【特別座談会】大島新×ダースレイダー×プチ鹿島 「いまこそ必見! 現在の日本を捉える2本のドキュメンタリー映画『シン・ちむどんどん』と『国葬の日』」:後編
- シン・ちむどんどん , ダースレイダー , ヒルカラナンデス(仮) , 劇場版 センキョナンデス , 国葬の日 , ブチ鹿島時事芸人 , 大島新 , 安倍晋三
- 2023年08月22日
さて、大島新監督が世に問う新作は「国葬の日」。安倍晋三元首相の国葬が東京・日本武道館で執り行われたあの日、「2022年9月27日、私たちは何を見たのか」というキャッチコピーのもと、全国10都市(東京、山口、京都、福島、沖縄、北海道、奈良、広島、静岡、長崎)にてカメラを回したドキュメントだ。安倍氏の地元の山口、震災の傷跡がなお残る福島、新基地の埋め立て工事が進む沖縄、銃撃事件のあった奈良など、各地での人の営みを記録、“日本の現在地”が見えてくる。
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「国葬の日」
2022年9月27日の1日で
日本の現状を浮き彫りにする
大島 こちらのタイトルは何のひねりもないですね(笑)。その2022年9月27日、たったの1日だけで構成していることを強調したかった、というのはあります。ドキュメンタリーもまた劇映画同様、多様な手法があって、完成するまで17年間かかった「なぜ君は総理大臣になれないのか」のようなものとは裏腹に、撮影日を“1日”に限定し、アーカイブ映像を使わず、どこからも素材も借りずに表現する──このタイトルはそういう決意表明でもあったんです。
ダース 試写を観た感想を端的に述べるならば、僕らが「劇場版 センキョナンデス」や「シン・ちむどんどん」を作ったところで社会的には無意味なのでは……と脱力させる、それぐらいのパンチ力があり、観終わってからもボディブローのように効いてきて、げんなりしましたよ(笑)。一日の記録だけれど、間違いなく日本論、日本人論になっている。それって今はどう展開してもいい話が出てこないテーマなんですが、その煮こごりみたいな様相が映し出されていました。
鹿島 亡き首相のセレモニーでしたけど、公文書をだいぶ疎かにしていた安倍さんの国葬をこうやってちゃんと公文書ならぬ公的映像として記録に残している。これだけで批評性がありますし、記録として50年後、100年後の人がこれをどう観るのか想像すると、「ああ、スゴいものに挑まれたなあ」と感じ入りましたね。そして「なるほど、この手があったか!」とも。
大島 たかだか日本全国10カ所、限られた人員で撮影に行ったので、我々がやったことがその日の日本すべてを表したなどとは到底考えてはいないのですけど、「公文映像を残した」というのはそうかもしれません。まあ、NHKが総力をあげて臨んだら、また全然違うものができるのでしょうが。
鹿島 ホントはね、「2020東京五輪」の公式記録映画を総監督された河瀬直美さんみたいな人が撮るべきなんですけどね(笑)。
ダース できれば「SIDE:A」「SIDE:B」に分けて! いや、先ほど「煮こごりみたいな様相」と言いましたが、今後、日本がどんどん分断が進んでいき、合意できるものがほとんどなくなっていきそうな中、台風による大規模な浸水被害に遭った静岡の清水で、地元の高校のサッカー部の若者たちが見せてくれた行動、あのボランティア行為に対しては、NOを突きつける人はいないんじゃないか。どんな立場の人であっても「これはいい話だよね」と言える、みんなが共有できる希望の光景だと思いました……思いましたけれども! もう少し考えると、まさにそこに岸田政権は行政の手を伸ばしていないわけです。国民みんなが合意できそうなことなのにないがしろにして国葬をやっている。だから、一番ダメな部分が露呈してもいるんですよね。あとはインタビューに応え、フワッとしたことを返している方が多い。国葬に反対している人には明確な理由があるんだけど、賛成の方々はけっこうなフンワリなんですよね。その印象は強かったかな。
鹿島 そうですねえ。言葉がフワフワしていたのは、そもそも国葬なのか国葬儀なのか、はたまた国民葬なのか、政府もまた議論とは呼べない議論を空中に漂わせたまま、あの日を迎えたような気がするんです。日本各地の市井の人々に話を聞いていき、当たり前ですけど僕らがいないときでも辺野古ゲート前では座り込みをし、中には国葬を批判する山城さんがいらして、今年4月の再取材で会うことになる。一方ではダースさんが指摘したみたいに、「偉大な功績があったから賛成」という、なかなかのフンワリ感がクローズアップされちゃうんですよね。何だか日本って広いなあと改めて思いましたよ。
大島 いろんな言葉が私の中に残り、予想をしていたことではあったのですが、ある種の衝撃も受けました。例えば奈良のタクシー運転手の方の「デモやっても、もう遅いでしょう、国が決めたことなんやから」というコメント。偉い人の葬儀なんだから賛成すべきだと。ダースさん、鹿島さんが感じられた通りに、国葬に反対している人には明確な理由があるけれども、それ以外の方はけっこうフンワリしているのが日本人らしさだなあって。意図的にそういう並びに編集したのではなく、撮影素材のほぼ7〜8割は使っています。あまりに重複している内容のコメントは外したのですが、基本的には撮れたものをゴロリとまんま見せたら、前々から私が気になっている日本人の“個の弱さ”がたくさん撮れてしまいました。そこが何ともモヤる……私自身が大いにモヤモヤする作品になりましたね。
リベラルの言葉が届くべき人に届いていない
この大問題をずっと引きずっている
