映倫 次世代への映画推薦委員会推薦作品 —「かづゑ的」

自分らしさを失わずに生きてきた、ある女性の軌跡

人気(ひとけ)のない島内の道を電動カートがゆっくりと走る。目的地は小さなスーパー。顔見知りの店長さんに挨拶し、宮﨑かづゑさんが買い物を始める。レジの横に置かれた大きめの財布からお金を数えて取り出した店長が、品物をカートに乗せる。ハンセン病回復者であるかづゑさんは病気の影響で両手の指を失い、片足も義足だが、90歳を過ぎた現在も自分らしい生き方を続けている。

らい菌によって、主に皮膚や末梢神経などが侵される慢性感染症の一つであるハンセン病。有効な治療薬がなかった時代には筋肉の萎縮、四肢などの変形、視覚の喪失といった、強い後遺症を残す場合があった。らい菌は、感染しても発病に至ることはまれだったが、国は1931年にすべての患者を療養所に隔離することを目指した「癩(らい)予防法」を制定。各県が競って「無癩県運動」を展開したこともあり、患者やその家族に対する社会の偏見と差別は、戦後になっても長く続いた。

 

そうした中、かづゑさんは1930年に長島愛生園に入所。1930年には同じく患者である孝行さんと結婚し、助け合いながら生活してきた。「作兵衛さんと日本を掘る」(2019)などで知られる熊谷博子監督が8年にわたってかづゑさんと向き合った今作は、タイトル通り、彼女にしかできないやり方で困難を乗り越えてきたひとりの女性の人生の記録だ。映画の冒頭でかづゑさんは「飾っていない患者生活、患者は絶望なんかしていないというところを残したい」と語る。その言葉に応え熊谷監督は、彼女が語る言葉に耳を傾け、その全身にカメラを向ける。体の中に刻み込まれた歴史の重さと、生半可な同情を吹き飛ばすエネルギーの持ち主である、かづゑさん。彼女との出会いに感謝したくなる一本だ。


文=佐藤結 制作=キネマ旬報社

(「キネマ旬報」2024年4月号より転載)


「かづゑ的」

【あらすじ】
10歳の時に国立ハンセン病療養所である長島愛生園に入所して以来、約80年にわたってそこで暮らしてきた宮﨑かづゑさん。病気の後遺症で手足は不自由だが、さまざまな工夫をこらし、周囲の手も借りながら夫・孝行さんと仲睦まじく暮らしてきた。78歳でパソコンを覚え、84歳で初の著作『長い道』を発表するなど、常に前を向いて生きてきた、かづゑさんの日常を見守る。

【STAFF & CAST】

監督:熊谷博子
ナレーション:斉藤とも子
配給:オフィス熊谷
日本/2023年/119分/G
2024年3月2日(土)より全国順次公開中
公式HPはこちら
©Office Kumagai 2023

 

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