映画専門家レビュー一覧

  • アメリカから来た少女

    • 文筆業

      八幡橙

      アメリカでの日常を失った上、家庭内の不協和音や忍び寄るSARSの影、進学校での疎外感など鬱屈を募らせてゆく少女。母の病気が孕む死への恐れを筆頭に、次々に押し寄せる人生のままならなさに喘ぐ多感な十代を、初めてとは思えぬ憂愁の横顔を以て演じるケイトリン・ファンが、いい。その母に扮するカリーナ・ラムから漂う苛立ちと慈愛にもまた胸が詰まった。白い馬に救いを求める場面など陰翳に富む映像とそこに乗せた深い情感――新鋭女性監督ロアン・フォンイーの手腕に感服。

  • デュアル

    • 映画評論家

      上島春彦

      クローンと自分自身のバトルというのは映画ではお馴染みの主題である。物語解釈では昔からドッペルゲンガーとして知られる自己像幻視の心理現象。それが特にこのメディアと相性が良かった。複製像はこっちを必ず見下した態度を取るものらしいな。ヴァリエイションも様々。多元宇宙でジェット・リーが大勢の自分と闘ったりもした。しかしこの映画は、アクションあってこそという本来あるべき姿から離れている。無意味なクローン化のせいで自分も無意味になっちゃうという話かな。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      辻褄の合わない世界に傀儡のような人間たちが蠢くあり様は、明らかにヨルゴス・ランティモスの映画にも接近する。だからこそそこでは、精緻に作り込まれているわけではない設定までが異様さへとなりうる。もしも自分とうりふたつのクローンが生まれたらどうするか、という命題から展開は二転三転してゆくが、行き着いた先の結末にはもう一捻り欲しかった。「ガンパウダー・ミルクシェイク」から続く、カレン・ギランの身体性を生かしたアクションやダンスシーンは一見の価値あり。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      映画史の根幹に鎮座するドッペルゲンガーものということで期待していたが、冒頭の「決闘」シーンのサスペンス演出のつたなさから早くも暗雲が立ち込めはじめる。そもそもどうして死にゆく人間が自分の複製を作ろうとするのかまったくわからない。土台もなく出港した物語はただただ作者の都合によってある仕掛けに向け邁進し、なぜヒロインがこのような非人間的な人間になったのかという最低限の背景描写に停泊することもなく、自己満足の暗い海をさまよいつづける。

  • 声 姿なき犯罪者

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      あまりにもすんなりと振り込みが完了する序盤からは、サスペンスとは無縁の振り込め詐欺は娯楽映画の題材には適さないようにも見えたが、リアリティと同時に誇張を交えながら詐欺組織の内情に焦点を当てることで、良質な潜入ものとしてテーマをうまく消化できている。「ウルフ・オブ・ウォールストリート」のディカプリオとスティーヴ・ジョブスを掛け合わせたような胡散臭さとバイタリティに溢れた、服装や髪型も完璧な組織のエース、クァクを演じたキム・ムヨルの存在感が出色。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      元刑事が犯人に会ったらどうするかと問われて一言「殺す」とだけ返す潔さが良い。そしてこの潔さを本作は最後まで手放さない。元刑事は振り込め詐欺のコールセンターに潜入し、本来の標的が上の階にいることが分かると、どうにか上の階に行けるように策を巡らすのだが、それの描き方がまるでゲームのよう。ワンステージずつクリアし、徐々に上の階に進めるといったコールセンター攻略は、本作の根底にある、相手をうまく騙す話術の演出に、視覚的な要素を上手く加えている。

    • 文筆業

      八幡橙

      巧妙かつ緻密に仕組まれた大がかりな韓国の“振り込め詐欺”の手口に茫然、戦慄。釜山の建設現場で会社もろとも騙された後、主人公が中国の巨大アジトに乗り込む過程に無駄も淀みも一切なく、導入から引き込まれる。敵陣に潜るスリル、たった一人で繰り広げる死闘、さらに金に踊らされる組織側の人間たちの漫画っぽい描写は、「インファナル・アフェア」+「ダイ・ハード」+「カイジ」的趣きも。ただ、対峙する二人の描き込みがやや表層的で、あと一歩のめり込むには至らず。

