映画専門家レビュー一覧

  • ザ・コントラクター

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      クリス・パインの治療能力の高さに目を見張る。自らを治療する数々のシーンもだが、特に両者ボロボロのなか、仲間のベン・フォスターに輸血までして蘇生させるシーンには驚いた。一方で、ストーリーの隠された真実的な面白みや驚きは弱く、黒幕の動機についても、その器の小ささは気になった。また、主人公は最初の殺しをとても躊躇しているように見えたのに、街中での銃撃戦で、一般市民が思い切り撃たれて死んでいくシーンは、その素っ気なさにかなり動揺してしまった。

    • 文筆業

      八幡橙

      極めてストイック。過度の説明も、過剰に盛り上げる音楽も徹底して排し、潜行するかの如く静かにただ、特殊部隊を追われた男が流れ着く“請負人”としての過酷な任務を描き出す。淡々としつつ、先が読めぬ展開は終始スリリングかつミステリアス。大事な局面で登場するエディ・マーサンの盤石さ含め、重厚な手触りが印象的。退役軍人を待ち受ける不遇が背後にあるとはいえ、アクション映画らしい胸のすく痛快さももうちょっと欲しかった。クリス・パインの抑えまくった演技はいい。

  • 七人樂隊

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      香港の歴史をいま記録することに価値があるのは間違いないが、各作品の短さに加え、舞台となる年代をランダムに決めた経緯もあってか、出来にややばらつきが出てしまった感はあるか。当時の株に関するニュースを扱っているはずが、なぜか食卓を囲んでの会話の面白さの方が気になってくる点がいかにも彼らしいジョニー・トー「ぼろ儲け」、私の推しラム・シュや企画参加者でもあるアン・ホイもいい味を出している狂騒的な会話劇、ツイ・ハーク「深い会話」のユーモアに特に惹かれた。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      香港の映画監督たち七人がそれぞれ、ある時代の香港の郷愁を綴る。興味深いのは、時代を描くにあたって、その多くが人間関係のあり方に着目している点だ。師弟や先生と生徒、恋人という関係性は、今と昔でそのあり様は変化したかもと投げかけているようだし、新しい価値観や社会に頑固に距離を取る祖父や父親と孫や息子を対比させたりもする。そのなかで、2000年代に起きた大きな事件と移り変わりを、株価という数字でコミカルに見せていくジョニー・トーの短篇が際立つ。

    • 文筆業

      八幡橙

      旧き良き時代の残り香が立ち上る、黄金期を支えた名匠たちによる七篇。SARSから香港を救うべく製作された「1:99 電影行動」(03)より約二十年が過ぎ、状況も一変した。いかなる苦境にもどっこい負けぬ図太い笑いは影を潜め、アン・ホイの「校長」、ユエン・ウーピン(主演はユン・ワー!)の「回帰」、これが遺作となってしまったリンゴ・ラムの「迷路」など、じんわり沁み入る叙情が残った。フランシス・ンやサイモン・ヤムが老境を演ずることにも、一入の感慨が。

  • 愛する人に伝える言葉

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      だんだん人が死んでいくのを見るのはツラかった。末期ガン患者の話。否応無く深刻になってしまう。主人公の男はひねくれている。強がったり甘えたりめんどくさい奴だ。先生が来てさっと帽子を隠すのが可愛かった。男は病気だけど結構モテモテで何かムカついた。病院にやってくるダンスする人の生々しい色気とか、演劇学校の生徒の弾ける若さとか、のしかかってくる看護師の恋心とか、生きていくことの喜びが対比のように描かれる。「何も残せなかった」と言う男が切ない。

