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  • 「アルプススタンドのはしの方」に続く〈高校演劇リブート企画〉の第2弾として、第44回四国地区高等学校演劇研究大会で文部科学大臣賞(最優秀賞)に輝いた徳島市立高等学校の演劇を映画化した「水深ゼロメートルから」(5月3日公開)。 完成披露上映会が4月18日に行われ、登壇した山下敦弘監督、キャストの濵尾咲綺、仲吉玲亜、清田みくり、花岡すみれ、三浦理奈が撮影の裏話や思いを語った。   [caption id="attachment_37436" align="aligncenter" width="850"] 左から三浦理奈、清田みくり、濵尾咲綺、仲吉玲亜、花岡すみれ、山下敦弘監督[/caption]   ──まずは2021年の舞台版と同じ役を務めた濵尾(ココロ役)、仲吉(ミク役)、花岡(ユイ役)が振り返る。 濵尾 同じ役を舞台でも映画でも演じることができたのは貴重だなと思いましたし、面白かったし、難しかったです。 花岡 舞台はもっとキラキラしていたけど、映画はどこか醒めたような印象があります。普段の仲が良い感じを舞台には持ち込んでいたけれども、映画では初めて会った人たちというテンションを作る必要があったので、それが難しかったです。 仲吉 舞台は限られた場所で演じましたが、(映画の撮影では)実際にプールに入ったり、プールサイドで演技をしたので、意外と顔が見えなかったり、声が届かなかったりしたので、ココロのセリフの刺さり方も違いましたし、ミクの届け方も変わりました。キャラクターの性格は変わらないのですが、見せ方や話す間(ま)も全然違ったので、新鮮な感じでした。 ──映画版から参加したのが清田(チヅル役)と三浦(野球部マネージャー役)だ。 清田 最初に思ったのは“会話劇だな”ということでした。場面転換が少ないのは、舞台の映画化ならではだと思いましたし、当時、現役高校生だった中田さんが書かれた脚本なので、共感しやすい部分も多くて、これはぜひやりたいと思いました。 三浦 初めて物語を読ませていただいた時に、水のないプールが舞台というのが、どんな感じなんだろうって。そこで繰り広げられる感情のぶつかり合いが面白いなと思いました。(だがプールでの撮影には参加しておらず)グラウンドでペットボトルを運んでいました(苦笑)。 ──「リンダ リンダ リンダ」「カラオケ行こ!」など数々の青春映画を撮ってきた山下監督だが、今回は勝手が違ったようだ。 山下 女の子たちの話なので、頭では分かるけれども感覚としてはわからないところも多かった。なので濵尾さんたちに『違和感ない?』とか『今のおかしいよね?』と聞いて、セリフを減らしたりしながら、一緒に作っていきました。女性陣に正解を聞きながら撮影しました。 ──体育教師・山本役を務めるさとうほなみの印象は……。 仲吉 とにかく美しくて、肌も白い。 濵尾 ココロと山本先生のバトルシーンがあったのですが、カットがかかった瞬間のほなみさんの顔が本当に美しくて、優しくて、演じている時とのギャップがすごかったです。 ──最後にメッセージが贈られた。 濵尾 この作品は観た人の心をゼロメートルから数メートル持ち上げて背中を押してくれる作品だと感じました。観るたびに感じる部分や刺さるキャラクターやシーンが変わってくると思います。何度でもたくさん観ていただけると嬉しいなと思います。 仲吉 みくりちゃんがこの作品は“脳内会議”だとおっしゃっていたんです。いろいろな悩みを持った子たちが、自分なりの伝え方で頑張って葛藤して解消していくのですが、みんなの悩みに共感できる部分があって、確かに脳内会議のようだなと思います。5人のセリフは、心に刺さる、後押ししてくれるようなセリフばかりです。いろいろな機会に何度も見返していただけたらと思っております。 清田 人それぞれいろいろな感想を持つかもしれないですが、自分の感想を持つことが映画のテーマの“自分らしさ”につながると思います。どんな感想でも抱いた気持ちを忘れずにいてもらい、そして、またいつか見返したときにどう思うのか考えて、いっぱい愛して欲しいと思います。 