  • 殺し屋たちの挽歌

    • 映画評論家

      上島春彦

      初っ端から凄いクレーンワーク撮影の連続技に痺れる。舞台が変わるとフライシャーの「ラスト・ラン」を彷彿とさせる逃走劇が主筋になる。チンピラのティム・ロスと倦怠感を漂わせるジョン・ハートのコンビがグッド。彼らに連行されるのは時に哲学的なテレンス・スタンプでこれまた良好。ところが終盤に至り突然脚本がバカになる。何があったのか。英国作家は不条理が好きなので、そっちをやりたくなったのか。あるいは話を終わらせる必要が突如生じたのか。一種、見ものではあるが。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      スティーヴン・フリアーズが監督した「プリック・アップ」や「マイ・ビューティフル・ランドレッド」はゲイ映画の重要作であるが、そうしたテーマを少しずらして描きたいことを描いているような印象を受けた。たとえば「堕天使のパスポート」のような傑作や、「わたしの可愛い人 シェリ」のような駄作からなる玉石混淆のフィルモグラフィの中で、本作はフリアーズの間の抜けたテンポが奏功した異色なロードムービーの佳作。独自の哲学を持つテレンス・スタンプの存在感が効いている。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      裏切りをおかし拉致された殺し屋と情婦、拉致した殺し屋による奇妙な共依存ロードムービー。すぐにでも始末すればいいのにそれはせず、目的から逃れ弛緩した時間はやがて豊かさをまとい、映画としか呼べないなにかへと変わっていく。滝のシーンの視線の交錯などを見ていると、あの頃の映画はいまも映画のまま少しもブレずにそこにいて、ブレてしまった、映画から離れてしまったのは日頃トラッシーな映像ばかり眼球から摂取しているわれわれの方なのかもしれないと恥ずかしくなった。

  • サポート・ザ・ガールズ

    • 映画評論家

      上島春彦

      久しぶりに労働者映画という範疇の企画に出会えて幸せ。こういうアメリカ映画が見たかったのだ。いわば70年代のマーティン・リット作品って感じか。スポーツバーのマネージャーとして愚直に働こうとしているだけなのに、そこら中から不満噴出、にっちもさっちもいかなくなる。何があったか、相思相愛の旦那も無気力症候群みたいになっちゃうし。群像劇にせずひたすら主人公女性の視点で労働現場の問題を描いているのが好感を呼ぶ。バーの隅っこで勉強している黒人少年が可愛い。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      この映画は綺麗にまとまったプロットに関心はなく、強烈な個性を持ったキャラクターのアクションが牽引してゆく趣向の作品だろう。この良い意味での泥臭さは、トランスジェンダーのセックスワーカーを描いた「タンジェリン」を想起させた。女性が性的な存在として扱われる場所で、ゆえに性暴力までもが許容されうるという誤解と偏見をひとつのテーマに持つが、ここにあるのは不特定多数に向けた道徳の講義などではなく、主人公が人知れず天に向かって突き上げた中指そのものなのだ。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      あらゆる面での素朴さには好感をもった。だがスポーツ・バーを舞台にしたシンプルなシチュエーションを1時間半駆動できるほどのユーモアの切れはなく、なによりも作品を引っ張っていかなければならないはずの主人公に心動かされることがなかったのは、演出家の俳優への演出がうまくいっていなかったからではないだろうか。俳優になにも施さないのと、ナチュラルに見えるようになにかを施すのでは当然まったく違うものが見えてくる。そのままのジャングルプッシーは良かったが。

