映画専門家レビュー一覧

  • 紅花の守人 いのちを染める

      • 日本経済新聞編集委員

        古賀重樹

        知らなかった。紅花が中近東から伝わってきたことも、染色の工程が独特であることも、その技術が日本にしか残っていないことも、高貴な色だが繊細で褪せやすく、戦時下に栽培を禁止されたことも。そんな紅花染めを守ろうとする人々が実に魅力的に映っている。栽培する人、染める人、触媒材を作る人。紅花に魅せられ、決して声高ではないが、仕事に誇りをもっている。そんな清々しさが、映画の清々しさとなっている。山形生まれの監督とプロデューサーが虚心坦懐に撮った紅花の映画。

      • 映画評論家

        服部香穂里

        戦後に一度は途絶えた紅花栽培を復興させ、時にはご近所さんも総動員して手摘みした花を、手間暇かけて“紅餅”なる染料に加工する工程は、知らないことだらけで興味津々。紅花産業の盛衰の歴史に加え、天然素材や染めにまつわる、苦楽を共有してきた夫婦や親子のドラマがメインとなっているが、口々に語られる紅色の特別な豊かさや儚い美しさについても、もっと具体的に映像で捉えられていれば、紅花に魅了されてきた彼らの貢献や功績が、より身をもって実感できたように思う。

    • オルガの翼

      • 米文学・文化研究

        冨塚亮平

        倒立する少年少女を捉えた最初のカットで高まった期待は最後まで裏切られず。国家に翻弄される若者たちの青春を体操の団体競技に託して描くことで、スケールの壮大さと尺のタイトさを見事に両立させている。同僚やライバルとの争いや交流を描いたスポ根ものとしての良質さが基盤にあるからこそ、爽やかな結末を阻害する、独立をめぐるもう一つの戦いの重みがより痛切に伝わってくる。独立広場のスマホ映像と拮抗させるため、実際のアスリートたちの身体を召喚した選択にも膝打ち。

      • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

        降矢聡

        激化していくウクライナ・キーウのユーロマイダン革命と体操のオリンピック。一方は激情と喧騒の世界であり、もう一方は、心身をコントロールしなければならない、静寂の世界として演出されている。そんな正反対の世界のちょうど真ん中に投げ込まれた15歳の少女の身体は、鉄棒という具体的なアイテムを通して、文字通り常に揺れ続ける。どんなに綺麗な着地を決めても、消えることのない痛みを抱える彼女を通して、国や市民や政治といった複雑な関係性を体感することになる。

      • 文筆業

        八幡橙

        孤独の淵で15歳のオルガが感じる故郷の行く末への不安、渦中で闘う母や親しい友人との広がる距離に、募りゆく疎外感――。言葉も通じぬ異国で少女が抱える究極のよるべなさが、観る者の胸にもしんしんと降り積もる。演技は初めてだというアナスタシア・ブジャシキナの基本むすっとしつつ、時に笑い転げ、時に涙を抑えきれない生きた顔に、ただただ見入った。映画が終わっても戦争は続き、同じ痛みは国境を越えて存在する。対岸の火事で済まされぬオルガの憂い、今なお拭えず。

    • 神田川のふたり

      • 脚本家、映画監督

        井上淳一

        開始10分、全篇ワンカットでいく気だと震える。ただスタイルは所詮スタイルだよな、細かい話や感情は拾えないよな、無理してワンカットでいかなくてもとも思う。しかし、40分で終わる。話はそこから面白くなる。というか動く。でも、これならこのままワンカットで最後までいったら、どれだけ感動的だっただろうと残念に思う。ないものねだり。主役ふたりが素晴らしい。しかし、AFFに通ったから作らなきゃいけない映画って、一体なんだ? 本当に必要なところに届いているのか。

      • 日本経済新聞編集委員

        古賀重樹

        開巻からタイトルまでの約40分の長回しがやっぱり面白い。高校生の男女が川べりの道を延々と自転車で走りながら、しゃべっているだけなのに見飽きない。走り続ける自転車と過ぎ去っていく風景。その絶え間ない運動感。いったい次に何が起こるんだろうというワクワク感。そしてまたコロコロと変わり続けてとどまることがない上大迫祐希の表情。好きなんだけど、好きと言わない、好きと認めない、でも気になる。そんなごく平凡な感情が生々しく豊かに伝わる。これが映画だ。

