映画専門家レビュー一覧
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ハンガー・ゲーム0
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
現実の世界情勢をいかようにも重ねて読めるのがこのシリーズのよさで、トム・ブライスの端整な容姿のせいもあり、今回はそこにシェイクスピア劇かギリシア悲劇みたいな要素が加わった(ちなみにV・デイヴィスの役名は、シェイクスピア『コリオレイナス』の主人公の母と同じ)。さらにR・ゼグラーの参加で歌物ミュージカルの魅力がプラスされ、悲恋はどこか「ウエスト・サイド・ストーリー」っぽい雰囲気に。彼女の圧倒的な歌声は、それだけで民衆を蜂起させて専制政治を打倒しそう。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
大ヒットシリーズ「ハンガー・ゲーム」第1話の64年前の前日譚。のちに全体主義国家パネムの独裁者となるスノーの若き日が描かれ、彼がゲームに参加する少女との許されぬ恋が話を盛り上げる。ダークSFはその荒唐無稽さにシラけることが多いのだが、本作は主演トム・ブライス、レイチェル・ゼグラーの熱演に心奪われる。ブライスの純粋さと狂気、歌姫を演じるゼグラーの破格の歌唱力。「ハンガー」前日譚はSFの衣を借りたエモーショナルな青春映画としての輝きがある。
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俳優、映画監督、プロデューサー
杉野希妃
原作を読んでいない上に「ハンガー・ゲーム」シリーズを一作も見ていないので比較のしようがないが、本作のサバイバルに物足りなさを感じるのは、ゲーム参加者たちのなんとしてでも生き抜きたいという思いがあまり伝わってこないからか。3幕構成の最終幕でピュアだったスノーが権力者に変貌する過程が描かれる。彼の一人相撲よりも、スノーとルーシー・グレイのすれ違いをもっと丁寧に描いてほしかった。レイチェル・ゼグラーの歌声が圧巻。肝心の物語よりも彼女の歌のほうが印象深い。
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屋根裏のラジャー
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ライター、編集
岡本敦史
スタジオポノックがようやく叩き出した最良の成果。しかもアニメ史に残る大いなる挫折……あの高畑勲も宮_駿も撤退した『リトル・ニモ』の無念が、まさかここで晴らされるとは。夢、もしくは想像の世界を舞台に、観客の心を?む冒険活劇は成立可能か?という難題に、西村義明プロデューサーは果敢に立ち向かった。キャラが多すぎとか、説明台詞がくどいとか文句もあるが、それでも立派な快作である。ベテラン百瀬義行の満を持しての監督登板、小西賢一作画監督の大活躍も嬉しい。
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映画評論家
北川れい子
いつか子どもたちが夢を見なくなると私たちは消えちゃう、とイマジナリたち。想像上の世界は現実には決して勝てないのか。かなり悩ましいストーリーを、温かみのある色調と各キャラクターたちの言動でスリリングに引っ張り、アニメが苦手な大人でも楽しめるに違いない。一種のパラレルワールド仕立てで進行、特に意外性のあるキャラが次々と登場する想像世界は、背景も大きくワクワクする。小さなキャラがウジャウジャ密集する演出は宮_アニメをチラッ。声優陣もキャラにぴったり。
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映画評論家
吉田伊知郎
海外児童文学を主体とするポノックの存在価値を周知させる良作。想像世界を具体化させる話だけに、アニメーションならではの表現が際立つ。舞台となる書店や図書館にはフェティッシュなこだわりが欲しかったが、老犬やピンクのカバなどは忘れがたい魅力。彼岸と此岸を往復する霊界映画としても突出。「千と千尋の神隠し」を思わせる場面もあるが、本家が自己模倣をする時代だけに気にならず。脚本はプロデューサーが兼任のようだが、公式サイトにもプレスにも未記載なのは何故か。
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枯れ葉
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
ケータイもネットもあるけどほとんど使われず、テレビすら誰も見ておらず、年代物のラジオからウクライナ侵攻のニュースが流れつづける。まるで時空がねじれたかのようだが、ここには第二次世界大戦時のフィンランド国内の雰囲気(特に対ソ感情)が重ねられているのかも。いつにもまして強いシネフィル風味は、(映画)愛だけが暴力に対抗しうると言っているかのようでもあり、単なる趣味の爆発のようでもあり。チャイコフスキーの6番と、雨の窓辺のヒロインのショットに陶然とする。