花岡 私は自分の中学生、高校生時代を思い出しながらこの映画を見ましたが、いま高校生の方、これからなる方、高校生時代を思い出して観る方、いろいろな視点から観た感想に興味があります。皆さんから観たこの映画がどんなものなのか教えていただけたら嬉しいと思います。 三浦 山下監督やスタッフの皆さん、キャストの皆さんが愛を込めて作ったこの作品がたくさんの人に届いてくれたら嬉しいなと思います。 山下 自分の欲が入っていない映画を久々に作れた気がしています。主人公がいないというのも大きいと思いますが、とても清々しい映画です。小さい映画ですが、いろいろな人に届いて欲しいと思っています。感想を書きづらい映画かもしれないですが、感想を書いてくれたら嬉しいです。   https://www.youtube.com/watch?v=kq00HHoooQ4&t=2s   Story 高校2年の夏休み。ココロとミクは体育教師の山本から、特別補習としてプール掃除を指示される。水のないプールには、野球部のグラウンドから飛んできた砂が積もっていた。二人は渋々と掃き始め、水泳部員の同級生チヅル、水泳部を引退した3年のユイ先輩も合流。学校生活、恋愛、メイクなどたわいない会話を重ねる中で、彼女たちの悩みが溢れ、思いが交差していく──。   ©︎『水深ゼロメートルから』製作委員会 配給:SPOTTED PRODUCTIONS ▶︎ 高校演劇『水深ゼロメートルから』が映画化。メインキャスト4名、監督・山下敦弘、原作・中田夢花のコメント到着 ▶︎ 「水深ゼロメートルから」、澤部渡(スカート)× adieu(上白石萌歌)の主題歌が流れる本予告公開 ▶︎ 「水深ゼロメートルから」山下敦弘監督とメインキャストが登壇する完成披露上映会が決定、会話劇シーン公開
  •   57歳の若さで急逝して8年。孤高の天才ミュージシャン〈プリンス〉の真実に迫るドキュメンタリー「プリンス ビューティフル・ストレンジ」が、プリンスの誕生日である6月7日(金)より新宿シネマカリテほかで全国公開される。ポスタービジュアルとピーター・バラカン氏のコメントが到着した。     自伝的映画「パープル・レイン」(1984)のサントラのメガヒットで、世界的スターとなったプリンス。公式発売されたアルバムのトータルセールスは1億5千万枚で、12枚のプラチナアルバムと30曲のトップ40シングルを生み出し、7度のグラミー賞を受賞、2004年にはロックの殿堂入りを果たす。ロック、ポップス、ファンクなどあらゆるジャンルを横断し、実験性と大衆性を同時に奏でる真の天才だった。 ミネアポリスに生まれたプリンス(本名:プリンス・ロジャーズ・ネルソン)は、住民の99%が白人という環境で、多感な青春時代を過ごす。ジェームス・ブラウンら黒人ミュージシャンも時折訪れた地元のブラックコミュニティ“ザ・ウェイ”での音楽的な原体験など、恩師や家族が語る幼少期のエピソードは興味深いものばかり。チャカ・カーン、チャックD、ビリー・ギボンズなど、プリンスを敬愛するミュージシャンも証言する。『パープル・レイン』発売40周年に贈るファン必見作だ。   プリンスと共に、彼が育ったミネアポリスがある意味でこのドキュメンタリーの主役になっています。 デビュー前に拠点となっていたクラブ、ファンのために突然ライヴを開催したペイズリー・パークなど、新発見の多い映画です。 ──ピーター・バラカン(ブロードキャスター)   「プリンス ビューティフル・ストレンジ」 出演:プリンス、チャカ・カーン、チャックD、ビリー・ギボンズ 監督:ダニエル・ドール 原題:Mr. Nelson On The North Side 2021年/カナダ/英語/68分/16:9フル/ステレオ 提供:キュリオスコープ、ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム ©PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC. 公式サイト:https://prince-movie.com/