──この2本を観ると、別アングルで捉えた日本の現実が目の前に屹立してくる。そして、様々な局面で進んでいる分断に頭がクラクラする。第一に、ややもすればこういったドキュメンタリーを作ると、イデオロギー的にレッテルを貼られがちだ。では3人の“立ち位置”はどうなのか。
鹿島 自分のことを左派と思ったことはないですね。右派でもないけど。保守かリベラルかと強引に分けるならば、保守側なのかな。でも僕が、正統派保守と認識している政治学者の中島岳志さんを左派と呼んでディスっている人もいますから、もはや尺度がわかりません(笑)。
ダース 鹿島さんは真っ当な保守ですよ! 僕もSNS上で左派とか左巻きだと言われることが多い。けれども、改革で制度を作ることにそんなに信頼をおいてなくて、人であったりコミュニティを重視しているという意味では保守的です。とにかく、整合性のない穴の空いた言説、行為にはツッコむ。今はもうそこら中、穴だらけじゃないですか(笑)。それから芸人もラッパーも「王様は裸だ」と、強権的なものに抗うのは基本スタンスですよね。
鹿島 ええ。当然、今の野党が与党の立場になったら、そういう目線で接していきます。最終的には、軸となるのは思想的な立ち位置ではないんじゃないかなあ、人の話をちゃんと聞いているか。もとより話していて心地いいか。その立ち居振る舞いですよね。
ダース そうそう。人を単純にイデオロギーで分けたりすることには意味がないです。
大島 私は長年、自分のことを“中道やや左”と認識してきました。なおかつ、国家や権力が個人を虐げたり、抑圧したりすることに関しては強く反対したいし、抵抗を示したいと考えています。そういう意味では左派に分類されてもおかしくはないのですが、ただ一方で左派リベラルの言葉が届くべき人に届いていない問題をずっと引きずっていて、今やそのことが大問題だと捉えています。SNS上での極右の人たちの汚い言葉は全く受け入れられないですけど、左派の方々の上から目線な、人を馬鹿にしたような言動にはとても違和感があり、ここ数年、あまりにおかしなことばかりが続いているのに自民党が政権を任せられている現状にはリベラルサイドにも責任があるはず。このことをこれからも自分なりに視野に入れていきたいですし、何らかの形で作品にもしたいですね。今回の「国葬の日」も、どんな方が観てもちょっとずつ何となく嫌な気持ちがするドキュメンタリーを目指しましたし、であるがゆえに、私自身もモヤっているのですが、まずは先入観なくフラットに、多くの観客に触れてもらいたいですね。
*お三方のお話をさらに深く展開するバージョンは、『キネマ旬報10月号』(9月20日発売)に掲載いたします。
取材・文=轟夕起夫 制作=キネマ旬報社
「国葬の日」
2023 年/日本/88 分
監督:大島新 取材・撮影 東京=大島新、三好保彦/下関=田渕慶/京都=石飛篤史、浜崎務/福島=船木光/沖縄=前田亜紀/札幌=越美絵/奈良=石飛篤史、浜崎務/広島=中村裕/静岡=込山正徳/長崎=高澤俊太郎
プロデューサー:前田亜紀 編集:宮島亜紀 整音・効果:高木創 監督補:船木光 制作:中村有理沙
制作:ネツゲン 配給:東風 ©「国葬の日」製作委員会
■安倍晋三元首相の国葬が東京・日本武道館で執り行われた2022年9月27日の一日に、日本全国の10都市(東京、山口、京都、福島、沖縄、北海道、奈良、広島、静岡、長崎)で何かが起こったのかをカメラで切り取った先に、見えてくるものは……。
◎9月16日(土)より東京・ポレポレ東中野、9月23日(土)より大阪・第七藝術劇場、愛知・シネマスコーレほか全国順次公開
大島新(おおしま・あらた)ドキュメンタリー監督、プロデューサー
1969年生まれ、神奈川県出身。95年大学卒業後、フジテレビに入社し、ドキュメンタリー番組『NONFIX』『ザ・ノンフィクション』などのディレクターを務める。1999年フジテレビを退社、フリーランスでの活動を経て、2009年映像製作会社ネツゲンを設立。主な監督作品に、「シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録」(07)、「園子温という生きもの」(16) 、「なぜ君は総理大臣になれないのか」(20/キネマ旬報ベスト・テン文化映画作品賞受賞)、「香川1区」(21)。プロデュース作品に「カレーライスを一から作る」(16)、「ぼけますから、よろしくお願いします。」(18)、「私のはなし 部落のはなし」(22)、「劇場版 センキョナンデス」(23)など。
ダースレイダー ラッパー/ミュージシャン (写真左)
1977年生まれ、フランス・パリに生まれ、イギリス・ロンドン育ち。幼少期をロンドンで過ごす。ジャーナリストの和田俊を父に、日活出身の映画プロデューサー大塚和を祖父に持つ。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビュー。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業など様々な分野で活動。2023年2月、監督・出演を務めた「劇場版 センキョナンデス」が公開。
ブチ鹿島(ぷち・かしま)時事芸人 (写真右)
1970年生まれ、長野県出身。新聞14紙を読み比べ、スポーツ、文化、政治と幅広いジャンルからニュースを読み解く。2019年に「ニュース時事能力検定」1級に合格。朝日新聞デジタル『コメントプラス』のコメンテーター、ラジオ『東京ポッド許可局』、『プチ鹿島の火曜キックス』、『プチ鹿島のラジオ19××』、などに出演。最新著書『ヤラセと情熱 -川口浩探検隊の「真実」-』。2023年2月、監督・出演を務めた「劇場版 センキョナンデス」が公開。