    • 文筆家/女優

      唾蓮みどり

      残された余命の中で、どう生きるのか、そしてどう死にゆくのか。「何も成し遂げなかった」と嘆く主人公の身体は、医者や看護師、母親に優しく見守られながら、季節とともに徐々に弱りゆく。自ら捨てた息子に会いにいくことさえできない。ドヌーヴ演じる母は「息子のため」に身勝手な価値観を押し付けたことを死に際になって後悔する。今年身近な人が癌でなくなっていくのを立て続けに目の当たりにしてきたので、辛い。赦すしかないのは一体誰なのか、疑問が残る。俳優陣が魅力的。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      他人の死に付き添う。E・ベルコは「演劇」という枠組みを導入することで、この途方もない仕事を理解しようとしている。コンセルヴァトワールを目指す若者たちに演技指導するバンジャマンの姿は、医師が経験や考えを看護師と共有する様子と重ね合わされる。病室は劇場であり、そこでは死という終幕に向かって人生という名の舞台が披露される。歌があり、音楽があり、ダンスがある。医師や看護師はときに演出家として、ときに俳優として、ときに観客として、その上演に参加するのだ。

  • ソングバード

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      運び屋の男が、ゴーストタウンを自由に行き来するのが楽しそうだ。みんな家の中にいて、誰とも直接触れ合えない。それぞれの登場人物が徐々にクロスしていく構成が見事だ。隔離された人々の距離感をうまく生かしてストーリーを作っている。ドア越しに触れ合いたくてもできないふたり。彼女を救うため、男はバイクに乗ってあちこち行く。間に合うかどうかのサスペンスにドキドキする。ようやく会えた時の喜び。体と体が触れ合った時の高ぶりがこっちまで伝わってくる。

    • 文筆家/女優

      唾蓮みどり

      COVIDが悪化している2024年の近未来。すぐそこにいるのに、決して会うことのできない恋人たち。それだけ聞くとロマンチックだ。ただ、ウイルスよりも権力を持った人間の怖さを強調したいのか、あまりにチープな悪役っぷりが残念でならなかった。簡単に戦いの物語へと矮小化されてしまう。こうなるともはや、目に見えないウイルスの怖さはただの設定というか、おまけのよう。本来この物語において、ようやく生身の人と人が触れ合う、感動的であるはずのキスシーンが味気ない。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      新型コロナウイルスに対する応答として、こんな手があったかと盲点を突かれた。2024年のLA。致死率56%のCOVID?23が蔓延し、感染すれば強制収容所へ連行、免疫者だけが自由に移動できる。設定だけでわかると思うが、本作はコロナ以前の想像力に支えられている。コロナはディストピアをこういうふうに発想すること自体を一掃してしまったからだ。コロナなんて知らないかのように、ポストコロナを描く。コロナなんかで映画作りを変えてたまるか、とでもいうように。

  • メイクアップ・アーティスト:ケヴィン・オークイン・ストーリー

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      ファッションリーダーがスーパーモデルからセレブタレントに移行していく時代を先取りし、近年アメリカで蔓延しているオピオイド中毒という点でも時代に先んじてしまったケヴィン・オークイン。メイクアップ・アーティストはスタイリスト同様に市場経済の住人ではなく、ファッション界や芸能界のインナーサークルにおけるコネクションと信頼で回っている職業。その癒着性や排他性は、時に部外者からすると疎ましくもあるのだが、本作は内輪の賞賛に終わらず批評的視点も。

    • ライター

      石村加奈

      冒頭のケヴィン本人の発言が印象的だ。他者の美しさを見つけることから、自分の美しさ(個性や強さ)が見えてくるという彼の哲学は、時に他者への依存となり、やがて悲劇をもたらす。ミッキーマウスのように巨大な手は、メイクの魔法で、社会の固定観念を崩し、多くの人から美を引き出したが、自分の美しさは見抜けなかった。実に悲しい最期だが、涙ながらに彼との思い出を語る仲間の存在や、バーブラとの仕事など、本作で彼の努力を知り、生きる希望を見出す人はきっといるはずだ。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      80年代から00年初頭まで、美の変革を起こし続けたメイクアップ・アーティスト、ケヴィン。彼の膨大なプライベート映像はエンタメ史的資料としても貴重だが、パパラッチ写真に写るマリア・カラスの怒りの表情を基にI・ロッセリーニのメイクを仕上げるなど、人間の本質、魂をも表現しようとする彼の執念が映し出されていて圧巻。養子という出自、同性愛者だったことから承認欲求に囚われ美を追求する彼とそれを施される側の共依存が時代を作ったが、その?末はあまりに哀しい。