  •   若き日のオプティマスプライムとメガトロンは親友だった──!? 実写映画全8作が世界中でヒットした「トランスフォーマー」シリーズ。その最新作となる3DCGアニメーション「トランスフォーマー/ONE」が、2024年に公開される。特報映像が解禁された。     サイバトロン星の地下都市で、過酷な労働に従事するオライオン・パックス(=オプティマスプライム)とD-16(=メガトロン)。脱出を決意した彼らは、B-127(=バンブルビー)とエリータ-1を伴って地上へ。そして解き放たれたトランスフォーム能力に悪戦苦闘し、ドタバタを巻き起こしながら、激戦に身を投じていく──。   https://www.youtube.com/watch?v=DJLEiuyeoVk   ボイスキャストは、オプティマスプライム役にクリス・ヘムズワース、メガトロン役にブライアン・タイリー・ヘンリー、エリータ-1役にスカーレット・ヨハンソンを起用。監督は「トイ・ストーリー4」のジョシュ・クーリーが務める。 ヒーローになる前のオプティマスプライムと、ヴィランになる前のメガトロン。シリーズの始まりの物語に注目だ。   「トランスフォーマー/ONE」 監督:ジョシュ・クーリー 声:クリス・ヘムズワース、ブライアン・タイリー・ヘンリー、スカーレット・ヨハンソン、キーガン・マイケル・キー、ジョン・ハム、ローレンス・フィッシュバーン 配給:東和ピクチャーズ ©2024 PARAMOUNT ANIMATION. A DIVISION OF PARAMOUNT PICTURES HASBRO. TRANSFORMERS AND ALL RELATED CHARACTERS ARE TRADEMARKS OF HASBRO. ©2024 HASBRO
  •   連続バラバラ殺人の犯人である死刑囚、“品川ピエロ”こと品川真珠。彼女を訪ねた元ヤンキーの児童相談所職員・夏目アラタは、事件の真相を探るべく《獄中結婚》を申し出る──。『医龍-Team Medical Dragon-』で知られる乃木坂太郎の同名ベストセラーコミックを、柳楽優弥と黒島結菜の共演で堤幸彦監督により映画化した獄中サスペンス「夏目アラタの結婚」が、9月6日(金)より全国公開。ティザービジュアルと特報映像が到着した。     特報映像は声優・緒方恵美のナレーションで映画を紹介。ガタガタの歯並びで不敵に笑う真珠(黒島結菜)と、翻弄されていくアラタ(柳楽優弥)──両者の駆け引き、そして予期せぬ結末から目が離せない。   https://www.youtube.com/watch?v=hQltIF4x9eE   〈コメント〉 柳楽優弥 脚本を読ませていただき、夏目アラタというキャラクターは今まで自分が演じたことがない役柄だなと感じました。同時に、スリリングなストーリーを含めた作品そのものに魅力を感じ、是非にとオファーを受けさせていただきました。 現場では堤幸彦監督を筆頭に「いい作品にしたい」という高揚感を常に保ちながら、毎日撮影に集中することができました。アラタが対峙することになる真珠は、狂気と底知れない怖さをあわせ持つ連続殺人事件の容疑者であり死刑囚です。黒島さんが魅力的に、そしてとてもかっこよく演じられていたので、一緒にお芝居をするのがとても楽しかったです。 この作品は「もしかしたらありえるかもしれない…」という、ファンタジーとリアリティのギリギリのラインを攻めているところが個人的にはすごく面白いなと感じています。 アラタと真珠がどんな結末を迎えるのか。是非ご期待ください。 黒島結菜 私が演じた真珠は、表情がコロコロ変わり何を考えているかわからない、全く掴みどころのない役です。とても難しい役だったのですが、監督の堤さんやスタッフの皆さんが信頼できる方々だったで、のびのび演じることができました。毎日ヘトヘトになりましたが…笑 原作にある不気味さや怖さをしっかりと表現するために、特徴的な真珠の歯はマウスピースを作りました。何度も試作し、納得できるものができたと思います。ぜひ注目してみてください。 柳楽さんとの共演はとても久しぶりでした。