と信じて疑わない捨て犬の主張は、人間の児童におけるそれの構造と酷似しており、笑ってしまうほどに胸が痛んだりもする。アメリカ式のコテコテなユーモアのノリも、主体のビジュアルが犬であるからこそ見え方に変化がつき、人間を主語にしないことで語れるものがまだまだあるという可能性を実感する体験。欲を言えば小ネタ的に挿入される猟奇殺人鬼の飼い犬のアナザーストーリーも観たかった。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
可愛いワンちゃんたちが口を開けばオチンポ様とかウンチとか聞くに耐えない下ネタを言う。わざと言う犬もいるが、犬は他の犬の肛門の臭いや排泄物や吐瀉物が好物なので真顔でも言う(犬の真顔とは?)。人間もウンチまみれ、キノコ食ってラリった犬の視界もごきげんだが、飼い主との悲しい関係は人間同士の共依存のメタファー。こういう映画大好き。吹き替え日本語版で牝犬を演じたマギーの声もよかった。てっきり犬は全部CGだと思って観てたら、リアル犬による演技だったと知ってびっくり。
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映画評論家
真魚八重子
想像以上に下品で気分が悪くなりそう。下ネタのオンパレードで、「テッド」の製作チームによるものというのもむべなるかな。自分が飼い主に嫌われていると気づいておらず、しかしそれがわかった途端、恐ろしい復讐に燃え立つ主人公の犬が可愛いが、原語のアテレコはウィル・フェレル。アメリカンコメディ界は人材がくすぶっていて、時が止まって感じる。実写とCGの技術が高く犬の表情がナチュラルで、その天然性によって観ていられるし、犬の感情が感じられる編集は良かった。
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モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン
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文筆業
奈々村久生
「バーニング」でデビューしたチョン・ジョンソは、猟奇的な怪演で度肝を抜いた「ザ・コール」の監督との再タッグで「バレリーナ」(Netflix)を発表したが、私生活でもパートナーであるイ・チュンヒョン監督はジョンソのハードな面ばかりを強調。モナ・リザもその延長線上にあるが、アメリカに生きるアジア系女性がシングルマザーとその子供を巻き込む、弱き者たちのしたたかな共犯関係を描いたアナ・リリ・アミルプール監督の魔術的な演出がポップで痛快。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
口ずさみたくなるロックの歌詞をそのまま脚本にしたみたいな映画。「寡黙で神秘的な東洋娘」とか「よい黒人」とかは類型なんだが、新しいことは特に何もやってないんだが、とにかく人の顔がいい。チョン・ジョンソの顔を見てるだけで最高だし、脇役も子役も全員いい。お金かけてないのに画ヅラもいい。あと、いかにもなストーリーだったのに人が一人も死んでない。これはなにげにすばらしいことではなかろうか。こういうのでいいんだよ、こういうので。ていうか、こういうのがいいんだよ。
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映画評論家
真魚八重子
韓国人俳優チョン・ジョンソが良い。気の強さと無垢であることが無言で同居し、クールな表情をしていてもチャーミング。「ハスラーズ」のような女同士の連帯は、私欲の前では吹き飛ぶが、母に代わる飛行場での子どものシークエンスは、チケットの名前から自己犠牲まですべていとおしく完璧。モナが何者かわからず、人を操る超能力ゆえに、精神病院に12年も入っていた経験は重い。だからこそTシャツ1枚の違いで楽しい。彼女の新たな人生の始まる赤い月夜のフライトはワクワクする。
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きのう生まれたわけじゃない
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文筆家
和泉萌香
空への道を駆け回る光が我々の視線を軽やかに奪っていく。時には、此処では流れてはいない時間のなかでひとり言葉を発しもする登場人物たち。あちらこちらに散りばめられた黄色が次々に目に飛び込んだあと、ぱっと広がった照葉には思わず星空のような、とつぶやきたくなるほど。詩人が辿り着く海や雲の形、それぞれ異なる色をして並ぶ木々といった自然の美しさに、大袈裟でなく驚き嬉しくなってしまう。てんとう虫は枝や指先に止まったら一番高いところまで上り、飛んでいくそうだ。
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フランス文学者
