「秋のドイツ」のストーリー

映画は、1977年の秋のドイツ過激派事件の犠牲者ハンス=マルティーン・シュライヤーの国葬ドキュメントフィルムで始まる。そもそも事件の発端はダイムラー・ベンツ社の重役であり西ドイツ経団連会長であったシュライヤーが、77年9月にケルン市内で誘拐され、護衛官等四名が射殺されたことに始まった。誘拐者は、シュタムハイム刑務所に服役中のRAFドイツ赤軍派の中心的人物、バーダー、エンスリン、ラスぺの釈放と身代金を要求したが連邦政府はそれを拒否し、そのためにRAFはさらにルフトハンザ機を乗っ取った。西ドイツ政府は特殊部隊GSG9の奇襲攻撃で人質を奪回、犯人側三名を射殺した。独房にいたバーダーら三人が自殺したと公表され、その直後シュライヤーの死体がフランス東部で発見される……。この事件をどう受けとめたかをフォスビンダーが語る。そして母親と議論を交わす。ドイツの根底を追求する歴史教員をクルーゲは登場させる。国是のために自殺を強いられたロンメル元帥と、誘拐犯の要求が政府によって拒否されたゆえに殺されたシュライヤー経団連会長との関連性を考える。APO(院外野党)の前顧問弁護士で過激派から訣別した服役中のホルスト・マーラーにインタビューするジンケルとブルステリン。ライツは、テロリスト狩りの激しかった頃の国境での検問の場面を演出する。そしてルーペとクロースは、一般市民に浸透した過激派恐怖症とヒステリックなテロリスト追求を描く。映画はさらに1920年代の社会主義抵抗運動のドキュメント・フィルム、77年のドイツ国防軍の演習などを捉え、最後に、シュタムハィム刑務所で自殺したと発表されたバーダー、エンスリン、ラスペら三名の埋葬に際してのドキュメントでしめくくる。「それは葬式ではなく、警察による過激派狩りの罠であった」……。