  • PIG/ピッグ

    • 映画評論家

      上島春彦

      タイトルはトリュフ狩りのための豚のこと。画面も周到で美しく、物語の展開の意外性も文句なし。ただしネタバレだから書けないが、謎が小さすぎてちょっとね。70分程度でさらっと語られるべきストーリーじゃないかな。パートを区切ったのもかえってもったいぶった印象あり。人間よりも豚を愛するニコラス・ケイジという、まさしく絶妙なキャラが傑作なので潜在的にはもっと★が増える可能性もあった。総括すると、もっと「いい話」で良かったんじゃないかな。惜しい仕上がりなのだ。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      「慟哭のリベンジスリラー」の惹句が誘引するようにバイオレンスと狂気に満ちた復讐譚を予感させるルックでありながら、豚と一人の男の愛の物語であり、お料理映画でもある。そんな期待への裏切りがこの映画に大きく関与する。だから暖かな橙色の光に照らされて調理に勤しむシーンも、血みどろのアクションが繰り広げられていたかもしれないレストランの中央のテーブルで黙って対峙する男たちの姿も、どこかおかしみがある。豚との愛の物語が比喩となる凡庸さを除けば優れた逸品。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      近年勃興した「ニコラス・ケイジ」という映画ジャンルがある。「マンディ」や「カラー・アウト・オブ・スペース」などがそれにあたる。その多くは、薄暗い森に住む隠遁者ニコラス・ケイジが何者かに大切なものを奪われ、血だるまにされるも、まがまがしい音楽に乗って出陣し、無事復讐をとげるというものである。一本一本が見わけづらいという欠点に目をつぶれば、このジャンルの映画はおしなべて打率が高く、大切なトリュフ・ピッグを奪われるニックを追う本作もそんな一本である。

  • メイクアップ・アーティスト:ケヴィン・オークイン・ストーリー

    • 映画評論家

      上島春彦

      近年の個人史記録映画として最上の出来。実の両親を知らなかった子供時代から狂騒的で注目され続けた晩年まで素材が豊富なだけに、ここ半世紀の映像メディアの画質の変遷まで具体的に分かり感激。彼の動向に関しては薬物と病気がらみの悲劇が。ただし最後まで見ると、その件で映画を再度見直したくなること請け合い。現代美術的には写真家シンディ・シャーマンのセルフ・ポートレートの手法に接近する局面もある。彼の聖ヨセフへのこだわりは自身が養子だったことに起因するのか。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      ケヴィンのモノローグ「何の話だっけ? そう……“美しさ”についてだ」に続き、メイクを施された顔の超クロースアップショットで映画は幕を開ける。他人の美しさを開拓し続けたケヴィンが「美しさ」を一瞬忘れてしまう語りの切り抜き。そして顔の一部しか視認できないためきわめてジェンダーが曖昧になり攪乱される映像技法。それらを援用した僅か1分にも満たないこのシークェンスは、そこから綴られてゆく「美しさ」と「セクシュアリティ」の主題を凝縮しているといえるだろう。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      ケヴィン・オークインの生い立ちやセクシュアリティ、病のことなど、広げられそうな要素はいくらでもあったのに、そこにはあえて踏み込まず、ひたすら浅くて薄い情報の羅列に徹し、小金持ちの友人の結婚式に参加したときに見せられる新郎新婦の思い出ビデオのようなラインにとどまっているのは、あくまで表層にとどまることしかできない「メイクアップ」なるものに対する制作者の批評的な態度なのだろうか。いやはや、万事躁だった前世紀末はいろいろな意味で遠くなりにけり。

  • ザ・コントラクター

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      元軍人が生活のために危険な仕事へと身を投じざるをえない状況をリアルに描写したいという意図はわかるが、ミッション突入までの前置きはもう少し短くできたはずだ。また主人公が警察などに追われる展開は、一定の緊張感こそ持続していたもののさほど新鮮味はなく、やや下水道に頼りすぎという印象も。詳細や内容を吟味する余裕などないという事情があるにしても、命がかかっているはずの仕事における元軍人たちのリスク管理の甘さや決断には首を傾げざるを得ない場面が多かった。

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