谷昌親
詩人でもある福間健二監督が少女と老人の交流を描いた作品。少女・七海と元船乗りの老人・寺田の関係を軸に、そこに他の人物たちのさまざまなエピソードがからむのだが、エピソードの積み重ね方、そして人物のとらえ方や演技はむしろドキュメンタリーを思わせ、結果として、独特の詩的な感触が生み出される。福間監督が慣れ親しんだ国立市の風景が魅力的だし、川べりの公園での飛翔シーンに心を動かされる。だが、残念なことに、詩と映画が理想的なかたちで融合できたとはいいがたい。
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映画評論家
吉田広明
監督の評価したピンク映画は、断絶や軋みに満ちた社会の中で、性を通じてギリギリ結ばれる関係を通じて現在を炙り出すという意味で批評的なものでもあった。ここでは人間関係は軽やかに結ばれ、また解かれてゆく。人の心が分かる子どもと、死んだ妻と会話する老人。彼らは、心の中と外、生と死、その境界を自在に踏み越える。ユートピア的な境地であり、これが遺作となったことにいささかの感慨を覚える。ただ社会の周辺に置かれた存在のみにそれが託されるのは若干寂しい気はする。
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花腐し
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ライター、編集
岡本敦史
作り手の狙いが完璧に達成されていれば、しかもそれが面白ければ、星の数を減らす理由がない。個人の好き嫌いとか、観る人を選ぶかもという心配とか、要らぬお世話に思えてくる。荒井晴彦作品に望む男女のドラマが濃密に描かれていて、綾野剛のいままでにない芝居が観られて、柄本佑が相変わらず荒井演出のもとで生き生きしていて、ピンク映画業界へのオマージュが重くも軽くも込められた、しかも近年最もモノクロ画面が冴えた作品であれば、やっぱり観ない理由は探せなかった。
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映画評論家
北川れい子
寒々しい波打ち際に横たわる濡れそぼった男女の死体。男は新作を準備中のピンク映画の監督で、女はその作品で主役を演じるはずだった。という場面からスタートするが、話の軸は、死んだ女と時間差で深く関わった2人の男の、不甲斐ない傷の舐め合いで、現在をモノクロ、過去はカラーという演出もくすぐったい。さしずめ希望は過去にしかない? 新宿ゴールデン街でクダを巻く場面や、アダルト映画顔負けの場面も。後ろ向きでクセのある、死んだ女とピンク映画へのレクイエムか。
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映画評論家
吉田伊知郎
前作は食と性を介して男女を描いた荒井監督が今回は著書『争議あり』を基に細部を形成したかのような固有名詞と自己言及をちりばめる。実名を連ねて時代を形成し、雨と歌と性を重ねていく。「新宿乱れ街」の30数年後を描いた後期高齢者の繰り言かと思いきや、劇中の同時代にシナリオ講座へ通い、国映の成人映画を観ながらピンク映画のシナリオを応募していた筆者などは自分を重ねてしまい、心が揺れる。「身も心も」の奥田瑛二&柄本明を凌駕していく綾野剛&柄本佑に見惚れる。
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法廷遊戯
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ライター、編集
岡本敦史
人は誰でも嘘をつくという作中世界のルールでもあるのか、「単刀直入に訊けばよかろう」と思わせる場面が続き、とにかく回りくどい。どんでん返しのお膳立てとして小説なら成立していたかもしれないが、2時間の映画では難しい。法廷ドラマとしても、現行の司法制度への批判と、裁判制度自体への揶揄がゴッチャになっていて、そもそも「裁判は犯人当ての場ではない」という大前提の理解すら怪しい。いちばん恐ろしいのは、このタイミングで「贖罪から逃れる物語」を映画化したことだ。
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映画評論家
北川れい子
司法制度の改革とか、冤罪とはとか、頻出する法律関係の用語が話を惑わせるが、描かれるのはロースクールで学んだ3人の手の込んだ因縁話で、観終わっての後味はかなり消化不良! 少しずつ明らかになる彼らの重い過去が、無責任な大人や法律の不備にあるというのは分からないでもないが、回想というより後出しジャンケンふうな真相の出しかたもズルい。ミステリーではよくある手だが。後半の裁判場面が学生たちの模擬裁判と大差ないのは「法廷遊戯」というタイトルへの忠節?
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