映画専門家レビュー一覧

  • ザ・ミソジニー

    • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

      千浦僚

      本作はオカルトミステリー+思想・歴史観ゴアホラーとでもいうものだが、それ以上にさまざまなものも描かれておりもはや新ジャンルの映画。「リング」の謎解き役を父親から母親に変更したのが高橋洋氏の脚色上の大発明だがそれを為しえた氏の女性存在への独特の感性が発展し極まったのが本作かと。ほぼ三人芝居の劇でダブル主演の中原翔子さん河野知美さんの迫力が凄いがそこについていく横井翔二郎氏が「悪魔の祭壇・血塗られた処女」のロバート・ブリストルのような佇まいで素敵。

  • 私を判ってくれない

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      自称女優が故郷に帰ってくる。普通は帰ってこられないのに帰ってくる。経済的困窮はアリバイでしかない。本当の理由が見えないからバカにしか見えない。中盤変わろうとするが、あんな理由で変われるなら今までだって変わっていたはず。映画時間内でしか存在しないキャラは魅力がない。後半、幼なじみ視点で冒頭からの時間が再現される。しかし種明かしと言える程のものは何もない。この程度なら同一時間軸で描くべき。なんか映画の基本が出来ていないというか。私は判ってあげられない。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      自分勝手な行動で周囲を振り回して、島中の嫌われ者となっている城子を演じる平岡亜紀の存在感が強烈。「勘違い」ぶりを全開にして突っ走りながら、どこか憎めない。媚びない人なのだ。困惑しながらも城子に付き合う町職員役の鈴木卓爾の受け方の演技もいい。ご当地映画の制作トラブルやら、過疎自治体の移住支援策やら、ありがちなトピックも絡めて軽快に見せる。後半は引っ込み思案の由記乃の視点で同じ物語を語り直し、対照的な二人の女性の生きづらさを浮かび上がらせる。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      撮影が中断された設定の場所で実際に映画を撮る、シニカルな面白さが活かされていない。長島町をアピールするご当地ものでもあるはずだが、わがままの範疇を超えた無礼な“女優”をはじめ、ひとも町も魅力的に描かれているとは言い難く、最終的に台詞に頼るのは、映画の敗北ではないか。一旦は故郷を離れた女性の体験を、留まり続ける女性の視点で捉え直す試みも、劇中で唯一対話が成立している“なんちゃってお見合い”シーン以外は新鮮な感慨に乏しく、冗長な印象を与える。

  • LOVE LIFE

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      子供が死んで、妻は元夫と、夫は元カノとヨリを戻しそうになる。妻はホームレス支援をしていて、聴覚障害者で韓国人の元夫を放っておけないと言う。夫も元カノを捨て、元夫に逃げられたシングルマザーとの結婚を選んだ。互いに社会的弱者=優越感を持てる相手にしか惹かれないのか。タイトルは明らかに反語で、愛はなくても共に生きていくというラストなのか、共に生きることが結局愛なんだというラストなのか。いろんなことを考えさせるが、ズルい余白だと思う。圧倒的に映画だけど。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      平穏な暮らしを一皮むいたところでどろどろと渦巻く憎しみ。ある境界線を越えた侵入者に対する不寛容。深田晃司が一貫して描いてきたそんな不穏な感情が、多くの棟が連なる団地という舞台でざわめき続ける。遠くの棟のベランダとの叫ぶような対話、周囲にはわからない韓国手話による無音の対話、聞こえない相手を前にした一人語り……。人物と人物のコミュニケーションと断絶のありようが具体的な画と音で示される。たどり着くのは憎しみと裏腹にある愛。深田の新境地に違いない。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      本作を観る限り、結局は血のつながりを超えたところに愛など成立しないと思えてくる。赤の他人のあいだに生まれる同情や憐れみ、虚栄や打算など、心の空洞を一時的であれ埋め得る感情の揺らめきを、それと思い違いしている疑念が湧く。子連れ再婚一家を襲う悲劇を機に、過去から現在まで塗り重ねてきた見せかけの愛のメッキがペラペラ剥がれ落ちるさまを、時に失笑を誘うほど滑稽な修羅場もスルーし、冷徹に淡々と観察し続けるが、人生そんなものだったら、何だか悲しすぎる。