拘置所でのアクリル板越しのシーンや法廷でのシーンが多く、リアルな距離感のお芝居は少なかったですが、目がとても印象的なので、対面したときに吸い込まれてしまわないよう必死でした。柳楽さんとはエネルギーレベルでお芝居ができたのかもしれないと今になって思います。たのしかったです! 一言では言い表せない映画になりました。ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです! 堤幸彦監督 原作はミステリアスでスリリング、先が読めないストーリー性にグイグイと魅かれたのですが、それ以上にアラタと真珠の厭世的だけど強烈に愛を求めている姿に痺れました。 映画化では原作に描かれている唯一無二なキャラクターをなんとか立体化したく俳優と頑張りました。 柳楽氏はすっかり大人になっているのですが、少年のギラリとした視線を保ち続けていて安心しました。 そして、アラタの巻き込まれながらも目覚めた心情、それへの葛藤や裏腹な切なさを演じ切るとい う難役をきっちりこなしてくれました。 黒島さんは一言「ヤバい」です!見たことない彼女です。 ぜひ見てください! 乃木坂太郎(原作) 柳楽優弥さん、黒島結菜さんの2人が危険な化学反応を起こしそうな匂いを濃厚に漂わせていますね。原作者として真珠の歯並びの再現に本気の映像化を感じました!   「夏目アラタの結婚」 原作:乃木坂太郎「夏目アラタの結婚」(小学館ビッグコミックスペリオール刊) 監督:堤幸彦 出演:柳楽優弥、黒島結菜 配給:ワーナー・ブラザース映画 ©乃木坂太郎/小学館 ©2024映画「夏目アラタの結婚」製作委員会 公式サイト:natsume-movie.jp
  • [caption id="attachment_37360" align="aligncenter" width="1024"] 『デカローグ1 ある運命に関する物語』(右から)ノゾエ征爾、石井 舜、高橋惠子 / 撮影:宮川舞子[/caption] ポーランド映画の名匠クシシュトフ・キェシロフスキ監督(1941-1996)の最高傑作の呼び声高い「デカローグ」(1989)を、このたび35年という歳月をへだてて日本の精鋭演劇人が集ってその舞台化に挑戦、4月13日から東京・新国立劇場で上演されている。一口に舞台化と言っても、映画ファンならすでにご存じのように、これは並大抵の試みではない。なにしろ「デカローグ」という作品は10話の物語が連作の形を取って、合計上映時間10時間近いオバケ作品なのである。それをまったくコンパクト化したり、エピソードを減らしたりせず、舞台用にフィットするようにアレンジを加えながらも、全10話をコンプリートさせようという途方もない演劇プロジェクトとなった。現在、新国立劇場で上演されているのは、デカローグ1『ある運命に関する物語』/デカローグ3『あるクリスマス・イヴに関する物語』/デカローグ2『ある選択に関する物語』/デカローグ4『ある父と娘に関する物語』の4話分である。残りの6話分も含め、同劇場では7月15日まで上演が続いていく。 そう聞くと、なにやら観客は長時間にわたって座席に縛り付けられ、とてつもない苦行を強いられるように想像してしまうが、意外なことに、むしろ通常以上に快適な演劇体験が待っている。1話あたりの上演時間は映像と同じように1時間前後の中編であり、1話分を終えると20分間の休憩が入る。その20分間で、いま見終えたばかりの物語の投げかけてきたものの意味や、もたらした感情の機微を、落ち着いて噛みしめ、吟味し、次のエピソードに臨むための準備もできる。筆者は今回の4話分を1日で完走したのだが、本当に充実した時間で、苦行とは無縁の演劇体験だった。 では、小川絵梨子と上村聡史の両演出家によって実現される今回の「デカローグ」舞台化の意義とはいかなるものだろうか。意義を考える前にまず前提となるのは、20世紀ポーランド演劇というものがヨーロッパ有数の前衛性で名高く、日本でも古くから多くの演劇人がその紹介に努めてきたという歴史的な背景である。