      • 映画評論家

        服部香穂里

        神田川に沿って途方もなく続く、冒頭からの超長廻し。道幅も狭く制約だらけの無茶ぶりを、個々に自転車まで乗りつつ、ともに乗り切ろうと助け合うさまが、相思相愛のくせに友情ごっこに逃げてきた彼らの関係性とも重なり、じれったさが痛いほど伝わるため、じゃれ続けるふたりを俄然応援したくなる。怪しげなおっさんから軟派な兄ちゃんまで、適材適所でよい仕事をする人物すべての登場も、想いを告げることなく急逝した幼なじみの計らいに見えてくる、切なくも幸福な味わいの逸品。

    • ギャング・カルテット 世紀の怪盗アンサンブル

      • 映画評論家

        上島春彦

        知らない国の映画を理解するのは難しい。これはれっきとしたスウェーデン映画なのに、ぼんやり見ているとフィンランドによる反スウェーデン・プロパガンダ映画みたいなのである。ネタバレになるので語れないが、そういう屈折を楽しめるかどうか。それがポイント。国民的なクラシック〈夏至の徹夜祭〉も鍵。趣味的な泥棒という優雅なコンセプトに似合っている。犯罪の動機も方法も奇想天外で大いに楽しめるものの、コメディにしてはギャグが少ない。この監督には向いてない印象。

      • 映画執筆家

        児玉美月

        映画で携帯やパソコンが映るのを好まない。映画において人と人の結びつきを描こうとするときに、お気軽な便利道具を介在させてほしくないからだ。本作もその思想におおむね則っている。トーマス・アルフレッドソンの「ぼくのエリ 200歳の少女」は疑いようのない傑作であり、「裏切りのサーカス」では端正な作風が奏功していたが、この監督は映画にとって何が退屈なのかをよく知っている。はずなのに、原案はスウェーデンで有名らしいが物語そのものに魅力をいまいち感じられず。

      • 映画監督

        宮崎大祐

        スウェーデン産は何であれ最低限の趣味の良さを保証してくれるはずだという筆者の固定概念を見事に打ち砕いてくれた一品。ウェス・アンダーソン作品から美的センスやユーモアをすべて剥ぎとった代物とでも言えばいいだろうか。どうしたらこんなにも落差のない=「つまらない」ネタや演出を次から次へと「どうですかみなさん、好きなだけ笑ってください、われわれってみなさんと比べると少し変でしょう? 特異でしょう?」という地点から他者に差し出せるのかまったく理解できない。

    • 地下室のヘンな穴

      • 米文学・文化研究

        冨塚亮平

        フランス的エスプリの感覚というのか、老いをめぐる不安を掘り下げすぎず、あくまでも深刻さを感じさせない洒脱なコメディとして仕上げようとするセンスがはまれば大いに楽しめるだろう。しかし、クソ真面目に老いの問題を引き受けたゆえに突き抜けたユーモアに達した「チタン」あたりと比べると、悩みを受け流そうとするような本作の笑いは、切実に恐怖と向き合うことを避ける姿勢にも見えてしまった。終盤突如物語がハイライト化する演出も、ギャグだとしたら完全に失敗だろう。

      • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

        降矢聡

        中を通るだけで、12時間経過はするが3日若返るというヘンな穴と、電子化された男性器という二つの仕掛けを使って、性的魅力や若さ、男性性や女性性といったものへの執着と、そのこっけいさが描かれる。突拍子もないアイデアと大胆なアプローチだが、そこに映されている人々の反応や物語の展開は、いたってありふれたものであるのが面白い。一切のセリフもなく、各々がなるようになっていく姿を淡々と観察していくクライマックスの十分間には、乾いた笑いがこぼれそうになる。

      • 文筆業

        八幡橙

        マルコヴィッチから過去の芥川賞受賞作まで、古今東西“穴”とは人を異界へいざなう奇妙な入口。とはいえ「12時間進んで3日若返る」穴なんて前代未聞、突飛すぎる発想に違いない。決して若くはない二組のカップルによる物語、「老いへの抗い」という単純なテーマを描いているようで、穿って見るなら重ねた歳月=年齢に実体を伴い切れない中高年の焦燥を掘り下げた哲学的な逸品、なのかも。「ピアニスト」のブノワ・マジメルがこの役を!との驚き含め、人間の穴の深さに身も竦む???