  • 響け!情熱のムリダンガム

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      ボリウッドのハリウッド化傾向には複雑な思いを抱く部分もあるが、カースト制やジェンダー問題にまで切り込んだ後半の展開はグローバル基準の導入ゆえに可能となった要素だろう。ジャンルのツボを押さえた構成に加え、なにより圧倒的に素晴らしいのは、映画の説得力の大半がそこにかかっているといってもいい伝統楽器ムリダンガムの音色だ。ドミンゴ・クーラやトリ・アンサンブルの人力テクノを思わせる、倍音が生み出す中毒性抜群のグルーヴは、ぜひ劇場の大音響で体感されたし。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      インドの伝統楽器ムリダンガム作りの職人の息子が、一人前のムリガンダム奏者を目指すストーリー。そこにインドのカースト制度や旧世代のジェンダー観、伝統と革新といったテーマがうまく乗っかっている。しかし気になるのは、自然にはリズムが満ちており、この世界の脈動こそが師匠だと気づく重要なくだりで、映画は自然が鳴らすリズムではなく、大袈裟なBGMをかけて場面を盛り上げようとする点。とても楽しいのだけど、世界の脈動を聞き取り写しとることの難しさも痛感。

    • 文筆業

      八幡橙

      時代の波に押される古典音楽を、厳しい師弟関係やカースト制の抱える問題とともに正面から捉えた真っ当な、タミル語による南インド映画だ。それだけに、例えばラージクマール・ヒラニ作品などと比べると、テンポや人物造形、歌とダンスの弾け加減など見劣りする面も否めない。とはいえ“世界中が脈打つ”という台詞に象徴される原初的な音楽の歓びや生命の躍動、その裏に潜む芸能、ひいては人生という道の苦行を確かに描き切らんとする真摯な姿勢が最後まで気持ちよく、好もしい。

  • アイ・アム まきもと

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      中盤を過ぎて、ようやく満島ひかりや國村隼が画面に登場してから吸引力のある物語として駆動し始めるが、そこに到るまでの主人公の人とナリを説明していくパートが単調な上に長い。原作としてクレジットされているウベルト・パゾリーニの「おみおくりの作法」を観たときも思ったが、そもそもこのキャラクターにまったく魅力を感じないのは、自分が極端なほど共感性に欠けているからだろうか(そんな気もしてきた)。嫌なヤツとして描かれる上司の言動は一つも間違ってないと思う。

    • 映画評論家

      北川れい子

      黒澤明「生きる」の令和版を思わす、軽妙でくすぐりが効いたヒューマンドラマの佳作である。市役所の福祉課おみおくり係・牧本の、クセのあるキャラクターを軸にして展開する、孤独死した男の縁故、縁者探し。冒頭で牧本の律義でこだわりの強い性格をしっかり見せているのが効果的で、阿部サダヲ、さすがに巧い。孤独死した男のいくつもの情報が牧本のキャラとクロスするのも絶妙で、漁村ほかのロケ場所も活き活き。寂しくも温かなラストに流れる有名な楽曲も実に好ましい。

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      三十年ほど前、私が学生になって独り暮らしを始めてすぐに隣室住人が孤独死、初夏にしばらく遅れてそれは気づかれた。挨拶を交わしたこともない人物だが彼に教えられた死臭は忘れぬ。死後の世界が無だとしても、ひとは看取られて世を去るほうが環境のため、人類全体のためだ。それを知るまきもと氏は滑稽にみせてハードな男。鼻下にメンタムを塗る人物はFBI捜査官クラリス・スターリング以来。本作は無縁社会日本に問う寓話、かの醜悪な国葬に対置される無数の無念を謳う佳作。

2281 - 2300件表示/全11455件