名匠ホン・サンス監督の長編第25作「イントロダクション」と第26作「あなたの顔の前に」が、2本同時に6月24日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほかで全国順次公開。「あなたの顔の前に」をめぐるホン・サンスのインタビューが到着した。
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2021年カンヌ国際映画祭プレミア部門招待作「あなたの顔の前に」は、長く暮らしたアメリカから突如韓国に戻った元女優サンオク(イ・ヘヨン)の一日の出来事を通し、その心の深淵に迫る物語。「ホン・サンスの最も感動的な作品の一つ」と評され、監督の公私にわたるパートナーのキム・ミニがプロダクション・マネージャーを務めたのも話題に。
ニューヨークのFilm at Lincoln Centerでは、4~5月にホン・サンスの特集上映「The Hong Sangsoo Multiverse: A Retrospective of Double Features」が開催された。「あなたの顔の前に」上映後のQ&Aセッションで監督が語った内容は以下の通り。
Q. 本作「あなたの顔の前に」の中心にあるのは女優イ・ヘヨンの素晴らしい演技ですが、彼女はあなたの映画への出演は初めてでした。彼女の出演をどのようにしてお決めになったのか、それからもっと一般的に、あなたのキャスティングの仕方についてもお伺いしたいです。たいていの監督は、演じて欲しい役がまずあって、台本に描かれている役にふさわしい俳優を探しますが、あなたは台本なしに始めます。どのようにして台本がない状態で出演する俳優を決めていくのですか?
まず、次の映画をいつ撮り始めるのか、その日を決めます。撮影の初日は1カ月後か、2カ月後になるかわかりませんが、たとえば「9月5日に始める」と決める。後で変更しなければならないこともありますが、たいていはうまくいきます。撮影初日の1カ月前くらいから一緒に仕事ができる俳優たちのことを考え始めます。その時点では2つのことが必要になります。撮影場所と、主演俳優たちです。そこから映画のことを考え始めますが、アイデアや台本がまずあって、その役に合わせて俳優を決めるのではなく、その反対です。俳優たちと、場所がまず必要で、そこから始めます。その段階では1000個くらいのアイデアが生まれる可能性もありますが、主演俳優を誰か1人を決めてしまえば…それは直感で決めますし、特に理由はないのですが、男性か女性か…主演俳優が決まればアイデアも5個くらいに絞られます。それから他の俳優たちを決めていく中で最終的なアイデアが立ち上がってきます。アイデアがすべてではなくて、それは映画のアウトラインというわけでもありません。たとえば今回の映画の場合は、イ・ヘヨンに初めて会った時、彼女の姿を見て、予期せず、私は亡くなった姉のことを思い出しました。他にも私の人生にまつわることを思い出し、そして、これから作る映画のアイデアが生まれ、それが映画の出発点になりました。
Q. 今回の主演のイ・ヘヨンとはこれが初めての仕事でしたが、彼女は俳優として長いキャリアのある80年代のスターですね。映画関係者の娘で、父親のイ・マンヒは、60~70年代に非常に有名な映画監督でした。
彼女の父親はとても有名な映画監督でした。ジャンル映画を撮っていますが、幅広く多様な映画でした。その仕事振りから、まわりの人たちは彼のことをある種の天才だと思っていましたが、私は彼の映画を一本も観ていません。
Q. まったく観ていないのですか?(笑)
あぁ…1本観ていました。父と母が製作した映画です。私の両親は映画プロデューサーで、彼の映画を1本製作しています。
イ・ヘヨンにカリスマということばがふさわしいかどうか分かりませんが、彼女はカリスマがある俳優として知られていました。女優としての演技力だけでなく人格も認められていました。人格が演技よりも重視されている俳優はあまりいませんが、彼女はそのような俳優でした。私が、映画の撮影を始める日を決めた時、イ・ヘヨンの名前が浮かんできましたが、それはたぶん彼女が私の母の葬儀に列席されたからだと思います。思いがけず、いらっしゃった。彼女の友人が私の母と友人で、その友人に誘われて母の葬儀に来られたのだったか。その時に数分ほど話しましたが、それが私の心に残り、のちに映画を撮ることに決めて主演俳優が必要になった際に、イ・ヘヨンの名前が思い浮かびました。電話をかけたら歓迎してくださって、ぜひ一緒に仕事がしたいと熱意を示された。
Q. あなたは俳優をキャスティングする時に、彼らの過去の仕事のことはあまり知らず、むしろ、その人がどんな人柄であるかに興味があるとおっしゃっていますね。俳優たちが過去に演じた映画の役柄や姿などはあまりよく知らないから、と。
私が見ているのは俳優たちの過去の仕事ではありません。特に、初めて仕事をする相手なら、その人がどんな人であるか、その人柄を見ようとします。彼女は素晴らしい経歴の人かもしれませんが、それはどうでもいいことです。その人に会って得られる印象の方を大切にしたいからです。話を始めると2時間くらいになることもありますが、話しながら、ひとつの「手がかり(track)」と呼んでいいでしょうか。曖昧な、まだよく知らぬ人が私の目の前にいて、その一方で、私という人間もその場に存在し、その私が目の前の人から流れ出してくる「手がかり」を大切に受け止めて、物語か何かが私の中に浮かんでくるのを待つのです。そのとき彼女から私に示されるあらゆる「手がかり」を、私は受け止めます。イ・ヘヨンに初めて会った時もそうでした。
Q. あなたの仕事の進め方について面白いのは「反復」という点です。同じ映画の中で、あるいは、ある映画から別の映画へと枠を越えて、(出演する俳優や登場人物、場所など)繰り返し描かれることがあります。くだらない質問かもしれませんが、あなたは、繰り返しになることをそれほど気にしていらっしゃらないのでしょうか?