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
アキ・カウリスマキ監督6年ぶりの新作。ヘルシンキの街で仕事を失った女と酒に溺れる男が出会い、惹かれ合うが物事はうまく進まない。ラジオはウクライナ戦争のニュースを絶え間なく流し、女も男も工場や建設現場の過酷な仕事を日々の糧にする。そのような天国とは遠い場所に身を置きながら、いかにロマンを持ち続けるか。カウリスマキはますます洗練されたユーモアとメロウネスを持って、辺境の街から普遍的ロマンスを描き続ける。精緻な色彩設計による映像美も特筆すべき。
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俳優、映画監督、プロデューサー
杉野希妃
ウクライナ侵攻のラジオをBGMに繰り広げられる、不器用な中年男女のすれ違いと再会。依然として、カウリスマキの無駄を削ぎ落とした演出が研ぎ澄まされており、極めてシンプルな物語を崇高な次元へと昇華させている。日常のささやかな幸せを大切に紡いでゆけば、戦争なんてなくせるかもしれないと本気で思えてくる、祈りのような作品だった。思いやりとユーモアに満ちたラストシーンを思い返すたびに胸が熱くなる。カウリスマキの透徹したまなざしによって生み出された、珠玉の一作。
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スリ・アシィ
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文筆業
奈々村久生
女性が社会の壁に立ち向かうには、超自然的な力を借りなくては闘えないというストーリー自体が、実際の女性の立場の弱さを逆説的に証明しているが、死んでから幽霊になって復讐するよりはまだいい。ジャンルをまたいだ要素が詰め込まれているものの、編集のテンポの冴えなさに加え、演出にもメリハリがなく、せっかくのアクションものっぺりとして見える。男性同士のやり取りで見られるユーモラスな側面も、笑っていいのかどうかよくわからない微妙な空気になってしまっているのが残念。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
バットマンは〈悪も正義も気が狂ってる〉がテーマだし、スパイダーマンの宿命は〈童貞っぽさ〉だろうし「シン・仮面ライダー」のテーマは〈孤独なオタクは(女のオタクも)友人を作って善いオタクになるか、憎悪を抱いたまま悪のオタクになるかを選べる〉だった。スリ・アシィの宿命やテーマは何だろう。普通に〈強くてモテる女には弱者を救う義務がある〉? それはそれで達成されれば喜ばしいですが、もうちょっとややっこしい部分も見たかったな。最後の必殺技が〇〇の術なのはエロかったな。
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映画評論家
真魚八重子
原作はインドネシアのエンターテインメント会社である、ブンミラゲットのコミック。MCU同様に、自社の人気キャラを主役に映画化した作品。いわゆるヒーローもので、孤児院で育った少女アラナが正義のヒーロー〈スリ・アシィ〉として、様々な自然の化身である悪の存在と戦う。要所要所でアジアを打ち出したのも珍しい個性で、スリが赤い布で戦うのがかっこいい。スリ役のペフィタ・ピアースは、キメ顔をするとニヤッと奇妙な余裕で笑ったような表情になる人で、その少し邪に見える顔立ちが良い。
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ティル
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文筆業
奈々村久生
本篇が始まって間もなく、監督は女性に違いないという予感があった。それは一人息子を人種差別の激しい土地へ送り出す母親の複雑な胸中を、鏡に向かってイヤリングをつける彼女の上半身で見せたカット。そして終盤、すべてを終えて家に帰った彼女の一人の時間を写したシークエンスで、予感は確信に変わる。演出や画面構成のきめ細やかさも別次元。本格的な商業劇映画としてはこれがほぼ初監督となるチノヤ・チュク監督、近い将来ハリウッドのメインストリームの一角を担う存在になるはずだ。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