ヴィトキェヴィチ、ゴンブローヴィチといった劇作家の戯曲が日本演劇人によって積極的に上演された上に、カントール、グロトフスキといった演出家の仕事や前衛的理論が多大なる影響力をもって受容されてきたのである。   [caption id="attachment_37361" align="aligncenter" width="1024"] 『デカローグ2 ある選択に関する物語』(右から)前田亜季、益岡 徹 / 撮影:宮川舞子[/caption] そして今回、まずは4話分を客席から見ながら改めて思い起こされたのが、キェシロフスキ映画というのはずいぶんと演劇との親和性が高いのだな、ということだった。キェシロフスキ作品は、これ見よがしのスケール感を誇ったりしないし、大文字の歴史で風呂敷を広げたりもしない。むしろ、等身大の人間たちのうごめきをじっと注視する。どこにでもいる、そして欠点だらけの人間という存在の喜怒哀楽、心配、愛憎、エゴイズム、執着、追憶、心的外傷、そしてなにかを示す徴候に寄り添っていく。「デカローグ(Dekalog)」とは、ポーランド語で旧約聖書における「モーセの十戒」のことである。神の御心に沿って人間に課せられた10の掟であるわけだが、この「デカローグ」全10話に登場する人々はいずれも十戒を立派に遵守できるような存在ではない。弱さゆえに、あるいは傲慢さ、不実さのために間違いを犯してしまう存在ばかりである。戦争、環境破壊、社会不安、経済システム不全、そして文明崩壊の危機が叫ばれる今日だからこそ、弱き人々の、過ちを犯してしまう人々の等身大の姿を見つめ、その存在に寄り添うような物語を語ろう、という企画者たちの遠大な意図が感じられる。 「デカローグ」の描く時代は、統一労働者党による一党独裁の末期となる1980年代、ポーランドの首都ワルシャワ。舞台は大型集合住宅である。このような画一的な大型の集合住宅建築はワルシャワの中心部から離れた郊外の国有地に多数造成された。舞台があっちこっちに移動したりせずに、集合住宅に暮らす人々の等身大の姿に目を凝らす。この点も「デカローグ」が舞台化に適している所以である。1箇所を舞台に複数の主人公たちの物語を並列的に語っていく話法を〈グランドホテル形式〉と呼ぶ。その名前の由来は、1932年にエドマンド・グールディングが監督したアメリカ映画「グランド・ホテル」(グレタ・ガルボ&ジョン・バリモア主演)だった。「デカローグ」はまさに〈グランドホテル形式〉のドラマである。 デカローグ1『ある運命に関する物語』ではクシシュトフ(ノゾエ征爾)と幼いパヴェウ(石井舜)の父子、クシシュトフの姉イレナ(高橋惠子)が厳しい運命に晒され、デカローグ3『あるクリスマス・イヴに関する物語』ではヤヌシュ(千葉哲也)とエヴァ(小島聖)が不倫愛を再燃させる。デカローグ2『ある選択に関する物語』では医長(益岡徹)の前に現れた人妻のドロタ(前田亜季)は闘病中の夫アンジェイ(坂本慶介)を尻目に、別の男性との間の子を妊娠している。デカローグ4『ある父と娘に関する物語』ではミハウ(近藤芳正)の残した「死後開封のこと」という手紙を一人娘のアンカ(夏子)が見つけてしまったことにより、隠蔽されてきた危険な真実がいっきに吹き出してしまう。   [caption id="attachment_37362" align="aligncenter" width="1024"] 『デカローグ3 あるクリスマス・イヴに関する物語』(右から)千葉哲也、小島 聖 / 撮影:宮川舞子[/caption] デカローグ1の主人公クシシュトフは、決定的な運命の結果がいままさに出ようとしている重大な局面で、フットワークの悪さを露呈する。サイレンが鳴りわたり、集合住宅の住人たちが慌てふためき、ヘリコプターのプロペラ音が頭上を通過しているというのに、クシシュトフは息子パヴェウの英語塾の先生に連絡を取ってみたり、近所の女の子に事情を尋ねたり、集合住宅の階段やエレベーターで昇降したり、トランシーバーで通信を試みたりと、大学教授としてのふだんの切れ者ぶりが肝心なときに影を潜めて、運命的な出来事が起きている現場になかなか辿りつかない。