    • デリシュ!

      • 映画監督/脚本家

        いまおかしんじ

        謝れと言われても謝らない、頑なで融通が利かない料理人が主人公。彼がだんだん女の人を好きになっていく感じが良かった。彼女にいろんな食材を味見させて、一個一個口の中に入れていくところ、エロくてドキドキした。舞台となる家のロケーションが素晴らしい。季節や風や匂いを感じる。そこで作られる料理も実に美味しそうだ。うまいうまいと言いながら食べる彼らの嬉しそうな顔。うまくいきそうになると不幸が次々と襲ってくるのが、分かっていてもジリジリした。

      • 文筆家/女優

        唾蓮みどり

        宮廷を追い出された料理人と、その弟子になることを希望するひとりの女性。18世紀の革命前夜という設定で、これだけですでに夢がある。彼女が訪れた理由はやがて明かされるが、家庭のための料理ではなく仕事人として料理をする彼女の目は輝いている。伝統的な料理と独創的な料理の闘いは、古い価値観と新しい価値観の闘いの物語に直結する。美食は庶民のものではなく貴族が独占するものという価値観が崩れ去ってくれて本当に良かった。料理だけでなく衣裳や美術も素晴らしい。

      • 映画批評家、東京都立大助教

        須藤健太郎

        ありていにいえば復讐劇の変奏だが、爽快さとは無縁の味わい。複数のプロットを一本に収めるのはいいが、欲張るわりに捌ききれていない。それはモンタージュ・シークエンスが繰り返し飽きもせずに使われる点に顕著であり、こう何度も時間経過や出来事の要約が必要になるのは脚本の構成に難があるからだろう。これでは単に間延びした印象を与えるだけだ。最後もマンスロンの復讐とルイーズの復讐を交錯させて山場となるはずが、どうも盛り上がりに欠ける。ちぐはぐなのである。

    • この子は邪悪

      • 脚本家、映画監督

        井上淳一

        呆れた。商品以前のモノを見せられている感じ。ノンジャンル映画というのは、ホラーも青春もサスペンスも中途半端でいいということではない。主舞台の精神科医の家。ただ撮らないで黒沢清や鶴田法男を観て勉強すればいいのに。虐待児童を助ける解放者が家族のために略奪者に変わるという発想はいいのに。兎と脳内記憶の交換って、荒唐無稽をやるにも最低限のルールがある。結局それは人間描写にも敷衍する。これを準グランプリにし映画化する不見識から変えないと映画は変わらない。

      • 日本経済新聞編集委員

        古賀重樹

        交通事故で傷ついた家族の再生をホラーにするという発想が面白い。「幸せになろう」という強迫観念を具体的に表現したラストも鮮やか。怨霊とは無縁の明るいトーンは北欧ホラーのようで新鮮だ。新鋭監督にオリジナル脚本で撮らせるTSUTAYAのプロジェクトならではの作品だと思う。ただ設定のユニークさに比べて、いささか物足りないのがドラマの緩急と映像の強度。父親役の玉木宏が最初から怪しく、映画の半ばでこの男の企みはほとんど露呈してしまい、緊迫感に欠ける。

      • 映画評論家

        服部香穂里

        虐待やネグレクトも、独善的で過剰な愛情も、親が身勝手に子どもの自我や尊厳を無視している点では、確かに紙一重かもしれない。ただ、何とも薄っぺらな正義や倫理観をかざして裏テーマらしきものを叫ばれても、幸せだった頃まで時間を巻き戻したいという、誰の身にも覚えのある切実な感情が発端のはずなのに、心に響くどころか、憤りすら覚えてしまう。意外性に欠ける真相が明かされるにつれ、恐怖や高揚感よりも、嫌な予感が的中する倦怠感ばかりが募る、奇怪なサイコスリラー。

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