ノーベル文学賞受賞が決まった原作者アニー・エルノーの手紙を公開。「あのこと」

中絶が禁じられた1960年代フランスを舞台に、望まぬ妊娠をした大学生が未来を掴むために12週間にわたり闘う姿を描き、2021年ヴェネチア国際映画祭で全審査員一致での金獅子賞に輝いた「あのこと」が、12月2日(金)よりBunkamura ル・シネマほかで全国順次公開。日本時間10月6日にノーベル文学賞授与が発表された原作者アニー・エルノーが、映画に向けて送った手紙が解禁された。

 

 

労働者階級に生まれながら知性と努力で大学に進み、学位にも手が届こうとしていたアンヌだったが、大切な試験を前に予期せぬ妊娠が発覚。医者は「違法行為になる」と対処を拒み、友人は「大学を辞めて働くしかない」「刑務所に入りたいの?」と言う。そうした中でただ一つの選択肢を信じるアンヌは、あらゆる方法を模索するが、タイムリミットに焦り、追い詰められていく……。

 

女性の“性”に焦点を当てた数々の自伝小説を発表してきたアニー・エルノーは現在82歳。これまでさまざまな賞に輝き、ここ数年噂に上っていたノーベル賞を今回ようやく受賞した。ノーベル賞選考委員会は「個人の記憶の中にあるルーツ・疎外感・集団的な抑圧を明らかにする勇気と客観的な鋭さを評価した」とコメントしている。

代表作のひとつ『シンプルな情熱』はエルノー自身と既婚年下男性との愛を描き、フランス人女優レティシア・ドッシュとウクライナ出身の世界的バレエダンサーであるセルゲイ・ポルーニン主演で映画化され、日本でも昨年公開された。

映画「あのこと」は、作品集『嫉妬』に収められた短編で、エルノーが実際に経験した“違法な中絶”を綴った『事件』を原作としている(同書は『嫉妬/事件』として早川書房より11月2日発売)。

 

〈アニー・エルノーからの手紙〉
映画「あのこと」を鑑賞し、私はとても感動しています。オードレイ・ディヴァン監督に伝えたいことはただ一つ。
「あなたは真実の映画を作った」ということです。

ここでいう真実味というのは、法律で中絶が禁止され、処罰されていた1960年代に、少女が妊娠することの意味にできる限り、真摯に近づいたという意味です。この映画は、その時起こったことに、異議を唱えるわけでも判断を下すわけでもなく、事実を劇的に膨らませているわけでもありません。オードレイ・ディヴァンには、1964年のあの3ヶ月間に私に起きた残酷な現実のすべてを、臆せず見せる勇気がありました。また、「23歳の私自身」でもあるアンヌを演じるのは、アナマリア・ヴァルトロメイ以外には考えられません。当時のことを覚えている限りでは、彼女はとてつもなく忠実かつ正確に演じています。

20年前、私は本の最後に、1964年のあの3ヶ月間に私に起きたことは、私の身体があの時代と当時のモラルを「総合的に経験」した結果だと書きました。中絶が禁止されていたあの時代から、新しい法律の制定へ。私が描いた真実を、オドレイ・ディヴァン監督は、映画の中で余すことなく伝えてくれました。

 

アニー・エルノー PROFILE
1940年にフランス、ノルマンディーのリルボンヌに生まれる。両親はカフェ兼食料品店を営んでいた。ルーアン大学とボルドー大学で学び、卒業後は教員となって高校や中学で教える。1974年に『Les Armoires vides』(原題)で作家デビューし、以後の全著作を名門のガリマールから出版。性の欲望をテーマにした『シンプルな情熱』でセンセーションを巻き起こし、『場所』でルノードー賞、『Les Années』(原題)でマルグリット・デュラス賞とフランソワ・モーリアック賞を受賞。2017年には全作品に対して、マルチメディア作家協会からマルグリット・ユルスナール賞を授与される。そして2022年10月、ノーベル文学賞の授与が決定。ほとんどが自伝的な小説で、オートフィクションの作家と呼ばれる。

 

 

© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINÉMA – WILD BUNCH – SRAB FILM
配給:ギャガ

▶︎ ヴェネチア金獅子賞。予期せぬ妊娠をした大学生が未来のために闘う「あのこと」

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