  • ビースト(2022)

    • 映画評論家

      上島春彦

      例の恐竜映画で分かるように実写とSFXの共存は今や常識なのだが、ただし金がかかる。この映画の面白さは、比較すればずっと低予算なのに手持ち風かつ極端な長回しのSFXを駆使する画面にある。映像素材が加工されている印象が少なく、実写を活かす。だからこその、シャープな実験精神を味わいたい。いわゆるファミリー・ムーヴィー的な甘さはない。父と娘の不仲という物語の核も効果的。お母さんの死は、別居していたお父さんに責任がある、という長女の頑固な主張が結構怖い。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      サバンナをかき分けて歩む登場人物たちの同行者へと擬態した、つねに動き続けるフィリップ・ルースロのカメラが臨場感を高めてゆく。さらに、つなぎめを意識させない流麗な編集もそこに加担する。南アフリカの深刻化する密猟問題を背景に、人間の犠牲になった野生動物との戦いが行き着く結末にもひと捻りあった。感傷的な局面を迎えても決して速度を止めずに突き進む。自然との対峙を描いた「エベレスト3D」をはじめ熟練のコルマウクルだけあって映画の質自体は高く、及第点。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      各キャラクターの行動原理がてんでわからないので、もっさりと動く幼児用アトラクションに乗せられているような体験であった。それにしても、30年前のB級パニック映画ならまだしも、2022年にこの醜悪な人間中心主義はさすがにマズいのではないだろうか。人間たちの蛮行によって「ビースト」にならざるをえなかった天然の存在を人間たちが馴致した人工物と競わせるなんて。こうした作品を無自覚に流通させることとサバンナの動物の牙や皮革を密輸することに大きな差はあるのか。

  • 人質 韓国トップスター誘拐事件

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      ファン・ジョンミンになんらかの個人的な思い入れがあれば見え方が多少変わった可能性はあるが、終始あまりのめりこめず。自身を演じるベテラン俳優の演技力が脱出の鍵となるという、相当に負荷の高い設定を新人監督が採用したせいもあるのか、やや主役の演出において監督側に遠慮があったようにも感じた。それなりに意外性のある転調が続く物語はサスペンスとしてはある程度は上手くいっているし、キム・ジェボム演じるサイコパスめいたリーダーの存在感も悪くはなかったのだが。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      手足を縛られて監禁されている状態からどのように抜け出すか、という誘拐ものの映画にとってとても重要な場面に、演技という要素を入れてはいるが、はたして韓国トップ俳優が人質に取られるというアイデアが、映画全体に効いていたかというと、ちょっと疑わしい。また、わざわざ手作りをしてる描写もあるくらい武器に気を使っておきながら、せっかく手に入れた銃器をなんの考えもなく手放して、形勢が逆転してしまうなど、展開の転がし方にも気になる点が多々あったのが残念。

    • 文筆業

      八幡橙

      ファン・ジョンミンでなくては成立しえない映画だ。実績や人気はもちろん、善良で清廉潔白な人物だという揺るぎないイメージ、さらにほぼ全篇手足を拘束されながらも表情一つで弛むことなき緊張を持続させうる演技力の持ち主といえば、もう一択。何より、彼だけが持つ親しみ易さが最大の肝に。これが例えばチェ・ミンシクでは、犯人の方がビビりそうだし。そうした匙加減の妙やアクション愛が随所に光る快作だが、実在人物ならではの綾やひねりが終盤、さらに一山欲しかった気も。