私たち観客はクシシュトフのフットワークの悪さに苛立ちを隠せないが、そのフットワークは私たちの自画像にほかならない。徴候はたしかにあった。しかしこれほど残酷なしっぺ返しを食らうほど、彼は罪びとなのか? その答えはどこからも返ってこない。この判定不在こそが十戒=デカローグの真の掟である。 ひとりとして完璧な人間なんておらず、誰もが欠点や罪を抱え、傷を負い、苦悩を内に宿しつつもなんとか生活している。その等身大の姿が、集合住宅の内部を覗き込むようにして開陳されていく。2でメインキャラクターだった医長は4では脇役にまわり、1で主人公だったクシシュトフは3では一歩行者として界隈にまぎれていく。登場人物のさりげない進退が〈グランドホテル形式〉の豊かなゲーム性を醸しつつも、例外的に1名だけ各話に登場する男がいる。亀田佳明が演じるこの男は、ときに湖畔で焚き火する男だったり、ときに病院の当直医だったり、必ず各話で容姿を変えながら登場し、一言もセリフを喋らずに、主人公たちの運命に干渉しないまま観察している。天使にも見えるし、作者の分身のようにも見える。   [caption id="attachment_37363" align="aligncenter" width="1024"] 『デカローグ4 ある父と娘に関する物語』(右から)近藤芳正、夏子 / 撮影:宮川舞子[/caption] しかしながら、今回の4話分の上演を見終えたいま、筆者にはこの「デカローグ」舞台上演版の真の主人公は、集合住宅そのものだという気がしている。キェシロフスキの映画版(本国ではポーランド公共放送「PTV」のテレビドラマとして発表された)では的確なモンタージュとロケーションによってリアリズム描写が徹底され、集合住宅の大型アパートメントは、社会主義末期の庶民の暮らしを〈グランドホテル形式〉で象徴的に提示するロケーションでしかなかった。ところが今回の新国立劇場のステージでは、アパートメントの構造がコーナーキューブ状に組まれて、空間そのものが骨組み化され、抽象性と可塑性が強調されている。キューブの中身はスプレッドシートのセルを書き換えるかのごとく、エピソードごとに自在に装飾替えがほどこされ、かえってその自在さが、現代生活の可逆性、没個性性、不安定性を炙り出している。ヨーロッパの演劇シーンでも高い評価を得てきた舞台美術家・針生康(はりう・しずか)によるセット構造そのものが、本作の真の主人公ではないか。演者たちはこのコーナーキューブ状の美術セットを上下左右に動き回るが、動き回れば回るほど、人間存在の卑小さを痛感させるしくみになっている。事の本質を醒めた眼で透過した、じつにおそるべき美術セットである。 一映画評論家としてのちょっとした推理であるが、針生康によるこのコーナーキューブ状の美術セットは、川島雄三監督の映画「しとやかな獣」(1962)における上下左右に積み木されたような団地セットにインスパイアーされたものではないか。高度経済成長期の東京・晴海団地をモデルに、大映の名美術監督・柴田篤二によって造形されたあのみごとなキューブ状の美術セットが、2024年の演劇プロジェクトで時ならぬ復活ぶりを見せたのかもしれない。そんなことを勝手気ままに考えながら帰途に着くと、なにやら1962年〜1989年〜2024年という時間が遥かなる飛翔を披露してくれたように思われ、心がふわっと軽くなった。 この〈グランドホテル形式〉の連作を全10話にわたり完走したとき、私たち鑑賞者の前にはいかなる光景が広がっているのだろうか。今年7月まで、刺激に満ちた演劇体験が続いていく。   文=荻野 洋一 制作=キネマ旬報社        「デカローグ」 デカローグ1~4[プログラムA、B交互上演]=2024年4月13日[土]~5月6日[月・休] デカローグ5・6[プログラムC]=2024年5月18日[土]~6月2日[日] デカローグ7~10[プログラムD、E交互上演]=2024年6月22日[土]~7月15日[月・祝] 会場:[東京]新国立劇場 小劇場 ▶公式サイトはコチラから

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