あらすじや背景をまったく知らずに観て、あ、こりゃこれから最悪のことがおきるぞと確信させるフラグが冒頭から立ちまくり、べそをかきそうになりながら気を動転させながら観た。非黒人である僕にとってもまったく他人事ではなく、こういうこと書くと怒られるかもしれないが「空気が読めない人とは、どういう人なのか」「空気が読めない人が立場が弱いと、それを理由に本当に殺されることが現代でもある。こっちが空気が読めない人をヘイトしちゃう可能性もある」などと、いろいろ考えさせられた。
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映画評論家
真魚八重子
映画は演出で見せるので、14歳の黒人少年の無邪気な振る舞いに対し、白人の男どもが憤激して殺害するまで暴行を加えたことを、いかようにも描けたはずだ。しかしそんなおぞましい出来事が、本作では観客の想像に委ねられており、脆弱になってしまっている。この映画は母が棺の中の、息子の変わり果てた姿を人々に見せた実話に基づくはずなのに、役者が号泣し、人々を説得しようとする部分に焦点が置かれる。その演出が残念ながら力みすぎており、カメラワークも単調で間延びしてしまっている。
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ポトフ 美食家と料理人
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文筆業
奈々村久生
料理の工程をじっくりと丁寧に見せるだけで画が持つ、まさに映像を味わう一本。料理人の手元と食材の変化がどんな言葉よりも雄弁に物語る。絵画のような画づくりは、自然光をメインにしたとは思えない豊かな陰影が見事。本作はプロデュース・衣裳・アートディレクションにも名を連ねる監督の妻イェン・ケーに捧げられ、劇中のウージェニーとドダンの関係は、監督夫婦になぞらえられていると思われる。それは婚姻関係よりも共に作品を作るパートナーとして相手を尊重する、最大限のラブレターだ。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
おだやかだが迫力に満ちた台所。うまそうなのに観客は食べられないのが料理映画だが、調理の過程をこれだけ異様に時間かけて見せられてると不思議なことに口中で味がしてくる。音楽は一切なく庭の鳥のさえずり、包丁や食器の響き、煮える鍋、はぜる脂、遠い鐘の音。仕事場なのに日常にパワハラはない。人生なので熟女のエロスはある。白人ばかりだからハリウッドでは撮れない。古すぎて、かえって新しい男女関係の型式。先の読めないあざやかな展開。「ナポレオン」観た人、これも絶対観て!
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映画評論家
真魚八重子
料理というのはつくづく際限のないハードワークだ。愛の成り行きを見守る映画としては、ビノシュを取り巻く薄っすらとした影と、彼女の後を継げるような、絶対音感ならぬ絶対味覚を持った少女の早い登場で、展開はおおよそ感じ取れる。期限のわからない愛や夢を抱えて、不安とともに我々は生きるしかない。マジメルとビノシュの書類上のパートナーにならない、緩やかゆえの緊張感がいい。既婚の料理人が食事を作るのは、妻の義務になりかねず、彼女はあくまでプロの料理人の立場を貫いたのだろう。
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王国(あるいはその家について)
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文筆家
和泉萌香
ある場所に大人が三人。耐久力も集中力もない筆者は強度があるとは言い難い画、殺風景なまでの部屋での、いささか観念的すぎるように思われる言葉の連続に逃げ腰に。友人の娘殺しの動機……とも言うのは野暮だろうが……長い長い反復に耐えて明かされる答えや物語にも、胸をかきむしられるようなものも新奇性も感じられない。でも、さまざまなリズムで打ち寄せる言葉の数々に自分をまきとられていくその体験、不可視に目を凝らし続ける時間は、ぜひ映画館の暗闇にて。
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フランス文学者
谷昌親
映画の冒頭で、ある殺人事件をめぐる物語だということは示されるが、それ以降は、その殺人に至るまでのいくつかシーンを俳優たちがホン読みし、リハーサルする様子が延々と映されることになる。同じシーンが、ときとして執拗なまでに何度も演じられ、そのつど微妙に俳優の演技が異なるが、そうした別テイクが映画の完成形に向かって順序よく並んでいるわけではない。映画という形式、そして映画における俳優の演技について、その根本にまで遡って考えさせずにはおかない作品だ。
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