  • 靴ひものロンド

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      夫婦が喧嘩して、子どもがもうどうしていいか分からない不安な顔をする。その顔がいつまでも記憶に残る。子どものことはそっちのけで、痴話喧嘩を繰り返すふたり。夫が若い女と楽しそうにしているのが、ホントこの男、クズって感じで苛立つ。奥さんが、どんどんおかしくなっていくのが、怖かった。こんなクズの夫なのに、帰ってきてほしいっていうのが、よくわからない理屈だけど、なんか分かる気がするのが不思議だ。男と女、嫉妬嫉妬で重苦しいが、クセになる面白さがある。

    • 文筆家/女優

      唾蓮みどり

      言葉にできない感情の積み重ねによって、長年経っても絶妙なバランスで“家族”でありうること。一度壊れたものは決して修復されたわけではなく、壊れたまま、ひび割れからはいまだに時々血が流れる。歳を重ねた妻の顔に刻まれた皺は嘘がなく美しく、思わずためいきがでる。ガラス越しに聞こえない会話についつい耳をそばだてる。嘘と偽り、裏表などの二項対立に頼らずにもっと繊細に今にも壊れそうな、確かにそこにある“家族”の姿を描く。このような描き方を信頼したい。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      ラジオ局の階段ですれ違う若く美しい女性のクロースアップ。それは、荷物を届けに来た若い女性の配達人が路上で大柄な男性と話し合う場面への注目と連動している。つまり、この二つのショットの呼応が観客の意表を突くためのフェイントになっているわけだ。夫婦の愛憎劇にミステリーを導入する趣向で、子どもの視点から反転させるための布石である。こういうミスディレクションをさもそうでないかのようなさりげなさを装ってかましてくるあたりに、私はつい身構えてしまう。

  • ブリティッシュ・ロック誕生の地下室

      • 映画評論家

        上島春彦

        ここ数年、音楽ドキュメンタリーの秀作が多い。これはローリング・ストーンズ等のグループの下地を形成するブルーズの影響を掘り下げた点が特に秀逸。おかげでシスター・ロゼッタ・サープといった黒人音楽家に注目が集まるようになってくれて嬉しい限り。エリック・クラプトンの姿が見られないのは寂しいものの、クリームのほかのメンバーの肉声は貴重。白人が黒人音楽を搾取したという言い方は確かに真実ではあるが、当時の英国の若者の素直な憧れが持つパワーを認めてあげなきゃ。

      • 映画執筆家

        児玉美月

        一時代の若者たちが求めたミュージシャンらの毒やユーモアが迸る証言や記録映像は、ファンにとってはさぞ貴重なものなのだろう。この枠でも数々の音楽に関するドキュメンタリー映画を取り上げてきたが、本作で想起したのは「ジャズ・ロフト」だった。同作ではNYのロフトという場所に立ち籠める熱気や当時の空気感が画面に刻印されていたが、本作では地下室のそういった様相を捉えられない。淡々とインタビュー映像が流されてゆく編集に、映画的な意匠の貧相さを感じてしまった。

      • 映画監督

        宮崎大祐

        単純な音楽ドキュメンタリーとしてだけではなく、イギリスの戦後文化史の検証映像としても楽しめた。イギリスといえば、音楽にしろファッションにしろ、システムとの闘争を前面に押し出した文化を展開してきた国である。しかし、それらのアティチュードのいしずえには戦後イギリスに持ち込まれたアメリカのR&Bがあるという。イギリスのユース・カルチャーのイメージを形作るような、自由で反抗的な生き方をもたらしたのがアメリカのマイノリティ音楽というのはなんとも興味深い。

    • 紅花の守人 いのちを染める

        • 脚本家、映画監督

          井上淳一

          人生で一度たりとも興味を持ったことのなかったものを映画で知り、心動かされる。そんな幸運な体験を今回もまた。紅花は染料として珍重され、財を成した人が大勢いて、しかし化学染料に押され、戦中の食糧増産で禁止され、戦後に僅かな種から復活したなど、知らないことばかり。栽培するだけなら絶滅危惧種の保護でしかない。どう染料にするかだ、と栽培や染織に関わる人たち。こうやって文化は受け継がれる。みんな、いい顔をしている。自分はこういう顔で映画を作っているか。

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