何かを繰り返そうとしても、まったく同じように繰り返すことはできません。しかし、見方を変えれば、すべてが繰り返すとも言えます。気にしても仕方がない。今していることを通して新鮮な何かを感じられるなら、繰り返しになってもかまいません。
Q. 映画を後で確認しないのですか?
ある日、アシスタントがやってきて、私にとても気を使いながら「あの…別の映画にあったこのセリフが、そのまま出てきましたが」(笑)
Q. 変更しましたか?
いいえ(笑)。前にも言いましたが、何かまったく新しいことをしようとしても、それは不可能です。そして、まったく同じことをしようとしても、それも不可能です。大切なのはもっと違うことですから、気にしません。
Q. それでは、少し踏み込んだ質問をさせていただきます。本作に関して、もう1つ重要なテーマである「信念(belief)」についてお伺いします。「信仰(faith)」の問題ですが、映画「あなたの顔の前に」の中で主人公のサンオクは独白を繰り返します。感謝の気持ちを表すマントラの呪文のような、祈りのような言葉を繰り返しますが、彼女がどのような神を信じて、どのような信仰を持っている人なのかは明かされません。「信仰」は、あなたの映画にどのように入ってゆくのでしょうか?
その話題について話すのはとても長い時間がかかってしまいますから、今はこんな風に言っておきましょう。彼女の振る舞いや言葉、独白は、あの建物にある他のすべてと同じようにあの場所で私が受けとめたものでした。私は、自ら探し求めて見つけたものではなく、与えられるものには敬意を払うことにしています。心を開こうとすると必ず何かがやってきますが、そうして授けられるものに対しては敬意を払います。それを私は、与えられたものを私が受け入れるプロセスと呼んでいます。彼女のあの独白や言葉や祈りは、同じプロセスを通して受け入れたものです。それは私の中で起こっていた何かを反映するものでもありますが、とてもとてもとても私的なことですから、言葉にするのは気をつけねばなりません。話はここでやめます(笑)。
ホン・サンス監督(Hong Sangsoo)プロフィール
1961年10年25日、韓国、ソウル生まれ。監督、脚本家。韓国中央大学で映画製作を学んだ後、1985年にカリフォルニア芸術工科大学で美術学士号、1989年にシカゴ芸術学院で美術修士号を取得。アメリカ留学後、フランスに数か月滞在、映画鑑賞に明け暮れた。韓国に戻り、1996年に「豚が井戸に落ちた日」で長編監督デビュー。男女の恋愛を会話形式で描く独創的スタイルで、“韓国のゴダール”、“エリック・ロメールの弟子”などと称賛される。
主な監督作は、「3人のアンヌ」(12)、加瀬亮主演の「自由が丘で」(14)、「正しい日 間違えた日」(15)、第67回ベルリン国際映画祭銀熊賞(主演女優賞)に輝いたキム・ミニ主演の「夜の浜辺でひとり」(17)、第70回同映画祭で銀熊賞(監督賞)受賞の「逃げた女」(20)など。
「イントロダクション」は第71回ベルリン国際映画祭銀熊賞(脚本賞)を受賞、「あなたの顔の前に」は第74回カンヌ国際映画祭プレミア部門に招待された。
最新作「小説家の映画」(仮題)は第72回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)に輝き、3年連続4回の銀熊賞受賞という快挙を遂げた。
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配給:ミモザフィルムズ
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